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お龗(おかみ)なんて怖くない  作者: 八兼信彦
8/19

#2 幼馴染なんてこわくない(2)

  *


 先週のことである。


 家込逢澄かごめあいすはいつものように、屋上の給水タンク塔に登って、風に当たっていた。

 ここは家込の特等席である。

 校内のだれもこんなとこまで登ってこない。

 静かで、日差しもよく、風も抜けるので、低血圧の家込は、朝からよろよろとよじ登ると、朝課外や1限目を、日光浴して過ごすのだった。


 駕木は、そんな家込の様子を休憩時間毎に見に来るのが日課であった。


「アイス、HR終わったぞ」

「う~ん……まだだるい」

「じゃあ1限目も欠席にしとくか」

「ねえ無人ぉ」

「あん?」


 家込は、いつになく間怠い声を投げた。


「すごい力とかないかな?」

「なにそれ」

「空飛んだり、ビル壊したり」

「アイス、運動できないよね? 走るのだってビリじゃん」

「そこをなんとか」

「阿寒湖のマリモには、勝てるんじゃない? んー、水中戦じゃ厳しいか」

「じゃあ、大食い選手権にする。どう?」

「これなんの話し?」

「ここで太陽の力をもらっているのだー、とか言いたいのかも」


 そういって空に手をかざす家込。

 駕木は悠然とそれを眺めて、


「アイスにも取り柄はあるよ」


 と励ました。


「おぉ、どんな?」

「ここで眠れるのも、能力っちゃ能力だ」

「わたしすでに能力者だったか」

「いやホントそう思うよ」


 それは確かにそのとおりで、家込がここで朝の時間を日光浴に費やしても、成績は常に上位なので、教員たちも何も言えないのであった。


「じゃあ、戻るね」

「無人だったらどんな力がいい?」

「ぼく? 通信簿、見せたよね?」


 年度末の通信簿の評価は、すべての項目が5段階評価中の「3」だった。

 延々と3が並ぶ通信簿をみて、妹の雪花せっかは「人間アベレージ」と罵った。


「ミスタースリーだったか! バンバン!」


 家込は寝ころびながら、指鉄砲を殺し屋のように構えていた。


「普通、っていうんだよ」


 悪足掻きする気もない駕木は、成績を受け入れていた。

 べつに困りはしない。

 叱られるわけでも、褒められるわけでもない。

 普通であることで、平穏が得られるのなら、駕木にとっては十分だった。



  *


「わたし駕木くんと付き合うことにしたの。そのほうが都合よさそうだから」

「はい、意味がわかりません」


 田所は他の教員を呼びに行ったので、部屋には当事者だけが残されていた。

 この状況で席を外す教育者に疑問は残るが、駕木はなんとか応戦していた。


「無人には、まだ早いんです」


 眉根を寄せて困ったような顔をした家込が言った。


「アイス、それってぼくが人と付き合うのが早いって言ってる?」

「あら、駕木くんは知らないあいだに、大人になってるかも」

「香坂さん、誤解を生む言い方しないでくれる?」

「無人のは、まだ未熟で――」

「おおっと!? アイスまで!? ぼくたち、ただの幼馴染だから」

「わたしは、駕木くんの持つモノがどれくらいのものか、測りたいの」

「も、モノを測るっ!? ちょっとなに言って――」

「測らなくても、わたしは知ってます……」

「あっれー、ぼくとアイスってそんな関係だっけ!?」


 穏やかな香坂と家込のあいだで、ひとり忙しない駕木。

 しかしいくら駕木が騒ごうとも、ふたりはふたりだけで話を続けていく。


「家込さんは、昨日駕木くんになにがあったか知ってる?」

「いやいや、ぼくは約束通り、誰にも話してないから――」

「はい、知ってます!」

「え、なに見てたの!? いや、ホテルに入ったのは入ったけど、本当になにもなかったんだ!」

「じゃあ、駕木くんが置かれている状況もわかっているのね」

「とても苦しい状況ですよ、ぼくは!」

「無人とは、ずっと一緒に居たから」

「そりゃ幼馴染だからねっ!」

「家込ちゃんが、駕木くんの保護者だったのね?」

「むしろぼくが、アイスの面倒をみてたっていうか――」


 何故だか気まずくなってくる駕木。

 これではまるで、正妻と愛人のあいだで揺れるダメ男である。


 そもそも誰とも付き合っていないのだから、前提が成り立っていない。

 となるとこれは、タラし男の修羅場?

 いやいやそんなことあるわけ――

 などと駕木は慣れない思考を巡らせてクラクラしていた。


「駕木くんはどこまでできるの? 触ったり、撫でたりもするの?」

「ちょっ、香坂何言ってんだよ、アイスとはそんなんじゃ」

「撫でるだけじゃなくて、チューだってできるもん」

「はあっ!? あ、それあれだろ? 小さいときにしたとかっていう。そんなのカウントすのは、どうかと思うぞ!」

「チューまで!? 信じられない!」

「え、そんなに驚くこと? 子供のチューくらい!」

「無人はすごいんです」

「また誤解を生むようなこと」

「駕木くんって、そんなに愛されてるの? 想像以上だわ」

「そうなんです」

「そうだったの!?」


 思いがけず家込から愛の告白を受けた気がして、血がのぼる駕木。

 それでも家込と香坂は、構わず続けた。


「無人は渡しません、わたしたちで何とかします」

「いつまでも隠し通せることじゃないでしょ?」

「なんとかしてみせます」

「駕木くんに自由はないの? かれにも人生を選ばせてあげるべきじゃない?」

「それはぁ……」


 形勢が押されたのか、家込が気まずそうに視線を逸らした。

 香坂は、まっすぐに家込を見つめていた。


「家込さんが、駕木くんの幸福に自信があるんだったら、全部告白すべきよ。 じゃないと――わたしが奪っちゃうから」

「だ、ダメです!」

「じゃあ逆に訊くけど、家込ちゃんはわたしのこと、どれだけ知ってる?」

「…………」

「それを知ってからでも、遅くはないよね?」

「無人に、すべて捧げられるんですかぁ」

「わたしこれで結構、尽くすタイプなの。零か百。はっきりしてるでしょ?」

「むうん……」


 家込が煮詰まってしまった。

 駕木もふたりの女性から告白を受けている現状は、まるでドラマか冗談のようだが、なにをどう言ったらいいのかわからず、まごついていた。

 すると、生徒指導室の外から「くっくっく」と忍び笑いが響いてきた。

 3人がいぶかしげに振り返ると、扉が開いて生徒会長の東郷湊とうごうみなとがあらわれた。


「色男だね、駕木くん」


 東郷湊は聡明なる女傑として、この高校に君臨する3年生である。

 駕木と家込が萎縮するなか、


「聞きつけるのが早いのね」


 香坂が悪態をついた。

 東郷は有閑な素振りで机に近づくと、片肘をついて香坂を威嚇した。

 悦に入ったその態度は、宝塚の男役を思わせた。


「見てごらん、駕木くんがすっかり混乱している」


 駕木にはもう思考力がほとんど残っていないかった。

 けれども東郷は、駕木を救うどころが、追い打ちをかけることを言うのだった。


「彼女たちが、いったい何について話していたか、教えてあげよう?」

「ふへ?」

「彼女たちは――ドラゴンの話をしていたんだよ」

「……ドラゴン――」


 駕木の目は点になり、残されていた思考力も底をついた。

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