水葉 -vanitas-
『前回のあらすじ』
最終試練。怒濤の連戦を乗り越えて得た、僅かな休息。エックスに宛てに飛ばされる気配。
それは紅心からの呼び出しであり、拠点のスーパーから離れた公園へ誘い出す。
何気無い会話、送られる感謝の言葉、衝撃の事実が紅心の口より飛び出し、驚くゼロ達。
父親として。一人の戦士として。彼は自身と言う試練をエックスにぶつけるのであった。
生前は──父親に何とも思わず、血の繋がった赤の他人。それが個人的な感想。でも今は……
目の前に立ち塞がる壁を乗り越えたい。強く、優しく、勇気ある勇敢な戦士を。
白装束に青い袴衣装で全く動かない紅心。一足で飛び込み、左手に持った破王を右側へ振れば──
「っ!?」
「失った右手に比べ、振るタイミングが二秒遅い」
勢いが付く前に此方の左腕を左手で押し止め、流れ作業の様に自分の眼前に右手を配置。
減速は間に合わず、自らカウンターへ飛び込んでしまい……額に掌底を受け、仰向けに滑り込む。
此方の力を利用した後手の戦法?!ガンガン攻め込む霊華の合気道とは真逆のスタイル。
追撃を避ける為に体を捻って起き上がり、紅心が居る背後へ振り返るも……姿が見当たらない。
「アンチとは嫉妬や憎悪、己が理想との違い、他者を見下す腐れ外道を指す言葉だ」
「は、速……」
「性根や心も消費期限さえ超えて腐敗し、他者を支配したがる。人類が滅びた原因の一つに該当する」
俯瞰視点で姿を見付けても、本体が見えるのは一秒にも満たない上、此方の体が反応するよりも速く。
円形に残像を残しながらの辻斬りならぬ轢き逃げを繰り返し、アンチを人類が滅亡した原因と発言。
返事や対応すら許さぬ高速移動。これに対抗出来るのは現状、愛のsin・第三装甲しかない。
「sin・第三装甲無しじゃ対応出来ない?まあ、時の揺り籠から落ちた赤子じゃ仕方ないな」
まただ。此方の心を見透かした様な発言、冒険者が洞窟で宝物を護る竜に睨まれた様な鋭い目付き。
普段なら絶対に使わない彼からの見え透いた安っぽい挑発。なのに……無性に心が燃える。
魂に稲妻が走ってはぶつかり合い、火花が跳び散り、燃え盛る炎の様に胸が熱い!
すると──何故か強制的に発動していた両眼の俯瞰・過去視が収まり、肉眼が紅心を捉え始め。
追い掛けたい、追い抜きたい。対抗心が沸き上がる程。右脚に青と白、左脚に赤と黒の稲妻が走る。
「短期決戦!火事場が発動する前に必殺の一撃で──蹴りをつける!!イグニッション!」
(ちょっ、あの眼……本気なの!?本気で息子を)
(宿主様!!どうすんだよ!)
背後から来ると予知し振り返る次の瞬間。右手で首を掴まれ、紅心はその場で右足を軸に大回転。
七回目の回転で此方を空高く放り投げ、点火の言葉と共に紅蓮の炎を身に纏い、高く跳び上がり。
繰り出すは右足による跳び蹴り。蹴りで迎撃を考えた直後──警告の様に直感が死の未来を見せる。
迎撃するも弾かれ、腹部に受け胴体真っ二つに成ると。旦那の本気に焦る霊華と父親に恐怖するゼロ。
死が迫る中……走馬灯が脳裏を駆け巡り、今までの旅を一瞬で思い出す中に、気になるワードが。
『今の貴方は一般人男性と同じ。弱った今は園児位の力しかなく、本来の力も一瞬しか出ない程』
フォー・シーズンズでトリックを倒し、生還の一時的な代償だとニーアに言われた際の言葉。
フォーカスされる……『本来の力も一瞬しか出ない』の一点。つまり逆を言えば『一瞬』は出せる。
イメージにピッタリなのは、中々着火しないガスコンロの音。足が下を向く様に姿勢を整え──
(ドウスルモナニモ、ヤルシカアルマイ!)
「う……うおぉぉぉぉっ!!」
炎に包まれた状態で迫る紅心目掛け、左右の足で交互に蹴り込む。一発で駄目なら百、千、万!
ルシファーの言う通り、生き残る為の道は死に物狂いで足掻き続けてやる他無い。
無数の蹴りを、此方の視界全体を覆う程の迫り来る炎に打ち込み続ける中、ふと違和感を覚える。
それが確信になったのは……紅蓮の炎に包まれた直後。炎の中に──紅心が何処にも居ない!
(気迫と見た目だけでフェイントを?!)
「何処──にぃぃっ!?」
(ルシファー!!)
(皆マデ言ウナ。捉テイル!)
霊華が言う様に……あの鬼気迫る表情と雰囲気、自身の位置を把握させない熱量と魔力を帯びた炎。
たったそれだけで自分の直感を発動させ、紅心は背後へ回り込み、此方の背中に鋭く深い蹴りが炸裂。
空高く投げ飛ばされ、今度は地上へ急降下。右肩から光輝く右翼と黒く指先の尖った右腕が生え。
右翼から魔力の羽を飛ばし反撃を撃ちつつ、右腕と成ったゼロは地面へ右手を着け、激突を阻止。
「遅い遅い。それでは水面に広がる波紋を捉える事など出来ん。仮に捉えるなら、これの三倍は必要だぞ」
(クッ……言ッテクレル!!)
真っ直ぐ飛ぶ羽弾で紅心を撃つも、大空を縦横無尽に飛び回る彼には全く当たらない。
良くても、通り過ぎた一メートル後を撃つ程度。更に例え話が何処か、繋がっていない様にも感じる。
何故水面に広がる波紋を捉える必要があるのか?意味の分からなさに加え、煽る・指摘する言葉が。
ルシファーを苛立たせ、激情に飲まれて行きより速い羽弾を撃てど、燕が舞う様に動き当たらない。
そんな時──世界が止まり、自分は瞬時に理解する。彼女が……紅心と戦うこのタイミングに来たと。
「面白そうな遊びをしてるじゃない。私も混ぜて貰おうかしら?」
(親父相手に四苦八苦してンのに、マジックまで追加とか聞いてねぇぞ!)
「マジック……何の用だ。今は子供達と遊んでいるんだが」
静止した時の中で宙を舞い、紅心と話ながら降りてくる融合四天王・マジック。
ゼロの言う通り、一人相手で苦戦してるのに四天王の追加は流石に勘弁願いたい。
もし仮に戦うとなれば……一割程本気を出さないと。それですら『本気』のカウントに入るからなぁ。
再び時が動き出す。本当はぬらりくらりと上手く力を加減して戦う方が良い。それが本音だが……
「『新月』が退かされたわ」
「……そうか。分かった。では、早急に追い込むとしよう」
一言だけの内容を伝えられ頷いた。次の瞬間──目付きが変わった。我が子を愛でる様な……
優しい眼差しから一転。横目で向けられた目線からは背筋が凍り付く様な殺意の他。
背後に忍び寄る死神が、自分の首に鎌の刃を押し当てるイメージが……脳裏に走り、直感が死を訴える。
まだだ……まだやれる。本気を出さずとも、ゼロ達の全力援護を貰えれば、勝ち目は僅かにあるかも。
「そうそう。貴方には取って置きのお土産があるの。受け取るでしょう?『終焉の破壊者』さん」
「何を……えっ?」
(嘘……貴紀!?気をしっかり持って!)
何もない右側の空間に穴を開け、右手を突っ込み中から白い布で巻かれた、長さ的に人らしきモノ。
それを此方へ放り投げ、ソレは巻かれた布を解くように転げ……自分の足に当たり止まった。
開き切ったその眼にハイライトは無く、慌てて屈み左手で首や手首に指を当て脈を測る。
体に温もり等一切無く、口に手を近付け呼吸の有無や胸に右耳を当てて鼓動を確かめ、判明したのは……
師であり義姉でもあった神無月水葉の死。これは嘘、偽りだ!!外傷も無いのに──どうして。
「貴方の為に私の不老不死を解き明かそうと嗅ぎ回った挙げ句、命を落とした惨めな敗北者の姿よ」
(や……やべぇ。宿主様、過去一番に本気でブチ切れてやが……色んな意味であっちぃ!!)
何故、自分の為にそんな無茶をされたのですか?あぁ……水葉先輩──『私』の大切な家族。
まただ。また護れなかった。約束も、命も。奪ったのは誰だ?待て……これ以上怒る必要はない。
力一杯握り締める左手から、憤る心身から力を抜き、ゆっくりと目を閉じ──細目程度に開き。
右腕を横に真っ直ぐ伸ばす。指先へと走る蒼白と赤黒の雷、紅蓮の焔と青い冷気が右腕関節先で融合。
「タイ──っ!?」
「は……ッ!?」
タイム・ストップだか何だか知らんが……魔法等発動させる頭が無ければ何の問題もなく。
高速で移動するならば、動く前にその両足を切断し、両翼を無理矢理引き千切ってしまえばいい。
至極単純にして明解。簡単な話だ。瞬時に飛び込み、限定融合した右腕の刀身でマジックの頭を切断。
逆十字架状に裂き、口を四等分に。流れる様にブレイブの両足を膝関節下からすり抜け様に一刀両断。
空いてる左手で両翼を鷲掴み、先のお返しに背中を右足で蹴り強引に引き千切ったと言うだけの話。
「な、何……今の速度!?全く感知出来ない上、視る事すら叶わない速度だったわよ?!」
「紅一族の業熱をも通さない厚い鱗すら、バターも同然に切り裂く……っ」
「眠れる獅子が起きた。いえ。眠れる破壊皇の目覚め──と言うべきかしら?ねぇ……スレイヤー?」
何も聞こえない。口の動きから大体を予測するが、当たっているかは知らないし、どうでもいい。
切り裂き擦れ落ちたマジックの顔と赤い血は、逆再生をするかの様に頭部へ戻りながら喋り出す。
ブレイブも持ち前の生命力と魔力で切断された両足を繋ぎ合わせ、立ち上がるも……翼は此方の左手に。
返す。と叩き付ける様に放り投げれば、受け取り同じ様に両翼を繋ぎ合わせている。
マジックは恐れた表情は見せず、寧ろ逆に喜ばしいと言った不敵な笑みを浮かべ、此方に聞き返す。
「……返答無し。ブレイブ?そろそろ私達も本気で行きましょう。彼の本気を──限界まで引き出す為にも」
「承知した。俺達二人を相手に倒せん程度ならば、既に未来など存在しないからな」
今から殺す相手と話す必要等……無い。戦争や侵略と同じだ。相手の心情や家庭など、知る必要も無い。
ただ殺し、殺した数だけ英雄と賞される。勇者と魔王の戦いも同じ、英雄誕生の物語。
二人が魔力を体から放出する。その量と濃度に大気が震え、地面も身震いをするかの如く揺れ。
ブレイブは紅い光球となり、空の彼方から飛来する機械の体と一体化し合体。見慣れた四天王の姿へ。
「融合四天王の本気──今こそ見せてあげる」
臆する必要は無い。怯え、不安に戸惑う必要も無い。未来なぞ……考えなければいいだけ。
臆せば死ぬ。怯え、不安に戸惑えば動きが鈍る。感謝だ。小さな感謝の積み重ねこそ、人間に必要。
助けてくれる家族、仲間、戦友。そして、本気を出す覚悟を決めさせてくれた先輩に感謝を込め──
終焉の破壊者、オメガゼロ・エックス。今こそ、心の奥底に秘めた本気を……解き放つ。




