26 小悪魔な彼女
自分の腕で感じる幸せな重みと体に廻された腕の温もり、そして彼女の甘い香り。
手離した事を何度も後悔し、そして諦めた幸せ。
もう二度と彼女に触れる事はないと思っていたのに......。
「すず」
愛しい名前を呟き腕に力を入れて彼女をそっと抱き寄せると「けい・・・だいすき」すずが小さな声で囁いた。
「ん?......まだ起きてんの?」
そう問いかけても彼女からの返事はない。
「寝言かよ」
呆れながらも、彼女の夢の中までも俺が支配しているのかと思うと嬉しくなる。
「ったく、ホントにこのまま襲うぞ!」
愛しい気持ちが溢れ出し、俺は眠っている彼女にたくさんのキスを落としていった。
髪と頬と唇、そして鼻や瞼にも......とにかくたくさんキスがしたかった。
「早く元気になれよな」
俺はそう言ってもう一度だけ小さなキスをすると、彼女を起こさないようにしながらゆっくりとベッドから立ち上がった。
時計はもうすぐ11時になろうとしている。
「やべ、早く帰らねえと。しかし腕いてぇ」
痺れている腕を擦りながら、俺は真っ暗な部屋を抜け出すと静かに階段を下り、電気の付いているリビングのドアを開けた。
「あの......遅くまですみませんでした」
俺が頭を下げると「我がままを言ったのは鈴音の方よ。慶一君は謝らなくていいの」お母さんはそう言ってくれた。
だけどお母さんの後ろ、ソファーに座りムスッとした顔でお父さんが俺を見ている。
チラリとお父さんを見た俺に気が付き「パパの事は気にしなくていいから」お母さんはちょっと呆れたように呟き「家はどこ? 遅くなったから車で送るわ」とも言ってくれた。
だけど俺は「まだ電車があるので大丈夫です」そう言って断り「また明日もすずに会いに来ていいですか?」お父さんの顔色を伺いながら問いかけた。
「もちろんよ。あの子喜ぶわ」
「あの......本当にいいですか?」
もう一度問いかけると「いいわよね。パパ?」お母さんは後ろを振り向きお父さんに返事を促した。
だけど、お父さんからは何の言葉もない。
「慶一君来なかったら、パパが来させないようにしたんだって鈴音に思われるわよ。
あの子に嫌われても知らないからね。だって否定できないでしょ!」
「分かったよ。......鈴音に嫌われるのだけは困る。
あの子が元気になるまでだからな。わかったな!」
お父さんは渋々俺が来ることを承諾すると、もう何も話したくないというようにテーブルの上にあった新聞を広げて顔を隠した。
「ありがとうございます。あの......また来ます」
お父さんに頭を下げリビングを出ると、俺は思いきり大きな溜息を吐いた。
「そんなに緊張した?」
「えっ?......そりゃあ......まぁ」
「うふふふっ 緊張してる慶一君見てたら、パパがあたしのお父さんに初めて会った時の事思い出したわ。
今の慶一君よりもっとガチガチだったのよ」
お母さんは昔を懐かしみながら「また明日も来てね」そう言った。
「本当に来ても大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。というか、来て欲しいの。それを鈴音が望んでいるから。
あなた達の間に何があったかは知らないし、聞く気もない。
だけどこれだけは約束して、もう鈴音を悲しませるようなことはしないって。
あの子があなたと一緒にいることを望むなら、あたしはそうさせてやりたいの。
それが娘の幸せなら、叶えてやりたい」
「どうして、そこまで?」
「パパもあたしも、鈴音に甘いって思ってるんでしょ?」
「......すみません」
「それはね、あの子が小さい時から体が弱かったせいなの。
元気に育たないんじゃないかって思うくらい小さくて、弱くて。
だからあたしも、パパも、そして雄ちゃんも、あの子を甘やかせちゃうの。
ホントはダメだって分かってるんだけどね。
だからあの子が元気でいてくれたら、幸せになってくれたら、あたしはそれだけでいいの。
パパも今はヤキモチ妬いてあんな態度取ってるけど、きっと思いは同じだと思うのよ」
「俺なんかで大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫よ。だって娘が好きになった人だから。
あたしは娘を信じてる。ただそれだけよ。だからあの子をお願いね」
娘を信じているから、俺を信じる。
その言葉に、どれだけの愛情を感じたことだろう。
きっとすずは俺が思う以上に、大事に、大事に、育てられて来たんだろう。
そんな大切なすずを俺なんかに......。
すずを誰よりも好きだという気持ちは変わらない。
だけど親が子を思う気持ちにだけには、勝てないのかもしれない。
だからこそ、俺は彼女を大事にしようと改めて思った。
こんな俺を信じてくれるお母さんの為に、そしてお父さんの為に。
次の日の朝、俺が10過ぎにすずの家に着くと、門の前の段差で彼女が座り込んで待っていた。
「何してんの?」
「......遅い!」
思いっきり尖らせた唇で呟くすず。
「いつから待ってんの?」
「......9時前」
「そんな早く来るわけねぇだろ?」
「どうして? 慶は早く会いたくない?」
「会いたいけど、早く来たらお母さん迷惑かなって」
「そんな事......ないもん」
拗ねた彼女の頭を優しくポンと叩き「中入ろう?」俺はすずの手を引いて玄関のドアを開けた。
リビングに向かい「おはようございます」と挨拶をすると「その鞄は何?」お母さんは俺が手にしている鞄を指差し問いかけた。
「いや、どうせ一日すずの部屋にいるなら、一緒に夏休みの宿題やろうと思って。
そしたら元気になったら、気兼ねしないでいっぱい遊べるし」
「えっ 勉強するの?」
ちょっとすずは嫌そうな顔をした。
それを見て俺がクスリと笑うと「それがいいわね」お母さんはそう言って俺達にすずの部屋に行くように促した。
部屋に入りドアを閉めると「慶、ホントに勉強するつもり?」彼女は不満そうに問いかけて来た。
「本気だけど? すずは嫌なの?」
「......嫌じゃないけど......嫌だ」
「どっちだよ」
「だって、慶とイチャイチャしてたいもん」
「ばーか! ずっとはイチャイチャ出来ないだろ」
「どうして?」
「......俺が我慢できなくなったら、どうすんの?」
「ダメ......なの?」
「はぁぁぁ お前ねぇ」
呆れて溜息を漏らすと「ママ出掛けるといいね」すずはそう言って笑った。
「それ、意味分かって言ってんの?」
戸惑いながら問いかける俺に、キスで返事をするすず。
まだ幼さの残る彼女が見せた、俺を誘うような表情。
それを見て俺は確信した。
俺が吸血鬼から人間に生まれ変わったように、すずは小悪魔という生き物に生まれ変わってきたのだと......。
少しでも面白い、続いが気になると思ってくれた方は
ブクマ、評価をお願い致します。
モチベーションUPにご協力下さい(*´∀`*)
感想はログインしなくても出来ますので、気軽に記入していただけると嬉しいです。
その他に「私はまだ恋を知らない」という連載小説も書いています。




