暴走 -unstoppable-
『前回のあらすじ』
ホテルで目を覚ますエックス。オラシオンの六名と紅瑠美、小山巴と交流を取るも、声が出せない。
それは本気の制御をミスったか、使用した弊害かは不明。決戦は明日、体と心をゆっくりと休める中。
最後の晩餐が開かれ、提供された御馳走を食べ声も戻る。翌朝、誰も居ないホテルを発つ。
指定された時間、場所へ向かう途中。三騎士・シナナメがルシファーとの決着を求め、勝負を挑みこれを飲む。
「小太刀二刀流……だが、油断や侮りはせん。貴殿は私が二度も討ち損じた……唯一無二の好敵手」
自身に向かって構えもせず、ゆっくり歩いて近付くルシファーに対し、シナナメは──
油断や侮りを拭い去る様に、力強く冥刀の柄を両手で握り締め、右肩より少し高めの位置で。
今直ぐにでも飛び込めて、如何なる攻撃が迫ろうとも防げる様に。突きの構えで時を待つ。
「最初から本気で行く。オーバーチューン、発動」
「──来た、二刀流の連げ──っ!」
ポツリと呟いた直後、ルシファーは瞬時にシナナメの背後へと回り込む。
勿論、それは彼女にも見えていた。だからこそ、初撃の不意打ちを防ぐべく咄嗟に振り返った。
が……其処に彼の姿は無い。いや、正確には残像が残っている。当然彼女は本体ではないと気付くも。
視認から脳へ。脳から全身への僅かな伝達タイムラグと振り返り、冥刀の刀身で守りの構え。
されど大々的に見せた二刀流の斬撃は無く、腹部に蹴りを受け、約一秒の出来事で後方へ押される。
「ッ……成る程。私は既に、貴殿の術中に嵌まっていた訳か」
「何処にでもある手であり、大多数が自ら行う自爆。術中と言うなら、自らの想像力に嵌まった結果だ」
痛む腹部に左手を少し当てていたが、直ぐ痛みに慣れたのか。改めて両手で柄を握り締め直し。
彼女は自身が戦う前から相手の術中に嵌まっていたと断言した。ふむ……壮大な勘違いしてないか?
ルシファーが言う通り。何処にでもある手法かつ、誰にでも出来る印象操作。
刀剣を持つから行うのは斬撃?そんな古臭くカビの生えた想像力は捨て置け。と声高に言いたい。
敢えて言うなら──そう、自爆。強者や印象から想像力を働かせ、自らの思い込みに嵌まった結果。
「そうか……ならば」
「ッ──そんな大太刀で鎌鼬とは、器用な奴……だ!」
改めて構え直し、顔面狙いの素早い突きを繰り出す。幾ら速くても直線的な動き……と認識。
首を横に傾げて最小限の動きで避けるも、右頬に一センチの赤い線が入り、少しばかりの出血。
刃に触れた傷ではなく、鎌鼬だと即座に見破るが。だからどうした?と言いたげに繰り出されるは。
突きには向かない大太刀での連続突き。常識的な反応なら距離を取り、相手の動向を探るだろう。
だがルシファーは逆に進む。身を捻り時に屈み、迫る切っ先から刀身に向け、小太刀で受け流しながら。
「此方の刀身、その側面を滑らせ受け流すか」
「長物はリーチこそあれど、懐へ入り込まれれば対処は出来──るっ!!」
冥刀は斬った存在に対し、持ち主の任意で効果を発揮する妖刀。ならば、刃に触れなければいい。
妖刀の側面をピーラーで削ぐ様に、摩れる金属音と共に懐へ潜り込んだルシファーは突然……
右足の踏み込みを前進から急遽前方へ弧を描く跳躍に変更後──シナナメの左膝が空を蹴り上げる。
「生憎、その動きは読み通りだ」
(対空と着地狩りが来るぞ、ルシファー!)
「執拗に思う程の反復練習を繰り返し、無意識下で行える様にする。それこそ、身に付ける行動!」
跳躍中に弧を描きお互いに頭上を向け合う刹那。ゼロの忠告通り、振り返る動作を利用した横薙ぎ。
されど斬ったのは魔力を帯びた残像。空振った勢いのまま、一秒遅れて着地したルシファー目掛け。
遠心力を加え、威力と速度を増した回転斬りを繰り返すシナナメ。動くにはタイミングが合わない。
ならばと逆転の発想と行動。着地時の踏ん張りをわざと止め、力を抜き上半身ごと深く屈み回避。
「魔王流──」
(これは……蛙の跳躍を利用した技!?)
「妙技・ベールゼブフォ!」
押し込まれたバネが跳ねる様、屈んだ両足に強化された筋肉が力を込め──跳び跳ねる。
妙な技……妙技とは上手い事を言う。されどその威力は馬鹿には出来ず。
咄嗟に反応した上、刀身を横にし、逆手持ちに変更し繰り出す切り上げを防ぐ彼女も流石だが。
強化された脚力が生み出す勢い・加速力・不意打ち気味な一撃に後退し、よろめき、両腕も上がる。
振り上げ切った二振りの刃先を今度は下降と共に、頭へ丸呑みを連想させる振り下ろしを繰り出す。
「ッ……ベールゼブフォ。後期白亜紀に存在し、孵化直後の恐竜すら喰う蛙の名前か」
「ほう、詳しいな。その通り。今の一撃で勝負を決めるつもりだったが」
「戯れ言を。我らの死合い……こんな遊戯で終わる訳が無かろう」
取った──と思いきや。右足で踏ん張ると二振りを睨み、刀身の面で左手の白姫だけは受け止め。
瞬時に距離を取ろうとするも。右手の黒姫だけが微かに彼女の左頬を掠め、一太刀だが漸く返す。
なれど……ルシファーの表情や心境はその逆。意識を相手に集中させ、顔は真剣そのもの。
一撃を与えたからこそ、より慎重に。より綿密かつ大胆な行動が求められる。
選択ミスを一つ犯す度、彼女の刃が死神の鎌となり少しずつ首に迫る。シナナメと話ながらも。
色々と考えている。対する彼女はこの緊張感漂う斬り合いを遊戯と言う。いはやは……恐ろしい。
「まあ良い。これが最後の勝負……ならば、此方も切り札を切るまで。スキル発動、虚無斬鬼」
(この感じ──あの娘、刀と自身を一身化させてる!?)
(シナナメ自身が冥刀と一身化?すると、どうなるってんだよ霊華)
構えを解き、自身も切り札を切ると言い、スキルの発動を発言。した途端──場の空気が変わる。
二人の張り詰めた空気が、冥刀の発する異常な気配に呑まれてしまう。どう表現すべきか?
例えるなら……親族の中に連続殺人犯が紛れ込んで居ると自分だけ知ってしまった様な感じ。
霊華曰く、人馬一体ならぬ人刃一体。と言われても、詳しい内容を知らなければ危機感も無い。
(凡ゆる概念すらも斬る修羅と化す。つまり、彼女の理性や心はもう……存在しない)
「妖刀に全てを捧げ、自ら狂戦士に成り果てると──はぁぁっ!?」
説明を受け、理解する。今目の前に居るのはシナナメであって、シナナメに非ず。
妖刀が彼女の体を操り、自身を振るわせる為の肉塊。漫画とかでも見る、妖刀に乗っ取られた系。
油断は無い、視線も外していない。それでも彼女の動きを捉え切れず、気付けば既に目前。
右手のみで大太刀を振り上げ、叩き付ける様に振り下ろす。黒姫が体ごと右側へ強く引っ張り──
間一髪、即死と言う最悪の展開を脱する。ある意味、この二振りも妖刀の類いかも知れんが……
「真逆だな。冥刀は血を求め、黒姫と白姫は誰かを救う為。であれば、やるべき事は一つ」
(えぇ。そんな妖刀、天狗の鼻みたく根本からポッキリへし折らなきゃ……!?)
観察と避難も含め、崩落したビルを背に隠れながら、此方を探し辺りを彷徨くシナナメ……
だったものを見る。首は動いていない、右手に持つ冥刀が探知機の様に、腕を左右に振る。
自身が持つ刀と彼女の刀。彼・彼女らが求める願望は真逆で、危険な妖刀は折るべきと霊華は言う。
次の瞬間──白姫と黒姫を持つ手が急に重量を増し、両腕が地面に着き半ば強制的に屈む姿勢へ。
刹那、半面崩落したビルに横一線が走る。丁度屈んでいなければ、首を切り落とされていた位置に。
「すまない、白姫、黒姫。助かった……とはまだ言い切れんな」
「うがああぁぁあぁぁ!!」
(嘘だろ?!あの感情を表に出さなかったシナナメが、喚き叫んで暴れてやがる!)
両手に持つ二振りに向け、感謝と謝罪を込めて話し掛けるも……助かったのは一時的。
立ち上がり背後を振り向けば、空いている左手で頭を押さえ、右手の冥刀を振り回し現在暴走中。
ゼロが驚く通り、これまで明鏡止水──感情や表情も波風立たず、乱れる事無かったシナナメが……
苦痛の余り目から涙を流し、感情のまま叫び暴れる。正直、見ていて痛々しくすら思う程。
「我らが王よ……今、シナナメをアレ程苦しめているモノは何だ?」
(いやいや!?見れば分かるだろ!スキルと冥刀だって)
(ゼロ。ルシファーが聞いてるのはそんな表面上の回答じゃないわ。もっと──根本的な話)
此方へ襲い来る余裕も無い今、ルシファーから名指しで訊ねられ。ゼロが代わりに答えるのだが……
求めている解答は、霊華が言う通り表面上の話ではない。根本から、彼女を救う為の方法。
だからこそ『覚え』、心を痛めた。切り捨てた筈の過去が蘇った結果、精神崩壊が起こり。
冥刀を制御出来ず、半分以上コントロールを奪われ暴走している。ならば──紋章の力で!
「感謝する、我らが王よ。シナナメ、心を思い出せ!暴走状態で俺との決着をつける気か!!」
「ルシ、ファー……私、は……奴ヲ斬レ。奴ヲ斬リ、ソノ血ヲ我ニ吸ワセルノダ!」
「黒姫?!……そうか。奴を斬れと言うんだな。承知した、行くぞ!」
冥刀を制御させる為、心を思い出せと叫べば此方の声に反応し、振り向き苦しげに返答する中。
渋い男性の声が聞こえ、此方を斬って血を吸わせろと言い出す。アレは恐らく、冥刀・久泉の声。
それに対し黒姫が冥刀に刃先を向け、握る手を通じて意思を伝えれば、ルシファーは相手の前へ。
「ルシ……ファァァァッ!!」
「来い、シナナメ!自分自身の心で、意思で──俺を倒して見せろ!!」
自身へ向けられる敵意、意識に反応したのだろうか?獲物を求め此方を振り向き、叫ぶ声。
それはシナナメ本人と、冥刀・久泉の声が入り交じったモノ。彼女へ呼び掛け、刀に呑まれない様。
彼女自身の力と心を持って、己を倒して見せろと力強く言い放ち、二振りの小太刀を構えて見せる。
……そうだよな。ルシファーが戦いたいのは、全力を出したシナナメだ。冥刀が操る彼女じゃない。
「斬ル。切るkill切る斬ルkill!!」
「引っ込んでいろ、冥刀・久泉!!今俺が戦う相手は、既に予約済みだ!」
剣道や剣術も知らない子供が竹刀を滅茶苦茶に振り回す様な、デタラメに刀を振るい迫る彼女。
声と行動から制御は冥刀寄りと理解し、遠回しに彼女を出せと言いながら両手の二振りで受け流し。
仕返しにと切り返すも、シナナメの防衛本能が働いているのか。全て刀身で受け止められる始末。
人刃一体……クソ厄介な冥刀を達人級が持つと、これ程までに危険極まりない存在に成るとはな。




