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お龗(おかみ)なんて怖くない  作者: 八兼信彦
18/19

#4 隣人なんてこわくない(2)

  *


 畳にあぐらをかくミュシャの前に、茶菓子と抹茶が据えられた。

 ミュシャは四白眼をギロリと見開いて、相手をうかがった。

 点前は、正座するエリスにも披露される。

 エリスはいつもと同じく表情もないのだが、どこか悦んでみえた。

 茶室にはもうひとり。

 茶を点てた壮麗の婦人が、質素な無地の着物姿で恭しく頭を下げている。


「改めまして、家込麻氣穂かごめまきほと申します」


 きっと実年齢より若く見えるのだろう。

 短く整えられた髪には、まだつやこしもあった。

 きめ細やかな肌も白く、くすみなども見当たらない。


「かったるい挨拶はいいから」


 ミュシャは茶椀を小さな手で持ち上げ、グビリと飲み干した。

 毒など恐れる気配もないし、作法を守るつもりもない。


「にがっ……」


 今度は菓子器の羊羹ようかんをつまんで、口に放る。

 5口ほどもごつかせてから、


「あまっ……」


 と嘆息した。


「お口に合いませんか?」

「咽喉が乾いているときに呑むもんじゃないでしょ?」

「失礼いたしました」


 麻氣穂も、頭を下げなかった。

 背筋を引き締め、肝の据わった女将の態である。

 エリスは両手を茶碗に添えて、ゆっくりと飲み下していた。


 街は、ほとんどの住人が、生命が、機械が――

 無機物も有機物も隔てなく時間を止められていた。

 すべてが停止する街なかに、悠々とあらわれたこのご婦人は、

 家込家の当主と名乗ってから、ふたりを茶室に案内した。

 麻氣穂の腹積もりは読めないが、ミュシャとしても話し合う気がないわけではない。

 いまは、状況を把握したかった。


「では率直に申し上げます。このまま、お引き取り願えませんでしょうか?」


 冷厳な麻氣穂の、生温い視線が茶室を漂った。

 ミュシャもすでに、肚は決まっている。


「わたしを閉じ込めたのは、あなたよね? いまさら出て行け?」

「わたくしたちは争いを好みません。このまま引いていただけるのであれば、手出しいたしません」

「ふーん。でもわたしは、散歩してただけなんだけど?」


 はったりをかますミュシャ。

 これも半分は事実である。

 目的は〈調査〉だったので、なにもなければ帰投するはずだった。


「このような住宅街を、フォース・ガーデンの方が、ですか?」

「へぇ、ガーデンってことも割れてるのね」

「わたくしたちは、あれを渡すつもりはございません」


 目の細い麻氣穂は、瞳から動向を探らせてくれない。

 けれども、こうして当主みずから姿をあらわしたという事実こそ――

 麻氣穂らも追い込まれている、ということなのだろう。

 籠目の呪が破れたのも、それに由来するはずだ。

 ミュシャは、はやくも賭けに出た。


「この『停滞』を、わたしたちに解除してほしいってこと?」

「はい」


 麻氣穂は即答した。

 これがミュシャには確証となった。

 麻氣穂らは、騒ぎを起こしているのはガーデンだ、と思い込んでいるようである。

 であれば、利用しない手はない。


「解除してあげてもいいけど――」


 優位に立っているという自信から、ミュシャは高慢になる。

 切羽詰まった麻氣穂らは、強気に見えても後はないのだ。


「タダで見逃してくれ、って虫が良すぎない?」


 チンピラの強請りのごとく、ベットを吊り上げた。

 すると麻氣穂は、興味を失したように肩の力を抜くと――

 虚しさを身にまとった。


「ですから――無傷・・で帰すと言っているのです」


 言葉の端から敬意が消えた。

 これにはミュシャもすこし戦慄した。

 敵と対峙したとき――

 もっとも恐ろしいものは、怒りや憎しみという感情ではなく、無心である。


 戦場の兵士たちの噂話に、こんなものがある。

 敵陣に拿捕され、拷問にかけられるとき――

 刑吏けいりが男ならば、まだ易しいという。

 おそろしいのは淑女の刑吏があらわれたときだ。

 淑女らは、妄執的に職務をまっとうするため、慈悲も快楽もないという。

 死ぬほどの苦痛を与え続け、情報を引き出すこと以外に関心がない。

 ミュシャと相対する麻氣穂からは、そんな鉄にも似た冷たさが感じられた。


 しかし、ここで怖気づいてしまえば、もはやミュシャに退路も血路もない。

 『人質』とはいえ、大人しく『盾』になるつもりもない。


「じゃあわたしが、勝手に帰ったら、あなたはどうする?」


 茶室に緊張がみなぎった。

 衝突も辞さない、という布告だった。

 この煽りに――


「玉砕覚悟で、阻止しましょう」


 麻氣穂もこたえた。

 一触即発である。


 が、実際に抗戦がはじまれば、分が悪いのはミュシャであった。

 麻氣穂たちはまだ、数の優位をわかっていない。

 ガーデンズという多勢をイメージしているからこその、会談である。

 「数の脅威」に、麻氣穂らはひるんでいるのだ。


 しかし実際には、ガーデンズから人員が割かれる希望は限りなく薄い。

 世界的規模の団体ではあるが、騒がれることを極度に嫌う。

 『停滞』という騒ぎに、飛びこむ危険は冒さないだろう。

 それにガーデンズの人間とはいえ万能ではない。

 『停滞』のなか、どれだけの人間が動けるだろうか。


 対して、麻氣穂らの優位は、間違いなさそうであった。

 街に巨大な籠目の呪を掛けるために要する人員、土地、費用を鑑みるに。

 籠目一族が、太古より一帯を治めていたのだろう。

 家込、籠、下後馬、加護など、あたりはカゴメ族の表札に埋め尽くされていた。


 とはいえ、ミュシャも漕ぎ出した舟である。

 ここで黙って引き下がれば、ミュシャの魂が廃る。


「ガーデンズは知っているみたいだけど――わたしのことは知らないようね」


 ミュシャは全霊をもって威嚇した。

 こうなればミュシャも、刺し違えてでもカゴメを滅ぼしてやろうかと思った。

 すると――


「運び屋のエリス様と――その従者様ですよね?」


 激しくずっこけるミュシャ。


「じゅ、従者ぁ!?」

「あ、あれ? 違いました?」


 ミュシャのこけっぷりに、麻氣穂も動揺する。


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