教会 -accipio-
『前回のあらすじ』
エックス達の物語は、未来咲妃が読んでいた作品だった。のだが……古本屋での長時間立読み。
店員の苛立ちに読破した一~七巻を購入し、待ち合わせ場所へ急ぐ彼女は──馬と人間のハーフ。
夢想神社で猫又の猫紙皐月と話し、古い作品のリメイク・アレンジされた本だと知る。
もっと話していたいが、未来咲妃は学生。過去の出来事から門限がある為、急いで帰るのであった。
目が覚め、青と白の縞模様ベッドから体を起こし、今日も生きてて……昨日のウチだと心の中で再確認。
飾りっけの無い──白い部屋。有るのは着替え用の小さいタンスと、長方形の縦型鏡、勉強用机に本棚。
ぬいぐるみとか、そう言った物はウチの部屋に存在しない。また、あの夜が来るかも知れないから。
「おはよう。お義母さん」
「おはよう、咲妃ちゃん。朝御飯、もう出来てるわよ?」
今住んでる家は親戚でも何でもない。ウチを引き取ってくれた里親──未来家の家。
家族血縁者は全員、始まりの夜に殺された。天涯孤独のウチを拾ってくれた事には……
半分だけ感謝してる。だから今の『私』に出来る範囲・手探りで、距離感を掴もうと頑張ってる。
お義母さんはショートヘアーの黒髪で、身長は百五十一センチの私より十センチも低い……人間の老人。
異種族のウチを、家族の一員として受け入れてくれてる──と思う。確証や根拠も無いけど。
「今日は日曜日だし、何処かへ出掛けてみるかい?」
「……うん。お義母さんは今日も、教会へお祈り?」
「えぇえぇ、そうだよ。こんな老い先短い老いぼれの、せめてもの懺悔とお祈りが日課でねぇ」
そう、今日は日曜日。この日は部活等は確定でお休み。ライフライン的に離れられない仕事に関しては。
午前と午後で交代制な上、平日や土曜日を頑張った国民に向け、日用品・衣服・食料品等が割り引き。
お義母さんは今年で八十三歳。人間と言う種族はウチらより早く歳を取り、老けると聞く。
自虐的な発言も多分、種族的なモノ。毎日毎日、中央街・終始町に唯一存在する教会へ通ってる。
「頂きます」
「ゆっくり、味わって食べなさい。食と言うのは、幸福であり罪なのだから」
「……ねぇお義母さん。食材とか買い足す物って──ある?」
「おやおや。我が子は優しいねぇ。それじゃあ、買い物リストを取って来るからね」
お義母さんと向かい合う形で椅子に座り、食卓を囲む。両手を合わせて行う食前感謝。
元々食前・食後の感謝や言葉ってのは無かったらしく、人間達がやってるのをウチらが真似てるだけ。
食は幸福であり罪。お義母さんがよく言う言葉……話の腰を折る様に、話題を変えれば。
気遣いを優しいと言い、席を立ってリビング奧にある一階・寝室へ事前に書いた紙を取りに戻って行く。
「優しい……か。あの本に登場する主人公は、自分自身を優しいとは認識してないよね。何でだろ?」
「はいはい、お待たせ~。夕御飯までに買って来てくれれば、良いからね」
白米と玄米のブレンド米が盛られた白い茶碗を左手、右手に竹箸を持ち。
おかずの焼き鯖をほぐし。魚とお米を交互に食べ、薄味の豆腐味噌汁で胃の中へと流し込みつつ考える。
最後に鮮やかに黄色く染まった大根……沢庵か。の食感と音を堪能していたら、紙を手に戻って来た。
物腰が柔らかく──対等に接してくれる声と発音に頬を緩ませ、買い物リストを手渡しで受け取る。
「洗い物は台所に置いてたらえぇからね。お祈りから戻って来たら、後で洗うから」
「……うん。いってらっしゃい。自転車や車には気を付けてね」
ウチに紙を渡すと。お義母さんは一人で家を出て、教会へお祈りに出掛けるのを見送り。
食べ終わったお皿やお椀を重ね、言われた通り台所へ運ぶ。先に洗って置こう。と……思うも。
いつだったか、猫紙さんに「手を動かす作業は、ご老人の認知症防止になる」って言葉を思い出し。
敢えて置いておき。買い物袋と買い出し用財布を手に、青いパーカーと黒い長ズボンを着用して出発。
「お邪魔しま~す」
「いらっしゃいませ。ようこそ、個人販売店・NEXTへ」
よく買い物に来るのが此処、個人販売店・NEXT。他のスーパーとか八百屋と違って、人気が少ない穴場。
なのに品質は高く、値段は安い。個人で食品を生産し取り扱ってるらしい。そして店員が何故か──
首に届く白髪に黒いメイド服、白いエプロンとホワイトブリムを着用するメイドさん。パッと見は人間。
けど、前に一度強盗団が押し寄せた時は「服が汚れますわ……」とか言いつつ、犯人全員秒で捕まえてた。
「これが欲しい物ッスけど、有るッスかね?」
「失礼致します。……はい、ございますよ。準備しますので、少々お待ちを」
「あ...…この豆腐、量が多くて安い。オマケにおからパウダーまで付いてくるんだ」
買い物リストの紙と袋を渡し在庫の有無を訊ねたら、受け取ったメイドさんが内容を確認すると。
丁度あるらしく、準備すると言って店の奧へ消えた。待ってる間、展示されてる商品を見るッスけど。
全体的に安い。通常のゼニー表示価格下に、人間向けで円表示も書いてある徹底振り。
ゼニーと円の表示価格は十倍位違うから、それで覚えるのもあり。円の方が価格は安く、ゼニーは高い。
それでも、此処のお店は相当安い上にオマケまで付いてくる。商売として大丈夫?と思う程に。
「ご高齢になられる程、体力は落ち易い。豆腐等は体力回復に効果的ですよ」
「──?!」
「特に、本日は教会で掃除が行われます。お味噌汁に入れたり、豆腐ハンバーグにぽん酢も有りかと」
「…………この豆腐も、頂くッス」
気配や音も無く、右隣に突如として現れるメイドさんの声に驚き、思わず身を引いてしまう。
それすら気にせず、ウチの心を見透かした様な宣伝文句に思わず、予定にない豆腐も買ってしまった……
オマケでおからパウダーや、話に出た豆腐ハンバーグのレシピまでくれたのには別の意味で驚き。
店を出て振り返れば、出入口でウチに向けて右手を小さく振ってた。人間にも種類があるって思い出す。
個人販売店・NEXTを離れ、何を思ったか──教会前に足を運ぶ。小さい訳ではなく、大きい訳でもない。
「おや──懺悔に来られた子羊……ではなさそうですね。寧ろ、迷子の子羊ですか」
「……なんか最近、心を読む相手によく逢う気がするッス」
教会上部のステンドグラスを眺める。知らない人が描かれてるのは分かる反面、カラフルで誰かは不明。
見上げていたら、教会の中から黒と白の修道服を着た糸目シスターが出て来て……また心を読んだ会話。
この町って、読心術者が多いんッスか?思わず愚痴ってしまうと。
「別に心を読んではいません。それでも、今の貴女は顔に不安が強く出ていて分かりますよ?」
「そんなに……ッスか」
「えぇ。歴史は繰り返され、罪をもう一度繰り返す。故に私は懺悔を聞き、少しでも罪を減らすのが務め」
真っ向から読心術は使用せず、顔に出てる不安から読み取ったって言うんッスが……それでも十分では?
呆れと鬱陶しさを孕んだ返答に、無許可で心へ触れられた様な感覚を覚える言葉で返され。
もしかしたら、またあの夜が来るのでは?と不安が強く、濃くなって悲しくなってしまう。
「大丈夫ですよ。例え神や仏が居なくとも、私達が信仰する────様は、私達の近くに居られます」
俯いて立ち尽くすウチに近付き、目線を合わせて屈むシスターは、聖職者にあるまじき発言を言い。
聴覚に自信があるのにも関わらず、信仰する存在の名前が全く聞き取れなかったのが不思議で。
聞き返そうと顔を上げたら……シスターはもう何処にも居ず、それどころかウチが今居る場所も。
教会ではなく、買い物を済ませたお店のある商店街・南出入口。
「ウチ……疲れてる?」
「おや。未来さんではありませんか。どうなさいましたか?」
「あ...…猫紙さん。実は──」
白昼夢でも見ていたのだろうか?そう思い、買い物袋を盛っていない左手を目線の高さに上げ、見る。
そんな時。背後から聞き覚えのある声に呼び掛けられて、振り返れば……
昨日と同じ。黒い法衣の上に薄茶色の七条袈裟を着て、左手に白い買い物袋を持つ猫紙皐月さんが。
知っている相手、幾らか本音を話せる存在に出逢ったのもあり。先程までの出来事を話す。
「あぁ、あの方ですか。すみません。どうにも私、あの方が苦手でして」
「猫紙さんにも苦手な相手がいるんッスね。意外ッス」
「別に意外でも何でも……未来さん。その本は何処で買われたのです?」
教会のシスターにあった。その過程や会話の内容を、覚えている限り話した。すると猫紙さんは──
目を閉じ、眉を下げ困った表情であの方と呼び、お力になれずすみませんと頭を下げ謝られたので。
誰にでも平等に接する雰囲気があり、意外に感じ話を続けていたら……猫紙さんはウチの袋に目を向け。
右手を買い物袋の中身。それも買った覚えのない一冊の本に向け、訊ねられ手に取ると背筋が震えた。
その本のタイトルは──ワールドロード最終章・racrimosa。全七巻ではなく、全八巻。
「racrimosa──涙の日、ですか。読み終わった後で構いませんので、私にも読ませて頂けますか?」
「えっ?あ、あぁ……それは別に構わないッスけど」
薄目を開け、綺麗な青色の瞳で表紙のタイトルを見、呟いた後。読破したら自身にも読ませて欲しいと。
そう言われ、承諾し別れた。気付けばもう夕方……門限やお義母さんにご飯を作ってあげたい。
後──本の内容も気になる。七巻目は他の章に比べて話数が少なく、八巻もそれは同じ。
多分、七章と最終章は元々一冊。批判が強くて、分けたんじゃないだろうか?
何故かそんな疑問・思考が頭を巡り、確かめたい気持ちもあり急いで自宅へと戻り用事を全部済ませ。
「漸く読めるッス。あのリアクターを、何処に居るか分からない魔神王とどう戦うのか……いざ!」
薄ピンク生地と青い水玉模様のパジャマに着替え、二階・自室。照明は点けたまま勉強机の椅子に座り。
ワールドロード・最終章の表紙を見る。人物は描かれず、左右から手を取り合う手だけが描かれた表紙。
不完全燃焼だった事や、大勢の者達が批判したと言う結末。それに興味が湧き、ページを開く。




