18 ひとときの安らぎ
本日2話目の投稿です。
帰り支度を整えた俺が玄関先で「夕飯ご馳走様でした」と頭を下げると「またおいでね」とすずのお母さんは微笑んでくれた。
「表でバイバイしていい?」
すずが顔色を伺いながら問いかけると「門の前までよ」そう言ってお母さんはリビングに戻って行く。
門を出た所で「じゃあね」と告げる俺に「あの曲がり角まで行っちゃダメ?」と上目遣いですずが甘えてくる。
「ダメ!お母さんにも門の前までって言われただろ」
「......ケチっ」
「ケチって問題じゃないだろ」
「だって、慶帰っちゃうの寂しいんだもん」
「俺だってそうだよ」
「ホント?」
「ホント! 寂しいのはお前だけじゃないから」
「......じゃあ、我慢する」
口ではそう言いながらも、全然納得していないすずの顔。
俺への思いを真っ直ぐに伝えてくる彼女の気持ちが、俺の中に芽生えかけた不安を消し去ってくれる。
【何で俺は嫉妬なんてしたんだろ。バカだな】
「すず、ありがとうな」
「ん?......ありがとう?」
「何でもないよ。じゃあ帰るね」
「気をつけて帰ってね」
「すぐ家に入れよ。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
彼女の頭を優しくポンポンと叩いて俺は体を翻して歩き出した。
そして角を曲がる瞬間門の方を振り向くと、すずはまだ門の前で俺を見送っていた。
【すぐに入れって言ったのに】
呆れながらも俺は彼女の元へ駆け戻る。
「どうししたの? 忘れ物でもした?」
「忘れ物したよ。コレ!」
不思議そうに俺の顔を見上げる彼女に優しく触れるだけのキスを落とすと、すずは恥ずかしそうに「バカっ!」って呟いた。
「今度はホントに帰るよ。すず、先に家に入れ。それ見届けたら帰るから」
「じゃあ、ずっと入らない」
「......ったくお前は」
【何でそんな可愛いかなぁ】
彼女の可愛い我がままに、思わず負けてしまいそうになる。
「お母さんが心配するだろ」
「分かってるよ」
「じゃあな」
「......おやすみなさい」
門を入り玄関のドアを閉めるまで、何度も後ろを振り返る彼女に俺は優しく手を振り、ドアが閉まったのを確認するとその場を後にした。
その日の夜、風呂から出た俺はベッドの上でついうたた寝をしてしまった。
【起きて勉強しなきゃ......でも眠てぇな】
この起きてるとも寝てるとも言えないフワフワした意識の中で、突然蘇ってきた昼間見た映像。
【あれ? すずなのに何かが違う......なんだろ?】
昔から見ている夢の中の彼女と同じはずなのに、どこか違和感を感じる。
髪型、服装、立ち居振る舞い。
同じ顔なのに、その女性の事を俺は「美鈴」と呼んでいる。
【美鈴?......すずとは別人なのかな?】
でも夢の中の俺は、その人の事を深く深く愛している。
もう一人の彼女を思う気持ちと同じくらい、大切に思っている事だけは伝わってくる。
【俺には愛する人が二人いた?】
夢を見ながらも俺の意識は眠らない。
そして美鈴との幸せな時間を過ごしながらも、やはり俺は不安や戸惑いを抱えていた。
いつか彼女を失ってしまうという絶望感に、押し潰されそうになっている。
彼女を抱きしめ何度も「ごめん」と謝る俺。
そんな俺に彼女が優しく囁くんだ。
「慶、愛してるよ。そしてまた生まれ変わっても慶を愛するって誓うよ。
だからあたしを待っててね。きっと、きっと慶の所に帰ってくるから」と。
【苦しい。誰か助けて。俺はどうして彼女を幸せに出来ないんだ。
どうして、彼女を失わなきゃいけないんだ】
息苦しさに耐えきれず目を覚ますと、あり得ない程の汗を額に掻いていた。
【もうこれ以上思い出したくない。何も知りたくない。もう夢なんて見たくない】
こんなにも心が拒むにはきっと訳がある。
思い出したくない何かがあるに違いない。なのにどうして俺はまた同じ夢を見てしまうのだろう。
これが前世の記憶だと言うなら、前世の俺はこの俺に何を伝えたいと言うのだろう。
その「何か」を思い出した時、俺は幸せになれるのだろうか......。
それともまたすずを失ってしまうのだろうか。
それならどうか記憶よこのまま蘇らないで。俺からすずを奪い去らないで。
それからというもの、俺は夜眠ることが怖くなった。
寝てしまえばまたあの夢を見るかもしれない。
今度こそ思い出しなくない「何かを」思い出してしまうかもしれない。
どんなに疲れていても心は眠ること拒み、俺はすずと一緒にいられる短い時間でしか眠ることが出来なくなっていった。
「すず、ごめんな。ゆっくり会えるの放課後だけなのに、ごめんな」
「謝らなくて大丈夫だよ。どうしてそんなに夜眠れないの?」
「夢を見るのが怖いんだ」
「夢って、あの夢?」
「すずは怖くないの? 悲しい思いをした事ないの?」
「あたしはいつも幸せな気持ちになるよ。慶に愛されて、慶を愛して幸せな気持ちで満たされるよ」
【なぜ俺は悲しみと絶望の中でもがき苦しんでいるんだろう。なぜすずはそれを知らないんだろう。
俺とすずの間に何があったんだ】
「慶、寝ていいよ。此処(膝)なら寝れるんだよね?」
「あぁ。すずの傍だけが俺の安心できる場所なんだ」
「あたしは慶が傍にいてくれたらそれでいい。だから寝ていいよ」
いつもの公園の指定席。
俺はすずの膝枕で、ひと時の安らぎを得て眠りに付く。
俺の髪を優しく撫でる彼女の手の温もりだけが、俺から不安を拭い去ってくれるから。




