悪魔・前編
肩と腕の動きから相手も此方と同様、右ストレートパンチと読む。読み通りお互いに右拳をほぼ同じタイミングで繰り出す。此処で素早く屈み、上半身を捻った勢いのまま、足払いを仕掛ける。が……ファウストも此方の動きを読んでいたらしく、ジャンプで避けられた。
「甘い、実に甘いぞ。オメガゼ──ロォッ!?」
(へへ~ん、だ。甘いのはどっちだよ!)
しかし、それは予想済みだ。足払いは空中へ導く為の囮。一回転した後、腹部へ本命である蹴りを叩き込む。魔力で防御されたガラス壁みたいな感覚が無い辺り、直撃が決まった様だ。けどまあ、背中から岩にぶつかっても相変わらず痛がる素振りすら見せない為、有効打かどうか判断し難い。
(さて。そろそろ私も運動させて貰おうかしらね?)
「分かった。少し休ませて貰う」
ウォッチの矢印……もとい、ダイヤルを紅白へと向け、叩いて起動。CHANGE・ReikaFORMの文字と共に意識と体も交代。魔力経路の色が緋色から黄色へと変更。その間に襲い掛かって来るファウスト。それを霊華はワンテンポ遅れて受け流すと同時に、カウンターで掌底打ちを胸や顔に打ち込んで行く。
霊華の得意分野は受け流しとカウンターが主流の格闘戦と、御札を使った中距離と遠距離の手数で戦う巫女。残る二人も格闘戦は得意だけど、ゼロは力強く防御力もあり相手の防御を貫く反面、機動力が高い奴は苦手な戦士系。
例えばナイトメアゼノ・ラプターとかの類いは特に苦手とする。ルシファーは堅実的。確実に防ぎ、隙を見付けては打ち込む騎士系。自分は平均的で尖った部分が魔力と積み重ねて来た戦闘経験、スキルの他にほぼ無い。敢えて言うなら盗賊か戦士だろうか。
「この動き……オメガゼロ・エックスではない?!」
「半分正解、半分不正解。とだけ言わせて貰おうかしら」
「フン。どの道お前達を倒し、一つ残らず力を吸い尽くす事に変わりない」
「やってみなさい。内側から弾け飛んでも良いならね」
お互いに一度足を止め、話す。動きから自分じゃないと見抜くファウストも流石だ。霊華も本来の力や動きが出来ないのにも関わらず、対応してみせるのも本当に凄い。この空間では直感と慣れで戦ってる自分からすれば、即時対応は出来ないなぁ。
それは兎も角。ファウストの狙いは自分達のエネルギーか……昔も何度か狙われた事はあるけれど、腹壊したり喰われた連中を見てるから、余りオススメはせんぞ? まあ、幾ら忠告しても敵さんは聞く耳持たん連中ばっかりで、自ら進んで自滅するのが大半だけど。
「力や知恵など、人間には不要。言葉と暴力で裏切り、傷付ける愚か者達には!」
「ま、私達もアンタの言葉には同意するわ。人間なんて救う価値も無いゴミ屑同然だもの」
人間を愚か者達と罵り、力や知恵などは不要だと言いつつ繰り出される左右の連続回し蹴りを両手で掴み、侮辱する発言に同意。更に罵倒を付け足してそのまま後方へと投げ飛ばす。こう言っては悪いが、自分も霊華も、ゼロやルシファーだって愚かしい人間を嫌っている。
「ほう。善人ぶった言葉が返されると思っていたら、予想外な答えが返って来たものだ」
「でもね。私達には助けたい相手、大切な人が少なからずいる。だから失望しない限り、その人達だけでも救うのよ」
「大いなる闇。その従者たる我らに無限の力を与え、障害となるモノを打ち砕かん。ダークネス・レイ!」
「天駆ける星々に我が命ずる。天空に光の軌跡を描き、我らを守護したまえ──守護障壁!」
なら何故助けるのか? 別に助けている訳じゃない。腐った連中は見殺しにもするし、直接殺しもする。身勝手な正義を振り掲げ、責任も持てず好き勝手やる連中なんてどうでもいいとすら思う。ただ……自分達が共通している認識として『地球人と認め、助けたい人間』が少なからず居るからだ。
頭上へ御札を投げると発光し、幾度も円を描き光のカーテンを作る最中。ファウストの両腕に闇が集まって行き、突き出すと同時に黒い光線が放たれ守護障壁へとぶつかる。流石に相性最悪のフィールド、終焉の地では分が悪い。
障壁からガラスの破片を踏み割る様な、心地悪い音が聞こえる。視覚的にも亀裂が見え始め、耐え続ける程に大きく、不安も増して行く。霊華も厳しい顔で耐え凌いでくれているが……駄目だ、破られる!
「っ!! やっぱり……此処じゃ戦い難いわね。聖なる光、此処に集いて傷付きし者へ再び活力を──癒し!」
撃ち終わるのと同時に光を固めた障壁が砕け散り、弾き飛ばされ、背中から地面に倒されてしまった。痛覚は共有しているのが、何気にキツかったりするんだよなぁ……まあ別々だったとしても、交代した矢先に痛みが襲ってくるんだけどな。
自分達の事を考えてか。疲労と状態異常、深い傷すら癒す回復の奇跡、キュアを使ってくれた。バイザーに表示されるステータスチェックでもパワードスーツも目立った損傷は無く、立ち上がり相手へ視線を戻す。
「フッフッフ。確かに動きは奴と違う様だが、私を倒すには些かパワーが足りない様だな」
(ッ~……パワー勝負なら俺がやる。さっさと交代しろ、霊華!)
「それは少し待ちなさい。其処の奴、姿を見せたらどう!?」
不敵な笑い声と共にゆっくりと近付いてくるファウスト。霊華は自分達の中でも、自分に次いで力が低い。真っ向からの力勝負へ持ち込もうとするゼロの交代要求を静止し、右斜め後ろへ右手を向けて青白い霊力版ハンドショットを撃つ。すると景色の中で何かに防がれてしまった。
「これは、周りが……塗り替えられているの?!」
(酷ク濁ッタ魔力ダ。ソレモ、俺達ヲ閉ジ込メタ檻トモ言エル空間ヲ塗リ替エル程ニ)
「流石は調律者や魔神王軍、更には遥かなる未来と敵対する者。俺を見抜く直感だけは評価しよう」
命が死に絶えた終焉の地。暗雲が覆い尽くす空を、赤く塗り替える闇。例えるなら……そう、泥水に赤い塗料をぶちまけた様なモノ。心なしか、更に体が重く感じる。姿を現せたソイツは銀の仮面に黒い眼、黒のウェットスーツと紫のライン、上半身へ銀の装甲に肋骨みたいなパーツ、胸元に光る赤い十字架。声からして男だと判断するが、どうかな。
「俺はセルウィー=メフィスト。俺とファウストは世界を滅亡へと導く魔人」
「死体と奴隷……か。魔人を名乗るには残念な名前ね」
ファウストを死体、メフィストを奴隷と言うが、状況としては二対一で悪化。しっかし、二人の魔人か。ウズナちゃんの書いてる小説みたいになって来やがったな。……『輝く黒い宝石』か。夢で見た光景や人物と言っていたが、どう言う事か改めて知りたいな。
何故幼少期、関係者以外知らない筈の、ナイアルラトホテプに埋め込まれた『トラペゾヘドロン』の存在をウズナちゃんが知っている? 未来予知と言うヤツか? いや、改めて思うが、そもそも『今は西暦何年何月』なんだ?
「分離……は、やっぱり、この空間じゃ無理ね。仕方ない」
この空間の面倒臭く厄介な点。数の不利を補わせず、通常手段では介入出来ない。相手はパワーアップと常時エネルギー補給、対して此方はパワーダウンと分離不能。何度も此処で戦ったものの、キッツい条件下だよ。この空間は。
考えている間にも霊華は立ち上がり、ウォッチのダイヤルを回し叩く。CHANGE・OMEGAZEROFORMとバイザーに文字が並び、流れて行く。魔力経路の色は緋色。今なら体力や魔力的にも、戦うには十分だ。
(後は……頼んだわよ)
「任された。此処は第三装甲を使ってやらせて貰おうか」
(おいおい、今使えるのは一つだけだぞ?)
「分かってる。全員、異論は無いな?」
交代後、ハザードとファウストで霊力を使い切ったのか、突然眠ってしまった。バトンタッチされた自分……いや、俺はフュージョン・フォンを右腰から取り外し、メニュー画面から第三装甲・古き騎士へ操作。一応二人に許可を求めると、頷き肯定。
それを確認し頷き返した後、決定ボタンを押して再び刺し戻す。バイザーに選択した第三装甲の名前が表示される。直後頭上に転移ゲートが出現、脚と腕に巻き付いている鎖が光となって弾け、関節上へスライド移動。胸部装甲も肩へ乗る様に動く。
スライド移動し空いた箇所へ、第三装甲が磁石さながら自動的に装着されて行く。腕が赤色で胸部には青色、脚に白いパーツ。試作品故にカラーリングは適当らしいが、統一感は欲しい。黒い追加装備らしき西洋式帆型盾が左腕に付き完せ──!?
「勝機を失い、命乞いの土下座か?」
「例えそうだとしても、俺達が仕える魔王の為に紛れ込んだ異物は排除する。分かっているな? ファウスト」
(おい、どうしたんだよ宿主様。さっきまでの威勢はどうした!)
「……やっべ。以前のよりクッソ重い」
相手から見れば、突然の命乞いか土下座に見えるだろう。だが実際は……両腕と両脚が滅茶苦茶重くて通常魔力による身体強化じゃ両腕を持ち上げて、一歩ずつ踏み締める程度が精一杯なんだわ。寧とマキ、絶対重量計算ミスったろ!!
……いや、バイザーに映る情報だと稼働に必要な魔力量が普段の二倍。車で言えばガソリン、携帯電話なら充電不足で動けないのか。そんだけの魔力量に納得の行く代物なんだろうな。そう信じて良いんだよな?! クッソ、試運転位させてくれよ……
(稼働制限時間ハ半分ニナルガ、俺達ノ魔力モ身体強化ヘ回ス。コレデドウダ、王!)
「よし、これなら行ける」
ゼロとルシファーの魔力も身体強化に回して貰い、これで漸く普段通りに動ける。とは言え普段の二倍魔力を消費している為、この戦闘でスーツを着て戦える稼働時間は十五分。霊華の戦闘してた時間を考えると……後十分!? 急いで倒すなり脱出しないと。
現状を普通で考えたら、二十キロの重りを四肢に付けて普段通りの日常生活を送れ。だろうな。最悪、リミッターを限定的に解除すれば、魔人の一人や二人位は仕留められるだろう。『制御』さえ出来れば……な。
さて、真面目にやるとしますか。武装は……盾と四肢、そして胸部にある奥の手か。敵は正面のファウストと右斜め後ろのメフィスト。走行速度から直感的に優先して対象すべきなのは──悪魔の名を持つメフィスト、お前の繰り出す助走付き右ストレート。これを左腕の盾で払う!
「消え……たぁっ?!」
(しっかりしろ、宿主様!)
「フッフッフ。この空間で戦い慣れているそうだが、進化した終焉の地は以前までとは違う」
確かに払った。けれど実際はワンテンポ遅れており、先制で繰り出された右ストレートを顔面、背中にファウストの蹴りを貰い、踏ん張ろうとするもバランスを崩し倒れてしまった。なんだ?
自分の体なのに、反応が少し遅れて思う通りに動けない。これが進化した終焉の地の悪影響とやらか? 直感が幾ら素早く対応を求めても、体が反応出来なきゃ意味がない。そう言う意味では嫌な悪影響だな。
(宿主様、俺達が手足を担当してやる!)
「簡単に言うな……と言わないぞ。俺達は体こそ違えど一心同体。最後の最後まで一蓮托生だ」
(フッ。相変ワラズ青臭イ台詞ヲ吐ク。ゼロ、オ前ハ腕ヲ頼ム。俺ハ足ト行コウ)
(あいあい。合点承知の助よ。ルシファー、テメェの方こそミスるんじゃねぇぞ?)
話が終わると俯せ状態から立ち上がり、振り返って二人の魔人を視界に捉え、走り出す。例え悪魔や死体が相手だろうと。俺の運命、その終着点は決して変わらない。与えられた役割を終える事。それだけが、俺の人生に置けるただ一つのゴールだ。




