表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/31

19 別れ

 夏休みが来週に迫った金曜日の夜。恐れていたその時が訪れた。


 ずっと夜寝る事を拒んでいた俺の体も、既に限界。


 もう何日まともに寝ていないのだろう。


 朦朧とする意識の中で、それでも寝る事を拒み俺は自分の腕を抓って意識を呼び戻す。


【寝るな。今、寝るな。明日の土曜日ならすずの傍でゆっくり眠れる。

 だから今は・・・・ねる・・な・・・・・】


 それでもゆっくり、ゆっくりと深い眠りに落ちて行く。


 すると暗闇の中座りこみ、身動きが取れなくなっている俺を見つけた。


 何をすれば、何処へ行けばいいのかも分からない。


 そんな俺の傍に来て「慶」優しく微笑む一人の女性。


「......お前はすず? それとも美鈴?」


「どっちでも一緒だよ。あたしは美鈴だけど、すずだもん」


「どういう事?」


「慶、忘れちゃったの? あたしの前世がすずだよ。

 だからあたしは美鈴だけど、すずだよ」


【俺は同じ人を2回も愛した? 違う、鈴音を合わせると3回目だ】


「ねぇ 慶」


 甘えながら俺の首に腕を廻してくる美鈴の首に、俺はすずと同じ赤い跡を見つけた。


「美鈴......これ! 痛くないの?」


「痛くないよ。いつも慶優しいから。

 あたしが痛くないようにしてくれてるから全然平気だよ。

 慶、今日は吸わないの? あたしの血」


【血を吸う?......美鈴の血を俺が?

 俺の前世は......吸血鬼?

 そんなバカな。吸血鬼なんている訳ない。

 そんな筈ない。これはただの夢だ】


 そう思いながらもポロポロと零れ落ちる涙。


 彼女が嘘を言っているとも思えない。そして首にある噛み痕が何よりの証拠。


 俺が愛する彼女を失った原因は、俺が吸血鬼だったから。


 俺は自分の手で愛する人を殺したんだ。


 一度ならず、二度までも。


「ごめん。美鈴......ごめん。

 俺がお前を愛さなければ、お前はこんな目に会わなかったのに。

 お前はもっと幸せになれたはずなのに」


 零れ落ちる涙を拭うように、俺の頬に手を当てる美鈴。


「それは違うよ。あたしは慶に出会えて幸せ。

 だって慶に愛される為に、愛する為に生れて来たんだから。

 慶、あたしの事を忘れないで。

 きっと来世でもあなたの元へ帰ってくるから。またあなたを愛するから」


「美鈴、お前の為にも離れた方が......」


 俺の言葉を遮ると「あなたを失ったらあたしは生きていけない。

 自分の命を殺すだけ。あたしはあなたに愛されながら死にたいの」彼女はそう言った。


【そうだ。あの時すずも美鈴も愛されながら死にたいと言ったんだ。

 彼女達の思いを断ることが出来ず、俺は自分の運命を呪いながら生きていた。

 今度生まれ変わるなら、愛する人と同じ人間に。

 俺はそう思いながら彼女の傍で息絶えたんだ】


 俺は美鈴の亡骸を抱きしめながら迎えた、最後の瞬間までも思い出した。


 目を覚まし受け止めるには余りにも残酷な真実に、涙を流すことしか出来ない俺。


【これが思い出したくない事だったんだ。

 俺がこの手ですずを殺した。自分が生きて行く為に愛する人をこの手で。

 幸せにするべき愛する人を俺が不幸にした。

 俺は何の為に生れて来たんだ】


 息をするのも苦しい程の絶望の中で、もがき苦しみながら出した俺の答え。


【俺はすずを愛しちゃいけなかったんだ。

 俺達は出会うべきじゃなかった。

 すずにだけは知られたくない。

 俺の前世が吸血鬼だった事。俺が彼女を殺した事。

 そんな事を知ったら、きっと彼女は俺を怖いと思うに違いない。

 すずにだけは嫌われたくない。それなら彼女に愛されたまま別れたい】


 この時の俺は冷静な判断なんて出来なくなっていたんだろう。


 彼女に嫌われたくない。怖い思いをさせたくない。ただそれだけ出してしまった結論。


 彼女の思いなんて考える余裕なんて俺にはなかった。




 カーテンの隙間から差し込む朝日が、出した結論を早く彼女に伝えろと言っているような気がして、俺は携帯電話を手にすると、すずに電話を掛けた。


「慶、おはよう!」


 弾む様な、愛しく可愛いすずの声。


 だけど今はそれが辛い。


「すず、ごめん。もう会えそうにないんだ」


「ん? 今日、急用出来たの?」


「そうじゃなくて、もう会えないんだ」


「......慶? それどう言う意味?」


「もうすずに会わないって決めた」


「どうして? どうして急にそんな事言うの?

 昨日『また明日ね』って言ったじゃない。

 あたし慶に嫌われるようなことした? それなら直すから。

 ......嫌だ。慶と別れたくない。

 そんなの絶対に嫌だ」


「......ごめん。俺の答えは変わらないよ」


「慶、お願い」


「ごめんな」


 震える声を誤魔化し、俺は最後の言葉を口にすると電話を切った。


 嫌だと泣く彼女の声が、俺の耳から離れない。


【俺だってずっとすずと一緒にいたかったのに。

 前世なんてなければ良かった。

 必然の出会いなんて、運命なんていらない。

 偶然の出会いでいいから、普通にすずと恋がしたかった】




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ