19 別れ
夏休みが来週に迫った金曜日の夜。恐れていたその時が訪れた。
ずっと夜寝る事を拒んでいた俺の体も、既に限界。
もう何日まともに寝ていないのだろう。
朦朧とする意識の中で、それでも寝る事を拒み俺は自分の腕を抓って意識を呼び戻す。
【寝るな。今、寝るな。明日の土曜日ならすずの傍でゆっくり眠れる。
だから今は・・・・ねる・・な・・・・・】
それでもゆっくり、ゆっくりと深い眠りに落ちて行く。
すると暗闇の中座りこみ、身動きが取れなくなっている俺を見つけた。
何をすれば、何処へ行けばいいのかも分からない。
そんな俺の傍に来て「慶」優しく微笑む一人の女性。
「......お前はすず? それとも美鈴?」
「どっちでも一緒だよ。あたしは美鈴だけど、すずだもん」
「どういう事?」
「慶、忘れちゃったの? あたしの前世がすずだよ。
だからあたしは美鈴だけど、すずだよ」
【俺は同じ人を2回も愛した? 違う、鈴音を合わせると3回目だ】
「ねぇ 慶」
甘えながら俺の首に腕を廻してくる美鈴の首に、俺はすずと同じ赤い跡を見つけた。
「美鈴......これ! 痛くないの?」
「痛くないよ。いつも慶優しいから。
あたしが痛くないようにしてくれてるから全然平気だよ。
慶、今日は吸わないの? あたしの血」
【血を吸う?......美鈴の血を俺が?
俺の前世は......吸血鬼?
そんなバカな。吸血鬼なんている訳ない。
そんな筈ない。これはただの夢だ】
そう思いながらもポロポロと零れ落ちる涙。
彼女が嘘を言っているとも思えない。そして首にある噛み痕が何よりの証拠。
俺が愛する彼女を失った原因は、俺が吸血鬼だったから。
俺は自分の手で愛する人を殺したんだ。
一度ならず、二度までも。
「ごめん。美鈴......ごめん。
俺がお前を愛さなければ、お前はこんな目に会わなかったのに。
お前はもっと幸せになれたはずなのに」
零れ落ちる涙を拭うように、俺の頬に手を当てる美鈴。
「それは違うよ。あたしは慶に出会えて幸せ。
だって慶に愛される為に、愛する為に生れて来たんだから。
慶、あたしの事を忘れないで。
きっと来世でもあなたの元へ帰ってくるから。またあなたを愛するから」
「美鈴、お前の為にも離れた方が......」
俺の言葉を遮ると「あなたを失ったらあたしは生きていけない。
自分の命を殺すだけ。あたしはあなたに愛されながら死にたいの」彼女はそう言った。
【そうだ。あの時すずも美鈴も愛されながら死にたいと言ったんだ。
彼女達の思いを断ることが出来ず、俺は自分の運命を呪いながら生きていた。
今度生まれ変わるなら、愛する人と同じ人間に。
俺はそう思いながら彼女の傍で息絶えたんだ】
俺は美鈴の亡骸を抱きしめながら迎えた、最後の瞬間までも思い出した。
目を覚まし受け止めるには余りにも残酷な真実に、涙を流すことしか出来ない俺。
【これが思い出したくない事だったんだ。
俺がこの手ですずを殺した。自分が生きて行く為に愛する人をこの手で。
幸せにするべき愛する人を俺が不幸にした。
俺は何の為に生れて来たんだ】
息をするのも苦しい程の絶望の中で、もがき苦しみながら出した俺の答え。
【俺はすずを愛しちゃいけなかったんだ。
俺達は出会うべきじゃなかった。
すずにだけは知られたくない。
俺の前世が吸血鬼だった事。俺が彼女を殺した事。
そんな事を知ったら、きっと彼女は俺を怖いと思うに違いない。
すずにだけは嫌われたくない。それなら彼女に愛されたまま別れたい】
この時の俺は冷静な判断なんて出来なくなっていたんだろう。
彼女に嫌われたくない。怖い思いをさせたくない。ただそれだけ出してしまった結論。
彼女の思いなんて考える余裕なんて俺にはなかった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、出した結論を早く彼女に伝えろと言っているような気がして、俺は携帯電話を手にすると、すずに電話を掛けた。
「慶、おはよう!」
弾む様な、愛しく可愛いすずの声。
だけど今はそれが辛い。
「すず、ごめん。もう会えそうにないんだ」
「ん? 今日、急用出来たの?」
「そうじゃなくて、もう会えないんだ」
「......慶? それどう言う意味?」
「もうすずに会わないって決めた」
「どうして? どうして急にそんな事言うの?
昨日『また明日ね』って言ったじゃない。
あたし慶に嫌われるようなことした? それなら直すから。
......嫌だ。慶と別れたくない。
そんなの絶対に嫌だ」
「......ごめん。俺の答えは変わらないよ」
「慶、お願い」
「ごめんな」
震える声を誤魔化し、俺は最後の言葉を口にすると電話を切った。
嫌だと泣く彼女の声が、俺の耳から離れない。
【俺だってずっとすずと一緒にいたかったのに。
前世なんてなければ良かった。
必然の出会いなんて、運命なんていらない。
偶然の出会いでいいから、普通にすずと恋がしたかった】




