狂気と悪魔と白兎・前編
「誰か……お願いだ、助けてくれ~!!」
何処からか自分達の耳に響く、助けを求める叫び声。声からは心霊現象や物理的な恐怖体験の真っ只中、助けてくれるのであれば誰でも良い。だから助けてくれ……そんな印象、必死さを思わせる男性の声だ。目を開くと眠っていた遺跡ではなく。
蜥蜴人の集落近辺、遠回りを余儀なくされていた崖下。なにかあったのだろうか? 今何が起きているのか知りたい好奇心から、声がする方へ駆け出す。身の丈程以上に高い壁を新しく得た、ハイジャンプで飛び越えながら進むと──沼地を逃げ回る男性の蜥蜴人がいた。
「た……助かった。いや、お前さん。ヴェレーノを一度も食ってないよな?」
「あ、あぁ。食べてないが」
「安心した……実は──えっ?!」
此方を見付けて駆け寄り安堵の表情をするも直ぐに真剣な表情……いや、何かに怯えた様子で『ヴェレーノ』を食したか否かを問われ、戸惑いつつも返答すると今度こそ安堵した顔で深い溜め息を吐く。顔を上げて話だそうとした次の瞬間──
男性蜥蜴人の胸元から赤い血に塗れた細い円錐形の何かが二本、飛び出した。ソレは力任せに身体を二つに引き裂き、複数の口が快楽・幸福の笑い声を発していた。六本の蜘蛛みたいな脚、申し訳程度に付いた人間に似た身体、異形らしさを表す複数の目と口。
間違いない。間違える筈がない。コイツが話で聞き動画で見せて貰った……インサニア。何やら引き裂いた遺体の断面に目を向けジロジロ見る思ったら「%♡65¥? 5○=&…5○=&…、%:5;…#○-4…$!」とか言い出す。いや、可能なら日本語で頼む。おっと、此方にも気付いた様だ。
「15464…♡? 11、♪×\☆~)+}.-€#…"÷%5/2)」
(あぁん? 喧嘩売ってンのか、この野郎!)
(ゼロ、解読出来ルノナラ通訳シテクレ)
全く理解出来ない言語で話す相手。けれどゼロには判るらしく、通訳をして貰うと……「貴方は誰? ああ、ミスクリエーションの出来損ないかー」だそうだ。通訳分理解にテンポが遅れるからか、自然と怒りは沸いて来ないのは救いか。此方の言葉は理解しているらしいが……意志疎通は難しそうだ。
「"♪6&…:+#>/"5€? ※+2+#♪(4>…52;.4€?」
(テメェら、何モンだ。あの木の実に関係してンのか!?)
(発音ト言語カラ理解……ウ~ム、判ラン)
今でも判らない言葉は何を言ってるか理解出来んが、インサニアの言葉は更に判らん。変に口出ししない方が正解だろうか? 理解出来ても空気を読まない発言は場を狂わせてしまうしな。うん。そっとポケットに手を突っ込みフュージョン・フォンを通話状態にしておく。解読は寧達に任せよう。
「÷:。0♡0♡6"-4…-€2+…;(4>…#+-2+4149+/+…-○/。^○/+…-○/62*\&+#※#1÷^…€」
(禁断の果実? 新しい人類だぁ?)
「生憎、お前さんの言語は理解に苦しむ。だが……飛び掛かる火の粉は払わないとな」
「@7~60♡92…66(%◇+:○1^…5/÷-3…/。♪-5#…4\3-4\3-%72\"3…-#…%◇÷:」
相手もやる気らしい。前足二本を大きく振り上げて、カマキリみたいに威嚇をしてやがる。一撃で倒せと真夜は言っていたが、急所は何処だ? 普通に考えるなら頭部、心臓。けれど人間と同じ部分に臓器が有るとは限らない。直感では六本足の根元、人間で言う腰が弱点と見た。
……矢先、突然集落・ハイルへと、沼をアメンボみたいに浮きながら走って行きやがった。何はともあれ、取り敢えず追い掛けるしかない。実力的に蜥蜴人の勇者と言われているシュッツやその兄・ヴェルターは善戦するかも知れんが、他の連中は人間よりやや上程度。
さっき殺された蜥蜴人を思い返す限り、あの足は並大抵の武器より鋭く殺傷能力も高く力も強い。実戦経験を何度も積んだ戦士系なら兎も角、魔法使い系じゃ即死は免れん。ハイジャンプ能力を使い、自分も沼地を越え集落・ハイルへ辿り着くと──
(マジかよ……これ)
(話ニハ聞イテイタガ、間近ニスルト嫌気ガ差スナ)
集落が……静久が知恵を与えて蜥蜴人達が頑張って作った集落が……荒々しく真っ赤に燃え盛っている。引き裂かれる者達の激しい断末魔と恐怖の悲鳴が勇猛果敢に応戦する戦士達の声を上回り、ケタケタと笑い殺戮を止めない複数のインサニア達。
「/7€65¥?」
「クソッ。通常弾じゃ連射しても撃ち抜けんか」
正確な数までは判らないが、ざっと見て二十体はいるだろう。恋月と朔月……を頭部に撃ち込んでみるも通常弾じゃ外皮を抜けない。ならばとズボンの両ポケットへ二挺を直し、黒刃を手元へ呼び出し乱戦に突入。上中下で回転する鞘を振るい頑丈な外皮諸共、腰部分を貫く。
「先ずは一匹、っと危な……いっ!」
どうやら弱点もとい、心臓とも呼ぶべき核は腰部分で間違いないらしい。その証拠にぶち抜いたインサニアは塵となって消えている。此方を視認してか、次々と四方八方から集中して攻め込んで来る。避け切れず頬やら腕に切り傷を受けつつ後ろへ下がると、大きな背中にぶつかり互いに振り向く。
身体中切り傷と貫かれた痕だらけで痛々しいが、間違いなくヴェルターだ。相手も此方だと判ると背を向け、身構える姿を見て同じく背を預けて黒刃を両手で握り締め直す。大半は此方に注意が向いているものの、数体は殺戮を繰り返している。
「貴紀殿、来てくれたか!! 感謝するぞ」
「おいおい、これは一体どうなってんだよ。てか、シュッツはどうした?!」
「シュッツは静久様と貴紀殿達が此処を出発した翌日、人間の集落へ取り引きへ行ってそれから一度も帰って来ていない」
予期せぬ救援に感謝してくれるのは有り難い反面、留守を任せられるシュッツが出掛けて不在ってどう言う事だよ。囲まれてなきゃ、背中合わせに話す理由もないんだがな。四方から一斉に襲い掛かって来た為、最後の逃げ道と空へ跳躍すると──
「"4"4。♪-5、8;.*8.~!」
「クソッ。俺達の行動を見抜いたのか……」
全く同じタイミングで跳躍し、追い掛けて来た。追い込んで仕留める。まさかそんな知能まで有るとは想定外だ。声から判断するにヴェルターはもう、打つ手がないと諦めているっぽいな。生憎此方人等、待たせてる人達や生きて戻る事を信じてる人がいる。
幸運の女神が微笑むかは不明だが、少なくともこんな自分に、俺に微笑んでくれる人達がいる。その中に邪神も数名混ざってるがな……諦めないぞ、諦めてたまるか! 右足に魔力を込め、回し蹴り版サーキュラーブレードで切り抜けようとした途端、黒と白。
相反的な色の人物が俺とヴェルターの正面に飛び掛かっていたインサニアを、一撃で叩き落とした。着地して二人をよく見てみると……一人は全身が白兎をモチーフにしたパワードスーツを纏う人物。小柄だが武器が右腕にチェーンソー型ハンドとか言う物騒かつ重量無視装備。勝手に白兎と名付けよう。んで、黒い人物は……
「メフィスト。お前、まさか俺を倒す為に此処まで追い掛けて来たのか?」
「……」
予想外も予想外。少し前にアニマやファウストと纏めて戦った魔人・メフィスト。立場的にはインサニアの試作品、もしくは兄か姉。協力して襲ってくるなら納得出来るが、敵対するのは理解出来ん。アレか? バトル漫画でよくある「お前を倒すのはこの俺だ」的なライバルポジションなの?
その内「お前がNo.1だ!」とか言うの? てか、こっちを全く見ようとしないな。いや、どちらかと言うと『ヴェルター』を視界に入れないのか。まあ別に構わんよ。行方不明者から脳を切り離して持ち帰る、ユゴスから来た阿呆共みたいな事さえしなけりゃ。
インサニアも異形と言えばそうだけど、石化させてくるガタノソアとか撃退が難しいミゼーアよりは可愛らしいモンだ。アレ等に比べればコイツ等なんかチワワも同然。副王も何を思ってあんな化けモンと遭遇させたのやら……あぁ、楽しむ為か。思い返すのもそこそこに、武器を構え直す。
「&…:+#1♡2…#"4/×○-#…×?」
「0♡92…665○÷-3…/(:9"…○10♡518;☆¥-"…}.:。^<;}:5¥-"…}…:、6…96…9¥+#%0÷:」
「4/-;5÷-3…/(♭€7~#…%◇+#、:9"…;…418;☆¥-"…}…:€%%◇※%0÷:!」
全く何を話しているか判らん。だが……ギョロギョロ動く目線の先と話し合う様子から、大体は察する事は出来る。メフィスト狙いか、もしくはメフィストが『乱入して来た理由』を狙うと読む。視界に入れたがらないヴェルターか、別の何か。
とか思ってたら残存している半数は此方に、もう半数は民家へ向かいやがった。黒刃ならコイツ等を外皮諸共貫けるとは言え、群がられると厄介だ。本当なら吹っ飛ばしたいところだけど、生存者がいる集落で使うのもな。後々の事も考えれば尚更今、使うべきではない。
恐らく襲撃に向かった大型民家には、女子供と警護がいるんだろう。誰か救援に行けないかと思いきや、マークが外れたのか、ヴェルターとメフィストが向かっていた。此方も白兎の物騒極まりないチェーンソー援護も有り、片付けつつ駆け足で向かう。
「/4/4、%/;4…%/;」
「助けて……シュッツ!!」
「+{…;…;? ÷♡6♭^/…×&€%&?」
面倒な野郎共だ。民家に到達した二体以外、コッチの迎撃に当てて時間稼ぎとは。黒刃で文字通り無理矢理インサニアの壁を突き抜けたものの、奴らが振り下ろす足からシュッツの彼女であるリーベや住民を助けるには、距離的にも間に合わない。すまない、シュッツ……そう心の中で謝りつつも駆け出した。
「:9"…☆※€……」
「あ、あなたは……」
が、なんとリーベ達へ振り下ろされる足を左腕で弾き上げつつ、インサニアの腰を右手で打ち抜いているメフィストが見えた。慌てて後ろの戦況を見るも、丁度今倒し終えた辺り。これは予想だけど多分、俺達がインサニアの壁と真っ正面からぶつかっている間に回り込んでたんだと思う。
これで集落・ハイルを襲ったインサニアは殲滅出来た訳だな。直ぐにでも何が起きたのか聞き込みをしたいんだが──アンノンウン・白兎と魔人・メフィスト。共通の敵と思わしき相手を倒した今、どう言った行動をしてくるか判らない為、下手に行動出来ん。
蜥蜴人達から助けてくれた感謝の握手は白兎だけが応じている。メフィストは自分達と戦った時とは違い、終始無言を貫いてる様子で握手にも応じない。それどころか立ち去る始末。白兎も少し遅れて跳び去ってしまったがな。
「やったな。あの魔人共を倒したんだぞ、もっと胸を張れ。戦士として誇らしい事だ」
(ホウ。蜥蜴人達ハアイツ等ヲ魔人ダト知ッテイルノカ)
(宿主様……後で話、聞いてくれねぇか?)
メフィストの取った行動からもしかしたら。なんて悪い方へあれやこれや俯いて考えていると、インサニア撃破に満足げな笑みを浮かべるヴェルターに背中を強く叩かれ、考えるのをやめた。珍しく弱気なゼロの求めに小さく頷く。
その日は戦死者の埋葬と奇跡や薬草を使って負傷者の治療が早急に行われ、続けて勝利と死者への手向けを含めた宴会が始まった。木彫りのお面を被り踊る彼らを見ている内に、不思議と懐かしくすら思いながら、フュージョン・フォンの通話を切った。




