再会の娘・前編
結局、一泊二日と夜まで蜥蜴人の集落であるハイルで過ごした。中には自分の来訪を良く思わない蜥蜴人達も居て、何度か戦う羽目にはなったけれど、強者だと分かると受け入れてくれた。
ピラミッドみたいな階級と言うか、強者かどうかが重要だったらしい。強い者は弱者を引っ張り、守る力があり信頼に足ると言う考えが蜥蜴人達にはある様子。その日、自分はある事を尋ねる。
「聞きたいんだけど、一昨日、此方側へ赤紫色に光る球体を見なかったか?」
「おぉ、見たぞ。俺の弟、シュッツが門番をしていたからアイツにも聞いてみるといい。今日は養殖場に行っている筈だ」
「ありがとう、ヴェルター。行ってみるよ」
身体中に傷のある戦う僧侶、モンクのヴェルターに教えて貰い走って行く途中、静久と合流し他の蜥蜴人達にも挨拶を交わしながら進む。雄は筋肉質で、雌はほっそりとしているのが見分け方だと知った。
此処では乾かしてもまた水を吸うので、靴と靴下は常に濡れて気持ち悪いまま。静久の案内を受けて焚き火が暖める集落の奥へ進み、この辺りでは少ない森へ入ると直ぐそこに魚や蛙の養殖場があり、緑色のシュッツと白いリーベの二人が座っている背中が見える。
「すまない、リーベ。なかなか時間を作ってやれなくて」
「いいのよ。蜥蜴人の勇者である貴方が門番をしてくれてるから、私達は安心して生活出来るんだもの」
「そうか。いや、そうだな。俺は皆の期待に応え、この集落を更に大きく発展させてみせる。リーベ、その時は俺と……」
肩を密着させて夜の養殖場を眺めいい雰囲気のお二人。相も変わらずタイミング悪いな~、自分。でもま、見てて恥ずかしく思うけれど愛し合うのは好ましい事だし、二人のお互いを信頼し合っている感を眺めるのも実に良き良き。
「今声を掛けるのは野暮かなぁ」
「阿呆。さっさと聞けばいいだけ……」
「だな。申し訳ないが、手短に済まそう。御両人、幸せなところすまないが、話を聞かせて貰えないかな?」
そう思うからこそ、あの幸せ空間に足を踏み入れ壊す事へ良く思わない自分がいる。とは言え、一番の情報源が彼なので申し訳ないと思いつつ声を掛ける。すると大層驚いてたので、余程二人だけの世界に深入りしてたらしい。
昔の自分も恋愛関係になった仲間とは、あんな感じだったのだろうか。あれ程……幸せそうな顔をして、幸せな気持ちが心を満たしてくれていたのかな? また、家族に会いたくなった。こう言う気持ちをホームシック、と言うのかな?
「あ、あぁ。貴紀殿と静久様。気付かず申し訳ない」
「構わない……一昨日の昼頃、赤紫色の球体を見たか?」
「はい、見ました。集落を正面に見て左側の森へ飛んだかと思えば落ちて──あ、アレです!」
気付かなかった事へ謝るシュッツと頭を下げるリーベ。早速質問して返答を聞いていた時、自分達の頭上を例の球体が発光しながら門側へ飛んで行くのを見た。間違いないと確信し、追い掛ける。
当然ながら門周辺は何事かと蜥蜴人達が集まり、火災現場の野次馬を思い返した。声を掛け道を空けて貰いつつ静久とシュッツ、リーベの四人で沼の手前まで行くと。
「誰かが、いや、人間が襲われているぞ」
「何でしょうか、あの怪物は……あっ!」
女性が襲われていた。悲鳴をあげ、逃げ惑う女性を蜥蜴人達は助けに行くと言う行動をせずにただ、劇場の物語を見るかの如く眺めていた。自分はと言うと、女性を見た途端に飛び出していた。
沼を進むのは時間が掛かると読み、脚に魔力を込め、助走をつけて飛び越す。襲っているのは宙に浮かぶ上半身だけの、悪魔をイメージさせたゴリラみたいな奴。嘲笑う声を繰り返し、手から赤紫色の光弾を次々と撃っている。
「っ……助けて」
何度も何度も執拗にわざと外して撃ち、獲物を追い詰めるゴリラもどき。遂に女性は沼へ足を踏み入れてしまった。右手に麒麟・黒刃を召喚、回転させ女性の前へ飛び込み掴もうとして来た右手を穿ち、大穴を空けてやった。痛がる様子で此方を睨んで来たかと思えば──
「アハァッ。お初にお目にかかります……の」
「この声、幼い女の子?」
「貴方は私達と同じ。けれど私達とは違う。何故彼女の治療を邪魔する……の?」
「治療? お前は彼女を追い回し、身勝手に遊んでいただけだろ」
スキル『スレイヤー』のお陰で奴の図体が十メートルは軽く越してそうな程デカいのが分かり、ゴリラもどきの背後より現れた蒼い炎から、幼女の声で意味不明な事を抜かす。自分はお前達と同じじゃない、それに治療の邪魔って、追い回して治る荒療治法でもあるのか?
「どう考えるかは貴方の勝手。でも、彼女を死なせる事が最善の治療となる……の」
「死なす事が最善の治療?」
「ウフッ。きっと後悔する。知らない方が幸せだったと。でも気になります……の。貴方の選択と行動が」
訳が分からなかった。彼女を死なせる事が最善の治療と言う意味、死なせた方が良かったと自分が後悔すると言う言葉の真意も。ゴリラもどきと蒼い炎が消えた後、黒刃を任意で消し、後ろの女性へ振り返る。
あんな奴に追われていたのに、涙や汗すら流している様子がない。余程肝が座っているのだろうか? 栗色セミロングの髪と眼、沼の泥で汚れたが袴っぽい濃い茶色のズボンに白いシャツ。身長は自分より少し低い。
「ありがとう、助かったわ」
「いや、間に合って良かった。取り敢えず、話を聞かせて貰いたいから一緒に来て貰えるかな」
「構わないわ。私も、此処が何処だか知りたいし」
「よし、行こう」
「連れて行くならさっさと行け……夜は冷える」
パッと見、怪我はなさそうだ。案内しようと彼女の手を取り沼を迂回して集落へ戻る。手が冷たく感じたが、この辺りは夜だと冷える事を身震いをし、両腕を擦る静久が教えてくれた。
成る程、足が冷たいのは水だけの所為じゃなかった訳だ。集落も沼の浅瀬にあるから、この寒さは冬だと更に厳しそうだ。トワイが居たら沼ごと凍ってしまいそうだな。
「改めて、私は大山アナメ。鍛冶師見習いよ」
「大山……何だっけな~、何か思い出せそうなんだが」
「年若くても認知症にはなる……今の内に毎日の散歩やラジオ体操をしながらしりとりでもしてろ……」
今日も今日とて静久のお言葉は為になるね。思い出している間に話は進んで、何処から来たのか? 何故追われていたのか等々、静久やシュッツが質問していた。
何か記憶の隅っこに引っ掛かる。何処かで会った事があるような、ないような。引っ掛かってる何かを思い出そうとすると、遺跡や村がイメージとして出てくる。大山、大山アナメ……
「思い出した。大山アナメ、和人の親父さんがウズナちゃんや蓮華さんの名前と一緒に口に出してた名前だ!」
「五月蝿い……急に大声で喋るな」
何か引っ掛かると思っていたら、一昨日の夜遅くに親父さんが言った家族の名前だ。背の高さからしてウズナちゃんのお姉さん、だと思うけど実際はその逆。なんてパターンもある為言い切れないが。
鍛冶師見習いと言ってたから、あの辺りには素材集めに来ていたんだろうか。にしては、つるはしの一本すら持っていない、荷物らしい荷物を一つも無いのは気になる。途中で全部落とした……無理があるか? 流石に。
「あぁ、ドワーフの集落近くにある、双子山の兄山に住んでるハーフの一家か」
「そうなのか?」
「えぇ。先祖がドワーフと結ばれて、子孫も必ずどちらかと結ばれる。大抵は人間側の血が濃く出るけどね」
「はぁ~。で、追われてた理由とかは分からない、と」
スカイマウンテンから少し離れた場所に在る双子山。大きい方が下で、小さい方が上なんだとか。結局何故追われていたのか~とかの質問は全部分からないの一点張りで何も分からず、静久達は彼女を怪しんでいた。
言われずとも怪しい、と言ってしまえばそうなんだよなぁ。幼女を思わせる謎の声の思わせ振りな発言、手荷物一つ持ってない彼女……でも流石に自身が怪しまれてるって事は理解してる様子だし、どうしたもんか。
「仕方ない。此処で悩んでても時間の無駄……その父親に直接会わせて聞けばいい」
「そうですね。ワタクシ達が幾ら悩んでも、それはただの憶測に過ぎませんもの」
「それで良いかな?」
「えぇ、構わない」
悩むより直接本人会わせて聞く、と言う結果で決まりアナメも特に拒否する様子を見せず、素直に肯定する。しかし此処から兄山へ行くとなると、あの急な斜面を歩くのか。踏み外さないか心配だな。
それに──ナイトメアゼノ・ホライズン。あの不気味な野郎やヘドロみたいな生命体……生命体? アレは生命体とは言えないよなぁ。兎も角、連中は行方が知れず、何処で遭遇するとも分からない。
あれやこれやと悩んでいたのを静久に見抜かれていたらしく、立ち上がると「シュッツ、此処の守りを任せる……私達三人で行ってくる」そう言って木を組み合わせて作った民家から出て行った。
「貴紀殿、風が冷たい時間……つまり夜はミネラドラコが活発に動き回り、凶暴化する時間帯でもある」
「松明を持って行くのでしたら、注意してくださいね。昼間の時間でも闇に覆われている今は光に寄って来ますので」
闇が空を覆っている今、蜥蜴人達は時間を風の温度から知るそうだ。冷たい風は夜、やや冷たいが朝、少し暖かいを昼と。正直、自分には肌寒いとか冷たい風程度の温度にしか思わないんだが。
それに幾らか闇夜の中で眼が見えると言っても、蛇が持つピット器官なんて上等なモンには遠く及ばない。精々懐中電灯で照らした~位の視界が精一杯で、遠くの光景なんざ発光してなきゃ見えたもんじゃない。
静久が先導してくれるとしても、沼地すら彼女には突破し難いだろう。目が慣れていないと、真っ暗闇の中を歩いてるも同然だ、松明は持って行くしかない。だからこその注意喚起と、リーベが教えてくれる。
「そんじゃ、行ってきます」
「お邪魔しました」
持って来た荷物を持ち、挨拶もそこそこにアナメを連れて民家を出る。先に出て待っていてくれた静久から松明を受け取り、自分とアナメの二人で持ち、集落・ハイルから兄山へと出発した。




