晩餐 -If you haven't changed your mind-
『前回のあらすじ』
戦闘不能状態のエックスを逃がす為、紅心とリバイバーがシナナメの手から冥刀を弾き、チェックメイト。
の筈が……足下にあったマンホールを拾い、剣術舞を取り入れた舞いに手痛い反撃を貰い、紅心は灰化。
リバイバーも冥刀で心臓を刺され消滅。追う時、同僚の何も知らないミミツに邪魔をされ、追跡を断念。
終焉が現れ、俯瞰視点で視ているエックスに決着場所と日時を伝える。決戦まで後──二日。
「おはようございます。ご主人様」
目が覚めるや否や、オラシオン専用メイド服姿のアイが目覚めの挨拶と共に、ご主人様と呼ぶ。
誰がお前のご主人様か!とホテルのベッドから起き上がり言ってやろうとするも……声が出ない。
体は自由に動くものの、声だけが発声されない。本気を使った弊害か、それとも制御不足故か。
幸い口は動く為、読唇術を使えるアイには通じる。不安要素は当然……コイツが正確に伝えるかどうか。
取り敢えず。返事がない此方に首を傾げ、右人差し指を自身の唇に当てるアイに現状を伝えると。
「成る程。本気を使用された弊害、もしくは制御不足から来る後遺症と判断された訳ですね」
『では、タイムラグは発生しますが、私と同じく筆談も良さそうですね』
しっかりと理解し、ホテル内に居る二人のオラシオンに説明してくれたのは、正直助かる。
それに続き、トワイがスケッチブックに書いた文字から選択肢を貰い、思わずそれだ!と指を指す。
とは言え、自分は右利き。残された左腕では上手く文字が書けないし、食事もままならない。
「それで?アイツらとの決着はいつ?」
「我らが王曰く、二日後。今現在から言えば、明日の午前十時に相手側の拠点にて……ですね」
「何それ!?わざわざ罠を仕掛けてる場所に、自ら足を踏み込みに来い!って言ってるのと同じじゃん!!」
『しかし、我々に拒否権はありません。貴紀様の寿命は明日一杯が限度。それを逃せば……』
ベッドの端に座り、胸元で腕を組みながら上半身を捻り此方を見つつ訊ねる。
いつも当たり前に使っていた言葉。それが突然使えなくなると、想像以上に不便なものだと痛感。
自分の口パクを通じ、アイが答えるも──シオリの反応・憤慨は当然で、不平等でもある。
肌が一般的な肌色から褐色へ変わる程怒る。対照的にトワイは冷静沈着。拒否権が無い点を伝える。
気付けば旅立ちからもうすぐ一年。しかも何の因果か、寿命最後の日が自分の誕生日と言う皮肉。
「……ねぇ、勝てるの?最悪その二人に勝てたとしても、三連戦目で魔神王と戦う確率だってあるのに」
「復活の時期に重ねて来た辺り、その可能性は極めて高い。けれど、勝たなければ我々に未来は無い」
『何か、勝率を上げる方法はないのですか?』
怒りが収まり、褐色から元に戻るシオリが不安気味に、最悪のケースでも勝てるのかと聞いて来た。
正直、勝ち抜く可能性は極めて低い。そもそも、残った連中は最強格と準最強格候補者。
本気を出して勝っても、連戦になればなる程消耗するのは此方。体もそうだが、心が持たない。
連日残業で精神的、肉体的に疲弊して元気が出ないのと同じ。無理をしても心身が壊れるだけ。
連戦を乗り切り、魔神王を倒す確率を上昇させる方法はないのか?と聞かれ、アイは目を閉じて悩む。
「あるけど、それを本人が望むか否かは別。我らが王のみならず、私達にも選択を求められるわ」
「……その話、詳しく聞かせて貰える?」
アイが考える、勝率を上げる方法は──知っている。ただ、個人的には求めないし、聞きたくない。
そんな後ろ向きな気持ちもあり、三人を残し一人部屋を出る。誰も居ない、ホテルの通路を歩く。
深紅の床を見ると、義父さんとリバイバーを思い出し、胸が締め付けられる。悲しいのに……
涙が出ず、泣けない。大切な存在を失った胸の痛みを抱えたまま、エネルギー補給に食堂へ向かう。
都合良く電気はまだ通っているらしく、一階にあるキッチンへ足を運ぶと──
「いいところに来た……少年、料理を作って欲しい」
「すみません。どうにも、この時代の機材とやらの使い方が分からなくて……」
生ける炎の紅瑠美と大将──もとい、古き親友・ベーゼレブルの一人娘、小山巴が居た。
どうやら、機械文明の調理機の使い方が分からず、迂闊に手を出せないところへ自分が来たらしい。
隣に立つ巴に教えつつ、紅瑠美にいつぞやの約束を果たすべく調理を始める。とは言え……
余り時間はない為、凝ったモノを出せず。出汁巻き玉子、水溶き片栗粉を使った鯖味噌の二品に。
「んっ!?少年……腕を上げた。合わせ出汁と焦げ目の無い半熟玉子の甘味が実にベストマッチ」
「この鯖の味噌、長時間煮込んでないのに味がしっかりしてます!」
自身の分も含め三人前作ったが、概ね好評らしい。義母の力になり、喜んで欲しくて覚えた料理。
久方ぶりに作るし、食べるけど……うん、やっぱり味覚が無い。能力を使って無理矢理作ったものの。
誰かが喜んで食べてくれるのは、心の健康に良い。無理をして報われないギバーよりは、断然良い。
「………少年。旅を止める気は、ない?」
「紅瑠美……さん?」
「少年、気付いてる?この世界は大樹から伸びた細い枝先。例え少年が幾ら頑張っても、先は……無い」
「えっ?!」
料理を食べ終わった紅瑠美から、旅を止めないか?と提案され、その質問に戸惑う巴。
彼女らの方へ向くと、問い掛ける様に言葉を続ける。かつて──アニマが言っていた発言の意味を。
木は枝を伸ばし、成長する。けれど……枝は葉を付け、花を咲かせる他に変化は無い。
何者かに折られ、切られ。いつかは内側から蟲に喰われたりして、木と共に死ぬ。
仮に枝先を伸ばせても一時的なもの。木、本体が腐っては意味をなさない。多分、この世界は……
「無駄かどうかを決めるのは彼の心だけ。私達がとやかく言う必要性は無い筈よ?」
「同じ結末に収まる以上……無理に苦しむ必要性も無い。私はそう思う」
真実を理解する中。琴音がキッチンに現れ、結果をどう捉えるかは、本人次第と口を挟む。
それに対し、紅瑠美も負けじと反論。当人を蚊帳の外にして言い合う二人に付き合えず、席を外す。
キッチンの外。ロビーのソファーへ座り、目を閉じ仮説を考える。この世界が手折られたとすれば?
確かにそのままでは先が無い。が……自分に与えられた二ツ名、世界の破壊者とワールドロード。
これを挿し木にする職人と捉えたら?小さな世界からまた大きく、可能性も広がるだろう。
「起きなさい、坊や!」
「これまでの疲労を考えれば、このまま寝かせてあげるのに賛成だけど……」
『このホテルに残された食材で、各々最後の晩餐を作りました。どうぞ、召し上がってください』
右頬を引っ張った上、会話を耳にして目を覚ます。其処はロビーではなく、バイキング形式の食堂。
そして何故か、アイにお姫様抱っこをされ。シオリは此方を覗き込み、心配してくれている様子。
降ろされた場所は、十人は囲めそうな円卓の席。ヴァイスに席を引かれ、座れと言う合図と解釈。
席に座れば椅子を押され、他の八人も各々席に座る。左隣に座ったトワイから晩餐会だと言われ納得。
「決戦前の晩餐会よ。思い残す事が無い様、思う存分食べなさい」
皆で食卓を囲み、各々談笑や勝ち取った先の未来で何を行い、望むのかと口々に話す。
其処までは……覚えている。いや、覚えていた──が正しいだろう。目が覚めた時、ホテルには……
誰も居ない。アレは夢だったのか?断じて否。起きた場所はあの円卓で、皆の衣服が。
円卓に倒れ込む自分に向け、落ちていた。同時に疲労は回復し、喉の調子も良さげで声も出そう。
本当は……理解している。故に、自分が座っている椅子に掛けられたロングコートを着て、決戦の地へ。
「……来たか。この先へ進みたければ、私を倒してから行け」
(シナナメ……俺達ノ戦イニ終止符ヲ打ツゾ。後顧ノ憂イハ今、此処デ断ツ。他ナラヌ、我ラガ王ノ為ニ!)
崩壊したビル群に左右を挟まれた一本道。其処で立ち塞がる様に待ち受ける一人の女剣士。
此方を一目見るや否や。背中に背負った大太刀を器用に右手で抜き、切っ先を自分に──
いや。自分の中に居る好敵手、ルシファーに向けて挑戦状を叩き付け、彼もやる気を出す。
この後に続く、終焉との決戦に余計な邪魔を招かせぬ心遣いから。また、彼女を救いたいが為に。
「十秒待つ。その間に……変われ」
(心配ハ無用ダ。王ハ大将戦マデ疲労回復ニ集中シテイロ。俺ハ必ズ勝ツ……王ガソウ信ジ続ケル限リナ)
「四……三……待ちわびたぞ。ルシファー」
「此方もだ。これは王に協力せし者達が俺の為、延いては我らが王の為に打った刃──」
これ以上は待たん。と、唐突に始まったカウントダウン。秒読みが進む中、ルシファーと話す。
自身が此処で戦うのは、終焉との戦いに少しでも全力で挑める為だと。その言葉を聞き、彼と交代。
三秒前に間に合い、下ろす切っ先。応える様に左手を横に伸ばし──集束する光から取り出すは。
謎の藍色で細長い袋を掴み、抜き出す……右端は赤と黒、左端に青と白の勾玉が描かれた柊仕立ての鞘。
「私と斬り合う為の新しい得物は……長物の太刀を選んだか」
「否。俺が決着に向けて選んだ得物は──長物の太刀に非ず」
その長さ……百六十センチ。シナナメからしても、新しい武器は長物の太刀としか思えないらしく。
思った事を言うも、ルシファーは長物ではないと否定しつつ、両手で柄と鞘の端っこを掴み。
左右に引き抜く。陽の光に照らされる──右手に真紅、左手に蒼白の刃を持つ刃長・一尺七寸の小太刀。
蒼白い刀身の根本には『白姫』、真紅の刀身には『黒姫』の二文字が彫られている。
「我らが新たなる刃──麒麟・白姫、黒姫よ。天裂き轟く雷纏い……その刃にて百邪を討て」
特に構える行為はせず、姉妹刀を両手に持ったまま、ゆっくりとシナナメに向かって歩く。
発する言葉に反応する様に、白姫は蒼と白。黒姫も赤と黒が入り混じった雷を、その刀身から放つ。
意思を持つ刀が放つ雷は持ち主に危害を加えず、触れてもいない地面に軌跡を残し、赤く溶解させる。
もし君の、あなたの気持ちがまだ変わっていないのであれば……私達は応えましょう。
両手に持つ姉妹刀が柄を通じて、自分とルシファーの心に、そう語り掛ける。




