堕ちし者・前編
十中八九罠だと判りながらも集落・ストゥルティへもう一度、今度は『一人』で足を踏み入れる。フードを深々と被り手も袖から出さずに歩いていると視界に映る一人の若い女性は此方に気付き、大きく右手を振り「こっちですよぉ~」等と呼ぶ仕草に意を決する意味も込めて大きく深呼吸し、歩み寄る。
「わざわざこんな所まで来て、売買か?」
「今回のはもう終わりですよぉ~。今回はウズナちゃんを此処で見たので~、ちょっと寄り道しただけですぅ~」
相変わらず間延びした変な話し方だな。表情的にはずっとニコニコしてるんだが、この話し方を聞き続けたらやる気が下がりそう。此方の手を掴み「案内しますよぉ~」と言い燭台が立てられた集落を回りつつ複数ある内の一段目、自分とコトハが捕まっていた洞窟前へと案内された。
どうやらこの中に居るらしく洞窟横で「どうぞ中へ入って下さい」な態度とジェスチャーが怪しさ全開で、夢で見た光景や直感が中へ入るなと警告している。ゲームで二週目以降だと展開が読めるし罠と判る時もあるが、大抵は罠と知りつつも突入する必要がある。こう言う時は──
「先に入って案内してくれないか?」
「いえいえ~。私は此処までしか知らないもので~」
「そうか。案内してくれてありがとう。三騎士コトハ」
「いや~、それ程でも~……三、騎士?」
先に入る様促すが、先は知らぬ存ぜぬで回避された。此処までは予想通り、問題は此処からだ。持ち得た情報から一番可能性が高い相手であるコトハへ鎌をかける。予想Aはとぼけて追求を回避、予想Bが三騎士だと認める、予想Cは本当に無関係で証拠を提出する。今は唖然とした表情だが、一番面倒臭いのは予想C。
「ふひ……ひひひ!! 気づくの遅くね?! っつーかもう気付いてたっしょ?! ふひ……ひひ!! 笑えるん……だけど!!」
「生憎、絶対的な確証が欲しかったもんでね」
「はーいッ……そーでーす!! アタシが……あんたが探してる三騎士のひーとーりー……コトハ……ですよぉ……!!」
牢屋での第一印象や集落・フールでの第二印象とは全くの逆。根暗かつ陰湿な印象は一体何処へやら、両手で腹を抱え女性らしさのイメージを木っ端微塵に打ち砕く馬鹿笑いする声。笑いが堪え切れないのか、少し間隔が空けて笑っている。
そして自ら魔神王軍・三騎士だと体をゆらゆらと左右に軽く揺らし名乗った。確かに見た目に反して口五月蝿い。名乗り終えた後も喋る事を止めず「黙っている時は本性が出ない様に我慢して震えてて、凄いストレスだった」だの好き放題言い散らかしている現状。
陰湿なイメージを与えていた青い眼には、狂気が宿っていると直感的に理解した次の瞬間、洞窟内から横幅高さスレスレギリギリ一杯の『大きな腕』が殴り掛かって来た。回避も出来ず身体全体で直撃を受け──消えた。
残された黒コートだけが地面に落ち、コトハは「よっっっわ!! こんなのが敵とか邪魔者以下、気にするだけ無理! 無~理無理無理無理!!」等と罵倒し一張羅のコートを踏みにじっている。
「弱過ぎて話になら──!?」
これ以上お気に入りのコートが踏みにじられるのを見ているのも嫌だしな。スキル・スレイヤーの効果で物音立てず静かに背後へ接近、後頭部へ恋月の銃口を向けて発砲。口五月蝿い奴も黙らせたし、汚れたコートを拾って可能な限り汚れを叩き落とす。
あぁ~あ、こりゃ洗濯しなきゃ駄目だわ。表面の踏まれた足跡もそうだが、内側も砂鉄まみれ。着れない事はないけどよくもまあ、汚れが目立たない黒色を此処まで……お気に入りなだけにショック。改めてコートを着直し、俯せに倒れたコトハを見下ろし睨む。
「下手な三文芝居は止めて、そろそろ起き上がったらどうだ?」
「ひ、ひひ……ふふひひひひひひひ……!! さっすがは噂に名高い絶対的邪魔者さんと呼ばれる破壊者さんッ!! ……変わり身とかも使っちゃうかぁー」
スキル・スレイヤーで生きていると判っていたし、流石に流血や風穴も空いてなければ嫌でも判るさ。それでも無傷で立ち上がるって言うのは何かしら、即死ダメージを相殺したカラクリがある筈。少なくとも、ファウストとは違うカラクリが……
しっかし、本当に五月蝿い奴だ。改めて眼や顔を見れば何故初対面の時、瞳に宿った狂気に気付けなかったのか不思議な位だ。雰囲気と間延びした発言で警戒が薄れていた? もしそうなら、修行し直す必要性が高まるな。後ろからブスリとか嫌だし。
それと……発狂してるな、コイツ。霊力は精神力らしく普通なら青白いオーラみたいに揺らめいて見えるけど、霊華みたいな綺麗な霊力じゃない。犯罪者は大抵ドス黒いか暗めな紫色だがコトハは違う。薄汚れた青い精神力に紫の精神が覆い被さって混ざり合い、異質な程に歪み穢れている。
「ふふ……んっはははははは!! 良い、良い!! 実に良い!! 綺麗すぎですねぇ!! ……透明で……綺麗な……精神力ですねぇ!! 貴方のその……時計からも……綺麗で美しい三色が見えてますよぉ……?」
片目を見開いて体をゆらゆらと揺らし、此方を見ている。ふ~む。精神力やマナが見えるのは余程スキルレベルの高い魔法使いか神官、巫女の類いや自分が持つスキル・スレイヤーみたいな特殊タイプ持ちだと思っていたが……コトハもその類って訳か。
(貴紀、気を付けなさい。あのコトハとか言う子、呪術使いの巫女よ)
(おいおいおい。巫女って神聖な職業だろ?! なんで呪術使いが巫女なんだよ!)
(一言ニ巫女ト言ッテモ色々アル。悪魔・邪神崇拝ヤ呪術専門、中ニハ背徳感ヲ得ル為巫女ヲヤル奴トカナ)
マジで巫女かよ。羽織ってるのは寒いからとか寺育ちとかそう言うのだと思ってたから予想外。そんでルシファー、それは巫女好きな自分としては聞きたくなかった~……あの清楚感や黒髪とか不思議な雰囲気が好きだったのに。しゃあない、気持ちを切り替えて行け。
確かに大和撫子とか理想だけど、最近は金髪系女神官とかも行ける口だしな。本気は出せずパワードスーツも使えない縛りプレイ状態で、さっきの大きな腕も姿を見せない。短期決戦で行くべきか、それとも持久戦で情報を収集するか……迷うけれど。
「外道に堕ちた巫女だろうが何だろうが、邪魔をするなら誰であろうと破壊する」
「いひひひひ……破壊。破壊かぁ~……いいね、イイネ良いねいいね!!」
まだ判り易い狂人で助かった。一番面倒臭い狂人は本当に何を考えてるかさえ全く判らず発狂してるかの判断すら難しい。先ずは観察だ、攻め込みつつも相手をよく観察すれば最悪の事態は避けられる筈だ。と言う訳で両手に二挺拳銃を持ち、連射してみる。
するとまた大きな腕が洞窟から飛び出し、避ける身動き一つ取らないコトハを庇う様に守った。それと同時に洞窟から歩いて来たのは……元気で幼さすら感じていた面影すら全く無い程、怒りや恨みと言った感情が表面に出ているウズナちゃんだった。
判った幾つかを纏めよう。鬼気迫る顔で怒髪、天を衝く感じだが彼女はウズナちゃん本人で間違いなく、何故か沸騰してそうな感情の矛先が此方に向いている。大山夫妻を傷付けたであろう大きな剣は彼女の背後から出ており、生命体が持つオーラが見えない。つまり無機物。
「ウズナ、ちゃん?」
「気安く呼ばないで……ウズナの家庭を、みんなの日常を壊した世界の破壊者」
(どう言う事だ。あの嬢ちゃん、なんで身に覚えのない理由で俺達を敵視してんだ!?)
(闇堕チ悪堕チノイズレカダロウ。ドウスル、王。逃ゲルカ戦ウカ、最終的ナ判断ハ王ニ任セル)
本人で間違いない。間違いないが……何かの間違いか偽物であってくれ。そんな願いを込めた呼び掛けは微塵に砕かれ、全く身に覚えのない虚実を言い敵意を向けて先程の腕同様、黒く大きい剣で切り掛かって来る。左側の振り下ろしを右へ避けた途端スキル・直感が強制発動、旋回しての回転切りをハイジャンプで回避。
闇堕ちって確か、第三者の促しも含めて自然と悪に堕落した状態。悪堕ちは洗脳・調教・憑依とかか。って考えてる場合じゃねぇ、空中で突きが飛んで来やがった!! 仕方ねぇ、ウォッチの矢印をゼロへ合わせ三回叩く。大きな剣が空振りした後、空中にいた際に出来ていた『足下の影』から跳び出しつつ剣へ発砲。
「ひひっ。影に逃げ込む能力……それで初撃を避けたと」
(宿主様、今日使えるウォッチの回数は後二回だ。使う場面を見極めろよ?)
「えぇい、此方の間合いにすら入り込めんとは!」
ウォッチを三回叩くのは矢印対象が持つ回避や移動能力を、叩いた本人が使える効果。でも交代や能力代理使用も含めて一日四回が限度と言う条件付き。一度でも使えば二十四時間後に使用回数が全回復する反面、連戦には滅茶苦茶不向きな機能。今日は後二回しか使えない。
と言うかだな……ウズナちゃんが纏う黒く大きな剣、射程範囲が約五メートル。虫が集団で集まってる様な感じな上、通常魔力弾が弾かれたりすり抜けて効果無し。まだ剣が二本なら大丈夫、まだ読み切れる。でも五本ってどう言う事よ? 速度的に一発食らったら残り四発も全部ヒットしちゃうよ? ネギトロとかミンチになっちゃうよ。
洗脳系とかは術者を倒せば解ける。漫画や小説的にはな。故にコトハが術者だと読み攻め込みたいんだが……ウズナちゃんのずっと後ろに避難してやんの。つまり最低でも剣の射程範囲内へ飛び込んで五本の剣を回避しつつ、コトハに攻撃しなきゃ駄目だと。弱体化前なら普通に出来るけど今は無理。
(貴紀、変だと思わない? ウズナちゃん、どうして自分から攻め込んで来ないのかしら)
(初撃モ待チ伏セダッタ。ト言ウ事ハツマリ)
ウズナちゃんが攻め込んで来ない理由。可能性としては剣の操作と自身の行動は両立出来ない、魔力や霊力の消耗が激しい、コトハから一定距離離れられない。と幾つか出るが、全てを試す時間や余裕もない。剣の正体、これだけは少し試してみるか。
狙いの物へ目を向ける。剣が届く射程範囲五メートルから少し離れているが此方から仕掛ければ良い。逆走やら逃げ回ると撤退や行動予知される恐れもあるが、相手目掛けて突っ込むなら下手な予測はされまい。スキルも上手く使えば突破する位は行けるだろう。
「ふひひ……破れかぶれの特攻、と見せ掛けて何か別の狙いがある。ひひ、ふふふふふ!!」
「絶対に、絶対に許さない。破壊者ァァァ!!」
情は棄てろ、情けは掛けるな。それが守れなきゃ殺せる相手に殺される。相手は十メートル先にウズナ、その後方六メートルにコトハ。ただ単に駆けるだけじゃ無駄に直感スキルを消費する為、先ずは一歩目、前方への低空長距離ハイジャンプで一気に接近し距離を稼ぐ。六メートル、剣の射程範囲内。
喚き散らすウズナの叫びに応じて五本纏めて振り下ろされる剣を直感で間に合うかを知る。間に合うと判れば二歩目。再度同じ低空長距離ハイジャンプでウズナへ突撃、パワーグリップを発動した左手で服の胸元をグイッと掴みちょこっと小細工を仕掛けてコトハへぶん投げる。
「そう来たかぁ~……でも結界で防げば良いだけ!」
「悪いな。今の狙いはお前でもウズナでもない。その厄介な射程範囲を持つ剣の正体だ」
「あ、やっば……」
何かしらで弾かれるってのは何となく予想出来ていたけど、霊力を使った円形の結界で自身を守るか。それは此方に取って都合が良い、壁みたいな横長で止められても構わんがな。どの道三歩四歩と跳躍移動済み、欲しかった燭台も手に入れて厄介な剣目掛けて放り投げたし……これで剣の正体考察に確証が得れる。
自己防衛的な感じで剣が射程範囲内へ入った燭台を切り刻むと爆発はせず、激しく燃え上がり暴れ始めた。巻き添えを受けそうになり、慌てて範囲外へ逃げ出すコトハ。成る程。この大陸特有の可燃性砂鉄を何かしら能力で操ってる訳か。
(砂鉄を集めて固めた剣か。戦う場所次第では極めて厄介な相手だぞ、宿主様)
「戦う場所次第では以前に、この大陸では厄介な相手だよ……ん?」
砂鉄が集った剣が燃えて暴れる中、闇が一ヶ所に集まり魔人の姿形を成す。そう──ファウストだ。奴は此方を見ても何も発言せず、両手を合わせて白い煙を吹き掛け鎮火した。あの煙、消火器と同じ効果があるのか。




