後日談・Ⅱ
『前回のあらすじ』
全身全霊の一撃を受けたにも関わらず、生き残ったワールドロード。目の前の彼へ手を伸ばすも……
残滓の彼を掴む事叶わず、説明しに現れたヨグ・ソトースから事実を聞き、膝から崩れ落ちる。
真っ白な空間で少年からやり遂げてくれた事を感謝され、赤黒い駅へ歩を進めるエックス。
少年は一冊の本『ワールドロード』を産み出し、やり直しを求めると書かれたチケットを破る。
夜空を駆ける無数の色鮮やかな流星達。その内の五つが、ヴォール王国近くにあるエルフの森へ落下。
正確には過去、紅心と───がシオリを案内人に探索へ赴いた、あの懐かしき遺跡の内部へ……である。
「皆、無事か?」
「え……えぇ。シオリ・フュンフ、エリネ・フィーア、共に無事です。紅心国王」
「報告。左腕の欠損と内部配線、記憶回路に一部断線有りと認識。ですが、戦闘以外の稼働に問題無し」
「全く……あの子ったら。爆発の寸前に融合を強制的に解くだなんて」
予期せぬ出来事に、共に落下した者達を心配する紅心。その言葉に応えて各々返事を返す。
そんな中。融合四天王・マジックこと神無月水葉の「あの子」と言う単語に、反応するディーテ。
彼女は首を横に傾げ『あの子』たる存在を思い出すも……「Error。記録が有りません」と解答。
先程の落下で記憶回路にダメージが?!と慌てて『あの子』が誰か教えようとするが……顔や名前も出ない。
特徴の黒いロングコートを思い出すも──それ以上は霧がかった様に何も思い出せず、頭を抱える四名。
「このメロディー……私の笛の音色?この遺跡の奥から、聴こえる」
「行ってみよう。どちらにせよ、下手に魔物が活発化している夜の移動は危険だ」
その時。ふと微かに聴こえる笛の音に聞き覚えがあり、音は遺跡の奥からだと説明する水葉。
特に誰かが拒否・否定を出す様子もない。一同は納得して頷き、遺跡の奥へと歩を進める。
『誰か』を納めた円筒形カプセルの部屋を通り抜け、隠し通路を通るも……壁画に目が行き足を止めた。
「我々は後々知った。我らの善意が、光の使者を絶望の道へと運んでいた事を」──その後悔の文字に。
胸の奥を針で刺された様な痛み、何か引っ掛かる気持ち悪さが一同の心と記憶回路を掻き回す。
「何でちゅかね?とても……大切な誰かを、忘れちゃってる気がしまちゅ」
「エリネもかい?実は僕もなんだ。思い出さなきゃいけないのに、思い出したくない。そんな気持ちだよ」
修正力が働き、忘れ去られた『英雄』の名前を──誰も言えない、思い出す事すら出来ない。
四人に背を向け、足音が響かない様に隠し通路を逆走。入り口横で壁に背を預けると切れた息を整え。
両手で口から声が漏れ出ない様に塞ぎ、次々と零れ落ちる大粒の涙。彼女だけは……『彼』を覚えていた。
永く続く様々な記憶が螺旋状に捻れ合い、修正力さえ弾く確固たる絆に──彼女は良くも悪くも苦しむ。
世界を救った『英雄』に、居場所は無い。祭り上げられる者は……用済みになれば不要故に。
「そうだ。僕は此処へシオリと……誰かを連れて来た。その誰かのお陰で壁画の解読も速く終わったんだが」
「誰──だっけ?嘘?!巫女服って事以外、全く思い出せないのよねぇ……」
「解。此処は際壇場ですが、何かしらのギミックが解かれ、床が開き地下室への道が出来ております」
「以前来た時は無かったから、誰かが解いたんだな……よし。行ってみよう」
『彼』を思い出す中、紅心達は他にも誰かを忘れていると理解する。名前や容姿に顔、関係さえも……
命が迎える本当の死とは寿命ではなく、記憶からの忘却だと誰かは言う。その条件で言うのであれば。
写真や記録に残る行為を嫌う彼の行動はきっと──苦痛や気持ち悪さを与えない為の配慮なのだろう。
ディーテの報告を受け、以前との違いに意識が向いた三名は地下へ続く階段を下って行く。
『久しいわね。スカーレット』
「貴女──メメント!?久し振りじゃない!」
「貴女の知り合い?」
「えぇ。彼女はメメント・モリ博士と言って、死と記憶の研究をしていたの」
到着すると、其処は現代技術ですら再現不可能と理解出来る程の機械が立ち並び、よく見ると床も機械。
突然照明が点き、話し掛ける女性の声。聞き覚えがある水葉はスピーカーの位置を見付け、挨拶を返す。
シオリに訊ねられ、名前と役職を話していると。此方へ……と言わんばかりに照明が次々と点く。
案内に誘われる形で進む一同の前に現れたのは──培養液で満たされたカプセルに漬かる六つの脳味噌。
『単刀直入に言うわ。二度と、彼ら彼女らを思い出さないで』
「失礼、メメント・モリ博士。何故僕達に、忘れてしまった相手を思い出すなと仰るのですか?」
『私達を含めた人類は彼を酷使し、利用した末に棄て続けた。もう……死者を永遠に眠らせてあげなきゃ』
雑談も無しに、一同へ『彼ら彼女ら』を思い出すなとスピーカーから流れるメメント・モリ博士の声。
相手に失礼や不快感を与えぬ様、言葉遣いに注意をして理由を問い掛ける紅心へ返って来た言葉は──
今を作るのは現在生きている者達の役目、何時までも死者に頼り起こす行為は駄目だと手短に話す。
そう。忘れているだろうが……彼ら彼女らは既に故人。長い舞台劇を終え、漸く眠りに着けたのだから。
『それから──スカーレット?』
「何?メメント・モリ博士」
忠告とお願いを紅心達へ伝え終えわると、今度は水葉に話す相手を切り替え、何の用か聞き返せば。
突然彼女の頭に片耳用の無線イヤホンが落ちては、気付き床へ落ちる前に右手でキャッチし右耳へ。
自身らには聞かれたくない内緒話だろうと紅心は認識し、辺りの機械を見学し始める四名。
エルフであるシオリの耳は本人が望む、望まざるに限らず音を拾ってしまう程に聴覚が良い為。
二人の内緒話を聞いてしまった内容から、思わず両手で口を塞ぐ。それを見た三名は不思議そうに思う。
「えぇ、後は任せて。それじゃあ、今後ともさようなら。六人の……同胞達」
内緒話が終わり、別れの言葉を相手に伝えた途端──六つの円筒形容器に入った脳味噌は弾け散り。
照明が消え、地震が起きた様に大きく揺れ、生き埋めを免れる為に一同は急いで遺跡から飛び出す。
役目を終えたかの如く崩壊する遺跡。夜の森は魔物が活発になる為、ヴォール王国の宿まで。
水葉の瞬間移動で避難に成功。部家を一つ借り今後を考える。戦いは終わった……もう、戦う必要はない。
「エリネは……天界に戻るでしゅ。マイゼルてんてー達も戻ってましゅから、また一から勉強をし直す為に」
「私は──森に戻る。不要な森の巫女システムってのを片付けなきゃ」
「……私ぃ?私は……頼まれ事があるから、害虫駆除で各地を転々とする予定よ」
「それなら、オラシオンは解散としよう。もう、戦う必要もないんだから」
各々、進むべき道がある。故に、ヴォール王国が誇る最強メイド隊は解散を宣言する紅心。
翌日、一同はそれぞれが向かうべき方向へと分かれる。が……水葉だけはシオリと同じ道を進み。
肩が触れそうな距離で「害虫駆除に付き合うか否かは自由よ。もしかしたら……」と小声で話し。
道を外れ別のルートへ。シオリは足を止めて水葉の背中を眺め……踵を翻し、駆け足で追う。
後日談・可能性の未来へ──終
オラシオン解散から三年後。アイ・アインス、ヴァイス・ツヴァイ、琴音・ドライ、リバイバー。
桔梗、以上五名が消息不明。他の面々も各々目標や夢等を歩み始め、小まめに連絡を取る者等いない。
懐から取り出した一枚の写真。それは──最終決戦前に撮った全員集合の写真。
だが……『彼ら彼女ら』の姿が無い事に旅の女医、ニーア・プレスティディジタシオンの目に涙が浮かぶ。
彼女はあの旅を通し夢の一つ、医療界隈で奇跡を使えない世界最高の名医として、名を轟かせたのだが……
「本当に……居なくなっちゃったんだね」
有名で名門・プレスティディジタシオン家の娘。それだけで大金を頂く人質としては十分過ぎる。
故に一人の時を狙い、何処かの山にある小屋へ誘拐され……今、消えた最後の希望が絶望を産む。
運良くか悪くか。彼女も記憶を維持しており、写真に消失した者達の姿は無く──涙が次々落ちる。
何故他の者達同様に記憶を失わなかったか?理由は単純。女医故に治療で寄り添う回数が多い。
行動を共にする内に心引かれ、理解出来ても反発し、愛の告白もした。それが深い絆となった。
「親分!プレスティディジタシオン家の連中、言い値で払うってよ」
「当然だろうな。この女を見捨てれば医療界隈から見限られ、家名を保てなくなる」
「学校で起きた虐めの事実より、学校の評価を優先して黙認するのと一緒だもんな!」
茶色の逆立ちした短髪、褐色肌の若い男が小屋の扉を開き、彼女の実家と人質交渉の結果を話す。
すると虎柄ターバンを巻く筋肉質な男は、名門故の評価と彼女自身の価値を天秤に吊れば。
言い値で払うしかない。それを二人とも理解してる辺り、この誘拐も念入りに計画を練ったと思う。
優秀有名な名門故、世間からの目や評価は響く為、見逃せない。更に一人の時を狙った為。
目撃情報はほぼ無く、上級の盗賊は下手な兵士じゃ返り討ち。オラシオンも居ない今、打つ手無し。
「にしても、此処って不気味な所よな。山の上なのに、彼岸花が咲き誇ってるとか」
「それが狙いだ。彼岸花ってのは血や炎、不吉な印象を連想させ易い。だから誰も好んで此処へは来ない」
親分に疑問や意見を伝えれば、狙い通りと言う。生命とは死を連想させる血や炎等は避けたい。
そんな心理を利用した隠れ家らしく「流石は親分!指名手配の賞金首!!」と褒めちぎる子分。
親分は「ガッハッハ!!」と高笑いの後。ニーアへ視線を向け……ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。
人質解放の金は取る。取り引きも応じる。己の性欲を満たしトラウマを植え付けた後に──だ。
「い、嫌!!来ないで……っ──」
「世の男は見る目がないぜ。こんな極上の女に手を出さないとかよぉ」
「出た!親分お得意の睡姦!!目が覚めれば悪夢からの解放と絶望が待ち構えている二段構え!」
迫る盗賊の親分。逃げようとしても、彼女自身が居るのは既に部屋の隅。窓や扉は盗賊達の後ろ。
強く拒絶するニーアの口と鼻へ白い布を押し付けると……目蓋がゆっくり閉じて行き、横に倒れる。
周りの男は度胸や見る目が無いと馬鹿にしつつ、睡眠の奇跡を染み込ませた白い布を彼女から離す。
これまで何度もやった手口なのだろう。目の前の恐怖から解放されても、目が覚めて知るのは絶望。
その後ニーアが目を覚ました時、彼女を救出に来たのは元オラシオンで雪女のトワイと兵士数名。
『ニーア様。大丈夫ですか?』
「う……ん……っ!?」
トワイは相変わらずスケッチブックを通した筆談で話し掛け、徐々に眠気が薄れて目を覚まし。
いの一番に気にするは自身の服装が乱れ、スカート越しに股へ触れ襲われたかの有無。だが……
自身の肩へ羽織る様に被せた、黒いロングコートに気付く。ふと顔を見上げてトワイを見るも。
彼女は首を横へ振りスケブに『私達が此処へ到着した際、盗賊達は既に制圧済みでした』と書く。
両手を交差させてコートの肩を掴み、目を閉じて優しく微笑み──左頬を一筋の涙が伝う。
「…………ありがとう。貴紀……」
希望と感激の余韻に浸り、間を空けた感謝の言葉に続き、最初で最後の──名前呼び。
トワイは何かあるのか?真剣な表情でニーアを眺め、連れて来た兵士達へスケブに指示を書き。
退去の準備や周囲の警戒、捜索をさせる。盗賊達は何者かに全員気絶させられ、他に誰も居ない。
ニーアは座り込んだ足先に置かれた、一輪の白い彼岸花の茎を右手で摘まみ取る。その花言葉は……
再会・また会う日を楽しみに──であり、彼女達はヴォール王国へ戻るのであった。
後日談・闇の中の光──終




