13 一抹の不安
抱き締めていた彼女の肩をこちらに向かせると、潤んだ瞳で俺を見上げるすずと唇を重ね合わせた。
優しく触れるだけのキスはいつしか唇をついばむ様なキスに変わり、すずは体をキュッと縮めると俺の胸を強く押して体を離して俯いた。
「ごめん......つい」
俺の言葉に小さく首を振るすず。
「大丈夫。でも此処、公園だし......」
「今更?」
「だってぇ......」
「今日は雨降ってるから誰もいないよ」
「そうだけど......」
俺に体を預け俯きながら、小さく呟くすず。
確かに長いキスをする場所ではないよな。
「じゃあ、もう此処ではキスしない方がいい?」
わざとそう問いかけると、すずは困ったような表情を見せ小さく「嫌だ」と呟いた。
すると思わず笑みを漏らした俺に「慶は嫌じゃない?」と聞き返してくる。
「もちろん嫌だよ」
「よかった」
照れくさそうに可愛く呟くと、すずは嬉しそうに俺の背中に腕を廻して抱きついた。
こんなにも可愛い彼女とのキスが嫌な訳がない。
「ねぇ、すず。ひとつ聞いていい?」
「何?」
俺から体を離し、不思議そうに俺を見詰めるすず。
「俺の事、あの......雄ちゃんに何か言った事ある?」
「雄ちゃんに? 昨日『付き合ってるのか?』って聞かれたから『そうだよ』って答えたけど。
いけなかった?」
「いけなくないよ。でも俺が言ってるのは、そんな事じゃなくて......」
「?」
「俺達が出会う前に、俺の事話した事あるのかなぁ......って」
「子供の頃に話した事あるよ。いつも見る夢の話ししたり、慶の事話したりしてた。
あたしが幼稚園の頃、雄ちゃんが小学校1、2年生の頃かなぁ......あたしプロポーズされたんだよね。
『大きくなったら僕と結婚して』って。
でもあたしは『慶と結婚するから雄ちゃんとはしない』って言ったの。
そしたら雄ちゃん泣いちゃって......。なんか懐かしいなぁ」
「それからどうなったの?」
「それからも慶の話したよ。その度に慶なんて何処にもいないって言われて、ケンカしたりもした。
けどあたしが中学上がった時、雄ちゃんに『慶の事ホントに信じてるのか?』って聞かれて。
あたしは『絶対に慶とは出会えるって信じてる』って答えたの。
それからは雄ちゃん慶の事聞かなくなった」
「そっか、それであんな事言ったんだな......あいつ」
「雄ちゃんに会ったの?」
「昨日会ったよ。すずと付き合ってるって宣言した」
「良かったぁ」
すずはホッとした表情を見せて「はっきり言ってくれて嬉しい」と呟いた。
「今までは、あいつがすずを守ってきたかもしれない。
だけど、これからは俺がすずを守るから。ずっと傍にいて、俺がすずを幸せにする」
「うん。約束ね」
だけど彼女と交わした約束のキスは幸せな筈の俺の心に、ほんの少しだけ不安の色を落とした。
6時になり「そろそろ帰ろうか」と言って立ち上がると、俺は傘を開こうとする彼女の手を掴んで引き止めた。
「どうしたの?」
「傘はひとつでよくね?」
「あっ......そうか」
俺の広げた傘に二人で入りシトシトと降り続く雨の中を、俺達は寄り添いながらゆっくりと彼女の家へと向かった。
「濡れてない? 大丈夫?」
「うん。大丈夫。慶の方が濡れてるよ」
「俺は大丈夫だから」
「じゃあ、もうちょっとくっ付いていい?」
傘を持っている俺の腕に寄り添うと、可愛い笑顔で問いかけるすず。
「いいよ」
こんな風にすずに甘えられて、嬉しくない男がこの世の中にいるのだろうか?
計算高い笑顔で近づいてくる女の子達とは違う、純粋無垢なすずの笑顔はそれだけで俺の心を和ませる。
曇りなく真っ直ぐに向けられる彼女の思いを感じて、こんなにも満たされた気持でいるのに、どうして俺は一抹の不安を拭えないのだろう。
俺は一体、何に怯えているのだろう。
彼女の家の玄関の前。
離れがたい気持ちを伝えるように差した傘で隠しながらキスを交わすと「鈴音」彼女の名前を呼ぶ声が聞こえ俺達は慌てて体を離した。
振り向くと彼女の幼馴染が、明らかな嫌悪感を表し俺を睨んでいる。
【なんで今日もいんだよ】
思わず舌打ちを鳴らすと、すずがそっと俺の手に触れて不安そうに見上げてきた。
「あのさぁ、玄関前でそういう事されると鈴音が近所の人に色々言われるんだよね。
もうちょっと考えて行動しろよ! ガキじゃあるまいし......」
幼馴染が言ってる事が正しいのは分かってる。
だけどそれを素直に受け入れられるほど、俺は大人じゃない。
「あんたに言われる筋合いないだろ。兄貴でもないくせに」
「鈴音はずっと俺が守って来たんだよ」
「じゃあ、これからは俺がすずを守る」
「お前みたいなチャラチャラした奴から、守ってんだよ」
「だから俺はチャラチャラなんてしてねぇっつってんだろ!」
今にもケンカを始めそうな俺達の間に入りすずは「雄ちゃん、慶は雄ちゃんが心配するようないい加減な人じゃないよ。どうして分かってくれないの?」と彼に問いかけた。
「こいつがお前の言ってた慶とは決まってないだろ」
「そんな事ないよ。あたしは間違えたりしない」
「俺だってすずを間違えたりしねぇよ。あんたが俺を認めなくても、そんなの俺には関係ねぇ。
すず迷惑掛けてごめんな。また帰ったらメールするから」
「けい!?」
「そんな不安そうな顔すんなよ。また後でな」
幼馴染に見せつけるように、俺はすずの頬に優しく触れて微笑んだ。
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