奇跡の水・後編
道中、ルシファーに空へ飛んで貰った。戦況を見渡す眼となり、琴姉や静久と通信するアンテナ役として。自分達が辿り着いた場所……其処はスカイマウンテンの周辺。現状知る限りだと『もっとも砂鉄』が多く、初めて大山姉妹とルナ鉱石を手に入れた場所。
ルシファーから送信され共有する視界、情報だと位置的には東側寄り。つまり悪く言えば仲間達と引き離され援護は受けれない。良く言えば進軍中の二種族から邪魔は受けない。で……当然の如くコトハとウズナちゃんが自分達の到着を待っていた。
「まだ一日も経ってないですがぁ~……チマチマやるのも面倒臭いしぃ~、パパッとやりますか~!」
「ソイツは同感。此方としてもやる事はあるんでね。手早く終わらせて貰おうか」
相手側もやる気満々らしい。一応作戦は琴姉や静久に全て話してある、臨機応変な変更もしてくれるだろう。でも、仕上げは自分がやらなくてはならない。そう言う意味でも手早く終わらせたい為、可能な限り速攻で攻める。
するとアナメが小さい声で「コトハは私に任せて、貴紀はウズナを……お願い」と頼まれ、短く頷き肯定。二人で相手側へ突っ込む中、アナメは先行し自分の目の前で闇を纏い魔人・ファウストに変身、コトハへ殴り掛かった。
「其処まで本気って訳か。よっしゃ、琴姉に魔力供給を頼む前提で行きますか」
「破壊者、破壊者。ウズナの……敵!!」
「ひふふ……そう言う魂胆ですかぁ~。良いですねぇ~」
「三騎士・コトハ。私の妹を苦しめた罪、今度こそ払って貰う!」
コトハが何かを察したらしいが、今はウズナちゃんを呪術から解放するのが先決だ。使えるスキルは全開で挑まなきゃ、此方が殺られる。今は……今だけは、ファウストを、アナメを信じて前だけを向き突き進め、俺!!
「なんで、なんでナンデナンで、一回も当たらない!」
「っ……」
襲い来る砂鉄が集まった剣五本と二本の腕。バトル漫画とかであるラッシュの雨霰を体験するとさ、主人公は良く避けたり耐えると思う。スレイヤーと直感で動きを先読み、最低限の移動で避けてるけど恐怖感が心臓に悪い事悪い事。
休憩と仮眠は挟んだけれど、流石に一日以内で連戦は幾らスキルでもキッツい……な。連発する度に頭痛と眼の痛みが増して行く。直感スキル発動回数が上限に近付いて来たらしい、昔もそうだったが、強力な能力程反動も強かったりする。
射程範囲五メートルが滅茶苦茶長く感じる。オマケにハイジャンプで一気に攻め込めない対策として、振るう剣五本で前方の道を横薙ぎ振り下ろしで塞ぎ、動きを止めたら拳で仕留めるスタイルだ。これは聖水を使うどころじゃないぞ。
「もしかして……死体の癖して恋でもしたんですかぁ~?」
「……黙れ」
「ブッホ!! ちょ、冗談で言ったのにマジですか! ンはははははは!!!」
「黙れ、外道!!」
流石に余所見をする程余裕は無い。けれど、本当に口五月蝿い奴だよコトハは。最悪、痛みと喧しさで集中力が乱れそうだ……本当の達人なら乱される事は無いんだろう。そう言う人達は素直に凄いと思うよ、俺は……っと、危ない危ない。
もう少し反応に遅れてバックステップが間に合わなかったら、頭から股まで一刀両断真っ二つどころかスライスの出来上がりだった、なんとぉー! クッソ、初戦では移動しなかったのに今回は腕や剣も使って滅茶苦茶器用に動くのな!
まるでインサニアみたいだ……狙いは俺一人だから他を狙って攻撃する事は無いが、急斜面の坂とか普通に壁を移動するの、止めてくれませんかねぇ。狙いが定まらんし聖水を二つ取り出してみたが、使う機会が見当たらん。
「破壊者、覚悟ォォォ!!」
「一か八かだ、いっけー!」
彼方此方と動き回り、此方を撹乱させた気らしく背後から一直線に突っ込んで来た。聖水をぶっかける……には射程が短過ぎる為、剣で砕いてくれるのを期待して聖水入り小瓶を二つ投げ付けた。
野球はしてなかったからコントロールには自信こそ無かったけど、狙い通りウズナちゃん目掛けて飛んでいる。剣か拳か……迎撃として薙ぎ払われたのは──剣! 小瓶は割れたが、これはどうだ?!
「あぁ……あぁ、ああぁぁぁ!!」
「な、何だなんだ。これは奇跡の水じゃないのか?!」
「ちょっ、ブッホ!! なっ、何も知らずに使うとか、頭悪過ぎで笑いが止まらな……ンはははははは!!」
微量だが当たった……と思った瞬間、突然自分自身の左腕を掴み酷く痛がり始めた。もしかしたらと思い、鞄から取り出して両手に持った聖水入りの小瓶。これは紛い物、もしくは別の何かだったのか?
まるで酷い火傷をした様に苦しむウズナちゃん、何が起きたのか理解し此方の無知を酸素不足になりそうな程大爆笑するコトハの声が、理解出来ていない俺の心に大きな不安と焦りを産み出させる。
ファウストへ変身したアナメも何が起きているのか理解出来ていない様子で、此方を見ているものの……寧ろ此方が理由を聞きたいよ! 誰か教えてくれ。何が悪かったんだ、これは聖水じゃないのか?! 不安が強まり警戒が薄れていた時、両手から聖水が誰かに盗られた。
「ふひひ……確かにコレは奇跡の水、聖水で間違いありませ~ん。た~だぁ~……アタシの呪術は解呪する時、想像を絶する激痛が走るんですよぉ~!」
解呪が……激痛だと?! それも驚きだがあの野郎、盗った聖水の中身を笑いながら棄ててやがる。これじゃ、ウズナちゃんを助けてやる事が出来ない。蓮華さんから託された願いが……うおぉっ!! ガハッ、ごほっゴホ!
さ、流石に砂鉄の拳を盾で防いだとは言えど、腹に直撃を貰って鉱山に背中から叩き付けられるのは……キツいっ。クッソ、俺を突き動かす想いは燃え上がっているのに、力や想いが心の底から沸き上がるのに、意識が……途切れ──
「な、何ですか!? この光は……何事ぉぉ~?!」
「チッ、戦い抜いた先でまた戦う事になるとはな。何処かの誰かが歴史でも改編したか?」
「た、貴紀……?」
「あぁ、俺だぜ。ふふっ『久しいな』、アナメ」
全く……『最果ての地』で深い眠りについていたと思ったら目が覚めて、口五月蝿い小娘の額に恋月の魔力弾を一発撃ち込んでやった。周りを見てみりゃあ『懐かしい顔ぶれ』が居やがる。しかもあの頃と全く同じシチュエーションじゃねぇか。と、なればやる事は単純明白。
「いやいや違うでしょ?! この魔力、霊力が……七色の虹とか、絶対にあり得ない!!」
「なら、俺の事はこう呼べ。世界に君臨した王『ワールドロード』と」
「なぁ~にぃ~がぁ~……ワールドロードだ、破壊者!!」
よっこらしょっとぉ。寝るには些か体が痛い鉱山の斜面から起き上がり、砂鉄の両拳を両手で受け止め──文字通り触れた存在を破壊。相手が驚いてる間に、当時は面倒だった剣も視界に入れ睨み付ける事で破壊し無防備状態にする。
「懐かしい呼び名だ。さて、やりますか」
「破壊者ァァ、殺す……うぅっ!?」
さてさて……のんびりゆっくりとしてたら、時間切れとかもあり得る話だ。故にやるなら即断即決有言実行、何事も早いに越したことはない。未だ続く激痛で動けないウズナへ一気に駆け寄り、胸元へ人差し指を押し当ててスキルを使う。
すると身体に染み込んだ呪術の文字が浮き出し、砕け散る。こんな程度なら、霊華が持つ巫女としての能力で十分だったな。なんでこんな事にすら気付けなかったのかねぇ~。
「ふひひ。殺っちゃいましたねぇ~、殺ってしまいましたね……えぇ?!」
「お、お兄……ちゃ、ん?」
「あぁ、そうだ。少し休むと良い、お兄ちゃんはちょっとやる事がある」
ふらふら千鳥足の癖に、わざわざ嘲笑いに来たのか。だが、残念だったな。俺に与えられた二つ名を知ってる癖に、その意味を全く理解していないとは……さて、と。ウズナをその場にそっと寝かせ、立ち上がりコトハへ振り向き駆け出す。
「こ・れ・は、撤退するしかないですねぇ……」
「逃がすか!」
ハイジャンプで一気に距離を詰め、跳び蹴りを繰り出す。手応えは十分あり狙い通り顔面を蹴り抜いた……が、妙な感触を確かめるべく振り返ると、其処にはコトハの姿は無く代わりに頭を失った身代わりの形代が落ちていた。一手遅く逃げられたか。
っ……酷い目眩と眠気が。タイムリミットって訳か、仕方ない。魔力だけでも回復して置けば、後は何とかなるだろう。今の俺がしてやれる手助けは此処までだ、後の事はテメェなりに頑張れや……またな。
「っ。あれ、コトハは何処へ? ちょ、ウズナちゃん! アナメ、一体何があったんだ?!」
「と、兎も角。此処から離れるべきよ」
目が覚めるとコトハは姿を消し、ウズナちゃんは地面に倒れてるし魔力は回復済み。変身を解いたアナメに言われるがまま現在位置より離れる事に。ウズナちゃんを背負い、自分達は一度大山夫妻の待つ洞窟へ向かう事にした。
 




