20 彼女への思い
本日二話目です。
30分と置かず着信音を鳴り響かせる携帯電話。
掛けて来ているのはもちろんすずだ。
着信画面を見ては何度、電話に出たいと思った事か。
すずからの着信音が鳴る度に、俺にはその音が彼女の泣いている声に聞こえた。
【すず、泣かせてごめん。約束守れなくて、弱い俺でごめん】
電話に出る事も着信を拒否する事も出来ず、俺はずっと携帯電話を握り締めて彼女に謝り続けた。
段々と着信の間隔が空いていく。
それと反比例して増えて行く、未開封のメールとすずへの未練。
着信の音に耐えきれなくなった俺は、携帯をマナーモードにすると机の引き出しに仕舞い込んだ。
だけどそれで俺の頭の中から、すずの存在が消せるはずがない。
すずに会いたい。もう一度抱き締めたい。
その思いだけが頭の中を支配しそうになる。
だけど彼女がいつか前世を思い出したら、そう思うと怖くて仕方がない。
俺の中の彼女の存在が消せないのなら、俺の存在を消してしまえばいいのかもしれない。
そんなバカな考えさえも頭を過る。
何もする気にもなれず、ただ時間だけが過ぎて行く。
部屋から出てこない俺の様子を時々弟が心配して見に来ているが、話しかけてくる弟に返事もせず俺はベッドの片隅でうずくまる様にして、空虚感に包まれて一日を過ごした。
そしてそのまま夜を迎え、次の日も俺は殆ど自分の部屋から出る事はなく、母親が部屋に運んでくる食事を少し口にして、枯れる事のない涙を心の中で流し続けた。
皮肉なことにその日から前世の夢を見る事はなくなり、俺は不安に押しつぶされそうになる事はなくなった。
それと引き換えに失ってしまった、かけがえのない人。
【前世なんてなければ、こんな風に別れる事もなかった。
あんな夢なんて見なければ、ずっとすずの傍にいれたのに。
前世の俺は、ただの人殺しじゃないか】
誰にもぶつける事の出来ない怒りと悲しみを、俺は前世の自分を恨むことでしか吐き出す事が出来なかった。
【すず。俺達は何のために出会ったんだろうな。
こんな風に苦しむ為に出会ったのかな。
それなら俺は神様を恨んでやる】
数日後、自分の部屋に閉じこもり曜日の感覚がなくなった俺に母親が言う。
「慶一いい加減にしなさい。今日で学校終わりなのよ。
今日は絶対に学校に行きなさい!」
「今日で終わりなら、もういいじゃねぇかよ。
もうほっといてくれよ。今は何も考えたくねぇんだ。
夏休みが終わるまでには前の俺に戻るから、だから今はほっといてくれ。
心配させてるのは分かってる。だけど自分でもどうにもならないんだよ」
「何があったの。突然引きこもって、母さん達はどうすればいいのよ」
「......ごめん。どうにもならないから、出てって」
「慶一!」
「うるさい!出てけ!」
母親を部屋から追い出し、ベッドに横になった俺に「ケイ兄、これ以上母さんに心配かけるなよ。母さん泣いてたよ」と弟がドア越しに声を掛けてきた。
【分かってる。俺が悪いって分かってるんだ。......母さん、ごめん】
俺は大切な人を何人、悲しませたらいいんだろう。
昼過ぎ俺は不意に立ち上がり、机の引き出しに入れっぱなしになっていた携帯電話を取り出した。
【さすがに充電切れてんな】
携帯に充電器を繋げても尚、俺は電源を入れる事はしなかった。
すずから届いているであろうメールや着信を見る事が怖かったんだ。
いや、もしかしたら既に彼女は前世を思い出し俺から気持ちが離れているかもしれない。
それならば彼女からの新しい着信はないだろう。
着信があっても、なくても俺は携帯を確認することが怖い。
本当に俺は情けない男だ。
母親が買い物に出かけた夕方、玄関のチャイムが鳴らされた。
【どうせ宅配便だろ】
そう思って返事をせずにいると何度もインターホンが押され、玄関先で「佐久間慶一出てこい!」そう言って怒鳴る男の声が聞こえた。
【誰だ?】
ベッドから飛び起き窓から玄関を見下ろす。
「何でお前がいるんだよ」
「いいから下りて来い! 話がある」
そう言って俺を睨みつけているのは、すずの幼馴染だった。
「なんで家知ってんだよ」
「今日お前の友達が、鈴音に会いに学校に来た」
「友達?」
「長谷川とかいう奴」
「聖が?」
「お前ずっと学校休んでるんだってな。
携帯に電話してもメールしても繋がらないから、何かあったのかと心配になって鈴音に会いに来たって。
前に鈴音と一緒にいたのを思い出して、俺に声を掛けて来たんだ。
あいつもずっと学校を休んでる。
お前は何をやってんだよ。
お前が鈴音を傷つけたのに、何でお前が学校休んだりしてんだ。
『これからは俺がすずを守る』あの時お前は俺にそう言ったよな?
なのに何でお前が鈴音を傷つけてんだよ」
【俺だって、俺だってすずを守りたかった。
ずっと傍に居たかった。だけど仕方ねぇじゃんかよ】
悔しくて唇を噛みしめたが、今の俺には返す言葉がない。
「何で何も言い返さないんだよ。
いい加減な気持ちで付き合ってるんじゃない。そうも言ったよな。
なのになんで......」
「どうせ俺の事が邪魔だったんだろ。これからもお前がすずを守ればいいだろ。
ずっとそうして来たんだし」
そんな事本気で思ってる訳じゃない。
だけど彼女への思いを断ち切るには、そう言うしかなかった。
「なんで鈴音はこんな奴の事を、あんなにも思ってんだよ。
自分の命削ってまで......どうして!」
「命削ってまで?」
そう問いかけた瞬間、俺は幼馴染に思い切り殴られ、玄関のドアに倒れ掛かった。
「お前の気持ちなんてどうでもいい。頼むから鈴音を助けてくれ。
俺たちじゃ、もうどうしようもねぇんだ。頼むから、鈴音を助けてくれ」
幼馴染は悔しそうな表情を浮かべながら、俺に頭を下げた。
一体どういう事なんだ。




