21 ごめんね
本日三話目です。
「すずに何があったんだよ」
俺は幼馴染に詰め寄った。
「お前と会えなくなって部屋から出てこなくなったんだ。
誰が何を言っても、言う事を聞かない。
今日で7日目。あいつ全然食事を取ってないんだ。
それどころか水分さえも、喉を潤す程度で。
考えたら分かるだろ。あの細い体で7日も食べずにいたらどうなるか」
「何で、何ですずはそんな事」
自分の存在を消してしまいたいと俺も思ったが、まさかすずはそれを実行しようとしているのか?
「お前らの間に何があったか知らない。
だけどあいつはお前を待ってるんだ。
頼むからあいつを助けてくれ......頼む......」
そう言って頭を下げたあいつの目から零れ落ちた涙が、アスファルトにいくつもの染みを作っていく。
それがすずの深刻な状況をリアルにする。
俺は玄関のドアを開け二階に駆け上がると、携帯電話の電源を入れ次々に届くすずからのメールに目を通した。
『ホントにもう会えないの?』
『もうあたしの事好きじゃない? それでもあたしは慶が好きだよ』
『慶の声が聞きたい』
『嫌いでもいいから、傍にいさせて』
『もうあたしは必要ないの?』
『会いたいよ』
『さよならなんて嫌だ』
『慶、電話に出て』
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『慶がいないと、生きてる意味がないよ』
『あたしは慶の傍でしか、生きていけないんだよ』
『もう、ダメなのかなぁ』
一つずつ読みながら彼女がどんな思いでいたのかを想像して、俺は自分の不甲斐なさに泣きそうになった。
【ずっと傍にいるって約束したのに、お前に嫌われる事を恐れて逃げ出してごめん。
前世の自分が犯した罪から逃れたくて、お前を手放そうとした俺を許して】
日に何通も届いていたすずからのメールは『慶、ごめんね』この言葉を最後に、届かなくなった。
【頼む、電話に出てくれ。すず】
祈るような思いで、彼女の携帯に電話を掛ける。
しかし呼び出し音が鳴り続けるだけで、何度掛け直しても彼女が電話に出る事はなかった。
【どうして出ないんだよ】
携帯電話をギュッと握りしめると、遠い昔冷たくなった彼女の体を抱き締めながら交わした、約束を思い出した。
【俺は一番大事なことを忘れていたんだ。
一番忘れちゃいけない約束を、どうして今まで思い出せなかったんだ】
定期券を手にすると階段を駆け下り、玄関の外で待っていた幼馴染に声を掛けて俺は急いで彼女の家へと向かった。
【もう二度と、あんな思いはしたくない】
ギリギリで飛び乗った電車。
明日からの夏休みに浮かれている高校生達が騒がしく、俺はイライラしながら彼女達を睨み付けた。
「なにアレ、感じ悪い!」
「ちょっとイケメンだと思って、カッコつけてんのよ」
「彼女にフラれてイラついてんじゃないの?」
ケタケタと笑いながら話すその言葉が、益々俺を逆撫でする。
普段なら絶対に気にも留めないような事にイラつく事自体、気持ちに余裕がない証拠。
【くそっ!】
心の中で文句を言って舌打ちをすると、それを見ていた幼馴染が「落ち着けよ」俺にそう言ってきた。
「今イライラしてもしょうがないだろ」
そんな事言われなくても分かってる。
だけど電車の中でさえも走って彼女の元へ行きたいくらいなのに、平常心でなんていられない。
彼女の家の最寄り駅に着くと、俺は電車を飛び降り改札口を走って通り抜けた。
毎日、毎日彼女を送っていた道。
二人でいる時は、もっと家が遠ければよかったのにと思えるほど近いと思った距離も、今はとても遠く感じる。
このまま彼女の元へ辿り着けないんじゃないかという錯覚に落ちそうになる。
そしてやっとの思いで辿り着いたすずの家。
額から流れ落ちる汗を拭うと乱れた息のまま、俺は玄関のチャイムを押した。
そして遅れて幼馴染が辿り着く。
「おせぇよ」
「......これ、でも......がんばった......だよ」
ダラダラと汗をかき肩で息をする幼馴染は門を開け、早く来いと言うように俺の顔を見た。
そして玄関に出てきたすずの母親に「連れてきたよ」そう言うと、俺を家の中に引き入れる。
「あの......すみません。すずがこんな事になってるなんて知らなくて。
ホントすみません」
「謝らなくていいの。
お願い......すずと話をしてもらえる?
きっと慶一君の言葉なら、すずも聞いてくれると思うの」
「はい。すずと話をさせてください。俺に出来ることなんでもしますから」
俺は頭を下げると、すずの部屋のある二階へと続く階段を、ゆっくりと上った。




