妄想の帝国 その21 とある憂鬱なコーアンたち
キンキュージタイが宣言され、時の政権の思うままになってしまった国。そこのコーアン警察は一気にふえた監視対象にてんてこまない。毎日の下されるバカバカしい命令に、怒り心頭の部隊長は延々と部下に愚痴をこぼしていた…
「隊長、次の監視対象はこちらです」
目の前にいきなり置かれた紙の束を前にして隊長と呼ばれた男はため息をついた。
「これ全部、監視対象だということか」
「そうです」
苦虫を噛みつぶしたような表情で返事をする部下。きっと自分も同じような顔つきなのだろう、隊長は不機嫌に
「なんだって、こんなに多いんだ、まったく」
「仕方ありません、隊長、あの条項がありますので」
「だ、だからって、なんだって、こんなに監視対象が増えたんだ」
「テロとまではいきませんが、社会的に不適切な行為、発言を行った、または行うもののリストで」
「だから、せめて紙でなくてな、電子データでよこせといっているんだ!」
「仕方ありません、隊長。なにしろリストを作成している方が、SNSはおろかメールもろくにつかえないので」
「あのほぼ世界を支配したともいえるブル・ゲイツのやつの文書ソフトも使えんのか」
「我が国固有の文章ソフト、一一太郎さんも難しいかと」
「だからって議員だろう、いちおう。行政府だか立法府だかの長も」
「まあ、その漢字を読むのもおぼつかない方が、書くのはもっと難しいのでは」
「だからって、このミミズののたくった字とか、やたら元気で大きいが間違いがひどく名前が正確でないとか、を解読しろというのか」
「議員秘書も子守り、もとい議員のスケジュール管理などで忙しいから、原文で渡すといわれまして」
「か、官僚はどうした、ザイムとかは違うし、コーロウ省も関係ないか。その、ボーエイ省とかは」
「まあ、その、あそこも上の方はSNSはお使いになりますが、こういう事務処理はお苦手な方が」
「我々だって得意ではない!」
バンッ
隊長は机を拳でたたいた。
ザザザ
うず高く積まれた紙束が音を立てて崩れる。
「だいたいだな、我々コーアンは国家、国民に対して危険人物、スパイとかテロの工作員とかを見張り、事前に犯罪を防ぐことであってだな」
幾分、怒鳴り気味にいう隊長。一般サラリーマンなどが前にいたら縮こまってしまうほど恐ろしいが、毎度聞いている部下は“またか”という顔をしていた。
「こういう、“公序良俗に反するフィギュアを作成したオタク男性”だの、“総理批判ともとれる発言をワンコインのスキ松ヨシノ屋で店員相手に話したとか”いう軽犯罪にもなるのかわからん奴等を見張るためではないのだ!」
「そうはおっしゃいますが。上の命令です。だいたいキンキュージタイを総理が宣言した後、アキババラのデモ隊高齢者のような人間と一般庶民を見分けるのは困難とおっしゃったのは隊長ではないですか」
「ああ、そういった」
「それで与党ジコウ党の議員やら支援者の方が、“私たちがヤバそうな奴等をみつける”と申し出たんですよね」
部下の冷静な指摘に口ごもる隊長。
「そ、そうだが、まさかこんなに」
「あの方々の基準ですからね」
「だからって、“消費税の増税はやはり間違いだったんだ、発泡酒どころかコーラも飲めねえ”とつぶやいた買い物客とか、“女王が最強社会だってアリじゃん。蟻とかとおんなじ”とかいうダジャレを言った青年とか、本当にヤバいのか」
「ですから、我々の基準ではないので」
「つまり、あの会議ニッポンだのの、男尊女卑や我が国スゴーイの自己欺瞞に満ちた思想に凝り固まったオッサン、オバハンどもの自分勝手な恣意的すぎる基準というわけか」
現時点で、この国で盗聴されていない数少ない部屋にいると思って油断しているのか、隊長は言いたい放題である。
「まったく、なんだって、こういう下らない妄言に我々がつきあわねばならんのだ。だいたい、総理の宣言とやらの前だって、政策に反対を叫んだだけで大学生を捕まえなきゃならんとは」
「昔もやってましたから、戦前のケンペーとか」
「俺たちは一応エリートだぞ、威張るだけだったとかいわれるケンペーとは違う」
再び机をたたく隊長。細かい字でびっしり名前を書いた紙、感情にまかせて書きなぐった用紙などが床に散らばる。散乱した紙をじっと眺める部下。
「同じようなものでしょう、あの方々にとって」
「ああ、それが問題かもな」
はあっとため息をつきながら、隊長は再び椅子に座りこむ。
「目立たず、人目に付かず、諜報活動を続け、危険人物を監視し、行動を調べ、テロや犯罪を防ぐ、のが役割だったはずだったが」
「今や総理をはじめとした議員やお取り巻きが、ツィッターで悪口言われてムカつく奴、気に入らない相手などを口実つけてとらえるのが仕事みたいなもんですから」
「そうなんだよ、まったく。本当に国家に危険な人物なんぞ、ほとんどいやしないんだよ、あいつらのリストには!」
「それでも無視するわけにはいきませんので、一応精査を」
と部下は床に散らばったリストを拾い集め再び机の上にのせる。
「わかってはいるが、こんなことで時間も人手もとられて本当に迷惑なんだぞ」
「わかっております。このリストの人物の監視に人員を割いたため、他国の諜報員の動きを見逃しかけたこともありますし」
「くう、しかも隣の部隊に邪魔されたんだぞ」
「まあ、隣の隊長は素直に上の監視リストを追っかけてますからね。すぐに監視対象にバレて逃げられるので、近頃は手順もロクに踏まずにすぐに踏み込んで逮捕してますが」
「ああ、この間、アニメオタクだかが捕まって、再教育とやらで、連れてかれてたな」
「正しい国民に鍛え治すそうですが、体罰で言うことをきかせればいいだけですから」
「それで同盟国との軍事演習の部隊に入れるのか。一触即発の地域ににわか仕立ての兵員をいれて大丈夫なのか」
「とりあえず、頭数にはなるということなんでしょう」
「役に立つかどうか、わからんようなのをいれてどうするんだ。それじゃ的になるようなもんだ」
「同盟国としては、わが国の部隊に被害がでれば相手方を攻撃する口実になりますからね」
「自分に逆らう国民の命などどうでもいい、いや自分にすりよる連中以外はどうでもいいんだな、今の政府は」
「そのとおりですね。だから隣の隊長は熱心に議員方との会食だの講演会だのに出席してるんでしょう」
「あんなバカバカしいの聞いても無駄だ。荒唐無稽の絵空事の戦闘と、物資補給に偵察だの調査だの、土が舞い散るなかでの戦闘だのとは違うだろ、内勤の俺でもそれぐらいはわかるわ!」
「都合のいい少年活劇のなかで生きてらっしゃる方々ですからね」
「そのおかげで経済も軍事も駄目になってるんだぞ、我々はまだましだが」
「演習部隊では部品がだいぶ足りないそうですね。トイレットペーパーがなくて新聞紙で拭こうとしてトイレがつまりかけ、それからは使用済みの紙をいれる箱ができたそうです、それも段ボール」
「医療キットなんぞ、絆創膏と消毒液とガーゼと包帯ぐらいだそうだ。一般人の持ち物とかわらんのだ。高いミサイルだの、戦闘機だの買いたがるくせに、パイロットの養成やら隊員の日用品は無視だぞ、何を考えてんだが」
「ドル箱の取引国をわざわざ難癖付けて手放すような政府ですからね」
「ああ、おかげで余計な手間が増えた。あの国も、あの国も、あの国も潜在的な敵だって、どんどん敵対国家が増えて味方は減る一方。同盟国は我々を対等とはみていないしな」
「盾であり、ATMであり、余った農産物を金出させて運び込む処理場であり、食品添加物および遺伝子組み換え作物を摂取した実験場でしょうかね、わが国は」
「はあ、上の連中は危ないモノを食っておかしくなったんじゃないかと思えるぐらいだよ。実際あいつら焼き肉が好きだしな、増強剤だの太らせる薬剤だの注入された牛の肉でもうまいと感じりゃいいらしいし」
「味覚も嗅覚も鈍っている可能性がありますからね。しかし隊長」
部下はリストのてっぺんを指でつつきながら
「おしゃべりやら愚痴やらはこの辺にして、さっさと取り掛かっていただきたいのですが」
「ああ、やはり、やらねばならんのか」
「そうです、喋っていても変わりませんから、キンキュージタイが解除されないと」
「解除されるのか」
ため息をつく隊長に部下は
「政府が変わらない限り無理でしょうね」
「変わらなければ…か」
このままバカバカしい監視に追われ、真の国家の危機を見逃し、経済が疲弊した挙句、人々が無気力になり、ゆっくり滅んでいくのをまつか。それとも他国に口実をつけられ敵国条項発動、国際機関に再び占領されるか。それとも、いっそ…。
隊長はリストを前にいつまでもウンウンうなっていた。
もしも、キンキュージタイが発令されたら、どうなるか。どこぞの国では案外こういうバカバカしい事態が起こるのかもしれません。まあ発令されないことが一番だと思いますが…