14 輪廻転生
それからというもの、俺達は放課後あの公園で過ごす事が日課になった。
ガゼボの下のベンチは俺達の指定席になり、その周りに流れる優しい空気の中で出会うまでの時間を埋めるように、俺達はくだらない事をたくさん話した。
「今度さぁ、すずの子供の頃の写真見せてよ」
「じゃあ......うち来る?」
「すずの家?」
「ママが慶に会いたいって言ってて。ダメかな?」
正直、喜んでとは言えない。
だけど一人娘のすずが付き合っている男がどんな奴なのか、心配な気持ちは理解出来る気がした。
「大丈夫かな?」
「何が?」
「俺、チャラチャラして見えるし......」
「雄ちゃんが言った事気にしてるの?」
「そういう訳じゃないけど、どう見ても真面目には見えないだろ?」
「大丈夫だよ。ママはちゃんと分かってくれるよ」
「だと、いいんだけど......」
それに彼女の部屋にお邪魔するって事は、色々期待もしてしまう訳で......。
【いや、いや、親がいるのにそれはないだろ。
でも、ちょっとくらい......。やっぱ準備は必要?】
俺の中の下心を知ってか知らずか、すずは隣で「慶が来るの楽しみだなぁ」と無邪気な笑顔を俺に向けた。
次の日の放課後、いつもの場所で待ち合わせると俺達はそのまま彼女の家へと向かった。
「やべぇ......超緊張すんだけど」
「そんな緊張しなくても大丈夫だよ?」
「お前なんでそんな余裕なの?」
「だって絶対ママは慶の事気に入るもん。問題はパパだからね」
「お父さんは手強そう?」
「まぁね。ママが言うには、誰でもダメなんだって!
娘の彼氏は、全部敵なんだって」
「敵って......」
【取りあえず今日はお父さんいなくて良かった。
ゆっくり時間かけて分かってもらうしかないって事だよな】
溜息を漏らした俺を見て「慶、無理してるなら、今日やめる?」と問いかけてくるすず。
「無理してるとか、嫌とかそんなんじゃないんだ。ただ......心配なだけで」
「ママには慶の事たくさん話してるから大丈夫。
小さい時からあたしの夢の話、笑わずに聞いてくれたんだ。ママだけは」
「夢の事も知ってるの?」
「うん。慶のことは全部話してるよ」
俺たちが見ていた夢、出会った意味、それをすずのお母さんはどんな風に思っているのだろう。
俺の心に微かな不安が押し寄せてきた。
すずの後ろについて玄関を入ると、パタパタという足音と共にお母さんが現れ俺は「はじめまして」と頭を下げた。
「取り合えず上がって」
優しい笑顔で俺を招き入れてくれたお母さんは、チャキチャキとした感じの人で想像していたのとちょっと違った。
「すず、お母さんと似てないね」
「あたしパパ似なんだよね」
「そんな嫌そうに言うなよ」
「だってぇ。ママに似てたら美人だったのになぁ」
「すずは充分可愛いよ」
俺の言葉に照れくさそうに微笑み、すずはリビングのソファーに腰掛て「慶もここに座って」と隣をトントンと叩いた。
そこへコーヒーを運んで来たお母さん。
「コーヒーでいい?」
「あっ はい。大丈夫です」
「ミルクとお砂糖は?」
「ひとつずつお願いします」
俺がそう答えると「慶、ブラックじゃなかったの?」とすずが問いかけて来た。
「ごめん。ホントは砂糖もミルクも入れるんだ」
「じゃあどうしてあの時ブラックにしたの?」
「えっと......ちょっと、カッコつけただけ」
俺の答えを聞いてクスクスと笑うとお母さんは「可愛いことするのね」そう言って、手作りのクッキーを差し出した。
お母さんの焼いた美味しいクッキーと二人の仲の良さに、さっきまで感じていた不安と緊張が少しずつ解かれていく。
「慶一君は輪廻転生って言葉知ってる」
「まぁ......何となくは」
「魂は何度もこの世に生まれ変わって来るって意味なんだけど、鈴音の夢の話を聞いてきっと前世の記憶を夢でみているんだろうなぁ......って思っていたの。
そういう事、稀にあるみたいだし」
「前世の記憶?」
俺の心臓がドクドクと音を立てて脈打ち始める。
「この子ね幼い時自分のことうを「すず」って呼んでたの。最初は「鈴音」って言い難いからだと思っていたんだけど、そうじゃなかったのよね。
いつも「すず」って呼ばれていたからなのよね。あなたに」
「俺達のこと信じて貰えるんですか?」
「この子の事ずっと見てきたんですもの。
幼かったこの子が嘘を言ってるとは思えなかったし、10年以上もその思いは変わっていないのよ。
もう信じてあげるしかないじゃない」
「ありがとうございます」
頭を下げる俺に「でもね、本当に大事なのはこれからよ」お母さんはそう言った。
「確かにあなた達は運命に導かれるように出会った。
でもね本当に幸せになれるかどうかは、これからのあなた達次第。
すず、覚えておきなさい。
苦しみを伴わない恋愛はないって事を。
今まで感じたことのないような苦しみも味わうし、醜い自分にも気付くと思う。
あなた達が出会ったことが奇跡になるか、ただの夢物語に終わるかは二人のこれからにかかってるんだからね」
この時の俺達にはお母さんが言った言葉の意味を、本当の意味では理解出来ていなかったのかもしれない。