25 拷問?
本日2話目です。
「ねぇ 慶」
甘えた声で俺を見詰めるすず。
彼女が何を求めているのか分かっていながら、俺はわざと気付かないフリをした。
「どうした?」
「ねぇ......」
俺のTシャツの裾を摘まんで、また甘える。
「だから、どうした? 言わないとわかんねぇよ」
「うぅぅぅ......」
唇を尖らせ拗ねるすずが可愛くて、俺は思わず噴き出してしまった。
「もぅ、分かってるくせに、ヒドイよ」
「何の事だよ。ただ俺は拗ねてるすずが可愛いなぁ......って思っただけだよ」
「うそっ!」
「嘘じゃないよ。して欲しい事あるなら、言わないとわかんねぇよ」
「......して」
「何?聞こえない」
するとすずは俺を上目遣いで見つめて「......チューして」って囁いた。
「もういっぱいしたじゃん」
「もっと、いっぱいしたい。6日分するの!」
「6日分も?」
「うん。だから......いっぱい、チューして」
「そんな事言ったら、すずが『もうイヤ』って言うくらいするよ」
「言わないもん」
クスリと笑みを漏らせると、俺はすずと唇を重ね合わせた。
「でももう帰らないと。9時過ぎてるし......」
「嫌だ。まだ帰っちゃダメ」
俺にギュッとしがみ付き甘えてくる彼女を優しく宥めていると、階段を上がってくる足音が聞こえた。
「パパだ!」
すずの言葉で、俺は彼女を勢いよく体から離した。
すると部屋のドアが開き入って来た背の高い男性は、俺を見てムスッとした顔で「君は?」と声を掛けて来た。
すぐに立ち上がり「初めまして、佐久間慶一といいます。お邪魔してます」と頭を下げると「こんな時間まで娘の部屋で何してるんだ?」とまた言われた。
「鈴音がまだ慶一くんに居て欲しいってお願いしたのよ。
パパ、ヤキモチなんてみっともないから止めてね」
お母さんの言葉に、一瞬勢いをなくすお父さん。
「もう遅いから、そろそろ帰りなさい」
「はい。わかりました」
俺がそう答えると、いきなりすずが俺の体に抱きつき「嫌だ!! まだ帰っちゃ嫌だ!」と泣き始めた。
「すず、何をしてるんだ。離れなさい」
お父さんが怒るのも無理はない。
だけどすずはそんな言葉など無視して「もう少しだけ一緒にいてよ。あたしが寝るまででいいから、ココにいて。まだ帰らないでよ」とより一層俺にしがみ付いた。
「すず? また明日も来るから」
「嫌だ。今日だけでいいから。
もう我がまま言わないから、まだ帰らないでよ」
ポロポロと大粒の涙を流すすずにお母さんは「ホントに今日だけよ」と優しい声を掛ける。
「おま......お前、何を言ってるんだ。寝るまでって......そ......おまっ」
「あなたは黙ってて。今は鈴音が一番大事なの。
鈴音が元気になる為なら、あなたのヤキモチなんて犬にくれてやるわ」
「犬にって......」
お母さんの言葉に押され、お父さんは黙り込んだ。
「鈴音。慶一くんに寝るまで傍にいて欲しいなら、お風呂入りなさい。
そのまま寝てもいいように」
「お風呂??」
驚き声を上げたお父さんに「もうあなた、うるさい!」お母さんは冷たい言葉を口にした。
「あなたにはあたしがいるからいいの。いつまでも娘にベタベタしない。
彼氏が出来たんだし益々嫌がられるわよ」
「でも、お風呂って......おふろ......」
「鈴音、直ぐに入りなさいね。慶一くん、鈴音の我がままに付き合わせてごめんなさいね」
お母さんはそう言うと、納得がいかずブツブツ言っているお父さんを連れて部屋を出ていった。
しがみ付いて離れないすずに「お前のお母さん強いな」って呟くと「うん。パパはママには弱いんだよ。だからママを味方に付けたら強いんだから」涙を拭いながら彼女は微笑んだ。
「すず、そんなに不安か? 俺が離れるの」
「不安......って言うか、ただ離れたくないの。今は離れたくない」
「分かった。すずが寝るまでいるから」
「お風呂入ってる間に帰ったりしない?」
「約束する」
「分かった。じゃあ行ってくるね」
クローゼットから着替えを出すと、すずは急いでお風呂に向かった。
【お風呂上がりのすず? ヤバくね?】
その後の状況を考えると、一気に緊張に包まれた。
落ち着かない気持ちですずが戻ってくるのを待っていると、30分程して彼女が階段を上がってくる足音が聞こえた。
【えっと、ココ(ベッド)に座ってるのはいかにもって感じ?】
でもどうしていいのか分からない俺は、ベッドから立ち上がり部屋の中をウロウロ。
完全に挙動不審。
カチャッと音がしてドアが開いたかと思うと「慶、何で枕持って立ってるの?」すずは不思議そうに俺を見て問いかけて来た。
「べっ......別に、意味はない」
抱き抱えていた枕をベッドの上に投げ捨てると、俺の横を通りベッドに腰を下ろした彼女から甘い香りが漂ってきた。
「すず、何か甘い匂いするけど、これ何?」
「甘い匂い? ボディーソープかな? バニラの香りなんだ」
「バニラ?......俺の家では絶対に買わないな」
「男4人兄弟......だっけ?」
洗い立てのサラサラの髪を掻き上げながら、すずが問いかける。
「もうね、すずの家とは匂いからして違う」
「そう......はの?」
大きなあくびをしながら、パジュマ姿の彼女がベッドにゴロンと横になった。
「もう、眠いんだろ? 約束通りすずが寝るまで此処に居るから、安心して寝ていいよ」
「寝たら慶帰っちゃう?」
「そりゃ、俺だって帰らないと......」
「じゃあ頑張って起きてる」
「ダメだよ、ゆっくり寝て早く体力戻さないと。元気になったらデートしよう」
「......じゃあ寝るまで抱っこして。そしたら安心して寝るから」
「えっ......抱っこ?」
すずはコクンと頷くと体を壁際に寄せ、自分の隣をトンと叩いた。
思わずゴクリと唾を飲み込む。
「ダメ? 寝るまででいいから抱っこして」
「ダメじゃないけど......ダメかも」
「ダメ......なの?」
シュンとした顔をして、すずが俺を見詰める。
もしかして天然小悪魔ってすずの事?
俺は平静を装い「ちゃんと寝ろよ」と言って彼女の隣に横になり、ぴったりとくっついてくるすずに「これって拷問?」と問いかけた。
「なんで? 暑い? クーラーもっと強くする?」
「そうじゃないだろ!」
「......襲いたくなる?」
「当り前じゃんか」
「あたしはいいよ。慶なら」
「バーカ! 下にお父さん達いるのに出来る訳ないだろ」
「そう言うと思った」
小さく笑みを漏らせると俺の腕の中に潜り込んできて、「ココが一番安心する」と言って瞳を閉じるすず。
柔らかな彼女の髪をそっと撫でると、また甘い香りに包まれた。
【やっぱり拷問だ。この状況で我慢してる俺って偉くね?】
深い溜息をつく俺の腕の中で、小さな寝息を立ててすずはそのまま眠りに就いた。
安心しきった笑みを漏らせて。




