イブリース・前編
「とは言ったものの……っ、流石にこの暑さは応えるな」
スカイマウンテンは鉱山であり、活火山でもある。流石に立ち位置が鍋の蓋に思える岩の足場。
更に足場の下や周辺は今にも噴き出しそうなマグマともなれば熱気で意識が朦朧とし、肌が焼けて痛く息を吸うだけでも喉と肺が焼けそうだ。
体力と思考力が徐々に奪われ、立ち続けるだけでも苦行と言う最悪な状況下での戦闘。可能な限り速攻で終わらせたいが、無理だろうな。
「無謀な挑戦に敬意を賞しハンデをやろう。さあ、何処からでも攻めて来るがいい。一撃目は受けてやろう」
両腕を大きく無防備に広げ、悪魔顔の尻尾が付いたゴリラ擬きが高らかに宣言して来やがった。
漫画でもこう言う場面はあるけど、大抵攻撃が通じないんだよなぁ……何処からでも、ねぇ。全身全霊の金的とかじゃ駄目だろうか?
(いや、宿主様、それは……ちょっと)
(ソウダゾ。奴ニ性別ガ有ルカ判ラン以上、貴重ナ一撃ハ必殺ニシタイ)
(えっ、そっち?!)
ゼロとルシファーの話もそこそこに、奴を観察する。顔や体格は……以前と変わらんな。まあ、チラチラ見える猿の尻尾が相違点か。
さて……普通に俺の打撃じゃ通じん。かと言って短剣で斬ろうにも刃が折れる、刺したら抜けず反撃を貰う未来も見える。
となれば……スレイヤーとして狙う部位は限られる。豊富な戦闘経験から導き出した攻撃箇所と装備は──
「ほう。そのナイフで刺す気か」
「まあ、使い捨てとしては十分だろ?」
コートの内側から取り出し右手に持つはサバイバルナイフ。魔力で身体強化を施し準備は大方完了。
軽い会話の後、一気に駆け込み狙うべき箇所へナイフを突き出せば──宣言通り防御も回避行動も取らぬイブリースの眼を捉え突いた。
「鍛えられぬ部位とは良い狙いだ。但し、言葉通りに『信用』していなければな!」
「チッ……そう来たか」
確かにナイフは奴の眼を捉えた。が……野郎、眼に魔法障壁を一点集中させて防いだばかりか、硬度負けした此方のナイフを逆に折りやがった。
魔力が高い奴の障壁ってのはコンクリや鋼鉄並に頑丈だから厄介で困る。反撃を警戒し、バックステップの連続で後ろへ下がるも。
此処は円形のマグマ溜まりに浮かぶ足場。少し下がり過ぎたらしい。迂闊にも手元から折れたナイフが溶岩に落ち、瞬く間に呑まれ溶けた。
「どうしたどうした。戦いは始まったばかりだぞ?」
「ふぅ……ふぅ……クッソ。此方の動きをほぼ完全に捉えてやがる」
予想を遥かに上回る熱気、破れない防御障壁に参り動けないでいると、涼しげな顔をして此方へ殴り込んで来やがった。
しかも此方の反応速度が鈍った回避行動を見切った上で──『わざと攻撃を避けれる様に外して』楽しんでやがる。趣味の悪い野郎だ。
だが……下手に直撃を受け、吹っ飛ばされてマグマダイブは避けたい。足場の岩板を破壊されるのもな。野郎は無事でも此方は即死だよ。
(宿主様、俺達に任せろ!! 筋肉で押し切ってやる!)
(まあ、貴紀は少し休んでなさい。この馬鹿とルシファーは熱なんか関係ないから)
馬鹿を言うな。まだウォッチの使用回数は回復してないんだぞ!? もし今此処で使い切ってしまったら、決め手が無くなってしまう。
奴に聞こえない様、ウォッチを通して二人に抗議するも。ルシファーが横から「スマナイ。話ニ割ッテ入ルゾ」と口を挟み──
(大丈夫ダ。確カニ『王ガ能力ヲ使エル』ノハ後一回ダガ、俺達ト交代シタリスル分ハマタ別ダ)
(つまり種類が違う。宿主様専用能力と、俺達が共有する回数制限は違うんだよ)
(だからウォッチはまだ、後『四回』使えるわ)
戦闘中と言う事もあり、簡潔に教えてくれる三人。成る程な、と思い納得する理由も付け足してくれた。
俺自身の能力発動もセットと考えていたが、全くの別扱いだったとは……有り難い。色々と足らぬ俺を何時も支えてくれる信頼出来る仲間達に感謝だな。
「はぁー……任せた!」
(任せな。俺様の名状しがたき筋肉が、魔王だか魔神だか知らねぇ野郎を野望諸共打ち砕いてやるぜ!)
一旦距離を取り、心を整える為息を深く吐く。右手が勝手にウォッチの矢印を回し、呼び掛けに返事が返って来たタイミングで叩いた。
紫色の眩い光がウォッチから放たれ、収まった頃には主導権と姿がルシファーへと移る。首元で括った背中に届く真っ直ぐな黒髪。
凛々しい顔立ちに紅い眼、青いジーンズ系で着飾った男性。身長の高さとか知識、能力から兄貴分と見ているんだが……そんな人物に王と呼ばれるのは……ねぇ?
「さて──同じく堕ちた者同士、相手になってやろう」
「この魔力、ほほう。貴様、R計画の関係者だな?」
(ちょ、おい、ルシファー!! あの流れだと完全に俺だろ!? 宿主様の手を勝手に動かしてズルすんな!)
ふぃ~……交代したからか、マグマサウナから解放されて涼しく感じる。とは言え、ゼロはイカサマをした事に怒り心頭。
相手も魔力感知が出来るらしく、ルシファーが関係者だと言う事を一発で言い当て、不適な笑みで此方を見て突貫して来る。
「だが、お前達の情報は既に得ている。過去の連中は力が全てと認識し、下僕を信頼し滅びた阿呆共ばかり!!」
悔しいがイブリースの言う通り、大抵が力こそ正義。みたいな連中だらけだった為、罠に嵌めたり行動を分析して攻略したりもした。
悪環境とは言え俺の……自分の行動を見切ったのも魔人や融合獣との戦闘を観察してだろう。何処で見ていたかは知らんが、此処で戦ったのは自分と霊華だけ。
細い外見から力系では無いと読み、強引にマグマへ押し切ろうと力勝負へ持ち込み両手で組み合う。ゴリラ顔負けの腕で押して来る為、力強く踏み込む。
「ほう。R計画を知っているのか」
「OZ計画やEVE計画同様、短命の出来損ないと言う事も──なッ、何……を、した。貴様!?」
「ふぅ……こんな事も判らんとは。正直、期待外れだな」
嘲笑う顔で押し込むイブリースと、涼しげな表情で対抗するルシファー。だがまあ、三つの計画を知り侮辱する言葉を発した途端──
奴の脚は震え自ら跪き、見下ろす紅い眼を見上げ、見返しては疑問を投げ掛ける姿に呆れる。まあ、こんな戦い方するのは自分達の中でも主にルシファーだけ。
「普段は武器を使うんだがな。お前みたいな外道は一度ぶん殴らなくては気が済まん!」
「な……なんだ、この力は……何故、我が魔力障壁がこうも簡単に、破られる?!」
丁度見上げて蹴り易い顎へ左膝の蹴りを叩き込み、少し浮かせたところへグッと右拳を作り紫色に光る魔力が付与された拳を顔面へと叩き込んだ。
清々しい程足場の岩に顔面を擦り付けながら吹っ飛び、豚鼻から青い血を流しつつ何やらブツブツと話している。
「生憎、魔王期間は長くてな。名前だけ拝借した様な魔王擬きに敗けはせん」
「な、何故だ……何故それ程の力が有りながら貴様はアダムに、ジューダスに、あんな年代物の骨董品に力を貸し、従っている?!」
「はぁ……そんな事も判らんとは。もういい、王が手を下すまでもない。俺が仕留める」
歩み寄っては左足で奴の左手を、右足で背中を踏み付けた状態で話す中。理解出来ず、問い掛ける様子に呆れ果ててしまったのだろう。
左手のブレイブシールドを逆さに持ち、爪部分をイブリースの頭へ突き刺そうと振り上げ、一気に突き刺そうと振り下ろした。
「何ッ?!」
が──なんと爪部分は足場に突き刺さり、奴の首は『胴体から自ら離れ』てしまった。これをなんと表現すれば……そう。
融合神イリスと同じく、頭部と胴体が別々の生き物と言えば良いだろうか? ゲームなら本体とカセット、人間で言えば本人とカツラ。
分離した頭……イブリース・ヘッド、とでも言おうか。奴はケタケタと此方を嘲笑い、首元から血管らしき触手が生え、走り回りながら眼より黄色い怪光線を放つ。
「我は学んだ。貴様らは効率良く敵の生死を確認する、一撃で倒す為には頭部や急所を狙うと!」
(いやいやいや。学習して攻略するってのはゲームでも敵側じゃなくて、プレイヤー勢がやる事だろ?!)
(そう? 最近のゲームじゃ、此方の行動を学習するのもあるじゃない。融合獣も成長段階次第では桁違いだけど……)
あぁ~……此処に来てからずっとスキル・スレイヤーと直感で戦ってたのが仇になるとは……効率良く倒す。
それ即ち行動パターンが固定化する、だもんなぁ。理解し対応出来る実力があれば此方の攻撃は見切り、反撃すら出来る。
早速スキル・スレイヤーの弱点が見破られるかぁ。てか……ちょこまか走り回っての怪光線もウザいが、胴体の方もジタバタしてて気持ち悪い。
(おいおいお~い!! 大丈夫かルシファー! お前の苦手な予想外の展開だぞ?!)
「なんの、これしき……っ」
自分は最悪の展開を予想するが、ルシファーはそうなる前に片付けるタイプ。それ故か、予想外な展開や出来事へ対し非常に弱い。
心配するゼロに強がってはいるが、離れようとしても残された胴体側が尻尾を右脚に絡み付かせ、逃がさない様にしている。
相当焦っているらしく、普段通り冷静なら対応出来る今ですら対処法が思い付かず、強引に引き離そうとしているので……
(落ち着くんだ、ルシファー。光線は弱い、無視して尻尾を根元から切り落とそう)
「……!! あぁ!」
助言と言うか、自分自身の意見を伝えると冷静さを取り戻した様子。屈むと右手の手刀で巻き付く尻尾を切断。
飛び出し転がって距離を離せば、蜥蜴の尻尾さながら動く尻尾を引き剥がし、マグマへと投げ棄てた。
手を伸ばす様に伸びた……かと思いきや、燃えて完全に呑み込まれ消滅。後は頭と胴体だけ、だな。
「っ、何だ、今度は……」
「ふふふ、ハハハハハハハ!! 計画通りだ。人間やドワーフ共に此処を刺激させた甲斐があったわ!」
(此処を刺激……人間が行った爆破やドワーフの無差別採掘の事ね。まさかこんな時に噴火するとは……)
酷く揺れる足場。徐々に、されど確かに足場が揺れている。高笑いするヘッドの発言から静久とシュッツが言っていた言葉を思い出す。
『奴らの鉱山発掘を阻止しなければ生態系が壊れ、この辺りが危ない』とか。
『スカイマウンテンは雲の遥か上まである……それをドワーフ族は見境無く掘り、人間達は何度も爆破している』だったな。
しまったなぁ。噴火の事、スッポリ頭から抜けてて対応策を打ってない──最悪、集落四つと生態系の完全崩壊は免れん……
 




