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【短編】不思議少女ミウ・小学生編

ひよこ豆のカレー

作者: れみ

【pixiv】にも同じ作品を載せていますが、こちらは細かい部分を手直ししました。

 ミウの作り置きカレーを、隣のクラスの古谷くんが勝手に食べてしまった。

 トマトとナスとひよこ豆を市販のカレールウで煮込み、家のコンロに置いて出かけたのに、なぜか鍋ごと学校の家庭科準備室に移動していた。古谷くんは火も通さず、菜箸で豆をつまんで食べていた。


「だめ! それ、一昨日のよ!」


 ミウが叫ぶと、古谷くんは驚いて倒れてしまった。揺さぶっても、耳元で名前を呼んでも起きなかった。


 次の朝、全校集会でミウの裁判が行われた。ミウは体育朝会のつもりで体育着に着替えてしまったが、そのまま被告人席に立った。


 先生たちはみんな黒いスーツを着ている。ミウの知っている子も知らない子もよそゆきのブレザーやシャツ姿だ。一人だけ赤いジャージを着た男がいたが、先生でも生徒でもなかった。


「静かに」


 校長先生が言った。いつもの朝礼と同じで、少しざわつきが残りつつも子供たちは口を閉じていく。


「水野ミウさん、あなたは鍋のふたを閉めましたか? 開けたままでしたか?」


 しまった、と思う。ふたは開けっぱなしだった。いつも忘れずに閉めているのに、どういうわけか今回だけは開けたままにしてしまった。


 ミウは黙ってうつむいた。答えたら確実に有罪だ。カレーの鍋を開けっぱなしにするなんて、どう考えても許されない。


「黙秘ですか。いいでしょう」


 校長先生は仰々しく子供たちに向き直った。


「有罪だと思う者、挙手」


 たくさんの手が上がった。同じ登校班のサチエも上げていた。近所だからこそ油断ならないんだ、とミウは思う。きっと、開けっぱなしの鍋が窓から見えたのだ。覗くなんて最低だと思いながらも、自分が悪いのだから仕方ない。


「では無罪だと思う者」


 ミウのクラス全員が手を上げた。仲良しのルルはもちろん、ケイタやユノ、いじめっ子のソウスケも高々と手を上げている。隣のクラスのアサちゃんと西川くんは「無罪放免」というバナーまで掲げていた。赤いジャージの男も手を上げていたが、やがて警備員に捕まって外へ引きずり出された。

 急に勇気が湧いてきた。そうだ、勝手に食べたのは古谷くんだ。そもそもカレーの鍋が勝手に移動したのだ。ミウが有罪になるはずはない。


「一人足りません!」


 教頭先生が正の字でいっぱいになった紙を握りしめて走ってくる。


「いつも脱走する問題児が……」

「マユキならここにいますよ」


 三年生の先生が、列の後方でマユキ先輩を羽交い絞めにしていた。嫌です、とマユキ先輩は甲高い声で叫ぶ。


「裁判なんか嫌です。僕は出ません。北海道でイクラを集めます。お店で買うととても高いんです」


 さらに勇気が湧いてきた。

 マユキ先輩の言う通りだ。高いイクラなんてとても買えない。カレーには安いひよこ豆と野菜しか入れていないのに、裁判にかけられるなんておかしい。


 違う、と教頭先生が言った。


「その子じゃありません。もう一人の、この前戻ってきたばかりの……」


 教頭先生の頭の上で、みしっと音がした。折り畳み式のバスケットゴールの上で、灰色の影が動いた。いた、と教頭先生が指をさし、全員の目が天井へ向かう。


「きみ! 何をしてるんだ、早く降りてきなさい!」


 影がのっそりと動き、丸い目と長い牙がぎらりと光った。三年生のアザラシ先輩だ。名前の通り、大きなアザラシの姿をしている。十二月の終わりに突然学校からいなくなり、ついこの間ひょっこり戻ってきたのだ。噂によると家庭に複雑な事情があるらしい。エサにするペンギンが足りなくなったのか、増えすぎて多頭崩壊したのか、あまり想像したくない話ばかりだ。

 アザラシ先輩は教頭先生を見下ろし、小さく吠えて笑った。


「マユキだって登ってたよ、昨日」

「きみはマユキ君の十倍以上大きいだろう! さっさと降りて裁判に加わりなさい!」


 嫌です、嫌です、とマユキ先輩が叫び続ける。ミウは時計を見た。朝礼の時間はとっくに過ぎて、九時を回っている。


「裁判なんか必要ねえよ。俺、残りのカレー全部食ったから」


 アザラシ先輩が平たい手で腹を叩き、満足そうに言った。ええっ、とどよめきが起きる。俺が食べたかったのに、私も食べたかった、と全学年の子供たちが口々に言う。


 ミウはため息をついた。またカレーを作り直さなければならない。学校が終わったら材料を買って、今日中に切って煮て、明日までにおいしく煮込み上がるだろうか。


 ああうまかった、と追い打ちをかけるようにアザラシ先輩が言った。皮を剥いでやる、と誰かが言ったが、その時にはもう人間の姿になっていた。目のぱっちりした、ハンサムな男の子だ。鍋いっぱいのカレーを腹に抱えていることに変わりないが、もう誰も文句は言わなかった。


「これにて終了! 出入口に近い学年から教室へ戻りなさい」


 校長先生のアナウンスがあったが、全員が我先にと出入口に押し寄せた。よそゆきの服を着ているので、大きなボタンや長いスカートが互いに引っかかり、もつれ合ってなかなか進めない。後ろのほうの子たちは、カレーのことでまだ言い争っていた。


 ミウは体育着を着ていたので、簡単に列を抜けて出ていくことができた。マユキ先輩は普段の制服、アザラシ先輩は人間に戻ってもアザラシのような部屋着だったので、三人は無事それぞれの教室に帰れた。


「二年生は私一人ね。何をしようかしら」


 ミウは席に座り、何も書かれていない黒板に向かって頬杖をついた。ルルとケイタが無事でありますように、と思ったが、いつまで待っても誰も教室へ戻ってはこなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一昨日のカレーは絶対危険ですよね。 アザラシ君の胃袋はなんと丈夫なんでしょう。 そしてその存在感の大きいこと(体も/?) 疑似裁判形式は怖く感じました。蓋を閉めたという問題じゃないのにと思っ…
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