ジャンク
「や、やっと、休める……」
「飯を食いたい所だが、今は……休憩が先だ」
古都より出発してはや二週間。朝から夕方頃まで歩き続ける中。
此方の都合も関係無しに襲い来る魔物、魔族を倒しては息を整える程度の休憩を取り。
空が茜色に染まり始めた頃、遂に機械の街、機都・エントヴィッケルンへ辿り着いた。
「宿を探してくるわね」疲れ果てた男二人へ述べ。
様々な商店の呼び掛けを断りつつ、走って行くサクヤの背を見送る。
「魔物達の襲撃が、森を越えた辺りから、急激に……激しくなったのが、キツかったな」
「親の仇、と言わん程来たよね。たかが中学生三人を相手に」
「ワン!」
「あぁ、愛達も頑張ってくれたよね。ありがとう」
着ている衣服は土や泥で汚れ、爪や凶器を受けて所々破れていた。
機都の石門を通り抜けて右手に在る長椅子へ座り、吉報を信じてボロボロの体を休める。
「私達も頑張ったよ」と吠え、構って欲しげに尻尾を左右へ振る狼。
愛を優しく抱き締めては、互いの頬を擦り合わせ、スキンシップを行う。
「よ~しよしよし」と他3匹の頭も撫で、笑顔で触れ合う貴紀達を隣で見て、つられて終焉も微笑む。
「本当に家族みたいだな。お前達は」
「何言ってんだよ」
家族と呼ぶ4匹と戯れながら「終焉とサクヤも、とっくに自分の家族なんだから」
知らぬ間に家族扱いされ、ポカンとした後。急にそっぽを向いて右手で口を塞ぎ、笑うのを必死に堪える。
「そう言えば。ソイツらは何処で拾ってきたんだ?」
「む~っ。拾ってきたとか言わないでよ」
仲の良い姿を見て、ふと疑問に思った事を素直に聞いてみるも、言い方が悪く。
怒った幼児さながら頬を膨らませ、中学一年生とは思えない子供っぽい態度に、終焉は思わず笑ってしまう。
「悪い悪い」まだ笑い足りないながらも謝り、改めて訊き直す。
「自分を拾ってくれた義姉さんいわく。ジャンク広場で一緒に見付けたそうだよ」
「ジャンク広場? 古都にある夢捨て場の事か」
「うん。だから学校では、ジャンクって呼ばれてた」
「それでか。落ちこぼれジャンクって、変な呼び方をされていたのは」
「でも何でジャンク広場を夢捨て場って、言うんだろ」思った疑問を率直に訊ねると。
終焉は少し悲しげな顔で「物と一緒に、夢まで捨てるからだ」と答えた。
夢を目指し、買い集めた必要な物。時が経つとハードルの高さに気付き、心折れて挫折。
その際、夢の為に買った物を夢と一緒にジャンク広場へ捨てる為、夢捨て場と呼ばれている事を知る。
「だが。ジャンクは使える部品を組み合わせれば、まだまだ十分使えるんだがな」
「棄てた夢も……見直せば、叶え易くなるのにね」
少し物寂しげな表情で、いっぱいになった空き缶用のゴミ箱を見て、二人は話す。
ゴミの多くは分別さえすれば、再利用出来る物が多く存在するように、夢もハードルを下げれば叶い易くなる。
「面倒臭がらなけりゃあな」終焉が言うその言葉に、貴紀は暗い表情で小さく頷いた。
「お待たせ。宿を取ってきたわよ」
「おう、お疲れさん」
「お疲れ様。それじゃ、ご飯食べに行こっか」
駆け足で戻って来ては、野宿ではない事を微笑みながら満足げに告げる。今日は見張りや、夜襲を警戒する必要も無い。
労いの言葉を掛けると腰を上げ、一週間ぶりの外食店を探すべく、機都の町を歩いて回り始めた。
和式洋式火式。他にも種類が色々ある中、終焉は眉をひそめ「この……和式洋式火式ってなんだ?」素朴な疑問を二人に訊ねる。
「和式は主に自然から採れる食材を使い、調理した料理だよ」
「洋式は主に肉類を調理したり、濃いソースで味付けしたモノよ。火式が揚げ物類ね」
二人仲良く質問へ答え、野宿中に食べた魔猪の唐揚げは火式料理だと説明。特に貴紀は生き生きと楽しげな笑顔で語る様は。
まさしく好きな事をこれでもか! と話す子供同然。話を聞く二人は子供を見守る保護者の様に、歩きながら最後まで聞き続けた。
日の沈みも進み、夜が近付いてくるや否や。町中の電灯に光が灯り、急いで近場の飲食店へ駆け込む。
しかし時間帯が悪く、満席。他の店も同じだろうと思っていたら「相席でもよろしいでしょうか?」
駆け付けた別の店員に聞かれ「んん~……はい。相席でも構いません」少し悩んで返答し、相席を許可してくれた席へ向かうと。
「あ……」
相席相手の一人と貴紀はお互いを見ると、相手は予想外と言わんばかりの驚いた表情――なのだが、貴紀は「やっぱり此処に来てたのか」的な反応。
双方の連れは何がなんだか判らず、見詰め合う一組の男女を三度見比べる。別に見詰め合うからとは言え、好きだと気付く訳でもない為。
「見詰め合うところ悪いが、そろそろ紹介して貰えるか?」終焉が左肩へ右手を置いた上で言われ、漸く気付き「あぁ、ごめんごめん」と謝る。
「彼女は未来寧。小学生時代の友人」
「久し振り、貴紀君。二年ぶりだね」
「……っ! わっ、私は心と情の縁と書いて、心情縁と言います」
紹介した後、笑顔で「イェーイ!」と元気よく明るい茶髪の少女とハイタッチをする様子から、相当仲が良い事が伺え、下手な警戒心は持たなくても良いと判断。
終焉とサクヤは席へ腰を下ろす。仲の良い貴紀と寧を見ていて反応が遅れつつも、自身も自己紹介せねば……と焦り、桃髪の少女も伝える。
その後。双方お互いに自己紹介を行いつつ、時間的に晩御飯を注文し、お互いの今現在や経緯を話し合う。
とある事情から中学校を中退させられた事、古都から一週間掛けて機都へ徒歩で来た事、道中見付けた森での出来事等々。
寧とゆかりはその話から、魔物や魔族との戦闘経験があると知り。三人揃って森の中で見たと言う、不可思議な出来事、体験に興味を持つ。
ただ……貴紀は左腕に五本の紅い線が出来た事を皆には話さず、後々病院で診て処方して貰おうと考えていた。
「ナイトメア……貴紀君、それ、夢じゃない」
「夢じゃ、ない?」
「ナイトメアは私達の心を覗き見て、闇を具現化させる……七年前に出現した、恐るべき怪物よ」
森での……夢だと思っていたあの一件。それは――悪夢の名を関する種族、性別、出現理由や場所、数すらも一切解っていない……アンノンウンモンスター。
判明している事と言えば、心を持つ存在の前に現れては心の闇――トラウマや迷いを覗き見て、現実を浸食し、見たモノを具現化させると言う事位。
実力も高位の冒険者チーム複数に匹敵し、場合と条件さえ良ければ、冒険者達を無傷で全滅させてしまう程な為、危険度が極めて高い存在だと言う。
「アレが夢じゃないとしたら……お前、ナイトメアを一人で追い払ったのか」
「追い払った……って言うか。不思議な光が助けてくれたんだ」
「それでも、あのナイトメア達相手に一人で何十分も生存した事は凄いよ!?」
如何なる出来事、行動、運が良かったとしても、危険度の高い文字通り悪夢と中級魔族達を相手に、追い払った。もしくは生存した事実は。
とても出来ない、褒められた事だと、向かい側の席よりズイッと身を乗り出して言われ、気圧されながらも「そ、そうなんだ……」返す言葉も弱々しい。
ゆかりが自分の席へ戻った後、注文した料理と飲み物を店員が持って来た為、貴紀は会話に参加しない為にも食事へ移る。
「冒険者ランク最高位にして、誰も素顔を知らないスレイヤー様なら、私は勝てると信じてるけど」
「そんなに凄い人物なのか。そのスレイヤーと言う冒険者は」
まるで神に祈る様に手を包み、目蓋を閉じて語るゆかりの姿に謎の冒険者、スレイヤーへと興味を持った終焉が疑問気味に食い付くと。
先程同様身を乗り出し、自慢げに「それ程知りたいのであれば、私が知る限りスレイヤー様のご活躍をお教えしましょう。えぇ、四十八時間程掛けて」
話を聞く時間的にも断ろうと思ったが、燃料を入れられ走る蒸気機関車にも負けず劣らず興奮する姿を見て……「あ、余計な事を言ったな」と自覚。
結局断り切れず「どうしようか……」等の曖昧な返答を繰り返した結果。ハッキリしない為に「判りました。こうなったら六日間丸々、事細かに話してあげましょう」
話を聞く時間は三倍に増え、今から話すと言った為、約一週間。終焉は身動きがとれなくなってしまった。
(スレイヤー様……ねぇ)
和式料理の中でも、最も手軽で簡単な野菜炒めを食べつつ、心情ゆかりが何故そこまで嬉しそうに“スレイヤー様”等と、様付けをするのかが不思議だった。
スレイヤーとは、殺害者を意味する言葉。早い話、凶器を手に命を殺す者。何故そんな存在に……沸騰し始めたヤカンの水さながら、ふつふつと疑問が沸き上がる。
「報告は以上だな? 我が忠実なる僕、マジックよ」
「ハッ。配下の眼を通して得た、確証のある情報です。魔神王様」
捻れ歪んだ時空間のとある場所で、黒い女性用神官服を着た少女が持つ、禍々しくも中心へと渦巻く黒紫色の水晶玉へと跪く一人の女性。
競泳水着を連想させ、四肢や頭が守られておらず、欠陥品としか思えない赤と青。二色で彩ったアーマーを着た青髪の女性、マジックは森での一件を包み隠さず話し。
「如何なさいましょうか?」素朴な疑問を投げ掛け、大人びた顔を上げては「命令を頂ければ、抹消して参りますが」等と……物騒な言葉を発する。
「邪魔者と脅威は何時も通りにせよ。我が半身も動いている今、光の使者を見付ける事が最優先だ」
「ハッ!」
「それはそうと、他の“王の名を与えた四天王”はどうしている?」
「機心と狂断はレジスタンスの殲滅、怪奇はコレクション集め。そして私、不死は此処で仕込み中でございます」
禍々しい水晶玉が発する指示を忠実に聞き、貴紀達の処分は“何時も通り”と決定。配下の現状把握も含め、問い掛ければ――
マジックは己を含める四名の現状を報告。名前では呼ばず、二つ名で呼ぶ辺り、仲は余りよろしくないのかも知れない。
「ふむ。狂断が帰還したら試作機と実験体を連れ、報告に聞いた邪魔者達の下へ行け。返答次第では……」
「畏まりました。何時も通りに対処させて頂きます」
脅威になる芽は早い内に摘む。その考えで新たなる邪魔者、もしくは未来で脅威となる可能性を持つかも知れない存在、貴紀達の下へ。
四天王を二人も送り込み、何時も通りと言う行為を行うつもりらしい。発言から察するに、何度も繰り返し行って来た事なのだろう。
「では、失礼致します」一言伝えると、本来発動の引き金となる詠唱を無しで魔法を使い、その場から姿を消した。
「魔神王様が自ら、王の名を与えた……四天、王?」
「フフッ。気になるか?」
大切な話だと理解して黙っていたのか。黒服女神官の少女は、両手で包み持った水晶玉へと話し掛ける。
自慢気に聞き返してくる主へ対し、短く二度、首を縦に振る。それが見えているのか、魔神王は「誰しも得意分野を持っているからな」と答え。
「人間の阿呆共は短所にしか目を向けず、伸ばそうとしない。俺は長所に目を向け、伸ばしてやったのさ」そう付け足した。
「奴らは俺の祝福で得意を昇華させ、四天王にまで登り詰めた実力者兼、努力家達だ」