ヴェレーノ・前編
人間の集落・フールに活動拠点を移して早三日。分かった出来事、問題点は部屋の掃除をする位、あっさりと出て来た。汚れた部屋と汚職の家を叩く程にな。一つ、人種差別や迫害、偏見などが起きていて、麻薬服用者側と平常側の二組に別れる。
二つ、魔神王軍に媚びを売らない者達は貧困者と呼ばれ、逆の人達は上級層と呼ばれる。三つ、差別や迫害などを行うのは上級層であり、被害者は貧困者。これが人間の集落・フールで起きている現実。
とは言え、上級層も三日前のファウスト絡みをやっているのも事実。麻薬商品の名前すら探し当てられない日々が続き、拠点上のボロい民家のリビングで椅子に座り、地図を広げて次の調査地点を決めている。
「やあ、また会ったね」
「貴女は……ヴォール王国の冒険者ギルドで会った」
「此処で噂になってる変なよそ者って、君の事だったんだね」
すると女性の声が聞こえ、顔を上げると冒険者ギルドで出会った勇者候補生の一人が駆け寄り、目の前の席へと座った。格好は以前会ったまま、ローブを身に纏い顔の上半分を隠していたが、話すのに邪魔だと感じてか外していたが。
相変わらず身長は兎も角、幼い見た目が目立つ。勇者崩れを追っていた彼女が何故此処へ? と言う率直な疑問は後で訊くとして、彼女の言葉から察するにもう既に此処、集落・フールでは自分の行動は怪しまれている様だ。
「らしいな。ところで、貴女達はもう一人の勇者候補生を追っていたのでは?」
「まだ途中だよ。でもナトゥーア大陸の各地に転移装置っぽいのが現れてね、その中へ逃げられちゃって」
「成る程。それで追って此処へと辿り着いた訳か」
「そう。ついでだから、この大陸でお土産を買い集めてるの」
転移装置っぽい……『ゲート』が大陸の各地に現れている? 寧やマキがそんな事をするとは思い難い点を考えると、もしやゲートその物が半ば暴走を起こしている、と考えるのが一番妥当だろうな。
逃げた勇者崩れを追い掛けて、偶然未知の大陸である此方へ来たって言うのに明るいなぁ。てかお土産って。王様にでも献上するのか、それとも記念品として持って帰るのか。ゲームなら自分は後者だけどな、アイテム欄を埋めたいから。
見てみてと言わんばかりに、荷物袋から取り出すお土産と言う記念品の数々。冒険者ギルドで稼いだであろうお金で買ったんだろうが、広げた地図の上に広げるのだけは止めろ。胡散臭い人形とか、赤く乾燥した木の実まであるぞ……
「なんでまた、木の実まで買うんだ?」
「ヴェレーノって言う木の実で、スカイマウンテンの北側にあるのを乾燥させた物を砕いて食べたり、水に入れてお茶に出来るらしくてね」
「北側……そう言えば、まだ一回も行った事はなかったな」
「此処の集落の名物だ。って聞いたけど、その様子だと知らなかったみたいだね」
ヴェレーノとか言う乾燥木の実を摘まみ、色んな角度から見てみる。大きさと形状はクルミにソックリだ、色が赤い事を除けばな。スカイマウンテンの北側に自生しているとは、集落も無いと思ってたから盲点だった。
食べ方もクルミにソックリなのな。六つ程ある、食感や味もクルミなんだろうか? 気になるので一つ貰えないか訊いてみたところ、快く承諾してくれた。その代わり、今度会った時何かご馳走する条件で。
「取り敢えず、地図を退かすか。短剣の柄で割れるかな」
「やったね、割れたよ!」
汚れない様に地図を退かし、携帯している短剣の柄で木の実を叩き割る。思ったより硬くはなかった。多分、集落の住民達は鈍器か石で割っているのだろう。しかし、割れた木の実から緑色の粉……らしき物が出て来た。
関係無しに食べようとする彼女を止め、冒険者用鞄からフュージョン・フォンを取り出し、スキャンしてみる事にした。汚染物質は含まれていない様だが、別のモノが含まれている事に気付く。
「これ、麻薬と似た作用があるぞ」
「麻薬って、手術とかに使うアレだよね」
「そんな生易しいモンじゃないな。この緑色をした粉は全部『寄生虫』だ」
なんと麻薬と似た効果と、服用者の能力を爆発的に上げる効果を合わせ持つらしい。反動として時間経過と共に酷い疑心暗鬼、つまりは不安感を強く刺激させ、幻覚さえも見せる様だ。
オマケに微生物レベルに小さい為、余程舌が味に敏感じゃないと判らない程無味無臭だと思われる。確証は無いので、スキャン結果を寧とマキに解析して貰うべく電話して話すと。
『ソレは脳に寄生する微生物の昆虫で間違いないね。依存性が高いのは、摂取方法が少量ずつな点だよ』
「少量ずつ? 集落の人達、一気に食べてそうな気がするんだが」
『無理だね。ソレは一度に多く摂取すると、脳を破壊し兼ねない。死体を動かせるかどうかは不明だけど』
マキ曰く、寄生型微生物魔昆虫。特定の木の実内部に入り込み、鳥や人間と言った別の捕食者が食べる事で効果を発揮するそうだ。脳が体へ送る信号を強化させ、能力向上を促し時間経過で不安感を高め安心感の為に服用させる。
そしていずれ脳は支配され、操り人形になり同胞入りの木の実を勧め、仲間をねずみ算で増やして行くんだそうだ。服用は一日一個が精一杯、それ以上となると支配する前に脳を埋め尽くして情報処理能力がパンクして死んでしまうらしい。
「何とかなりそうか?」
『さあね。漫画とかの展開なら、親玉を倒せば解けるんじゃないかな』
救う方法は不明。と言うか、マキに聞いた自分が馬鹿だと思った。悪い意味とかで、じゃない。マキはとある存在により人体実験の被害者となり、魂だけが電子空間をさまよう羽目となった。
今は自分達にこそ、こうして会話や協力もしてくれるが、彼女はまだ、人間が嫌いだ。そして自分達は幾ら力があっても、魔法・奇跡・異能が使えても決して神様ではない。救えない命もあれば、届かない思いもある。
「ごめん。後は此方でやれる事をやってみる」
『……気を付けてね。私や寧ちゃんも、君の帰りを信じて待ってるから』
「判った。可能な限り生存して戻るよ」
科学が進歩しても解析出来ない、分からない事なんて世の中幾らでもある。そして自分も世の中の腐った人間を見限った側であり、救うに値しないと認識した存在は助けない悪人だ。それを思い出して謝り、出来る限り生きて帰ると約束を交わして通信が切れた後、フュージョン・フォンを鞄の中へ戻す。
「此処の人達を助けるの?」
「さあな。生憎、底抜けの善人でもなけりゃ英雄や勇者でもない。結果的に助かるならそれでいい」
井の中の蛙大海を知らず。と言うが、知り過ぎると社会や歴史から殺されるのが人間の世。だから自分も人間を選別して殺し、救うと決めた者は救う。その邪魔をすると言うのならば、例え──
勇者だろうが歴戦の英雄、魔人や神々が俺の前に立ち塞がったとしても、その栄光諸共粉々に破壊して進むだけだ。今の大幅弱体化した俺じゃ、難しい話だがな。決意も改まったところで席を立ち、拠点から立ち去ろうとして、勇者候補生の横を通る。
「伝説として語り継がれるオメガゼロ・エックスとは、違うんだね」
「あんなモン、都合良く作り替えただけだ。アンタも正式な勇者になるんなら、正義と言う巨悪に気を付けるんだな」
誰が俺をどう見て、どう世に語るかなんて興味は微塵もない。正義の味方や救世主と述べるならそれも構わない、俺は反吐が出ると言い切らせて貰うがな。勇者候補生が俺を『その名』で呼ぼうとも、救うと決めた人間でないならどうでも良い。
すれ違い様に一度足を止め、正義と言う巨悪へ対して忠告だけ伝え別れた。そのまま集落・フールを後にする途中で戻って来た静久と合流、地図を頼りに北上。途中、休憩も含めてフュージョン・フォンを取り出し、マキ達と通信する。
「自分に近い魔力反応の正体は静久だった」
『それは良かった……静久ちゃんが居てくれるなら、今開発してる第三装甲は水中遠距離戦用が優先かな?』
「今は融合に必要なアイテムが無い。その点はどうする」
『その点は第一、第三装甲とアイテムで補う予定。第一装甲と改修が終わった恋月朔月は、フュージョン・フォンの機能で転送出来るよ』
静久との再会した事を話す。自分が知っている限りだと、新しい第三装甲は企画段階だった筈なのに開発まで進んでいるとは……けれど、水中遠距離専用か。静久達四人を自分は融合パートナーと呼ぶ。状況次第で融合し、特定の環境へ順応する。
寧曰く、パワードスーツは一から見直された結果。ウェットスーツ型の第一装甲、アーマー装着型の第二装甲、機能拡張&戦闘力強化型の第三装甲が設計し開発中。第一装甲サヴァイブスーツは完成済みらしく、もう使えるんだとか。
それはそうと、愛銃が無くなった。と思いきや、寧が回収しててくれたのか。でも、うん……寧に渡すと魔改造されるからなぁ。一応転送機能で取り出しとくか。使い心地や感想も後々求められるし。
「そうだ。ヴェレーノと言う意味を知っているか?」
『ヴェレーノ? ソレ、毒って意味だよ』
『寧ちゃん、横から邪魔するよ。貴紀君、君達が稼いでくれたお金で開発中の物もあるんだ、完成したら送り付けるから宜しく』
『私達はずっと……貴紀君を信じてるからね』
毒……毒か。あんな危ない木の実の名前としては、物足りないと思うんだが。それはそうと余り無駄遣いは……いや、あの二人ならトンデモな代物作りやがるわ。通信を切り、鞄へ閉まう代わりに地図を取り出して歩き出す。現在は人間の集落・フールからドワーフの集落寄りに移動中。
装備を造らせればピカイチ、頑固で正義感ある種族もあんな代物を摂取してしまえば今の通り、信頼も何もあったモンじゃない……か。昔は国の為、と頑張っていたが若くても歳食って腐った欲望まみれな奴らが支配し始めると国や国民まで腐る。信頼もそうだ。
「わざわざ腐った果実を全て摘み取る気か……?」
「この大陸の闇を払うなら、ソレが必要条件だろうな。でもそれじゃ、一時しのぎにしかないだろうさ」
「どうするか……決めているのか?」
(助けて……助けてください。オメガゼロ・エックス様。破壊者様!)
まだ、答えは出せていない。信頼を果実と静久は言うも、果実よりは大樹が正解だろう。実を幾ら摘み取ろうとも、木や根が腐っていれば切り倒すしかない。例えば魔王が現れ、世界が支配されるから勇者を呼び倒させれば、世界は救われるだろう。
しかし『その後の結果や物語』はハッピーエンドか? と聞かれれば大抵の答えはNOだ。魔王を倒す、それ即ち『魔王より強い者が現れた』事実に違いなく、勇者や仲間達は後々に恐怖の対象となり救われない。一時的な結果でしかない理由は、そう言う事だ。
会話へ割り込む様に、助けを求める男女問わぬ数多の悲痛な声が響き、戦争の光景が脳裏に浮かんだ。人間と蜥蜴人、ドワーフ族が武具を手に争う映像が。誰だ……自分に助けを求めるのは?
「結局、その場しのぎ……でしかない、か」
「だな。根本的に解決しないと、意味は無さそうだ。話してる内にドワーフの集落に近付いたな」
「今はストゥルティと、蜥蜴人は呼んでいる……意味は愚か者達、だそうだ」
「その言葉、此処へ来て牢屋へ閉じ込められた後、脱出した時に聞いたな」
高所から屈みつつ、集落を見下ろす。松明の灯りが幾つも見える、昼夜が判らないのによく働くもんだ。蜥蜴人達がドワーフの集落を呼ぶ名前は、コトハが言っていたな。アレは集落に対して言ったのか、それとも自分達全員へ対して言ったのかは、コトハ本人しか知らない。
静久に誰の事か聞かれたので、此処へ来て出会った人物であり人間の集落・フールで再会したとも話すと、何か考えていたものの、確証が無いから何とも言えないと追及を拒まれた。一応ストゥルティから脱走した身なので、このまま行けば捕まるだろう。
「まあ、戦闘になってソレがある今、遠距離も出来る……」
「変な魔改造されてないといいけどな」
光闇戦争を共に戦い抜いた純白の恋月と漆黒の朔月、大切な愛銃を握り感触を確かめる。コイツらが有る無いとじゃ、技が出せても威力や範囲・効果が変わってくる。ファウストとの戦いでも十二分に役立ってくれる確信すら持てるレベルだ。
外観はデザートイーグル、でも弾倉は回転式自動拳銃を採用してるっぽい。寧も中二病的な部分があるからなぁ~……ま、人の事言えた義理じゃないんだけどさ。中学生時代は一時期中二病患ってたし。いやぁ~、二挺拳銃も久し振りだわ。
「光闇戦争時、敵がチートだ。と言っていた代物……使いこなせそうか?」
「やるっきゃないでしょ。出来なきゃ、あの旅が無駄になっちまう」
何故だろう、おかしいな。助けた人間達は思い出せないのに、倒したり救った敵しか思い出せないなんて……涙が出そうで出ない。過去を考えないようしつつ顔を上げ、銃をコートのポケットに入れ移動し始める事にした。




