不安 -I pray, pray to bring near the New Day-
『前回のあらすじ』
対決していた終焉&ホライゾンから共闘を持ち掛けられ、討伐目標が同じ事から共に戦うエックス。
しかしリアクターは彼らの攻撃に怯まず、寧ろ一撃で数秒間とは言え意識を飛ばす程の実力を見せる。
赤子の姿をしたリアクターに終焉、黒龍に白龍一族の青空遥が喰われても、攻略法を探すべく攻める中。
遂に倒す手段を見付ける。が……エックスはホライゾン改め、ドゥームを身を挺して守り──喰われた。
「お客さ~ん。いつまで立ち読みしてんの?」
最後のページを読み終え、本を閉じて主人公や仲間達の思いに耽るウチに、現実が突き付けられられる。
ふと気になった古本屋さんで、何気なく視線を引かれた一冊の本。その名も──ワールドロード。
全七巻の小説なのだが……誤字脱字があったり、文章が変だったり。妙な違和感に疑問を抱く作品。
お店の壁に掛けられた四角形の時計へ視線を向けたら、なんともう午後六時!入店が午後一時だから……
五時間も立ち読みをしてた事に。店員のスキンヘッドおじさんが苛立った表情も怖くて──
「へっ?あ!!す、すみません!此方、全部買わせて貰うッス」
「はぁ……あいよ。合計で三千五百ゼニーね」
「えぇ~っと……三千五百ゼニー、丁度で!」
我ながら、突拍子もない声で驚いてしまったのは……恥ずかしいッス。取り敢えず謝った後。
今度は自宅でゆっくり読む為。長い時間立ち読みしてしまった謝罪の意味も込め、購入すると伝えたら。
呆れ果てたおじさんはしかめっ面で値段を言い。その表情に焦りから慌てたウチは……
肩から下げた黒い部活用の鞄から赤いガマ口財布を取り出し、丸と三角の銀硬貨を支払う。
「全く……買うんなら先に立ち読みなんかせず、家に持ち帰って読めば良いものを」
「あ、あはは……本っ当──に、ごめんなさい!」
白い手提げビニール袋に詰められた本と、耳と心が痛い愚痴を聞き、深々と頭を下げてもう一度謝った。
貰ったビニール袋を鞄の中に直した後。逃げる様に古本屋さんを後にして、待ち合わせ場所へ走る途中。
カフェの窓ガラスに反射して映ったウチ自身の姿を見て、立ち止まり向かい風で乱れた髪を整える。
背に届く紅い髪を後ろ首で括り直し、頭の上の馬耳──左耳に付けた挟むタイプの十字架銀イヤリング。
お母さんが残してくれた形見を見て、藍・黒・白の学生服と膝丈まであるスカートを整え直す。
「ウッス。未来咲妃。今日も精一杯未知を学んで生きるッス」
お母さんから受け継いだ真紅の髪と尻尾を靡かせながら、軽快な足取りで目的地の山に走るんッスけど……
何であんな人気や人気、目立った物も無い場所を毎回選ぶんッスかね?猫紙皐月さんは。
山の麓まで走り、立ち止まって石段の遥か上を見上げる。この上が、毎度猫紙さんと待ち合わせる場所。
慣れた足運びと二段跳びで駆け上がりながら、今日は噂の幽霊に逢えるかな?と考えてたら……着いた。
「いつ来ても、人気が無い場所ッスねぇ。……まあ、ボランティアの方々が掃除に来る程度ッスけど」
「そのボランティアも、この街にある終始教会から来てくれる方々ですからね」
「猫紙さん!」
夢想神社。ウチが産まれるずっと昔から、この街を見守り続けて来たとされる神社。
境内で巫女服姿の幼子が目撃される時もあるけど、街の誰もが名前や何処の娘かすら知らない。
見付けても直ぐに消える事から、幽霊扱いされてるッス。そんな事をボヤいてたら、右側──
水汲み用の釣瓶井戸が在る方から桶を左手に持ち、呟きに答えながらウチの方へ歩いて来る……
薄墨色の髪と猫耳、二股の尻尾。黒い法衣の上に薄茶色の七条袈裟?を着た猫紙皐月さん。
「此処で待ち合わせる時は、いつも黒い法衣なんですね?」
「えぇ。こう言うと怒られるんですが、普段着ている法衣は堅苦しい上に息苦しくって」
「あぁ……なんか分かります。ウチも陸上部でアンカーを務める時、緊張でタスキが息苦しかったり重く感じて」
「未来さんもですか。なんと言いますか、枠に嵌められるのが嫌いなんですよ」
猫紙皐月さんはこの夢想神社の向かい側にある山──無想寺に居る時は、緋色の法衣を着てるって。
其処のお寺に通う兄を持つ女友達から聞くッスけれど……一度も見た事がない。こうして聞いても。
堅苦しい、息苦しく感じるから好まない。と言われて、見る機会は全くと言っても言い程に無い。
この人気無い神社を選ぶのも、そう言った堅苦しさから抜け出せる、唯一無二の場所だからなのかも。
枠に嵌まるって聞けば、良い風に捉えられるかも知れない。けど、それは思考放棄だと猫紙さんは言う。
「にしても──今日は珍しく、大遅刻をしましたね?」
「あ、あはは……本当にすみません!ちょっと古本屋さんで長時間立ち読みしちゃって……」
「いえいえ、構いませんよ。私も夢想神社の掃除に集中していましたから」
話ながら境内裏にある生活用の小屋へ歩き、腰を据えて話す為に縁側へ座ると。
猫紙さんは手に持っていた桶を縁側に置いて、ウチの左隣に座ると大遅刻について訊ねて来た。
普段は少し──五分位早めに到着するんッスけどね。苦笑いの後深々と頭を下げて謝り、理由を話す。
怒った様子は無く、左手を小さく横に振り。掃除に夢中で気にしていないと、眉を下げた困り顔で言う。
「運動一筋の未来さんが本に釘付け……ですか。少し、その本に興味がありますね」
「猫紙さん、普通の本も読むんですか?」
「えぇ。嗜む程度には。経本ばかりと言うのも、想像力が凝り固まってしまいますから」
直後。ウチの愚痴や不安を聞き、アドバイスまでくれる猫紙さんからその本に興味があると言われて。
住職は経本しか読まない!って認識を覆された。嗜む程度にはって、どの程度なんッスかね?
無想寺なのに、想像力?そんな疑問を抱きながら、購入した本の一巻を鞄から取り出して見せる。
「これッス!」
「これは……中を読んでみても?」
「どうぞどうぞ。なんでかウチ、これを五時間も立ち読みしちゃってて……」
両手で本の両端を持ち、見せた途端。猫紙さんの表情は普段の穏やかな顔から一転。
一瞬だけッスけど、驚いた表情を見たのは初めて。読んでも良いかと聞かれ、大遅刻した罪悪感もあり。
快く承諾して、懺悔も含めて話す中。じっくり読んでたウチよりも真剣に、より早く読み終えた。
速読ってやつッスか。一ページ数秒と経ってない気がするのは、気の所為?全七巻を読んだ猫紙さんは……
「成る程。アレンジされ、解読された過去の小説でしたか」
「アレンジ?解読?」
両手で挟む様に本を閉じ、何かを理解した様子で呟くと──目を閉じて白い雲が漂う春の茜空を仰ぐ。
全く理解出来てないウチの疑問を耳にし、ウチに対してお母さんの様な優しい微笑みを向ける。
「これはこの中央街・終始町が出来た頃に書かれた小説。そのリメイク作品でして」
「って事は...…結構古いんッスね」
「えぇ。人類史が滅び、少数の人間が生き延びた時期から今年で七千年ですので」
「けど、その人類史が滅びた理由も不明なままなんッスよね。授業で学びました」
開いた口から語られたのは──ウチらが生まれ、住んでるこの終始町誕生時期に書かれた物。
それをリメイクして、解読した本と言う。遥か過去に人類史が滅び、生き残った人間達がウチ達の祖先。
学校で誰しもが学ぶ内容。人間と言う種族は絶滅危惧種だから、超高額ペットで違法に売られてる事も。
「ただ、この作品。ワールドロードは、当時の読者達には受け入れられない結末でして」
「あ...…だからリメイクして、再販したと?」
「えぇ。ただ当時にこれを読み、批判した者達は皆等しく、何者かに殺された」
何故リメイクされたのか?どうして七巻のラストが途中で打ち切られたのか?って気になってた理由を。
ウチの心情、疑問を知らず知らずの内に猫紙さんが答える。原作は受け入れられず、批判を受ける結末。
だからリメイクして再販した。でも……古本屋さんに置いてたなら、まだ受け入れられなかったのかな。
そんな疑問にまた、猫紙さんは知らず知らず答えてくれる。もしかして、読心術を使えるとか?
けど、おかしい。作品を批判したからって、批判した読者達を殺すなんて。そう伝えると……
「不可思議な事に、殺された者達は逃げる様子等無く──自ら死を求め群がった。と書物に残されてます」
「えっ?!普通は逃げるんじゃないッスか?!命が惜しくなかったのかなぁ?」
聞けば聞く程、知れば知る程に疑問が浮かんでくる。批判者を殺した存在は誰なのか?
何故殺された者達は逃げるどころか、逆に殺される為に殺害者へ群がったんだろう。
殺される為に批判した?それは何故?死期が近かった……にしては、わざわざ作品を批判する理由は?
夕陽浮かぶ茜空を眺めても答えは出ず、猫紙さんは何も言わず、悩むウチの表情を微笑んで見守るだけ。
「全ては歴史の闇に葬られた。都合の悪い真実や、裁かれるべき罪も」
「それはおかしいッス!不透明な真実は白日に晒し、罪は裁かれるべきッス!」
「……世の中は弱肉強食。力無き弱者は強者の餌となり、搾り取られる。それは今も変わらない」
「だからって──人身売買や強姦誘拐とかの犯罪が許されても良いって訳じゃ無い!!」
優しい微笑みも、口を開く時には悲しげな顔に変わり、都合の悪い事実は闇に葬られたと語る猫紙さん。
歴史改竄や罪は裁かれなければならない。それが世間一般の認識であり、明確化される必要がある。
例え弱肉強食が世の摂理だとしても!!だからって家族は殺害、女は強姦。ウチを誘拐して実験。
そんな悪事を犯した奴らが裁かれず、のうのうと生きてるなんて……許されへん!!
「その通りです。人類史の政府に買われた犬とは違い、今の警察は犯罪者へ悪魔的に厳しいですから」
「……あの時、助けてくれた方も。警察官──だったのかな?」
「…………話の続きは、また日を改めましょう。そろそろ未来さんは、門限が近いでしょうし」
心の底から沸き上がる怒りを否定せず、優しく受け止めた猫紙さん曰く、今の警察は厳しい。
そう話す。確かに、犯罪件数はあの夜……ビギンズナイトからは、減少傾向にあるのを見れば明白。
ただ──疑問が一つ。囚われたウチを助け、実験場を壊滅させた存在を、警察や他の誰も知らない。
悩んでいると。猫紙さんがウチの左肩に右手を置いて、門限が近いから話はまた後日と言われ。
左手首に巻いた腕時計を見る。午後七時手前!!お義母さんから七時半が門限って言われてたのを思い出す。
「門限が近い!あ、また日を改めて!」
「はい。帰宅道中、怪我や犯罪に巻き込まれない様、お気をつけて」
鞄を持ったまま縁側の席を立ち、猫紙さんに礼儀正しく頭を下げて石段へ走って向かう。
背中に注意を促す言葉を受け、左手を高く上げて分かりました。と示し、石段を半ば落ちながら降りる。
次は……いつ逢えるだろう?あの事件があったからか。毎日今日を生き残れるか?
友達や大切な存在と、明日もお互い五体満足で逢えるだろうか?そんな不安に駆られ、明日を祈る。




