再戦へ
魔人との決着はついた。……と言って良いのだろうか? アレは結局、融合獣と化した魔人達を倒しただけに過ぎない。
自分としては何処か不完全燃焼的な気持ちでモヤモヤしながらも、ムート君やアナメ達に家へ押し込まれ、リビングの椅子にコートを被せて座り。
暫しの休憩を取っていた。木製の扉をノックする軽い音が聞こえ、出掛けた三人以外の客人を迎え入れるまでは──
「男子、三日会わざれば刮目して見よ。とは確か、少し前のことわざ……だったかしら?」
「そうだね。でも突然何さ、そんな事を言うだなんて」
(いやいや。ボケだか素だか分からねぇが突っ込めよ)
テーブルを挟み、向かい合う形で座る自分達。突然の来訪に何事かと思っていたら、いきなり妙な事を言い出した。
まあゼロの気持ちは分かるが、時間感覚には個人差がある。人間ならずっと昔だけど、魔王の琴姉からすれば少し前なんだろうよ。
「何か強大な力を感じて来たんだけど……」
(もしかして、宿主様が使った破壊の力か?)
確かにそれもあるだろう。でも多分、感じ取った力はフィールド・終焉の地じゃないのかな。破壊の力は使った感じ、不完全だったし。
「その右足。早く治療した方が良いんじゃなくて?」
「右足?」
「やっぱり。気付いてないのね」
治療した方が~と言われても、痛みも無ければ普通に歩いたりジャンプだって出来る。訳が分からず聞き返すと確信した様子で席を立ち。
歩み寄り、屈んではズボンの右足部分を掴み上げた。すると……痛みを感じないのが不思議な位ズタズタに引き裂かれ、血塗れな右足が丸見えとなり。
応急処置として、止血と簡単な治療を施してくれている。ただ──なんと言うか、治療中に見せる琴姉の心配そうな表情に、申し訳なさを感じて心苦しかった。
「強い力は必ずしも、幸せだけを運んではくれない。何事も対価を支払わなきゃ、何も出来ないのよ」
「うん。……分かってる」
我が子へ教え伝える様に、見上げて話す琴姉。確かに自分が取り戻した力は全て、発動に対価を求められる。
覚える力は情報を得る代わり、脳の処理が間に合わず頭痛と言う痛みが。破壊の力は効果を発揮した瞬間、使った部位が反動を受け負傷してしまう。
お金も使えば幸せを買えるが、同時に誰かの恨み・妬みも知らず知らず買ってしまう。持たざる者は持つ者よりも大切さを知る者も多い。その逆も然り。多分だが琴姉が言いたいのは、そう言う事だろうな。
「坊やはもう少し、自分自身を大切にしなさい」
「あぁ~、うんまあ。善処します」
ずっと昔。仲間達に同じ様な事を言われたのを思い出した。とは言え、取り戻した能力と敵次第では無理と言いたいが……言えないのは今も昔も同じ。
琴姉や仲間達には悪いが、無傷で帰れた試しが殆ど無い。寧ろ強くなっても自分以上の実力者連中相手に無傷で帰れる方が頭おかしい。
いやまあ……暗殺とか罠に嵌めるとかすれば、可能っちゃあ可能なんだがな。妙に正々堂々な連中もいるから出来んのよ。
「あぁ、ほら。顔も体も傷だらけじゃない……」
なんと言うか。二人っきりの時の琴姉は自分に対する接し方が、毎日擦り傷を作って帰る弟を心配する姉や母親に思えた。
お母さん……お母さんか。この体を生んでくれたのは霊華だが、誘拐された後に育ててくれたのは違う人。それでも、あの人も自分には大切な義母親。
「王国へ帰ったら、服も新調しないと」
(魔王琴音。王ト合流スル前、風ノ噂デ耳ニシテイタガ……フム)
顔や体の傷を目立たない位まで治癒して離れた。と思いきや、今度は戦闘で破けた衣服の話にまで移った。
自分も心配性ではあるが、端から見たらこんな感じなのか? ルシファーは何か思い耽ってるし、今は下手に動かず余計な口を開かさない方が無難だな。
……無難、か。そう言やあ昔働いてた職場で無難な方法を取ったら、最善を取れって怒られた覚えが。うん、思い出すのは止めよう。そんな時、机の上に有る一冊の辞書みたいな本に気付いた。
「これ、坊やの?」
「いや。このタイトルは……ウズナちゃんが書いてた小説と同じだ」
(アァ、王ガ読マセテ貰ッタト言ウ物カ)
自分に手渡し、所有物かと尋ねる琴姉に違うと言いつつ、娯楽が少ない此処ではもう一度読みたく思っていた為。
丁度良いと思い、最初のページを開く。もくじへ目を通すと、全八章らしい。サブタイトルはそれぞれ──
一章からストゥルティ、魔人、悪魔、惨状、復活、真実、決戦、結末。ページをペラペラ~っとめくり目を通せば驚きと不安で心が乱され、張り裂けそうだった。
「この内容。視点や細かい点こそ違えど、自分達が此処で体験した出来事とそっくりだ……」
「つまりアタシ達が此処で取った行動は予測されていた。って事と見るべきね」
七章中盤まで読んだが、大まか合っていた。一体誰がこれを──そう思った時、先程自分が言った発言と意味を思い出す。
ウズナちゃんが『書いてた小説と同じ』内容なのだ。読ませてくれた部分はほぼ同じで、過去に起きていた、これから起こる出来事すら書いてある。
当然、行方不明のイブリースに関してもチラホラと。もしかしてこの預言書紛いがシュッツ達に勝った報酬って訳か? まあ、有り難く頂こう。
「でもこの物語。アタシ達が敗北して完結みたいね」
「あぁ。そうだな」
琴姉が言う通り、この物語の最後は自分達が完全体となったイブリースに敗北。その後、トリスティス大陸は永遠に覚めぬ悪夢へ落ちる。
ハッキリ言ってバッドエンド。救いなんて微塵もない結末。自分を悪者として書くのは別にどうでも良いが、琴姉達を石化し砕くのは頂けないな。
奴の情報も得た、潜伏場所も判明した。後は奴に余計な時間を与えず倒すだけ。仕掛けは八割で止まってしまっているが、仕方ないと諦め立ち上がる。
「勝率の低い戦いに行く気?」
「アナメとの約束や個人的な用事もあるしな。大丈夫、そう簡単に殺られはしないさ」
「……坊や」
椅子に被せたコートを掴んで肩に掛け、出入り口付近へ立て掛けた盾も取り、ドアノブに手を伸ばし後は捻って押すだけ。そんな時──
白シャツを後ろから摘ままれ、体を捻り振り返ると俯き、自分を此処から行かせまいとする琴姉の姿があった。
強引に進めば弱々しく摘まむ手は振り切れるだろう。けれど自分の心は立ち止まって話を聞け、例え悲しい思いをさせるとしても……と言う。
「行っては駄目……行ったら、坊やまで殺されてしまう」
普段の自信に満ちた声とは違い、雑音があれば消されてしまう程にか弱い声でそう言った。シチュエーションとしては……そうだな。
戦争へ行く恋人や弟や兄を止めたい女性、だろうか。でも琴姉が自分を止めたい理由は何だ? 弟分にでも見ているとかか?
「誰かがやらなきゃ、この悪夢は終わらない」
「それでも!! 坊やが行く必要は無いじゃないの!」
「これは──俺がやり遂げるべき事なんだ。分かってくれ、琴音」
止まない雨が無い様に、覚めない悪夢も存在しない。俺が必ず行く必要が無いと泣き声混じりに強く言ってくる言葉も、気持ちも分かるつもりだ。
けれど──『俺に助けを必死に求めている誰か』や果たすべき約束、個人的な用事、やり遂げるべき事も今から向かう場所に纏めて存在する。
魔人や融合獣戦の後で万全とは言い難い状態ではあるものの、これ以上時間を与える猶予も無い。与えてしまっては助けを求める誰かも。
果たすべき約束も全てが無駄に終わってしまう。だから……親しみを込めた呼び方ではなく名前で呼び、制止を振り切って家を出た。
「貴紀、見付けた」
「詠土弥?」
外へ出ると、行方が分からなかった詠土弥とばったり遭遇した。何度見ても静久に瓜二つなんだが……心なしか、肌色が少し悪い。
相手側の言葉から、詠土弥も此方を探していた様子。とは言え、急いでいる身としては頼み事をして早く目的地へ向かいたい。
「詠土弥、重大な仕事を一つ任せたいんだが、頼めるか?」
「……」
内心急いでいる事もあってか、単刀直入に尋ねてみたが……詠土弥は此方をじろ~っと見ているだけ。返事がなく、困っていると口を開いた。
「私、貴紀に倒され掛けた事、まだ根に持ってる」
その言葉はある意味、加害者と被害者の関係を物語っていた。ハッキリ言って詠土弥には悪いが、当時の記憶がスッポリ抜けている。
単なるド忘れか、それとも……まあそれはそれとして、頼める雰囲気じゃ無さそうだ。手札は減るが、今の手持ちで行くしかあるまい。
「でも私、悪い事、した。だからどう償うか、考えて静久に聞いた」
「それで、静久はなんて言ったの?」
「私が成長する良い機会。だから、自分自身で決めろ。って言った」
成る程。確かに詠土弥は言わば命令を行う機械、人形的な部分がある。静久は自分自身で考え、決断する能力を与えようとしている訳か。
「私……やる。静久に良いとこ、見せる。その為に来た」
「分かった。頼みたい内容は──」
過去に行った悪い事を償う為、手伝ってくれると言う気持ちを利用して悪いが……手短にやって欲しい内容を伝え、飛び立とうとした瞬間。
何もない空間に波紋が広がり、中から剥き出しの筋肉みたいな生々しい触手が伸びて来た。狙いは人間……いや、シュッツも襲われている辺り、生命体の様だ。
可能な限り捕まらない様、盾や短剣で対応してはいるものの如何せん数が数十本と多く対処し切れず、既に十数人は連れ去られている。
(妨害モ含メ先手ヲ打ッテ来タカ。王ヨ、コレハチャンスダ。此方カラ乗リ込ムゾ!)
「……それしか、手は無さそうだな。詠土弥、後は頼んだ!」
「ん。任された」
姿が見えなくなっても、聞こえてくる犠牲者達の悲痛な声や恐怖に染まった悲鳴。そして──『生きたいと必死に願う声』が助けれず、罪悪感に震え立ち尽くす俺の背中を押す。
ルシファーの提案にそれしか手は無いと理解し後の事は詠土弥に託し、切り落とした触手が撤退する波紋の中へと自ら飛び込んだ。
「此処は──」
飛び出た先はトリスティス大陸のど真ん中、スカイマウンテン内部。それも地下深い。空は見えるが鉱山の噴火口までが遠く、まるでフラスコの中の小人になった気分だ。
「疲弊した体で自ら死地へ飛び込むとは……余程死にたいと見える」
「悪いが、此処でくたばる予定は無くてな。テメェへのリベンジ序でに取り込んだ連中、全員返して貰うぞ」
何処からともなく聞こえてくるイブリースの大きな声に対し、此方も辺りを見渡し奴を探しながら大きな声で言い返す。
すると辺りが突然大きく揺れ始め、地震が起きたのでは? と思い屈んで姿勢を整えていたら。
周囲の壁が一部砕け、赤く近寄りがたい熱気を放つ液体が流れ落ちては俺が居る円盤状の足場。まさに蓋と鍋と言うべき状態らしい。
下の大きな窪みに凄い勢いで注がれて行き、足場が小船同様に揺れている。こんな不安定な場所で戦う羽目になるとは……
「信頼するからこそ裏切られ、傷付く。ならば元より信頼など不要。常に疑心暗鬼であればこそ、傷付く必要もないのだ!」
煮えたぎる溶岩、マグマの中から奴のゴリラ以上に太い腕が現れ、奴自身も姿を現した。溶岩風呂とはな……人間がやったら文字通り骨も残らねぇよ。
不安定な足場へ飛び乗ると心を許し、信頼すれば裏切られ傷付く。だから信頼など不要だと豪語した。いやまあ、言いたい事も気持ちも分かるけどな?
「生憎、生命って奴は単体じゃ生き残れなくてな。それに──そんな疲れる生き方、苦痛でしかねぇし心が壊れるわ!」
「生命など、他者を食い物にする愚か者達!! 滅びても何の支障もない!」
「だろうな。けど……俺は俺が守りたい者達を守る為に、昨日の俺を乗り越える為に、お前に挑む!」
常時疑心暗鬼の世界とか、毎日が辛くて苦痛しかねぇよ。そりゃあ傷付く事は無いかも知れんがな、それ以外のモノを棄て過ぎだ!
確かに詐欺・泥棒・ハイエナ、人類や生命って奴はそう言う事を己の欲望を満たす為だけに何度も繰り返し行う連中の集まりだ。けれどな。
毎日毎日、頑張って馬鹿正直に生きてる連中だっているんだ。俺はそう言う連中や夢を追い掛ける奴らを救いたい。当然、俺個人の篩には掛けるがな。
さて……とウォッチは後二回、取り戻した能力は普通で一回、運良くて二回が限度。さあ──勝負だ、イブリース!!




