進む者・後編
此処へ来て何日目だろうか。食料と言えば沼地の蛙や魚かミネラドラコの肉、もしくは木の実しか食ってない。そもそもミネラドラコは筋が多くて干し肉も上等かと言われればそうじゃない、調理したくても調味料は一つも無いから精々筋切りが限界。
海から塩は取れるそうだけど、こんな天候だと好んで海へ出る奴はいないらしく、値段は滅茶苦茶高い。小さい瓶一本の塩で銀貨二枚、二千円ってふざけんなよ! 胡椒は同じでも銅貨三枚、つまり三百円。手持ちはゼロ達の所持金で銀貨三枚、買えるが後々困りそうで使ってない。
「お兄ちゃんが持ち込んだ、ぱわーどすーつって、そんなに凄いモノなの?」
「そうだな。自分の中に黒い多面体の宝石があるんだけど、その力を引き出せるんだ。装着すれば、力や耐久力もグ~ンと上がるし。材質も希少みたい」
「はぇ~……」
少し難しい説明だったかな。なんか分かって無さそうな顔をしてるけど、取り敢えず凄いモノって事は理解してくれたと思う。詳しい内容を聞かれたら、流石に説明出来ない自信はあるんだ。それをアッサリ専門用語で話す寧とマキは凄いと思う。
焚き火で串焼きにした蛙へかぶり付きつつ、そんな事を考えていた。蛙とドラゴンは鶏肉に近い味で脂身が少ない事もあって、淡白な味過ぎて逆に調味料が欲しい。もしくは刻んだ野菜と混ぜて胡麻ダレでサラダも良いな。
「ところで、アメナは何を書いてるんだ?」
「こんな武器はどうかな~って言う妄想。少なくとも、此処では造れないけど」
「盾……にしては、物騒な文字と絵が書いてあるんだな」
「名付けてシールドクラッシャー。接近戦だと盾を攻撃に使う人もいるって話も、両親から聞いて」
覗き込むと、紙に黒い棒で盾と文字を書いていた。盾は逆三角形に近いカイトシールドなんだが、中心から下が左右に開く構造をしてる。工具で言えばニッパーとも思えるソレは、接近戦を考慮した内容らしい……うん、まあ、自分も武器が折れたりしたら盾で殴るけどさ。
ガントレットを装備してれば、素手で殴るのも選択肢に入るけれど、中には棘付き防具持ちや毒持ちもいるんだよね。そう言う時は盾で殴る方が安全かつ距離も離せるから、重宝するけどコレは……挟み切る事すら出来そうだ。
確かに此処での武具は古いタイプと言うか、洋風な武具を見る。ドワーフ達も、洋風な剣とか持ってたしな。ふ~む……寧とマキなら喜びそうなロマン武器だな、コレ。後々話してみるかな? いや、使うの自分じゃんか、どうすっかねぇ。
「助けたお礼に、材料集めを手伝ってくれないかな?」
「まあ、それ位なら」
現在位置を知りたかったのもあり、見返りとなる用件を受け入れた。外は相も変わらず薄暗い上、崖の多い場所らしく、踏み外しそうで足元が怖い。念の為に鞄の中を調べるも、道具は一つも紛失していない。ウズナちゃんも後ろに付いて来ている。
「っ……」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
左脇腹が少しズキッと痛み、思わず足を止める。横から顔を覗き込んで来るウズナちゃんや振り返るアメナに余計な心配をさせない為、大丈夫だと言い歩き出す。ファウスト……本当に何なんだ、アイツは。
闇から魔力を補給する力、自分に似た格闘能力……どう倒すべきかねぇ。動きを読むのも何気に大変だし、すんなりやる連中とかは格闘センスの塊か、余程戦いに明け暮れた奴だろうな。まあ、自分も出来るっちゃあ出来るけど。
「そろそろスカイマウンテンの廃棄場近くを通るから、足元に気を付けて」
「っ──危ない!」
鼻を強く刺激する悪臭が奴の存在を察知し、直感が攻撃の矛先を読み取りアメナの左横へ飛び出し、左腕の盾でソレを防ぐ。が──酷い悪臭と蒸発音を聞き、直ぐ様皮盾を外しその場に捨てる。案の定、皮盾は泡となって完全に溶けてしまった。
正体を確かめるべく、飛んで来た方向へ松明を放り投げる。火の灯りが照らす其処には……ホライズンが廃棄物から生み出した、異質な奴の姿があった。初めて見た時と同じく、溶けた液体っぽい体に、様々な武器が飛び出している。
「アメナ、ウズナちゃん。先に行って」
「酷い臭い~……」
「ウズナ、急いで」
愛程鼻は良くないが、それでもこの鼻をつまみたくなる程に異常な悪臭。ウズナちゃんは気付いたのに、アメナは反応しなかった。単に臭いに鈍感なのか、それとも失礼な言い方だが、鼻でも詰まってるのか? 右腕で口や鼻を覆いつつ、フュージョン・フォンを取り出してスキャンする。
アイツの体。ドワーフ達に付いてた青い発光体、放射能汚染まみれかよ!? オマケに白い煙を噴き出してる……うっげ。あの煙、ダイオキシンって表示されてるぞ。溶けた皮盾をスキャンしてみたら硫酸だし……体内で三つを作り出してるのか。名前はナイトメアゼノ・ハザード。物理攻撃は無理そうだな、こりゃあ。
「私はアパテ。私達を助けて下さい!」
「なんだ、今の声は……アメナとも、ウズナちゃんでもない。誰だ?」
「ウズナの友達。宝箱に居るの」
とても綺麗な、女性の声が聞こえてきた。ウズナちゃん曰く、自身が持つ宝箱に居る友達だと言う。アパテ……昔、戦った敵に同じ名前を持つ奴がいたな。皮肉な事に、欲望の花を売る少女の姿をした女神様で、人間や妖怪を滅ぼそうとしていた。
あの時も信頼関係を壊す為、欲望を利用した作戦で苦しめられたっけか。そんなこんながあり、名前からして信頼や信用も出来ないものの、二人を先に行かせ横目で見送る。奴さん、体を揺らしながら徐々に近付いて来ている。
「意思創通は」
「ウヒャ……ウヒョハヒャクフォブヒャ」
「無理そうだ。会話も出来そうにない」
話し声は子供っぽく、高笑いは耳に五月蝿くて敵わん。良く見ると松明の火を避けてる……火が苦手なのか? とは言え、アレを焼き払う技はあるが──魔力が圧倒的に足りん。炎は絆、水は静久、風は愛の専門分野だ。恋は……本当に凄いからな。ハンドショットを撃ち込み、様子を見てみる。
「効果無し。と言うか、ハンドショットを飲み込みやがった。お母さ……霊華、何とか出来そうか?」
「んん~っ、流石にアレは私だけじゃ無理ね。恋の力があれば、倒せるかも」
今は打つ手無し、か。さてはて、どうしたもんかねぇ。いや……何とか出来る可能性はあるかもだけど、博打な上に道具が足りない。此処は堅実に足止めをして撤退する他ない。ウォッチの矢印を紅白に回し、叩いて起動させる。すると紅白の光が体を包むと同時に、霊華と交代した。
「空に輝く聖なる五つ星、地を守護せし聖なる獣達よ。邪悪に戒めを与えし力解き放ち、我と汝が力もて、破滅へと導く全ての愚か者達を封じ込めん。受けてみなさい、奇跡の力!」
「ヴゥア~?」
高所から下層にいるナイトメアゼノ・ハザードを見下ろし、懐から御札を五枚取り出す。額に当て、霊力を込め奴目掛けて飛ばすと五芒星を描く様な位置へ自ら進んで行き、宙に浮かんだ状態で停止。
詠唱中にも奴を中心に五芒星、その外側に四角形の陣が二つ描かれ、暗雲の空から光柱が陣の点へと降り注ぎ結界を張る。疑問に思いつつも陣の外へ出ようとするも弾かれ、情けなくキョロキョロと辺りを見回している間に、霊華の詠唱は完了。
「天鎖十二柱結界!!」
打ち込まれた柱を囲う様に光る鎖が天へと昇って行き、黄色い光の十二重結界へ閉じ込める事に成功。足止めはこれで十分。霊華はウォッチの矢印を緋色に合わせて叩き、再度交代。これが本来、自分達が行う適材適所の戦い方だ。
「っ……」
(大丈夫?)
「大丈夫。少し、目眩がしただけだ」
走って撤退しようとした矢先、目眩が襲い立ち止まってしまった。心配する霊華に返事を返し、先に行かせた二人を追って走り出す。とは言え、この辺りは高低差が激しく、崖まであり視界すら悪い。少し走っては立ち止まり、足元や周囲を確認。これを何度も繰り返す。
「距離は稼げないが、落ちるよりはマシだ」
(そうね。あ、そうそう。今って何年なのかしら?)
「何年って、西暦七千三十二年じゃないか」
黙々と進む最中、ウォッチの中から沈黙を破り霊華が話し掛けて来た。何故か『今現在の西暦』を……だ。ボケたにしては早過ぎる。やら、活動開始時期からしたら霊華の方が上で色々と詳しい筈では? 内心そう思いつつ、答える。
無限郷時代は西暦千九百八十九年から二千十二年、オルタナティブメモリー時代は西暦三千三百年。ワールドロード時代……目覚めたのは七千十九年の五月前半、そして今現在が七千三十二年の一月半ば。そう答えたら「そうよね……私の認識は間違ってないわよね」と呟き始めた。
(実はね。ヴォール王国やナトゥーア大陸を知ってるか尋ねたんだけど、誰も知らないって言うのよ)
「もしかしたら此処は、鎖国大陸なのかも知れないな」
(かもな。宿主様の別名を知ってる奴もいなかったし)
「いや。自分の事を知る人物は一部だが……いる」
ドタバタしてて忘れていたが、此処は『切り離された』大陸。何時頃から切り離されているのか、闇がこの大陸を覆い始めたのは何時頃からだったとかは……後々和人さんにでも訊こう。とは言え、ポーション製作で有名だと思う上、旅商人の話題にも出て知ってそうなんだがな。
もしかすると、予想以上の鎖国大陸なのかも知れない。自分の別名に関しては『知る人ぞ知る』名前だ。シオリや和人さんと言った、代々言い伝えられてる家系とか、五千年以上も当時の姿で生きてる四天王共。
それから──魔人と名乗るファウスト、ナイア姉と副王、その知り合い連中位か。はぐれてしまった後の出来事を三人に伝えつつ、進む内に『見慣れた場所』へ出ててしまい、思わず溜め息を吐きたくなった。
(久し振りな空間だな。となると、話に聞いたファウストって野郎か?)
「フッフッフ。光が強くなれば影は濃く、大きくなる。求めるかの様に」
(さてはて。『魔に染まった人』は何十人も殴り倒して来たけど、コイツはどれ程の実力かしらね?)
振り向くと少し離れた位置で、此方へ話し掛けてくる奴の姿があった。周囲は雄叫びの表情をした気味悪い山やら岩があるものの、陰湿な空間に反して視界的な明るさは良好。
霊華は主に拳で物理的に戦う巫女らしく、魔族や魔物。更には『魔に染まった者』……魔人と戦った経験を持つ。一度だけ、不完全な魔人と戦った事はあるが、何とも言えない結末を迎えてたな。
(気を付けろ、宿主様。十中八九、この空間はあの野郎に対して優位に働くぜ)
「あぁ。身をもって体験している」
忠告に耳を傾けていると、昔よく見ていた特撮を思い出した。敵専用空間へヒーローを誘い込み、空間からエネルギーを受けて三倍だか四倍とかにパワーアップした悪役と戦う物語。けどアレ、悪役側が勝った試し……あったっけ?
それはさて置き。『終焉の地』は展開後、魔族や闇の眷属達にエネルギーを与え続け、魔力切れを無くすドーム状の亜空間。オマケに此方は天候やこの空間限定の悪影響もあり、本来の力は出せない。
パワードスーツは使えると、ナイア姉は言っていたが……試してみるか。フュージョン・フォンを鞄から取り出し、蓋を開いたら大急ぎでアドレス帳を開き、連絡先『パワードスーツ』を選択。
「変身」
蓋側を半回転させ閉じる。閉じた時、画面が外側へ向く様になっている事を確認したらベルトに横から差し込み、縦になる様捻る。続けて腰の右側へ移動させると──第一装甲である黒のウェットスーツが装着され、続けて第二装甲の黒いパワードスーツが全身を覆い被さる形で変身は完了。
「問題は無さそうだ」
「フフッ、面白い。その力、堪能させて貰おう」
各部や駆動系、装甲等何処か問題は無いかとチェックを行ってみたが、正常に機能している。バイザーの視界は良好。スキャンも出来るらしいし、戦闘記録をリアルタイムで寧達に送っておこう。後々何かアドバイスが貰えるかも知れんしな。
良し、準備は完了。律儀に待っていてくれてるファウストにも悪いし、さっさと挑むか。此方が走り出すと相手も走り出し、お互いに手足が届く射程範囲内に入った。一撃目はストレートに行く為、右腕を大きく引いた。




