狂気と悪魔と白兎・後編
皆が寝静まった頃。雑魚寝をしている皆を起こさない様、静かに大型民家から抜け出し、移動しながら集落を改めて見回す。別に深い思い出がある訳でもないのだが、全焼する前の家と死んだ筈の住民が元気にしている光景が目に映る。
名前も一度聞いただけで、失礼ながら記憶にも残ってない筈なのに……誰が死んだか、どんな事が得意で誰と結ばれたかまで、不思議と記憶が溢れてくる。目の前で一番最初に引き裂かれたエフォート、勉強家だけど臆病で怖がり。でも此処一番の勇気は強くてリーベに惚れてた。
けど大親友のシュッツがライバルと知って、身を引いたっけか。……エフォート。君の声が無ければ、自分は此処の救援には来れなかった。君は影ながら集落・ハイルや仲間達の存命に貢献したんだ。あの世では胸を張って、堂々とするんだぞ。そんな事を思いつつ、養殖場へと辿り着き座り込む。
(エフォート……彼ガ言ッテイタ言葉モ気ニナル)
「ヴェレーノを一度も食っていないよな? だな。蜥蜴人達は実を知っている様な口調だったが」
何故覚えていない筈の人物、記憶を鮮明に思い出せるのか? と言う疑問から蜥蜴人達はヴェレーノの実に関して何か知っているのではないか? へ移る。確か大樹は大陸が闇に覆われる前、魔神王軍の金髪少女が植えに来たと言っていた。
数日で大樹と呼べるまで成長し、売買される植物だ。知っていて何も問題はない。ないんだが……妙に引っ掛かるのは『ヴェレーノを一度も食っていない』か質問して来た点だ。何の意味があって聞いたんだろう? 疑問が浮かぶ静寂の中、足音が聞こえ身構えると……
「身構えなくていい、貴紀殿。俺達だ」
「ヴェルターとリーベ。それに静久!」
「こんばんわ。と言っていいのか、今や判りませんけれど」
「私達の留守中に襲撃するとは……知能が有るのか無いのか判らん奴らめ」
深緑色の鱗と身体中にある傷が特徴のヴェルター、白い身体が珍しいリーベ。緑色の短い髪と紅い瞳の静久が揃って現れ、自分の左右へ座る。静久が左隣で残る二人が右隣、ヴェルターとリーベの順。座り方は各々好き勝手だ。
「先ずあの魔人に関して話したい」
「インサニアの事か」
我先にと会話を始めたのはヴェルター。内容は魔人に関してだそうだが、自分はこのトリスティス大陸で魔人・ファウストとメフィストの二人と戦っており、認識がごちゃ混ぜ状態。現場に現れたとは言っても、ヴェルターがメフィストを知っているとは思えず、インサニアの方かと認識。
名前を出すと「知っているのか、魔人の名前を」なんて驚く為。土砂崩れに巻き込まれて遺跡へ辿り着いた話や、遺跡内部で壁画や文章を見付けたと話したら納得した様子。多分、蜥蜴人はあの遺跡を知っているのだろう。
「我々の何代か前の祖先は、別の大陸から来た旅人に会ったそうでな。当時好き勝手やっていた魔の人や魔神と戦ったそうだ」
「地獄を箱に詰め込み、ワタクシ達の祖先へ預け、何処かへ封印する様伝えて深い眠りにつきました」
「確かに箱は深い谷底に在る遺跡へ置かれた。が……英雄視される旅人を嫉妬した阿呆が一人、問題を引き起こした」
ヴェルターとリーベが話してくれる内容に聞き覚えがある話だと思ったら、真夜が話してくれた話と似ている事に気付いた。一応最後まで聞いてみたものの、やっぱり酷似している。旅人を殺した住民が罰として、亡くなった旅人から許しを得るまで三種族の集落から離れた場所で過ごしていると。
「ただ……血が途絶えない様に花嫁、花婿を送り続けて監視しているらしい……」
「ワタクシ達は管轄外ですが。でも、彼らからしても、魔人が現れた事は喜ばしい事かも知れませんね」
「それは、追放した三種族への復讐的な意味で?」
血が途絶えない様に花嫁、花婿を監視として送り続けている。亡くなった旅人に許しを得るまで続く罰、三種族の内、蜥蜴人は管轄外、集落から離れた場所で過ごす。……嫌な予想を立ててしまった。そうとは限らない。人間、悪い結果の内約七割八割は外れるとも言う。
きっと予想は外れる。外れて欲しい。そんな気持ちが心の中にはあった。魔人が現れた事は罰を受けた者達からすれば喜ばしいと発言するリーベに、思わず報復や復讐的な意味でなのかどうかを尋ねたら「そう言う意味ではありませんよ」と言い。
続けて「語られた伝説通りになりつつある。それはつまり、また救世主である旅人が現れる可能性があり、許しを得るチャンスな訳ですから」神に祈る様に手を包む姿に、地獄の到来ではなく追放された者達のチャンスと見ているんだと思った。
「その救世主、旅人とやらの写真……似顔絵とかは、誰か持っているのか?」
「いや、残念ながら俺達は持っていない。恐らく人族やドワーフ族達も」
……矢先にコレかい。何代か前の祖先、少なくとも先代とか二代前とかじゃない。歴史的に無限郷時代は普通に高層ビルやら洗濯機、パソコンが当たり前だった。オルタナティブの時代は出た所が悪かったのか、辺り一面ほぼ大草原だったからな。色々問題とか異変とか起きたけども。
今や旅人とやらの顔も、身体的特徴とかも誰も何も知らないと。それ、もう罪人許しても良いんじゃないかな? 自分はそう思うけど。静久が「特徴とか似顔絵とか……何も残さなかったのか?」って訊いても「旅人本人が酷く嫌がったり逃げると伝え聞いている程度で……俺達も詳しくは」だし。
正直、自分も写真とか似顔絵に写されるのは嫌いだからさ。チームの集合写真とか仲間達に囲まれて、逃げ出さない様にされてるからな。写真だと常にど真ん中、撮る時も突然で作り笑顔さえさせて貰えない。処分してくれるなら構わんけど『残る』のだけは勘弁。
「話を戻そう。インサニアに関して、何処まで知っているんだ?」
「ワタクシ達が知るのは壁画に描いてある出来事と、祖先から地獄が到来する前触れって位で」
「ふぅ……頼りにならん情報だけか」
「すみません。我々も昔の事だとばかり……」
情報の更新は無し。静久の鋭い言葉にヴェルターも頭を深々と下げ、謝る程。そりゃ戦争が無い時代で「昔、戦争があったんだよね」って言っても「昔の事でしょ? 今の私達に関係ないじゃん」と言われる確率は高い。昔は昔今は今かも知れんがね。
先を見る余り、手元や足下をちゃんと見て学ばないと後々困るのは自分自身だ。そう言う自分も勉学を疎かにして後々困った口だしな。久し振りに九九やってミスった時は「あれ~?」って素で言った位だもん。勉強大事、うん。
「黒い奴と白い奴が援護に来た……と聞いた。貴紀、何か情報は?」
「白い方は不明。黒い奴はこの大陸で二番目に遭遇した魔人・メフィスト、世界を滅亡へ導く者」
「魔に魅入られし二人、魔の人となり……のアレか」
突然話題を振られ、素直に答える。ヴェルターも壁画を思い出したらしく、呟く。すると尋ねた静久本人が「ファウストに続く二人目の中二病魔人か……面倒臭い奴らめ」なんて愚痴っていた。自分としては量産型魔人のインサニアが現れた時点で嫌気が差してるよ。
「そうだ。インサニアは何処から来るんだ? まさか闇の魔神が産み出すとか?」
「いや、インサニア化するにはヴェレーノの実を最低でも一度食べる事が条件でな。後は体内から変化するそうだ」
「これはワタクシ達、蜥蜴人なら誰でも知っている情報。そして、未来へ語り継ぐべき事実」
「なんだが……な。北側に突然ヴェレーノが生え大樹になったと知った時、他種族へ話したさ。だが、魔神王軍の三騎士とやらに阻まれてな」
話の途中で言われた『インサニア化』と言う言葉。どうやらヴェレーノの実、寧達と話した以上にヤバい代物だったらしい。蜥蜴人は知っているから、誰も口にしない。成る程な、エフォートが自分と遭遇した時に聞いたのも、インサニア化を恐れたからか。
そりゃあ出会えた相手がゾンビです、感染者です。とか嫌だもんな。ヴェレーノが生え大樹になった頃と言えば、闇に覆われた後で種を蒔いたのが金髪少女だっけか。真実の呼び掛けを妨害する辺り、どんな代物か魔神王軍は知ってたのだろうか?
今は情報が少ない三騎士と遭遇したらしいので、小さな情報も有り難い現状「どんな相手だったんだ、特徴は?」と訊いてみた。ヴェルターは少し俯いて考え込み、顔を上げて一言。「青い眼をした若い人間の女で見た目に反して口が五月蝿かった」……またその情報かい!! もっとないのか、髪型とか髪色とか!
「ワタクシも一度だけ見ましたが、なんと言いますか、何か衣装を羽織っていました」
「ドイツもコイツも役立たず……とは。頭が痛くなる……」
「逆に言い返せば、大人しい外見と青い眼を持つ若い人間の女性で何か衣装を羽織り口煩さが目立つと」
余り求めていた情報は得られなかった。人物像だけでも完成させようと手持ち以外のパズルピースが欲しかったが、手に入るのは『ほぼ全く似た情報』だけ。寧ろ逆に気になる部分もある。それ程『印象強い個性』なのか、もしくは『何かしら情報操作的な類の力』を持つか、だろう。
他のみんなは該当する相手が思い浮かばないみたいだけど……ヤバいな、どうしようかな。確定じゃない情報って最悪、迷宮入りさせる妄言にもなり得るから確かめた情報以外、話したくないんだよなぁ。いやまあ、確かめたなら仕留めるなり捕まえるなりすれば良いんだけども。
「駄目だな。俺達だけじゃ、何も問題が解決しそうにない」
「途中までは同行するが、後々は情報収集に勤しむ。貴紀……何か話があればこの番号を使え」
立ち上がり、スカートのポケットから小さく薄い石板を投げ渡された。番号を見て「あぁ、携帯電話の番号か」と少し遅れて理解する。立ち去ったのを見送った後、ヴェルターとリーベも立ち上がり後を追って暗闇に消えて行った。自分は──もう少しだけ、此処で過ごそうと思い座っていると。
また雑草を踏む足音が近付いてくる。今度は速い、此方へ一直線に走っている様だ。もしかしたらインサニアの偵察か? 素早く立ち上がると意識を『聴こえる音』に集中させコートの右ポケットへ手を入れ、恋月を掴み抜き何時でも撃てる状態で構える。
チャンスは直感曰く一瞬。スキル・スレイヤーの効果で『見える範囲内へ入って来た標的』へ向け、ゼロの力を少し借りて黒い弾丸を一発だけ生成し装填。スキル・直感を再度使い躊躇いや不安・迷いを感じ考える間も自分に与える暇も無く発砲。轟音の後に静寂が戻り──
「あ、あの……すみません。先程は、静久様やヴェルターが同席していて話せなかったのですが」
息を切らしながらも、目をパチパチさせるリーベ。取り敢えず恋月を下げてから足下を入念に眺めつつ背後へ回り込み、一部の雑草を強く踏みつけ、コートのポケットへ直す。ルシファーも話が気になっているらしく「同席者ガ居テハ話セズ、暗闇ノ中ヲワザワザ戻ッテ来ルトハ。余程ノ事ト見タ」なんて言う。
自分としては遺跡で見聞きした事もあって、変に思い出してしまい警戒してしまう。何故同席者が居ては話せないのか、それ程までに重要な情報なのか。直感的には刺される光景は見えないから、安心しても良いか? 歴史的に暗殺者とか殺人者って無害と思わせて殺るよね。ふむ……一応、念の為にゼロを纏うか。
「ワタクシ達を救ってくれた魔人なんですが、何故だか泣いている様に思えたんです」
(……王)
話は途中までしか聞いてないが、言いたい事は何となく理解した。おおよそ「メフィストを助けてあげてください」的な台詞だろ、言いたいのは。ハッキリ言おう。嫌です面倒臭い、ハイリスク・ノーリターンなそんなモン、勇者に頼んでくれ。
「ワタクシ。彼が、あの魔人がシュッツなんじゃないかと、ずっと考えてて……」
「んん~、どうなんだろうな」
「あの日、シュッツが忘れて行った御守り。もし彼に会えたら、渡して下さい」
メフィストがシュッツ、としたら骨格やら体型的に相違点がチラホラ出るんだがねぇ。人間とは頭の形状が違うし尻尾も無い、仮に尻尾は根元から切ったとしても、問題は頭と身長だ。戦った側としてはシュッツは百八十代後半は確実。対してメフィストは大体、百七十五位。余りにも違い過ぎる。
そんでリーベの御守りを受け取った。シュッツに会えたら渡してやろう。某勇者よろしく、両手で掲げる行為を自分はやらない。……呪言みたいなのがビッシリ書かれた、銭湯にある靴入れの木板の鍵が御守り? 余り詮索すると殺されそうなので聞くのは止めよう。
途中まで一緒に戻ると、ヴェルターと静久がで待っていた。少し用事があると言ってリーベを二人に任せ、姿が見えなくなるまで見送る。念の為、戻って来る可能性も考えて数分待ってみるも当然戻って来ない。ので「待たせたな」と言い、ゼロに話を聞く。
「多分だが……操り人形の一人が分かった」
「奇遇だな。確証は持てないが、此方も一人は予想出来てる」
「それとウォッチだが──」




