第二の遺跡・後編
「ちょ、本気と書いてマジと読む位痛かったんですけど……相変わらず筋トレはしてるみたいですね」
頬を両手で擦りながら、不満タラタラな顔で言ってくる。そりゃあ、脚の筋肉を鍛えれば逃げ足にも直結する訳だからな。魔力強化は言わば元々の筋力を一時的に強化する行為、元が高ければ同じ強化でも差は歴然。
そもそも人外相手が多いんだ。良くても小学校低学年と成人男性級。最悪の場合は赤ん坊とボディビルダー級の圧倒的差がある事もある。魔力強化なんて無意味レベルとかチラホラ存在する辺り、筋トレが無意味に思う事もあるけど、精神安定にやってる感もあるな。
「ゼロには遠く及ばんが、無理なくやっとるわ」
「いや、本当、ゼロはどうしてそうなったのか私でも判りませんよ」
(魔法なんざ使えずとも、レベルを上げて物理で殴れば良いからな!)
(ハァ……少シハ頭ヲ使エ。ダカラ動キガ速イ連中ニ押シ切ラレルンダ)
大股早歩きを意識したり物を押す時の姿勢、その他色々と影ながらやってる。ハッキリ言って視られるのが恥ずかしいのと馬鹿にされた経験があってな、筋トレは基本的に誰も視ていない内に済ませてる事が多い。ゼロ達は大半一緒の時が多いから、仕方なくやるけどさ。
副王がやってたな。レベルを上げて物理で殴るのが最適解なクソゲー。でもまあ正直、ゼロの場合は本当にそれをやっちゃって今の筋肉もりもりマッチョマンな体型になったんだよ。反面、身軽な相手が苦手になったけどな。それはしゃあない、自分達がカバーすれば良い。
「理解してると思いますが、此処は過去の切り裂かれた大陸。未来に存在しない理由は簡単。闇の魔神が蘇り滅びたからです。ですが……」
「自分達が倒せば歴史は変わる。そう言う事か」
「いえ、歴史が正されるんですよ。本来魔神は倒される筈が、何者かの歴史介入により改変されたんです」
成る程。訂正するのな。けど歴史介入と改変か……ふと脳裏にホライズンの姿が過る。一度も戦ってはいないが、アイツならやりそうと思ってしまうのは、殺意とかじゃない純粋な何かを感じたから、だろうか。あの感覚は恐怖心とかじゃなく、原始的な本能とでも言おうか。
直感的に今の状態じゃ勝てない。自然とそう思える感じだった。目の前に突然ライオンが現れたり、爆発寸前の爆弾が出された時にも似た「あ、駄目だ……これ」な一目で判る諦めに近い感覚。本気が出せないと修行時代の実力だもんなぁ、今は。
「この遺跡は我々が造らせた物でして、パワードスーツ強化や強化アイテムを製造・研究させてたんですよ」
「魔神王を倒させる為にか?」
「魔神王は魔に属する者達がアレを崇める為に付けた名前ですよ。本当の名前は……」
わざわざスーツ強化や強化アイテムを製造・研究してくれていたのは嬉しい話だ。魔神王にはちゃんとした名前があるそうだが、話そうとした途端に口ごもり再び開いたと思いきや「いえ、まだ貴紀さん達には早いですね。前半ボスを倒さず終盤ボスを知る位に!」
とか言い出した。まあ、ゲーム歴が長いとその言葉だけで何となく察してしまった。好きなRPGゲームで序盤なのにクリア済みプレイヤーから、真のラスボスやストーリーをネタバレされる様なモノだ。推理小説で言えば、読み切る前に犯人と動機を説明される様なもん。
自分はネタバレ反対派なので、敢えて詳しく聞かない事にした。余程の事態であれば、此方から訊かずとも話してくれるしな。そう言う意味でも自分は真夜を信頼している。クトゥグアの変態とは自己嫌悪と言うか、そんな感じで仲悪いけどな。
「世界は元々一つだった。けれど、闇の欠片が原因で大きな大陸は七つに裂けてしまった」
移動しながらまた、何かを語り始める。今度は何処か、暗い表情で。──旅人が牧場より旅立った後、遠く離れたトリスティス大陸で地獄に遭遇した。其処は人・蜥蜴人・ドワーフが生存を賭けて殺し合う場所。何故殺し合うのか? それは新人類を名乗る闇の魔神と、その配下たる異形の魔人に気に入られる為。
勝負に勝てば生き残る権利を得る。けれどそれは『気まぐれ』でコロッと変わってしまう、とても曖昧な権利。その生存権利を賭けた戦争に巻き込まれた旅人は異形達や魔神、汚染された空と海と大地を相手に辛うじて勝利。小さな箱に魔神達と地獄を詰め込み、遺跡に封印。
救世主と敬われた旅人だが、傷を癒す為に深い眠りに落ちている途中、快く思わなかった住民に胸をナイフで刺され闇に消えた。救世主を殺した住民は周囲から反感を買い、罰として救世主から許しを得るまで、三種族の集落から離れた場所で暮らす様に言われた。
「とまあ、こんな事があったんですよ。この大陸では。その名残か、トリスティス大陸と呼ばれる様になりました」
「なら、集落に付いてる名前って」
「ドワーフがストゥルティ、人間はフール、蜥蜴人がハイル、麻薬生産村はヴェレーノです」
(悪い方面の名前が多いな……てか、愚か者達って直球だな)
悲しい大陸、愚かを意味する名前が付けられた人間とドワーフの集落。何かまだ有りそうだけど、真夜は何も言わず口を開かなかった。まるで……そう、目の前で大切な人を救えず、見殺しにしてしまった罪悪感で話したくない。そんな印象だ。
「ただ、まだ『地獄』は再開されていません。新人類を名乗る異形の魔人が再発していませんからね」
「なんだよ。その、異形の魔人って」
「……コイツに関しては別に名前を教えても構いませんね。奴らの名前はインサニア、試作型であるフルヒトやファウスト、メフィストの正規の量産型です」
「──!?」
嘘……だろ? あの連中が、試作型? あんな奴らが量産されたら、流石に本気を出せない此処じゃ物量で押し切られちまう。スマホの動画で容姿を見せてくれたが、なんと言うか人間の体に蜘蛛みたいな六本足が腰付近から生えている紫色の生命体。
でも人間の三倍はある眼と口が上半身いっぱいにある。昆虫、とは言い切れず人間では無い何か。崖や水上、砂地ですら難なく走ってやがる。言語も意味不明。ただ、動画を見て一つだけ判った事がある。コイツら……悪い意味で純粋なんだ。
子供が理解しようとしたり、遊び感覚で虫の足や身体を引き千切るのと同じ様に。悪気は微塵もない、有るのは純粋な悪意に似たとても高い好奇心。人間が家畜を殺してさも当然の如く食べたり玩具を分解して遊ぶ。それと全く同じなんだ、インサニア達からすれば、他の生命体を殺す事なんて。
「貴紀さん。この大陸に再度訪れる地獄はまだ、これからですよ」
「真夜は、どうするんだ?」
「最後まで見届けますよ。それが、私の仕事でもありますからね」
これから始まる地獄。また始まる地獄。立ち寄った部屋にも壁画があったが、それは当時の惨劇を後世に伝える地獄絵図そのものだった。燃え盛る集落、笑いながら住民を殺すインサニア。阿鼻叫喚で絶望する住民から、魔神へ黒と紫の何かが吸い取られる光景。それがまた、始まるのだと言う。
「とは言え、闇の魔神達を誕生させたのは、この大陸に住む連中なんですがね」
「どう言う意味だ?」
呆れた様子で困ったモンですよ。と言いたげなジェスチャーを交えつつ話したと思えば、真剣な表情で「恨み妬み怒り。そう言った強い感情の泥と生命体と言う身体からアレらは誕生した。人類が隠し目を背け続けた結果の産物なんですよ」
早い話。闇がばら蒔いた欠片と言う種に、水と土を与えたのは他種族を含む人類。滅ぼされるのも自業自得。滅びる理由は有れど、助ける理由は無い。真夜が言いたいのは、そう言う事だろう。もっと簡単に言えば、自分達の育てた子供に殺される、だ。
「助ける、助けないに関わらず、いずれ滅びる運命は変わりません。ですので、助けずとも気に病む必要は有りません」
(どうするよ。俺達は宿主様の判断に従うぜ)
(ウム。オルタナティブメモリー回収後、撤退シテモ誰モ責メマイ)
普段なら自業自得だと考え、助けない選択肢を選ぶ。でも今は……魔人共の正体は知りたいし引き分け続きってのも気持ち悪い。まだ謎が全て解けてないしな。結果的に助けたのであればそれで良い、もし助けられなくてもそれは結果論だ。自分が守りたい相手なら話は別だが。
「決着とオルタナティブメモリー、スーツ強化に必要な物を全部回収したら立ち去るよ。それまでは此処に残る」
「そうですか。では、私から幾つかアドバイスを……」
自分の気持ちを伝えると、やっぱりそうですか。的な顔をした。アドバイスの内容は「インサニアに慈悲は無用、一撃で確実に殺して下さい」と「愚か者達の中に操り人形は三人」って言葉。疑問には違和感を持ち、疑えとも言われた。今疑問を持ってるのは、アナメとウズナちゃんの二人。
ナイトメアゼノ・ハザードの悪臭に気付かない、夢とは言え知らない筈の情報まで知っている、余りにも都合が良過ぎる遭遇。そして最初は泥の匂いやら水浴びも気軽に出来ない環境だと思い深く考えなかったが……悪臭は『一ヶ所』だけじゃなかった。
「悪魔と言う生物が存在するのであれば、それは人間だと言った人がいたそうですが、本当にそうですね」
「真夜?」
「私は人間が嫌いです。絶滅したって構いません。寧ろ絶滅して欲しい位ですよ。星の癌であり宇宙を乱す愚か者達には」
「……ごめん」
人は歴史から何も学ばない。上っ面では理解している振りをするが、時間が経てば経つ程忘れて同じ過ちを繰り返す。勿論、自分だってそうだ。言い訳はしない。頭の固い連中は批判や罵詈雑言を吐き出すだろう。
だから何も学ばないと言うのだ。痛みを伴わないと、人は本当の意味で学ばない。病気でない人の大半は、健康である事を感謝しない。例え治っても暫くすればまた忘れてしまう。利き腕を怪我すれば、有り難みを痛感する様に。
真夜は視た、覚えた、知っている。光闇戦争時、守った人間が自分を撃ち抜いた姿を。守り刀を盗み、鬼神の封印を解いた愚か者達を。成り上がる為、他人を平気で蹴落とす人間を。そんな人間を守る自分が悲しく、愚かしく思い、思わず謝った。
「ささっ。余計な荷物は此方で配達しておきますから、レッツ任務達成して下さい」
「……ありがとう。真夜」
判っている。真夜がわざと暗い雰囲気を切り替える為にお馬鹿を演じている事位。採取した鉱石や宝石を差し出して来た皮袋へ全て入れ、聖光石のエネルギーを利用して開いたゲートへ入ろうとする真夜の肩を掴み止め──
「真夜!」
「はいは~い、なんです──!?」
「気を付けてな」
身体全体で振り向いた瞬間、肩を此方へ引き寄せて優しく抱き締めた。誰にでも同じ様な事はしない。本当に仲間だと信頼している相手にだけする感謝を表す行為。口で言うのが照れ臭いとか、そう言う理由もあったりする。数秒抱き締め、離れる時──
顔を赤くして目を瞑り、キスを求める顔をしていた。うんまあ、なんと言うか。抱き締める以上は恥ずかしいし照れ臭いから自分からはしない。不意打ちで食らう時はあるけど……近付く顔を右手で押し返し、照れ隠しも含めてゲートへ蹴り込んでやった。
(ヘタレだねぇ~、宿主様は)
(ダナ。相手ガ先ヲ求メルノハ、最早目ニ見エテイルダロウニ)
「うっさい」
当たり前と言うか、ヘタレだの何ってのは少なくとも理解しているさ。寧とか嫉妬が強くて、一度ヘソ曲げられたら機嫌直して貰うのに苦労するんだよ。自分達は話をしながら先程見た女神像の所へ戻り疲れを取る為、像の足下で一眠りする事にした。




