悪魔・後編
「ヤケクソの特攻か。未来永劫語られるべき伝説、世界の破壊者とやらも地に落ちたモノだ。ハッ!」
駆ける最中。そんな事をメフィストは語り、ファウスト共々手から赤と紫の魔力弾を撃ち込んで来る。何発当たって何発外れたか、なんて一切考えず、ひたすら走る。バイザーに被弾箇所である胸部・脚・腹部が赤く表示され、危険・警告の文字が浮かぶ。
「何故止まらない?! 痛くないのか? 命が惜しくないのか!?」
「吹っ飛べ! 直感プラス火事場のぉ……アローナックル!!」
「ごふっ!?」
ボロボロと剥がれ落ちて行く第三装甲。空いた間を埋めるべく飛び込み、足が地面に着く前にヴァリアブル・エアダッシュと背中のブースターで瞬間的な加速を付け一気に近付く。驚いた悪魔野郎が近距離で撃った魔力弾は直感と左腕の盾で防ぐ。
続けて直感を使い鳩尾が弱点だと読み、スキル・火事場の馬鹿力で腕力を底上げ。右足を強く踏み締め、持てる力を込めた右拳で深く打ち込み殴り飛ばす。続けて少し間の空いた場所にいるファウスト目掛け駆け出し、首へラリアットを一発叩き込んで強引に押し倒した。
たった二発の為に第三装甲を犠牲にする。って言うのはメリットが少ないな。けれどまあ、足が震えてる悪魔野郎を見る限り。かなり効いてるな。ファウスト改め、道化師野郎は相変わらず普通に立ち上がりやがる。
咳き込む様子も無い辺り、本当に痛覚が無いのか? いや、これはマジで『死体』である可能性も出て来たな。死体……死体か。もしそうなら、どう対処すっかなぁ。都市伝説の連中みたいな面倒臭い奴らは二度とゴメンなんだが。
「追加装甲を盾に……っ、渾身の一撃を繰り出すか」
「生憎、ソレが一番の得意分野でね」
叩き込まれた鳩尾を押さえつつ、立ち上がるメフィストの言葉へ手短に返す。元々短期決戦と正面強行突破が得意なだけ。寧には何度も装備品調整や整備泣かせで悪いと思うが、やっぱりこの戦法が一番しっくり来る。
剥がれ落ちた第三装甲を見ると……後々苦情の連絡が来そうで怖いけど。そりゃまあ、連日徹夜で仕上げた代物を数分で壊されりゃ、苦情の一つも言いたい気持ちは分かるんだがな。あぁ~……そう考えると胃が痛い。
「ウ……ズ、ナ」
「チッ。そろそろ切れるか」
「何っ!?」
突然道化師野郎が頭を抱えて座り込んだ。コイツは好機。と思い駆け出した途端、黄色い閃光が俺達を引き離すかの様に走る。後ほんの一瞬、もし後もう一歩前へ踏み出していたら、足に直撃していたぞ……
損失した部分を補う様に、元々あった位置へパワードスーツの装甲が戻る最中、光が放たれた方、赤い空を見上げると──蒼い炎を纏う赤い骸骨、そして赤い空に浮かぶ『悪魔』の微笑みがあった。
「お久し振り。とでも言いましょうか?」
「次から次へと……余り一気に出て来られると、名前すら忘れそうなんだがな」
話ながらもバイザーをスキャンモードに切り替え、奴を調べる。忘れそう……とは言ったものの。赤い骸骨──ナトゥーア大陸、エルフの森で遭遇した不気味な存在。ナイトメアゼノ・スカルフェイスと非常に似ているな。スキャン結果が出たが……
黒いエネルギーに赤い骸骨が引っ付いているらしい。人間で言う関節部と胸部、頭部に髑髏が付いている。頭に鬼を連想させる角が額から生えているが、右は長く左が短い。声は──アナメを襲った悪魔。アイツの後ろに隠れていた幼女声の蒼い炎だ。
「私はナイトメアゼノ・アニマ。万古不易の二つ名を持つ者。残念ですが、ファウストに代わり私がお相手をします……の」
「可愛らしい幼女の声に反して、不気味な外見だな」
「あら。教わり、ませんでした、の? 他人を外見だけで判断してはイケません……と」
またナイトメアゼノシリーズか。これで何体目だ……って思ったら、親切な事に第五のって表示しやがった。声だけは可愛らしいんだが、外見と威圧感が半端じゃない。宇宙的な歴史の機動兵器に乗るアニメみたいに、プレッシャーが~とかは言わないけどさ。
ホライズンと対面した時と同様、直感が警報をガンガンに鳴らして全身が鳥肌立ちやがる。つまりファウストやメフィスト以上の化け物って訳か。クッソ、弱体化前なら勝てそうなんだがな。と言うか髑髏の穴と言う穴から閃光が四方八方に放たれて、足を止めての防御一択なんだが!?
「この世界は滅ぶ。例え、貴方が幾ら頑張ろうと。だから……私達が促しますの。新しい生命、新しい人類へと」
「ファウストやメフィストの様に、か?」
「いいえ。彼らは違いますわ。私達は『究極の進化をした人類』、故に旧人類を導く義務がありますの」
(昔、宿主様のエネルギーを求めてやって来た未来組織・ワールドエスケープの仲間か?)
副王の奴もそんな事言ってたっけか。けど、コイツらはその先を生きている……と。あんな異形の姿になってまで生きたいのかねぇ。少なくとも人間の形を持つ身としては、慎んで遠慮させて頂きたい。
ワールドエスケープ。あぁ~……居たな、そんな奴。大層な御託を並べていた割りには、滅亡する惑星からの逃亡が目的の培養液に漬かった脳味噌野郎だったけどな。アレに比べたら、新人類のナイトメアゼノシリーズは……いや、どっちもどっちか。
コイツら。ナイトメアゼノシリーズみたいになるのが人類に残された道だと言うのであるならば、俺がやり終えた後にでも好きにしてくれ。目的の邪魔をするならば、相手が誰であろうと倒すがな。よし、攻勢に出るとしますか!
「そうかい。それなら、俺が消えた後にでも好きにしてくれや!」
「えぇ。勿論そうしますの。けれど私、貴方が気になります……だから、人類を根絶やしにしますの」
素早く右手を振りハンドショットを撃った。んだがな……取り巻く怨霊に吸収されてしまった。この感覚、ナトゥーア大陸に在るエルフの集落で『あんなモン』と言った存在そっくりだ。となるとコイツの体を構成している赤い骸骨、黒いエネルギーは……えげつないな。
人類を根絶やしにする。と言う物騒な発言にも納得は出来るし、祓うなら何百年も必要か。全く、こんな奴らを生み出した人類に責任を取らせたいぜ。もし俺の予想が正しければ、コイツは──
「正確には『女子供』を根絶やしにする。の間違いじゃないのか? アニマさんよ」
「ふふっ。正解……ですの」
此方の訂正に対して満面の笑みを浮かべてそうな、理解されて嬉しい様な声で返答した。やはり『都市伝説・コトリバコ』の具現体か。そりゃ女と子供の『命を取られた』ら、男だけの人類は根絶やしになるわな。……なら、エルフの集落で遭遇したアイツも都市伝説の具現体の可能性もあるな。
万古不易。確か永久に変わらないって意味だっけか。人を呪わば穴二つ。なんて言っても憎い相手は憎く、輝いている人は眩しく良い所しか見えなくなって恨んでしまう。人間の恨み妬みも死んでなお残り続ける辺り、永久に変わらないか。幼く純粋に近い程、より強く濃い感情になるからな。
「貴方が力と記憶を代償に封じ込めた数多くの都市伝説。それを解いたのは──貴方が守った人類ですのよ」
「だと思った。でもまあ、力と記憶を失ってた理由を知れて良かったよ」
「いずれ人類は好奇心の赴くまま、自らの手で地獄の門を開き、全ての封印を解き放つ」
封印した都市伝説。思い出せる限りでは赤マント、カシマレイコ、テケテケ、両面宿儺。そんでもって姦姦蛇螺位か。ドイツもコイツも面倒臭くて都市伝説に詳しい協力者に助けられて、辛うじて倒した連中だらけ。地獄の門ってのは十中八九、凝縮された地獄・リンフォンの事だろう。アレを完全に開けられたら最後、俺でも対処し切れんぞ。
「まるでパンドラの箱の物語だなっ!」
「えぇ。ですけれど、希望はありませんの。何故なら……人類が自らの手で希望となる勇者。そして世界の破壊者である貴方を殺しますから」
ハンドショットが駄目なら。と両腕を内側から外へ振り払い、サーキュラーブレードを繰り出すも──今度は左腕で振り払い、消された。ヤバいな……単独で使える遠距離技は後、魔力消費の激しいライトニングラディウスだけ。
身動き一つせず反撃もして来ないのが、せめてもの救いだが。悪魔の眼からスポットライトの如く注ぐ光が、二人の魔人を照らす。人類が自らの手でこの星に残された希望を摘み取る。密かなる宇宙の侵略者もあるのに、人類は同士討ちを止めない。
信頼を利用して裏切りすらする。光闇戦争時、宇宙人の人間牧場計画を何件か潰したものの、輸出された人達までは救えなかった。人間を捕まえる理由も、自分達の星の奴隷が絶滅した為、代わりを求めて……だ。
「一つ、滅亡の花。二つ、調律者の奴隷化。そして三つ、終焉にして虚無なる王の復活。例えこれ等を防げても、人類は──」
「人類が滅亡しようが、至極どうでもいい。俺は守りたい者を守る。ただ、それだけだ」
人類が辿る滅亡の道を語りつつ、左右の腕にある髑髏から日本刀を取り出す。四次元空間にでもなってんのか、その中は。振りは単調で力任せに振り下ろす、薙ぎ払う、突くの三点だけ。それでも悪魔野郎と道化師野郎が荷担し始めた為、手足による打撃を避けた先に攻撃が来るとどうしても避け切れない。
アニマは攻撃動作が大きく、剣の達人よりは読み易い反面。防いだ盾をバターさながら、容易く切り落とす程に恐ろしい切れ味は脅威そのものだ……直撃は間違いなくアウト、掠り傷すら酷い傷になるだろう。肘に付いている刃、エボルブレードでも対抗出来るかどうか。
「通常モードに変更。そして一か八か、パワードスーツ全機能の封印を解く!」
残った追加装甲、武装は強制排除。フュージョン・フォンを取り出し操作後、WARNINGと警告が響く。次は出力を決める為に音量調節ボタンを押すと一度押すとREJECT、二回押せばHORIZON、三回押したらHAZARDと鳴り知らせてくる。意を決して三度目で再度差し込む。
するとSACRIFILCE・Are You Ready? と音声が鳴りパワードスーツの装甲がスライド移動して開き、内部の全機能がギュインギュイン鳴ってフル稼働し始めた。その所為か魔力の消耗は早くスーツ内温度が急激に上がって、体調的にはインフルエンザも同然……流石に三分も持たん。速攻で終わらせる!
「消え──なん、ですの!?」
「アニマ様、ぐぅっ!」
「先程の三倍。いや、それ以上の速度……」
喋ってる余裕も……無い。ジェットコースターを余裕で上回る加速が滅茶苦茶キツい上、制御し切れなくて無駄な動きが多い。三分もと言ったのは前言撤回する。一分すら意識を保つのも無理だ。一度止まり、フュージョン・フォンを抜き差しして限界まで魔力を引き上げる。
「狙いは……其処だ。オメガレーザー!!」
「ギイィィヤアァァ!!」
額の第三の眼にハンドショット以上の魔力を込め、直感が訴える方向。不気味極まりない『悪魔の微笑み』へ向け緋色の光線を放つ。耳が痛くなる様な女性の金切り声が終焉の地に響き、閉鎖された亜空間に揺らぎ始めた。
「しまった……ですが、貴方が幾ら頑張っても意味はありませんのよ?」
「知ってるよ。でも残念ながら、此処に来てから求められているんだ。助けを」
「仕方ありません。今日のところは、引かせて貰います」
「待て……っ!」
言われなくても判っているよ。自分が幾ら頑張ったところで、人類が滅亡する事位は。それでも、俺には助けたいモノがある。救いたいと思う明確な理由と基準がある。蒼い炎に包まれ消える三人を追おうとしたが──タイミング悪く魔力切れ……か。
バイザーと魔力経路も光を失った途端、着込んでいたパワードスーツが急に重く感じ、思わず膝を着いてしまった。油の切れたロボットさながらギクシャクした動きでフュージョン・フォンを取り外し、操作して大山一家の所へ送り返して立ち上がる。
悪魔の微笑みも何時の間にか消え、不安定になった亜空間は自壊。空は相変わらず闇に包まれて暗いが、体は随分と軽くなった。幽霊に取り憑かれると体が重くなるって聞くけど、アレに近い感覚だった。早くアナメとウズナちゃんに追い付くべく走る。




