ストゥルティ・前編
ヴォール王国から超古代遺跡の遺産、ゲートを使い今や未知となった場所へ転移すると其処は……遠くに大きな岩山が見える岩に囲まれた集落のど真ん中だった。やはり空は闇に覆われており、気温が低く肌寒い。
「あれ? 他のみんなは?」
ゼロやルシファー、霊華にオラシオンの姿が何処にもない。辺りを見渡していると、洞窟らしき穴が幾つもあり、そこから小学生位の小さい人が何やら武器を片手にやって来る。
うん、判る。突然現れた不審者だって事で捕まるか何かしら、話が出来るかの二択だと思う。十中八九前者だと思うな~、高望みするなら後者を願いたいッスね。
取り敢えず、こう言う時は下手な抵抗をせず、敵意が無いと両手を上げて相手に判って貰おう。そうすれば多分、いきなり命を奪うとかはない……と思いたい。
「簡潔に聞く。どっから来やがった?」
「此処とは違う、別の場所です」
恐る恐るなんて知らん。とばかりにズカズカと此方へ近付き、話し掛けて来た種族を自分は知っている。鍛冶が得意でエルフ族と余り仲が良くないドワーフ族だ。
それは兎も角、話し掛けるのに剣の刃を喉元へ向けられるのはちょっと……正直に答えたが、顔を見れば嫌でも判るって位、睨み付けてくる。信用されてないな、コレは。
「フン。人族の言葉なんざ信用ならねぇ。他の奴ら同様、牢屋にぶちこんでやる」
(まあ、そうなりますよね)
抵抗は出来るっちゃあ出来るが、下手に事を荒立てる必要はない。と言うか先ず数で負ける上、例えタイマンでも余裕で力負けするのでNG。連行される途中、此方を見る少女を見つけるも。
薄青く長い髪はボサボサ、青い瞳は何故かとても悲しそうで小さな宝箱を持っている。牢屋は洞窟の中にあり、持ち込んだ鞄を取り上げられた上で、牢の中へ入れられた。
「もしかしなくても、アンタも捕まった系?」
「まあね。まさか先客が居るとは思わなかったけど。その包帯、怪我をしたのか?」
「そう見える?」
牢屋には先客が居た。白い羽織に紫色の上下一色なワンピース、青い左眼と顔の右半分を隠す青っぽい灰色の髪。頭に巻かれた包帯が痛々しさを見せつけてくる。
声のトーンが低く、大人しめって言うか根暗な印象が強い。立っていても仕方ないので、自分も目の前の彼女同様座敷の上に座る。牢をチラッと見るが、やはり職人気質なドワーフ。見た目からして頑丈そうだ。
「何はともあれ。今は待つしか出来そうにないか」
「待っても無駄。ドワーフ達は人間はおろか、仲間内でも信用していない」
「詳しいのな。もしかして、此処に入れられて長いのか?」
「多分、一週間位……じゃない?」
普通の牢なら魔閃衝で切断出来るが、今脱走してもメリットが少な過ぎる。リスクは高いけれど、今は待つのが最良だろう。そう思っていんだが……
彼女の話ではドワーフ同士ですら、信用や信頼は無いと言う。魔族やゴブリンを嫌ってるとかなら聞いた事はあるし、人間やエルフと仲が良くないのも聞く話だ。
それでも同じ種族ですら信用してないとは、一体どう言う事だ? いや、そりゃあ人間もお互いに信用とか信頼してるかと言われれば、個人差次第……とも言えるんだが。
「てか、自己紹介がまだだったな。自分は貴紀だ」
「……コトハ」
根暗とか小学校低学年の頃、散々言われてたけど水葉先輩と知り合ってからは変われた。コトハももしかしたら、何かしら切っ掛けさえあれば、変われるのかも知れないな。
お互い自己紹介を終えた頃。出入り口の方で誰かが此方を見ていたと思いきや、小走りで駆け寄って来る少女が一人。エリネ……位の身長だけどエリネじゃない。
「君は確か、さっき見た」
「食事、です」
「あ~、もうお昼ですか~」
「はい」
あの悲しそうな眼をした少女。銀のトレイに白いお皿と薄い干し肉が四枚、硝子のコップが二つ。つまり干し肉は一人二枚と? 牢獄にぶちこまれた経験はあるが、こんな食事は初めてだよ。
食事を運ぶ係りと思ってたのに、戻る気配がない。それどころか牢屋の傍に座り込み、暗い表情のままポケットからあの箱を取り出し動く様子もみせない。沈黙は金、雄弁は銀と言うが、こう言う沈黙はどうも苦手だ。
「その箱、君の宝物?」
「……」
「あぁ~、うん。何か話してくれると、此方としても助かるんだけどなぁ」
話し掛けても返事が帰ってこない。無視されてるのかそれとも、言葉が通じていない? もしかして声が出せない病気? むぅ~、沈黙されると空気が重く感じて個人的に辛い。
「この箱はね。ウズナの宝物入れなの」
「ウズナちゃんか、いい名前だね。自分は貴紀って言うんだ」
良かった~、会話が続いてくれた。彼女、ウズナちゃんにはお姉さんの他に御両親がおり、此処、トリスティス大陸で鍛冶を営み生計を立てているそうだ。しかしある日を境に、今まで良かった人間やドワーフ同士の仲が悪化。
更には共同生活していた蜥蜴人達とも仲が悪くなり、生計もギリギリ。家庭内も少しずつ悪くなる一方、家に帰りたくないとの事。
「突然仲が悪くなる、か。ウズナちゃん、その日は何かあったのかな?」
「ウズナね。その日、綺麗な結晶を拾って帰ったの。朝起きたらね、一緒に住んでた人間さんや蜥蜴人さん達みんなが喧嘩して離れ離れになったの」
「喧嘩。喧嘩か、何が理由だったんだ? 原因さえ突き止められれば、理由も判るんだが」
喧嘩をして関係が悪化した……何が理由だ、何が起きて離れ離れに? もっと情報が欲しく思い、ウズナちゃんに喧嘩が起きる前、人間達とドワーフ、蜥蜴人の関係に就いて聞いてみると。
「みんな、喧嘩する前は仲が良かったんだよ。人間さんや蜥蜴人さん達、笑って過ごせてたのに……また家族全員で集まって、笑って過ごしたい」
「ねぇ。喧嘩をする前の様子とか、景色とか、今と何か変わった事はないかな?」
「あの日はね、お空が青くて綺麗だったの。でも、喧嘩したあとの日からは、夜みたいに真っ黒なお空が続いてるの」
「真っ黒な空? もしかして闇の事か?」
喧嘩の理由や内容こそ、ウズナちゃんの話からは解らなかったが、話を纏めると要点は三つに絞られる。一つ、喧嘩が起きる前は種族間の関係は良好だった。
二つ、喧嘩が起きた後、三つの種族はバラバラに住んでいる。そして三つ、仲間割れが起きた後の空は闇が覆い尽くし光が届いてない事。こんな感じだな、今のところは。
「知ったところで無駄でしょ? 此処から出られないんだし」
「そうなんだよなぁ……もし仮に出れても、何処かに身を隠す必要もあるしなぁ」
問題はそれだけじゃない、取られた道具を取り返さないと。食料やポーション、所持金に回復手段となる聖光石と大切なフュージョン・フォンもある。何とかして取り戻さなければ。
「お兄ちゃん達、此処から出してあげてもいいよ。その代わり、ウズナのお話作りを手伝って欲しいの」
「此方としては願ったり叶ったりだが、良いのか?」
「うん。お兄ちゃん達、やる事があって来たんでしょ?」
「アタシは違うんだけどね~」
条件は本当に願ったり叶ったりだし、ウズナちゃん自身の見返りも此方からすると比較的軽い。コトハは違う目的で来ているらしいから、別行動をすると言う。
交換条件を受け、ドワーフ達が寝静まった頃を見計らい出してくれる事になった。干し肉で小腹を満たし、渇いた喉を水で潤し夜を待つ。少し眠気に襲われていた頃──
「お兄ちゃん達、早く」
「あ、あぁ。助かる」
「そんじゃ、アタシは此処で別れるね~。バイバ~イ、ストゥルティのみんな」
牢屋の鍵を開け、脱獄させた上に道案内までしてくれた道中で、コトハと別行動を取る。自分はそのままウズナちゃんに付いて行き、ドワーフ達が居た洞窟から離れた場所へ案内され。
洞窟の中を進んで行く程、音が響いてくる。金属や熱した鉄を叩く音だ、寧に手伝わされた経験が蘇る。音の鳴る方へ進むと一人の職人が赤く熱された鉄を何か硬いモノで叩いている。
「お父さん、ただいま……」
「こんな時間に何処行ってやがった」
「ご、ごめんなさい」
自分と話した時より小さい……いや、怯えた声で帰宅した事を話し掛けるウズナちゃん。父親は人間だろうか? ドワーフの身長より高い。声は高く口調は何処か荒っぽくて、ウズナちゃんには怖い様子。
此処は自分から話し掛けなくては。……行ける行ける大丈夫大丈夫、怖くない怖くない。よし行くぞ、勇気を持って話し掛けるぞ。荒っぽい口調の人は苦手なんだけどなぁ。
「すみません。ウズナちゃんは自分達を牢屋から出しに来てくれたんです」
「なんだ、お前は」
「栗原貴紀と言う者で、違う土地からある用件で仲間達と此方へ来たんだ」
「あぁ、昼間っぱらに捕まってた情けねぇ野郎か。脱獄したんなら、さっさと帰りな」
カッチーンと来た。情けねぇ野郎? 此方の事情も知らず言いたい放題。挙げ句の果てにはさっさと帰りな? そこまで言われた以上、放置して帰れるか!
「決めた。意地でもアンタ達の仲間割れした原因を突き止めて、仲直りさせてやんよ!」
「……勝手にしな。ウズナ、空き部屋に案内してやれ」
「う、うん。分かった」
自分への言いたい放題な発言に加え、前もって話は聞いていたが、助けてくれたウズナちゃんにも突き放した態度。それが自分の神経を逆撫でした事もあり、意地になって言ってしまった。
怯える彼女に案内され、奥へと進む。さっきの牢屋よりはマシな部屋へ通され、此処を使っても良いと言われる。マシと言っても五十歩百歩、牢が有るか無いかの違い程度。
飾ってある木製の時計を見る限り、夜も遅い為、その日は薄い布にくるまって寝る。客人が来たからか、鉄を打つ音は少しして収まり静寂が場を支配した。目が覚め音の鳴る方へ向かうと──
「起きたか。早速だが其処の道具を持って鉱山へ行き、材料を集めて来てくれ」
(当然だが、タダで泊める程の余裕はないって事か。周りの調査もしたいしな)
早速命令され、指差した先にはつるはしやスコップの他に、大きな皮袋と円形の皮盾があった。宿泊代と考え、一通り装備すると親父さんが此方へ向き。
「此処らで一番デカい山へ行き、鉱石を取って来い。そうすりゃ話位はしてやる」
「分かった」
「それと近くに沼地が在るが、其処には近付くな。殺されるのがオチだからな。おいウズナ、連れてってやれ」
一番大きい山。昨日見上げたあの山か? 近くに沼地が在るけど殺されるとか、相当狂暴な原生生物でもいるのか? 昨晩同様ウズナちゃんに案内され、闇に覆われた空を見ながら山へと向かう。
「お兄ちゃん、何をしてるの?」
「いや、装備の確認をな」
鉱石が取れると言う事は、此処は鉱山って認識であってるよな。念の為に持ってきた装備品を確認。左腕に皮の盾で右手につるはし、背中にスコップ、腰に皮袋。うん、品質の見た目も悪くはない。
改めて鉱山へ入るや否や、直ぐに岩影へ隠れる羽目になるとは思わなかった。人間の男とドワーフ、蜥蜴人が言い合ってる場面に遭遇するとは。今は息を殺しつつ、話し声に耳を傾けてみよう。
「お前らがなんで此処に居るんだ!」
「此処は我々にとっても必要な場所だと言う事は、お主達も判っている筈だろう」
「フンッ。テメェらはちまちま掘りやがるからよぉ、邪魔だったらありゃしねぇ」
「お主達は見境無く掘り過ぎなのだ。此処は金のなる鉱山ではないのだぞ?!」
お金のなる鉱山? もしかして人間とドワーフは金欲しさで鉱山を見境無く掘ってるのか? この鉱山は外から見るとデカく金属も取れるのかも知れんが、無差別に掘れば崩壊が起きそうなもんだが。
そんな事に気付かない筈はないんだけどな。出来るなら三種族と直接話がしてみたい~……けれど、今飛び込むのは正気じゃないな。今は依頼を達成しよう。
幸いな事に相手は三人、口論に夢中で此方に気付いてはいない。砂が多くある場所だが今なら音を立てても奥へ行けそうだ。もし気付かれても隠れ易いしな、よし。
「ウズナちゃん、静かに移動するよ」
「うん、分かった」
岩影に隠れつつ移動している最中も、三人の口論は続いていた。この鉱山は自分達の物だと主張する人間、此処にある鉱石は俺達の物だと言うドワーフ、無差別に掘るなと忠告する蜥蜴人。
三人の言葉に共通する鉱山。此処で取れる鉱石には心を惑わす力でもあるのか? まあ、男女問わず宝石を妙に欲しがる人もいるから、そう言う魅力はあるんだろう。馬の耳に念仏、豚に真珠、猫に小判。自分には、宝石の良さなんか判らん。
「愚か者達、か。そう言えば、ウズナちゃんが言ってたお話作りって言うのは?」
「ウズナね、大きくなったら小説家になりたいの。でもお姉ちゃん達は認めてくれなくて」
「小説家か。自分も一時期、自作してたなぁ。良かったら見せてくれないかな?」
「うん。ちょっとまってね……これ!」
今の彼らに話し掛けても馬の耳に念仏、火に油を注ぐ行為だろう。馬鹿に塗る薬はないと言うが、愚か者達に塗る薬はあるのかな? なんて事を思いつつ脱出のお礼を思い出し話すと。
折り畳まれた何枚もの紙を取り出し、読ませて貰う。内容は現実的な問題に触れた作品で、何かに取り憑かれた様に三つの種族が仲違いをし、狂気と破滅の道へ進む話。
「凄い完成度だ。物語に引き込まれる魅力ってこう言うんだな」
「本当の本当!?」
「あぁ。これに絵があれば、更に凄い作品になると思うな。自分は」
お世辞抜きに、自分からすれば本当に凄い作品だ。黙々と文字を目で追い、文章から光景が脳裏に浮かぶなんて今までどんな小説を読んでもなかった。特に印象深く気になったのは、文章の中に登場するこの存在。
二人の魔人を従える魔王はまだ不完全だった。しかし三種族の醜い欲望を吸い増幅した力は十分過ぎた。──箱の中で渦巻く闇は破壊の限りを尽くしても消費し切れぬ力は誰の手に負えず、誰に負けない。
例え──惑星の守護神が目の前に現れたとしても。惑星を星と読む点とか醜い欲望を~とか、同じ年頃では思い浮かばなかったな。操られた虚飾の死人やら、哀れな悪魔とか。読んだ小説を返し、感想を伝えると、凄く喜んでて何故か自分まで嬉しくなってくる。
「あ、アレだよ。あのミネラドラコから鉱石を取るんだよ」
「いやいや、アレから鉱石を取るって、ドラゴンですやん……」
指差して教えてくれるのは有り難い。けれどアレ、どう見ても四足歩行のドラゴンじゃねぇか!! 岩石竜じゃなくて鉱石竜! 身体中のあちこちにキラキラ光るのがあるけど、アレが鉱石か?
思わず岩影に隠れたが、素直につるはしで掘らせてくれる程温厚なら嬉しい。けれど、人間で言えば赤の他人からあなたの服を剥ぎ取らせて下さい。って言動と同じ行為だもんなぁ、覚悟を決めて行くしかない。




