惨状・後編
集落・フールを出発してから、どれ程の時間が経ったのだろう。インサニアの襲撃こそ無いんだが、ミネラドラコの群れと異様に遭遇している。群れの中からデカい奴は甲殻の隙間をナイフで突き刺して仕留め、血抜きして全部を持って行く。甲殻は当然として、鉱石を喰らう牙や胃袋も何かに使えそうだし。
荷物持ちとして琴姉がヴェルターを指定、血抜きしたミネラドラコを担いで貰っている。アナメの道案内で漸く大山一家が住まう洞窟が見えて来た。但し……中から火の灯りと黒煙が見える、と言う異常事態としてだ。自分とアナメは駆け出し、突入する。
「お父さん、お母さん、ウズナ! 何処にいるの!?」
「アナメ、心配なのは分かる。でも此処は自分に任せて戻るんだ」
「いや!! だって私……わた、し……」
燃え盛る洞窟の中で両親とウズナちゃんへ必死に呼び掛け、何処にいるのか尋ねるアナメの肩を掴みこれ以上進むのは止め、自分に任せて戻る様伝えた。けれど静止を振り切り、駆け出そうとした途端……彼女は充電が切れたロボットさながら途切れ途切れの言葉を呟きつつ足を止め、その場へ座り込み、前のめり気味に俯く。
置いて行こうかと一瞬思ったが、背負って行く事にした。周りは火事で燃え盛っててクッソ熱いって言うのに、アナメの体は冷たくてヒンヤリしてて変な感じ。鍛冶部屋へ辿り着くと蓮華さんが床へ倒れ、和人さんは苦しげな様子で壁に凭れ掛かっていた。
「どうした、一体何があった?」
「ウ……ウズナが、ぱ……ぱわー、ど、スーツを持ち出した」
「何っ!?」
駆け寄って話を聞く。どうやらウズナちゃんが自分にしか扱えないパワードスーツを勝手に持ち出した上、自身らに襲い掛かって来たらしい。火事になっているのは抵抗した際大きな剣で暴れ出し、松明に当たって燃え出したんだとか。窃盗と器物破損に暴行と放火……普通なら牢獄行きかねぇ。
大人しく元気に見えても内心、闇を抱えていた訳か。とは言え、だ……大人である蓮華さんが気を失い、和人さんは身体中に切り傷があり苦痛の表情を浮かべている。それ程の力がウズナちゃんにあるとは言い難い。大きな剣と言うのも気になるが、今は脱出が最優先だ。
和人さんは蓮華さんを担いでお手製中華鍋とその他諸々を取る。火の勢いが増す洞窟を駆け抜ける。出口が見えた矢先洞窟の出入り口が崩落、逃げ場を失ったが……やっぱり其処は信頼する相棒、静久の操る水。塞いだ瓦礫を高水圧で吹き飛ばしてくれたお陰で無事脱出。
「助かった。やっぱり頼りになるな、静久は」
「フフン……何処ぞの甘党狼や家計圧迫龍、中身スッカラカン狐とは大違い……私が頼りになるのは至極当然」
大山夫妻が受けた傷や火傷も静久が保有する回復系スキル・水神の恵みで治療。アタッカー兼ヒーラーである静久の存在は、本当に優秀で有り難い。そんな自分の心情を見抜いてか、愛・絆・恋とは大違いだって事を何処か嬉しそうに言う。そんな事言っちゃ駄目だろ。とは言いたいよ。言いたいけど……
甘党や食費で家計圧迫と中身スッカラカンも本当過ぎて、あの三人には悪いと思いつつ何も言い返せなかった。自分も大食漢だと認識してるけど、魔力と体とモチベーションの回復・維持に必要なだけ。開発費に資金回して食事量減らしたら敗北率が跳ね上がって、キチンと食えって怒られたな。
「それから貴紀……必要量の飯を食えと何度言わせる。勝ち星が格下の連中だけとか……」
「何も言い返せねぇ」
「静久様、貴紀殿は今がベストコンディションではないのですか?」
「阿呆……再会した時から最低ラインぎりっぎりに決まっている。本来なら魔人程度勝って当然」
的確過ぎる言葉に本当、何も言い返せない。勝ったのは格下相手だけでファウストやメフィスト、アニマ複数相手だと無理矢理ブーストして引き分け……いや、魔力切れで敗北か。背負ったアナメを寝かせている間、静久と琴姉が手慣れた手付きで仕留めたミネラドラコを調理して行く。
火は琴姉の魔法で、水は静久が操るモノを。簡単な調味料云々でデカい奴一匹丸々使って鍋を作ってくれた。肉だけだから栄養バランスと味は片寄ってるがな、太陽光が無く植物が育ち難い環境じゃ仕方ないさ。ご飯を食べ終わった頃を見計らい、ある事を訊いてみる事にした。
「和人さん。何故、集落から離れて過ごしているんですか? トリスティス大陸で見聞きした自分の予想だと恐らく」
「いや、それは……」
「オメガゼロ・エックス様。それは私からお話します」
質問すると聞かれた内容が答え難かったのか目は他所を向き、歯切れの悪い返答。話の途中で蓮華さんが割って入り、自身が質問に答えると言った。静久達も関係無い顔をしているが、一言一句聞き逃さない感が出ている。まるで獲物を狙うハンターみたいだ。
「私達一家は予想されている通り、救世主と呼ばれた旅人を殺し追放された家系。貴方様の似顔絵が有ったのも、この為です」
「なんと……貴紀殿の似顔絵? 殺害された旅人の似顔絵ではないのか!?」
「いや、殺した旅人の似顔絵で間違いない筈だ。そうだよな。オメガゼロ・エックス」
「生憎、力と記憶が欠けててな。けれど多分、間違いないだろう」
余り当たって欲しくない予想が的中しても、嬉しくはないな。遺跡で真夜から、集落・ハイルでヴェルターとリーベから聞いた話通りだ。けど語られる旅人が昔の自分だったとは……これは欠けた記憶も取り戻す必要がありそうだな。殺された理由や動機は聞いた通りだと思うけど最早亡くなった本人しか知り得ん話か。
「私は血を途絶えさせない為に嫁いだ監視者。恐らく気付いてらっしゃるとお思いですが、アナメは……夫・和人が谷底へ突き落としたのです」
「ちょっと待て。和人殿は自分の娘を殺したのか!?」
「はい。私も本人が犯行当日に話してくれるまで、気付きませんでした」
監視者兼嫁いだ花嫁である事、和人さんが実の娘を谷底へ突き落とした事実を冷静な顔と態度で自ら暴露する蓮華さん。成る程な。そりゃ殺したと思った相手が生きて自身の前に現れるとか、犯人と告げられた側からすれば驚くし余り良い顔をしないのも当然か。
記憶喪失状態だとしても、何時思い出すか怖くてビクビクするわ、自分なら。そのまま夫妻揃って土下座をし始めて「夫の愚行を止められなかった事は、妻である私の失態でもあります」そう言った後に「申し訳ありませんでした」と謝られた。
謝られてもなぁ……肝心な被害者が当時の記憶を失ってるんだ。怒りも沸かねぇしひ孫か玄孫かすら判らん相手に謝られてもなぁ。別に「一族を根絶やしにしてやる」なんて殺意すらもない。寧ろ謝る相手を間違えてるんじゃねぇの? とすら思う。
「別に気にしてねぇよ。てか、最初に土下座した時に言い掛けてたのはコレかい」
「先祖代々三種族に疎まれ、ハブられ、監視される毎日っ……母上や婆ちゃんも、ずっと先祖を恨み苦しんで自害した!」
その気持ち、判らん事はない。基本的に『オメガゼロ』と言う存在は神々に嫌われている。悪魔だ破壊者だと忌み嫌われ、見付けようもんなら何度でも殺しに来て倒されると断末魔として恨み言を吐いて、呪いなり疫病とかを残して逝きやがる。
呪ったさ。オメガゼロと言う存在や死に場所を求めて要求に乗った自分を。そして知った、唯一救われて帰る事の出来る場所……『最果ての地』を。通常手段では絶対に行けないが副王なら送り届けれると知り、実際に体験した為、契約として仕事に付き合っているのが現状だ。
「同じ思いを愛娘にさせたくない。だから先ずはアナメを谷底へ突き落とした。そしたら三ヶ月後にオメガゼロ・エックスが現れて……」
「出て行ったかと思えばアナメを連れて来たので、私達も戸惑いが強くなり言い出し辛くなりまして報告が遅れました」
「うぅむ……確かにソレは戸惑う」
親心子知らず子心親知らずなんて言葉はあるし、一家無理心中もあるけれど。直感が妙に違和感を感じてるんだよな。夫妻の『言葉』と表情からは嘘を言っているとは思えない、胸の内に隠した事実を話そうとする必死さも伝わってくる。でも『何か』がおかしい、妙だと直感が告げる。
疑問として浮かぶのはウズナちゃんが何処かで拾った箱と綺麗な結晶、三種族が喧嘩した日から闇に覆われ仲違いをした、愚か者達の中にいる三人の操り人形。そして……ウズナちゃんが書く小説。この四点が直感の選ぶ違和感。煩い虫もいるし、サッサと終わらせよう。
「ヴェルター。闇の魔神に就いて、何か能力とか知っているか?」
「あぁ、知ってるぞ。闇の魔神は負の感情を極めて好み吸収する能力がある。当然その逆も可能で……そうか!」
「恐らく三種族の解散と闇の魔神は無関係じゃない。寧ろ原因だろう。和人さん、ウズナちゃんが拾って来た箱は何時頃で三種族の喧嘩時期は?」
「確か、両方共二ヶ月前。七色の綺麗な結晶を見せて来たのを覚えている」
もしかしたら。と思い闇の魔神の能力、箱を拾い三種族の喧嘩時期を聞いたら……ビンゴ!! 大当たりにも程があんだろ、スロットで言えばスリーセブンだ。予想が正しければウズナちゃんが拾ったのは『災厄の箱』と鍵に使われていたオルタナティブメモリー、そんでそれと知らず不運にも箱を開けてしまった。
溢れ出す災厄、封じ込められていた地獄。けれど魔神王軍と対立する仲の良い三種族が邪魔で負の感情が集められない。ならばと逆に噴射しお互いの信頼関係を崩壊させ、空を闇で覆い感情の吸収率を高めた。おおよそのシナリオはこんな感じか。
もし仮に自分が現れても、完全有利な環境と支配下の操り人形をぶつければ良い。成る程成る程、良い手を打つじゃないか。巻き込まれるタイプだからどうしても後手に回りガチな此方としては、かなり面倒臭い状況下でのスタートを強いられる訳だ。
「死んだアナメは操り人形として再び命を与えられ、受けた指示を行う様に操られていたんだろう」
「だから……さっきから動かない訳か。十中八九魔力切れ……このまま永遠の眠りにでもつかせてやれ」
手が冷たかったのも、既に死んでいた為。例え偽りの命で操られていたとしても彼女は生きていた、生きていたんだ……最後まで『人間』として。動かない理由も静久が言った通り、魔力が与えられない限り動けない為、このまま永遠の眠りにつかせるべきだろう。
別行動はするべきではないが、此処は火事の鎮火と護衛も含めて静久に任せたい旨を伝え、自分達は予定通りストゥルティへ向かう事にした。何故だか判らないものの、誰かが自分を呼んでいる気がする。助けて欲しく弱々しい女の子の声と此方へ来いと誘う怪しい男性の声だ。
念には念を入れてパワードスーツを呼び出してみる。……反応無し、まだオーバーヒート状態なのか? それはそうとウォッチの矢印をゼロへ回し、三回連続で叩く。集落・ハイルの養殖場で聞いた話だが、どうやらウォッチの機能は交代だけじゃないらしく、矢印を回した回数や叩く回数によって効果も変わるらしい。物は試しと使ってみたが、コイツは……
名前:インサニア
年齢:不明
身長:135cm~215cm(個体差有り)
体重:58kg~128kg(個体差有り)
性別:不明
種族:魔人・魔虫
設定
人間やドワーフ、蜥蜴人達を仲違いさせた原因の麻薬商品。形状は乾燥した赤い木の実であり、名前はヴェレーノ(毒)。内部には寄生型微生物魔虫・インサニアが大量に含まれている。
このインサニアを摂取してしまうと、強い多幸感に襲われやる気が高まり能力も上がる反面、時間経過と共に酷い疑心暗鬼や幻覚症状に襲われる。元に戻す方法は基本的に無く、一思いに殺すのが一番の救いとなる。が……変貌前なら『とある技・奇跡』で対処可能。
魔神王軍の配下にして三騎士が一人、コトハが実験も兼ねて販売していた。値段は一箱三十粒入りで銀貨三枚。効果は即効性だが、後々じわじわと脳がインサニアに寄生されてしまう危険物。
変貌し成体・魔人となった場合、人間の体に蜘蛛みたいな六本足が腰付近から生えている紫色の生命体で、人間の三倍はある眼と口が上半身いっぱいにある。昆虫、とは言い切れず人間では無い何か。崖や水上、砂地ですら難なく走行可能。
発音は意味不明に聞こえるが、解読は可能。魔人・ファウスト、メフィストの正式版量産型で、悪い意味で純粋かつ好奇心旺盛。自分達以外を玩具と捉えた思考をしている為、相合理解は不可能と思われる。
 




