殿役 -give-
『前回のあらすじ』
精神世界の図書館でマジック改め、素顔と本名を明かした神無月水葉と話をするエックス達。
悪い情報が魔神王の復活が二・三日後。良い情報はサクヤ達の救助を終えたと教えられる。
対にエックスの能力が判明し、魔神王に唯一無二対抗出来ると話は進み、全てを終えた後を聞かれるも。
絆達が言葉を代弁。話が纏まる中、精神世界が突如として揺れ始め、一行は現実世界へと戻るのであった。
精神世界から外──現実世界へ意識が戻り目が覚めるや否や、眼に映るのは紅心の焦る顔。
息を切らし、常人と同じ速度で走る姿。両手で抱き抱えられ、正直唐突過ぎて状況が全く掴めない。
本気を使った反動か。感知や能力は使えず、指一本すら動かせない程の気だるい疲労感に襲われ。
四十度代の高熱で寝込んだ頃を思い出す。あの頃は成人済みで、誰も看病する人は居なかったな。
「戻ったか。状況を説明する。魔神王に俺達の行動がバレた。いや、正確には泳がされていた……だな」
話は耳に届くし、話の内容も理解出来る。けれど……言葉一つ話せない。口が全く動かない。
追っ手は誰だ?撃退しなくては。頭は動ける時と同じ思考をするも、体はそれに反応出来ない現状。
話からサクヤと闇納の戦いで聞いた──『純化した存在は我ら、終焉の闇の餌も同然』。
と言う内容を思い出した。即ち、御馳走が出来たから食べに来た、と認識すべきか?
「答えなくていいから聞け。あの本気を使うのは最低でも後二回に留めておけ。アレは本気でヤバい!」
(まあ、ヤバいのは確かにそうだよな。反動の疲労感と脱力感で宿主様、口や指一本動かせねぇし)
「それを破ったらお前は……この世から完全に存在が消える。何故我が子がそんな思いを……!?」
ビル郡の裏通りを走りながら、自分に対し忠告を言う紅心。言われずもと、可能なら二回で留めたい。
水葉先輩が何故、精神世界を対話の場に選んだのかも今、不足分を改めて理解した。
『 』を制御した後は脱力感・疲労感が凄まじい。何故か、多分だけど……最低十分間休めば、動けそう。
本気云々に限らず、残り三回も戦えば……自分の消滅は確定。それを痛感する時、紅心の足が止まる。
「もう先回りされて──っ、執拗に撹乱したんだがな」
「先回りも何も。既に此処が拠点だと言う事は……調べがついている。後は此処で待てば良い」
声と会話から察するに、どうやらシナナメが拠点の大型スーパー前で待ち伏せしていたらしい。
追跡撹乱目的で倒壊したビル群を走っていたのか。けれど、戻る場所が判明済みなら下手な追跡より。
シナナメが言う通り、待っていれば良い。いつの間に調べられていたんだか……
視界に映る紅心の表情に余裕は無く、悔しげな顔から流れる冷や汗が、自分の左手の甲に落ちる。
「さあ──ルシファーを出せ。此処で……奴との決着をつける」
「シンさん!」
「リバイバー!中はどうなってる!?」
背中に背負った大太刀を右手で抜き、此方へ鋭い切っ先を向けルシファーとの決着を求める彼女。
スーパーの店内からリバイバーが飛び出し、紅心の隣へ駆け寄れば、恐らく店内の状況を聞くも。
問われた本人は目を閉じ、静かに首を左右に振る。その返答が信じられず、俯瞰視点で覗くも……
誰も居ない。鮮魚・精肉・野菜・菓子・冷凍・酒コーナー、二階の衣服や三階・眼鏡や本屋の何処にも。
他の違いと言えば、リバイバーが藍色の細長い……竹刀を持ち運ぶ様な袋を持っている位。
「……仕方ない。僕が殿役として彼女を食い止める。その間に我が子を、最後の希望を避難させてくれ」
「なら──俺も残る。貴紀さんを運ぶのは、シンさんのメカでも出来るだろ?」
「そう来たか。確かに出来ない事はない。それなら──っ!!はぁ、はぁ。時間稼ぎと……洒落込もうか」
紅心は俯いて少し考え込み、顔をあげるや否や。冷や汗を流し、自身が殿役になると言い。
背後に自分を寝かせ、撤退する為の時間を稼ぐ覚悟を決め……リバイバーは此方に謎の袋を置き。
自分から急造武器を奪うと紅心の右隣へ立ち並び、運送はメカに任せ、自身も時間稼ぎすると進言。
その決意は覆らないと知り──義父さんは五機のメカを呼び出し、自分を戦闘機に乗せ……
何を思ったか。左手で自身の右腕を根本から切断。人型ロボに右腕を託し、優しく微笑む。
「……何の真似だ?」
「何。全てを我が子らに託したのさ。これで心置きなく、戦えると言うものだ」
突然の自傷行為に、何の真似かと問い掛うシナナメ。メカ達の撤退を見送った義父さんは振り返り。
心残りを払うべく。自分達に未来を……全てを託したと満足げに言う。今、満足に動けるのなら……
喋れるのなら……貴方と共に戦い、親子一同でシナナメと言う脅威を退け、笑顔で勝利を噛み締めたい。
「願わくば……我が子らの結婚式に参加したかったな」
「それなら生き残って、絶対に貴紀さん達の晴れ姿を見た上、祝辞も言おうぜ」
「ふふっ。その時は是非、君にも参列して貰いたい。友人枠としてのスピーチが、今から楽しみだ」
強敵を前に繰り広げられる、二人による死亡フラグの乱立建造。シナナメも呆れ返っとるがな。
もうやめて!それ絶対に故郷に身籠った妻が居る兵士とか、戦死する奴の常套的な台詞だから!!
自分がツッコミ不在の恐怖を味わいつつも、対面する二人のやる気は満々で各々身構える。
リバイバーはスリングショットを左手に。義父さんは何も持たず、右腕の出血も既に止血済み。
「……ブレイブ。貴方は破壊者との戦闘で既に疲弊済み。全快時なら兎も角……今の貴方は相手にならぬ」
「そうだね。けれど……」
「──っ!?」
自分との戦闘後で疲弊。更には自ら右腕を切り離し、本気も出せず飄々とした様子ながら。
額から汗を流す姿は……シナナメからすれば、既に四天王と言う強者ではなく、弱者認定なのだろう。
義父さん自身もそれを認め、けれど……と言葉を続けた直後──シナナメが両手で刀を振り上げる。
も……気付けば義父さんは屈んだ状態で相手の懐へ潜り込んでおり、押し込んだバネが跳ねる様に。
勢い良く、小さく前へ跳び。左腕で振り下ろされる両腕を止め、右跳び膝蹴りを腹部へ叩き込む。
「何も本気を出せない。万全じゃないから弱い……なんて事は無いんだよ。我が子らの様に」
「す……凄い。片腕で攻撃を封じつつ、がら空きの腹に膝蹴りを同時に叩き込むなんて!」
トワイの記憶世界で闇納と戦った序盤。此方がやられた、攻撃の初速を殺せば絶大な破壊力を失う。
それを易々とやり遂げ、シナナメの安易な発言・思考を有言実行で簡単に打ち砕いて見せた。
受けた当人は体が浮き、吹っ飛ぶ事こそ防ぐも。後ろへ押され、右膝を地に着け左手で腹を押さえる。
「この威力と感触……その脚、何か仕込んでいるな?」
「ご名答。僕は足癖が悪いから生え変わりの鱗を専用グリーブに加工し、袴の下に履いている」
立ち上がりつつ、威力と感触の正体を言い当てるシナナメに正解と返し、ネタばらしに袴を捲り。
足元は草履と白いソックスに見えるも、恐らくこれもグリーブの一部。
足首の上から膝まで覆う、真紅の甲冑らしき防具には目を奪われる程光沢があり、鑑賞用に欲しい程。
より固い装甲は攻撃にも使えるとは聞くが、実際に脚技として使う人物は初めて見た。
「リバイバー君、援護は任せた。僕が──攻める」
「はい!」
「ふっ……ルシファーと決着をつける前の、準備運動に丁度良い」
姿勢を低くし、両手を地に着けたクラウチングスタートのまま、背後のリバイバーへ向け。
振り返らず援護を頼み、自身が攻め込むと伝えれば。元気良く返事をし、それを見たシナナメは……
ルシファー戦前の準備運動と認識し、改めて刀の柄を両手で握りれば、鋭い目付きで二人を睨む。
「「──ッ!!」」
「は……速い。速過ぎて……目で、追い切れない」
素人目では出鱈目、滅茶苦茶な振りをしてる様に見えるも。シナナメの攻撃は的確に義父さんを捉え。
対する義父さんも振るう先を眼と勘で読み、足の位置と軸ずらしで的確に避け。
左人差し指で相手の上半身や脚を突くも、効果は見受けられず、ダメージも無さそう。
それが常人の目には高速で行われている為、援護を頼まれてもタイミングが分からない様子。
「チッ……嫌な距離を押し付けてくる」
「戦闘はそう言うものさ。自身の得意を如何にして相手に押し付けるか──ね」
シナナメは自身の身長を超える大太刀を振るう為、間合いは先端や中腹が届く中距離がメイン。
されど。義父さんは自身の得意な手が届く近距離から全く離れず、相手が離れても自ら飛び込み続け。
脚払いや膝蹴り。鞭の様に振るう脚技を間一髪で避け続けられているが、相手の精神的疲労は大きい。
刀に当たれば折れる可能性が強く。かと言って直撃を貰えば膝を着く程の一撃が連撃で襲い来る。
更に──注意を義父さんに向け続ければ、背後や側面からリバイバーの撃つ小石が集中力を奪う。
「「貰った!」」
「しまっ……」
シナナメの振り下ろしに合わせ繰り出した、その場で引っくり返る様に縦の弧を描く蹴り。
義父さんの右足サマーソルトキックが相手の左手に当たり、スリングショットから放たれる小石が。
上に浮かされ、残された右手に直撃。玉次第だが……缶に命中すれば銃声と聞き間違える威力を受け。
刀は手からすっぽ抜け、左側へ横回転しつつ地面を滑り、持ち主から離れて行く。
「命まで取るつもりは無いが、此処でリタイアして貰うぞ」
「貴紀さん達とアンタの決着を有耶無耶にするのは気が引けるが、これも貴紀さんの為だ!」
即席にしては見事な連携プレーを見せ、武装解除へ持ち込む二人。
痛む右手を左手で包む様に触れ、大きく後退し屈み込むシナナメ。警戒を緩めず、歩み寄る義父さん。
如何なる反撃行為をしたとしても、対応しようと左側面に回り込み、身構えるリバイバー。
これなら、仮に冥刀を取りに行こうとしても妨害なり阻止はし易い。この辺りは電灯位しか無いしな。
「…………」
「これで、トドメだ」
「っ、動いた!」
視線だけを動かし、辺りを見渡すシナナメ。しかし武器になる物は無く、あっても小石等が精々。
鋭い右回し蹴りを繰り出す寸前、彼女は刀が落ちている方へ飛び出し、回し蹴りを回避。
動いたのを視認後。パチンコのゴムを引き、手に持った小石を連続してシナナメ目掛け撃つ。
避ける素振りは無く、何故か立ち止まっている彼女の後頭部に命中するのは数秒後と確定。
後は気絶なり行動を少しでも阻害出来れば、義父さんが捕縛なり何なりとやれる筈だ。




