戦いの後に・前編
目が覚め、視界に映る知らない天井……もといテントの内側。起き上がろうとすると、癖で左腕を自然と使ってしまい痛みが走る。
そうか。あの後、意識を失って倒れてしまったんだ……情けない。もう少し寝よう、まだ体がだるくて眠たい。
もう一度横になり、目蓋を閉じるとすんなり眠れた。
「試作品とは言え、私達の最高傑作をまたこれ程まで破壊するなんて」
「酷いよ酷いよ~」
「でも安心しなさい。魔神王軍の内部には、貴方の兄が潜入してるから。何時でも破壊者を追跡出来るわ」
夢を見ているのか? もしそうだとしたら最悪だ。何故よりにもよって調律者姉妹を夢に見るんだか。
青白いワンピース風な服を着て、黒髪ツーサイドアップでディーテの右腕を抱き締めている方が姉、双月桜。
隣で嘘泣きしてるのが同じ服装と白髪をおさげにした妹の双月花。てか魔神王勢にスパイを潜入させてんのかよ。
はぁ~……ディーテの兄ねぇ。もしかしたら自分も戦った事がある相手、なのだろうか。
「それにあなたの量産型と弟も、漸く自動化製造ラインが完成したのよ」
「アポトーシスとネクロシースだよ。これで魔神王達の勢力圏を奪い易くなるね!」
やっぱり。話通り勢力争いはあるのか。しっかしあの面倒臭いのを量産化、オマケに新型が二機。対峙する身としては、勘弁して欲しい。
「そうは言っても、魔神王軍には四天王の他に新しく参入した三騎士がいる。一筋縄では行かないわ」
「大丈夫だよ。私達には潜入させた左腕と、守護者のアルファがいるんだから」
「ふふっ。そうね。奴らを内部から殲滅し、終わりの名を関する破壊者には、始まりの使者をぶつけましょうか」
四天王、三騎士、アルファ。一筋縄では行かないのは此方も同じ……か。結局やってる事は戦争と大差変わらない。
それにしてもこれ、夢……だよな? 不思議な位妙にリアリティーが高くて夢に思えないんだよな。
前に夢で見た魔神王側。と思う方では、自分が知る終焉か否かは兎も角、同じ名前の奴が魔神王と呼ばれていて。
何故か無関係の心情ゆかりが寝かされてた。完全復活に何か意味があるのか? 夢か現実か判らないのに考えても仕方ない、か。
「でもお姉様。あの放射性物質はどうするの?」
「私達の機械兵にすら寄生する上、濃度が高くなると機械すら溶かすアレね」
「半分機械の改造兵を送り込んだら、突然変異を起こしちゃうアレだよ~」
レイシが話してくれたアレか。調律者達はアレを調べてるのか。まあ、そうだよな。
世界征服した後、生命を完全管理するなら調べない訳には行かんよな。濃度って、放射線濃度ってやつ?
あぁ~、こんなところで勉強不足が顔を出すとは。寧だったら解るかな? 昔、そんな話を聞いたような気がする。
「厄介極まりないけれど。上手く利用出来ればあの突然変異も、アレに含まれる超高濃度エネルギーも私達のモノよ」
「やったー! 二種類あるアレの突然変異体って、滅茶苦茶強いもんね」
「もっともっとサンプルが欲しい。花、私達の勢力圏であるケーフィヒ大陸で被験体を募りましょ」
「あいあいさー!」
話で聞いただけだが、話す放射性物質には色々な可能性があるらしい。けど、突然変異には二種類あるのか。
多分、失敗例と成功例を指すのだろう。可能ならその突然変異体と言うのを見てみたい。倒した筈だった融合獣と関係性があるのかどうかを。
段々視界が白く、眩しい光に包まれ夢が覚める。
「良かった……この馬鹿っ。もう二度と、目を覚まさないんじゃないかと思ったじゃない!」
目が覚めると、お母さんが涙で顔をぐしゃぐしゃにして自分を強く抱き締める。……どうして泣いているのか、理解出来なかった。
判った事は自分がお母さんを泣かせ、悲しませてしまった事位。あぁ、暖かくて心が安らぐ気持ちと。
泣かせてしまった罪悪感が混じる、何とも言い難い気持ちが半分ずつあって、妙に気持ち悪い。
「森の薬草を使ったポーションと回復系奇跡の治療を受けても、一月ずっと眠っていたんですよ」
「レイシ……」
「ビックリしましたよ。半身火傷と全身打撲の上、酷い衰弱状態で殆ど虫の息でしたから」
一ヶ月も寝てたのか。そりゃ目を覚ます覚まさないに限らず、心配されるわ。戦闘中、ずっと酷い緊張感に晒されてたからな。
衰弱は緊張感が解けたのと、馬鹿みたいに魔力を一気に消耗したからだろう。打撲はディーテの時か。
体の何処も痛くない。そう言えば昔は、戦闘には必ずと言って良い程、回復ポーションを複数持って行ってたな。
「母さん……そろそろ離してくんない?」
他の患者からの良かったね。的な視線も何かこそばゆいし、恥ずかしい。抱き締める事は止めてくれたが。
幼稚園児みたいに手を繋ぐ事が条件だった。心配なのは判るけど、過保護じゃない? そう思ったが、止めた。
昔、赤ん坊だった頃誘拐されて、一緒に過ごした時間が全く無かったからだ。でも今の旅を始めてからずっと一緒じゃね? とも言わない。
気分転換と言い、テントの外へ出る。眩しくも暖かい光が差し込み、瓦礫の町を明るく照らしていた。
「闇が晴れてる?」
「そう。貴紀がベーゼレブル達を倒して少しした頃、突然闇が晴れたのよ」
ふとマジックがポケットに入れた手紙の内容を思い出す。世界を覆う闇を払う方法はただ一つ、星の燭台に火を灯し照らす事。
母さ……あぁ~、霊華に何か変わった事はあったかどうかを訊くと、ある噂が広まった程度だと言う。
「最後の希望。オメガゼロ・エックスがこの国に現れ、機械兵や化け物を倒してくれた。って噂よ」
「それだけ?」
「そう。でもその噂は国中、エルフの里にまで瞬く間に広まって、少なくとも人々に笑顔が戻ったわ」
最後の希望……か。内心、余り良い気持ちではないのが正直な感想。でも自分の息子が褒められて嬉しそうな霊華の顔を見たら。
どうでもよくなった。町の人々を見ても、明るい表情で復興に勤しんでいる。きっと──
星の燭台に火を灯し照らす事とは、その世界に住む人々の心へ笑顔……もしくは別の何かを与える事ではないだろうか。
あくまでも自分の予想だけど、世界を覆う闇は心にある負の面なんじゃないかな。それが積もりに積もって世界を覆ったんだと思う。
「ゼロとルシファーが言ってたけど、重症の女の子を助けたんだって?」
「女の子かどうかは知らないけど、助けたな」
「ねぇ、お見舞いに行かない?」
そうか、あの重症者は助かったのか……良かった。断る理由はないので、お見舞いへ行く事にした。
向かうのは自分が寝かされていたテントじゃなく、別の重症患者用テント。違いは医師や看護師の数と収容患者の数。
リハビリテーションも兼ねているそうだ。心は他の人達と復興に勤しむ為、国王と言うよりは友人的な接しやすさなんだとか。
バザー等も開いており、皆が互いを助けあっている。辿り着いたテントは大きく、一軒家以上デカい。
「ど・こ・に・い・る・か・な? あ、居た居た」
テントの中も天井が高く、二メートル位までの人なら屈む必要はない程。辺りを見渡す中で目的の人物を見付けたらしく、自分の右手をぐいぐい引っ張って行く。
この行動は見習いたいものだ。一番奥のベッドで立ち止まる。其処には巻かれた包帯が目立つ、短髪朱色の髪をした女の子が一人、寝かされていた。
「あ、霊華様」
「様は要らないって。ほら、この子が貴女を助け出した子よ」
「ど、どうも。栗原貴紀と申します」
「初めまして。ウチはヴァイスって言います」
関西……弁? かは兎も角、その姿は正直痛々しく、また別の意味でも直視したくなかった。彼女は四肢を失い、右眼も負傷した様子。
こんな言い方はしたくないが、達磨と言う状態。そんな状態でも元気な顔を見せてくれる事が、心に酷く刺さる。
「あの、右眼は、大丈夫?」
「大丈夫やで。別に右眼が無くても生きて行けるし」
泣きたかった。本当は彼女の方が泣きたい筈だ。四肢と右眼を失い、恐らく自分と同じ七歳位なのに障害だらけの未来な事を。
ただただ、自分の無力を突き付けられる光景に泣きたかった。逃げ出したかった。胸を締め付けられる思いだった。
「どないしたん? 何処か怪我したん?」
「ごめん、なさい。ごめんなさい……」
胸の奥から込み上げる感情を抑えられず、溢れてはこぼれ落ちる涙を両手で拭いながら謝りつつ、泣き崩れる。
漫画や小説の様に、両手を上げて万々歳は自分には出来なかった。自分の心配をされる程、その言葉が心に突き刺さる。
「……ウチ、君に救われて嬉しいんやで? 確かに障害の多い体になってもうたけど、君は精一杯頑張ったやん」
とても、心の強い人だと思った。同時にもっと強くなろう、速く動ける様になろうと強く決心した。
話を聞く限りだと、奇跡でも欠損した体は生やすとか出来ないらしく、そんな障害者の為に義手を作る人が国には、最低でも一人雇うんだとか。
それでも機械技術は昔に比べて低下の一途を辿っている為、性能は二の次が関の山。
「ウチな、オラシオンに入るのが夢やねん。だから体がこんなんでも諦めへんのや」
「オラシオン?」
「この国で国王に仕える事を許された六人の戦闘メイドの事よ。シオリもその一人」
「ポッカリ空いたツヴァイの空席があるんよ。ウチはオカンとの約束を守りたいねん」
オラシオン。それは国王に認められ、仕える事を許された専属メイドであり、最高の称号だそうだ。当然誰でもなれる訳じゃない。
賄賂や蹴落としをすると、例えオラシオン入りを果たしても落とされるんだとか。試験も厳しく、メンバー更新は今のところ、ほぼ無いらしい。
「そうか。それじゃあ、頑張らないとな」
「うん。オラシオン入りを果たして、オメガゼロ・エックスに会うんや」
一瞬ズッコケそうになったぞ。……オラシオン入り果たしてない今、そのご本人が目の前に居るんですがそれは。
まあ、彼女がオラシオンへ正式に入ったら、自ら名乗り出てあげよう。今言うのは、彼女の生きる活力を奪いかねん。
大型テントを出たと同時に、シオリが此方へ走って来ては霊華と話し始めたが……何かあったのか?
「分かった。貴紀、私はお城の方へ行くけど、日が落ちる前にお城へ戻るのよ?」
「あぁ~、うん。分かった」
日が沈む前に戻ると了承すると、二人は転移の符を使い消えた。城って、遠くからでも見える日本風のアレだよな?
魔法とか魔物とか、そんなファンタジーな作品だと西洋の中世を思わせる石造りの城を思い浮かべるんだよ、自分は。
完全に日本の城じゃねぇか。周りの建物もよく見りゃ木造が多い。どうりでよく燃えてた訳だ。
「取り敢えず、見回ろう。そんで何か手伝える事があれば手伝おう」
子供の身じゃ、大した事は手伝わせて貰えないだろうけどな。どの道、小学一年生程度の力しか出せんし。
そう言えばゼロとルシファーは何処に行ったのやら。魔力を手繰れば見付かるかな? 迷子になる可能性はあるがな。
兎も角、気になった所へは立ち寄ってみようか。所持金は一つも無い……ってか、今は金貨銀貨か? クッソ、改めて知らん事ばっかりだ。




