逢魔 -right-hand woman-
『前回のあらすじ』
挽回したミミツは広げた影から魔物の軍勢を生み出し、エックスとリバイバーを追い掛けて行く。
異変を覚え、時間を確認して貰うと……時刻は午後六時で固定。猶予が無くなったと理解し、攻勢に出る。
カーリ・タース・ジャッジが武具に宿り、迫り来る魔物達を次々と倒し、リバイバーの探索時間を稼ぐ。
再度合流するもミミツの影が伸び、仲間を助けようとしたエックスは右腕を代償に、全身の変貌を回避するが……
夢現に行動と言葉で答えを示せば……彼女は「やっぱり自慢のお兄ちゃんだ」と嬉しそうに言い。
後ろへ引っ張られる様に、意識が遠退く感覚に襲われ再び意識を取り戻した時。
リバイバーから離れたのに肩を借りたままの状態。更に彼は目を瞑り、今まさにミミツの影が迫る途中。
そんな時──カラスの鳴き声一つも無い夕暮れの茜空に、何処から携帯電話の着信音が鳴り響く。
「電話の着信音?一体何処から……」
「まあ、そうなるよな。──恋!」
「了解だよ。ご主人様!!」
最初は小さかった着信音は徐々に大きく、次第に合唱とばかりに着メロから着うたへ変化。
壊れて点かない筈の電灯も明滅を繰り返し、流れる曲はヴェルディのレクイエム・怒りの日へ。
眼と耳に飛び込んで来る突然の異変にミミツの影は止まり、理解を優先する様に迫っていた影は戻る。
その意味と意図を理解した自分は恋の名を呼び、返答と共に左腕から橙色の光が飛び出し。
コートの右袖口から欠損した右腕の付け根へ入れば、恋の色白で細い右腕が袖口から飛び出す。
「逢魔が時──影さえ取り込む我が百鬼夜行の怒りと恐ろしさ。思う存分に味わうがいい」
鉄柱に付いた拡声器や街中にある音を出る機材は怒りの日を鳴らす行為を止め──静寂が街を包み。
恋の持つ幻影の護符で紅心とリバイバーも含め、幻が消える様に周囲の風景・景色に溶け込む。
一人残されたミミツは手当たり次第に周囲を影の手で叩くも、全く反応も此方を捉えた手応えもない。
そんな時。ポツンと佇む電話ボックスこと、公衆電話が静寂を破って鳴り響く。
「ひっ!?び、ビックリさせて……ただ公衆電話が鳴っただけですわ。…………もしもし?」
「遊ぼう?遊ぼうよ?」
「…………た、ただの間違い電話でしたわね」
ビクッと体を震わせ驚きつつも、現状他に何もない状態だからか。彼女は電話ボックスへ入り。
恐る恐る受話器を取り、耳に当てる。すると幼い男の子が遊ぼう?と一方的に誘い、通話が切れた。
目を閉じて受話器を公衆電話に戻し、間違い電話だったと自身に言い聞かせる最中──
再び公衆電話が鳴り響くも彼女は出ない。外へ出ようとするも、電話ボックスの扉が動かない上。
影に潜っての脱出も出来ない。次の瞬間、切れた状態へ移った事を示す様に着信音が止む。
「もしもし、お嬢さん?」
「ひぃぃっ!?って、驚いて申し訳ありません、お婆様。もしや、道に迷われたのですか?」
「ちょいとお訊ねしたいんじゃがのぉ~」
ノック音が鳴り、不意に呼び掛けられオーバーリアクション気味に大層驚き背後を振り向くも。
視線を向けると外は真っ暗で、頭の上に白髪を団子の様に纏めた猫背姿で細目の老婆が一人。
老婆に対し驚いた事を謝罪し、道に迷ったのか?と聞けば、返答からミミツは肯定として捉えたらしく。
か細く弱々しい声を聞き易くする為に同じ目線となる様膝を曲げ、続く言葉へ耳を澄ます。
「足はいらんかね?」
「え?い、要りませんわ──?!」
訪ねられたのは道ではなく、足の有無。突拍子もない言葉に戸惑いつつも、不要と返答した途端。
ミミツの目線は一気に下がり、何が起きたのかと見上げれば──老婆が自身の黒い両足を持っていた。
自身と相手との間には四方を囲む硝子が張られ、影の自身に直接触れるも含め物理的に不可能。
それでも両足は気付かぬ内にもぎ取られ、歩くと言う何気ない行為を奪われて恐怖に顔を歪める。
「ゆ、夢ですわ!!これは夢に決まってますわ!そうでしょう!?」
「否。これは夢にあらず、現実なり」
「け……携帯電話から、男性の声?だ、誰だか知りませんが、私を助けてくださいまし!」
体の内側から溢れ出す理解出来ない不安、何が起きたかさえ分からない恐怖、閉じ込められた空間。
これは夢だと自身に言い聞かせる最中、いつの間にか傍にある携帯電話から男性の声で返答され。
通話先の相手が誰でも構わない。藁にもすがる思いで振り返り、助けを求めた相手からの返答は……
「答えは──断じて否。救う者居らず、理由も無し。最後に我が質問に答えよ」
「し、質問?!」
「汝らが長の最終目的を述べよ」
「た……確か天使が悪魔の為に人類を鏖殺し、救済をってひっ!?ひいぃぃ!!」
救助申請を拒否。救助者も居らずミミツを助ける理由もないと返答後、逆に質問を投げ掛ければ。
突然の返しに驚き、内容を聞けば闇納しか知らない内容で上手い嘘も無く、怯えるだけと思いきや。
終焉に続き出て来た単語──天使による人類の鏖殺、それに救済?自分が行った救済の上に……か?
そんな焦りを見せる中。受話器から飛び出した右腕に引き千切られ、そのまま吸い込まれて行き。
ますます理解が追い付かない彼女は再三、通話状態の公衆電話から聴こえる笑い声にビビる。
「私、メリーさん。今、貴女の後ろに居るの。ねぇ、知ってる?」
「な……何を?」
「終戦直後の混乱期、米兵に強姦された女性が列車に投身自殺をしたって言う、悲惨な事件の話」
メリーさんから知ってるか否かを訪ねられ、聞き返せば過去に起きた悲惨な事件の話だと言う。
戦争中、または直後等ではよくある話。戦争中、直後の情報も混乱状態だから……で闇に葬られる愚行。
当然現代でも学校・社会での虐めや弱みを握り、愚行に晒され影ながら苦しむ者もいるだろう。
通話が切れた後。両足と右腕をもがれた自身の体にすがり付き見上げる、髪の長い相手に気が付く。
「手を寄越せ……」
「か、下半身が……っ!!」
黒くて長い前髪の隙間からミミツを覗く、生者に強い恨みを抱いた鋭い右眼。
低く、されど怒りを孕んだ要求と共に腰から先の無い──いや、納まる下半身を失った腸を引きずり。
彼女に残された四肢・左腕へ自身の右手を、空いている左手を首へ伸ばし、詰め寄る女性の名は……
都市伝説でもお馴染み、カシマレイコ。余りの恐怖体験に意識を失ったらしく、ミミツは影に溶け。
姿や気配も消えた。恐らく、本体の方へ戻ったのだろう。やれやれ……追っ払うのが精一杯とは。
「お疲れ様、助かったよ。って言うか、みんな……やり過ぎでは?」
「本気を出せないアンタを守る為に、私達が代わりにやってるだけよ」
霧が霧散する様に暗闇は晴れ、黄昏時が戻って来た場面には……自分の後ろを付いて来てくれる仲間達。
百鬼夜行のみんなが居た。電話ボックスの外に居る、赤いスマホを両手で抱える浮遊人形のメリーさん。
電話ボックスの受話器を浮かす怪人アンサー、ボックス内の強化ガラスに凭れるカシマレイコ。
木製の短い杖を右手で持つ脚売り婆さん。そして──幻想の地で四人目の花嫁として結婚した。
人喰い妖怪で、漆黒のワンピース風ローブに深紅の涙型の宝石、長く綺麗な金髪と紅い瞳を持つ桔梗。
「いやはや。嫁さんが強いと夫は尻に敷かれますなぁ」
「よく言うわ。私達が危険から引き離そうと何度尻に敷こうとしても、のらりくらりと躱す癖に……」
「そらぁね。愛する妻達と大切な故郷を護る為なら世界位、何度でも救ってやるさね」
場の空気を明るくしようと道化を演じてみるも。胸元で腕を組み、呆れ顔を此方に向け指摘された為。
それを肯定した上で、愛する存在と故郷を護れるなら世界程度、何度でも救うと言い。
左手で桔梗の右頬に触れ、優しく微笑んだ。すると桔梗は朱色に染まった頬を隠す様にそっぽを向く。
「ッ~……!!」
「成る程。さて──早くこの場を離れるとしよう。シナナメや終焉が追って来ない内にね」
「そうだな。貴紀さん、早く拠点に戻ろう!」
照れ隠しで此方と顔を合わせない桔梗から手を離し、ゆっくりと一歩だけ後ろへ下がる。
此方のやり取りを見ていた紅心は微笑みながら二度頷き、胸元で両手を叩くと現在地からの移動を提案。
その提案を押すリバイバー。敵か味方かも判断つかない紅心を拠点に連れて戻るべきだろうか?
不安と疑いは拭い切れず、これ以上戦うのも難しい。やむを得ないと理解し、沈黙状態のまま深く頷く。
「……本当にいいの?」
「半分は賭けだな。そう言う意味では──頼んでも良いか?」
「えぇ。あの娘達は既に姿を消してるけど、いつでも行けるし」
まだ頬が朱色に染まったまま、歩きながら此方に訊ねる桔梗。敢えて顔を合わせず。
半分は信じたい気持ち。もう半分は敵の立場を押し出して来るかどうかの不安を吐露。
最悪の展開を阻止する為、頼める?そう桔梗に訪ねれば肯定し、メリーさん達も警戒中だと言い。
肘を曲げ左手を左肩から後ろへ向け──「ちゃんと理解してるわよ」と右手でタッチされた。
「水妖の連中が探ってるから、少しは気を緩めたらどう?」
「そう──だな。うん……やってみるよ」
暫く歩き続け、拠点たる大型スーパーに帰還。もう既に空は暗く、満月の月明かりが地を照す。
見上げるスーパーは敢えて電気が点いておらずとも、自動ドアに近付けば接近に反応し扉が開き。
中へ入るや否や、二人になれる様気遣ってくれたのか、リバイバーは紅心を連れ。
止まったエスカレーターを登り、姿が見えなくなると教えられ、不安が拭えないまま力無く返答。
「……さぁ、晩御飯に何を食べたいか、リクエストはある?久し振りに腕を振るわよ?」
「じゃあ──桔梗の食べたいモノ」
「はいはい。それじゃあ後々の文句は一切言わず、ちゃんと全部食べてよね」
出入り口近くの果物コーナーで向き合い、何が食べたいか、リクエストはないか?
と聞かれ、敢えて『桔梗が食べたいモノ』と回答。少し鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが……
一瞬ニヤリと笑った様に見えた後。彼女は出入り口へ踵を翻し、カゴ二つを買い物用カートに乗せ。
戻って来た桔梗と二人並び。何気ない日常、好きな相手と買い物が出来る幸せを噛み締める。
自分に残された──数少ない時間。最後の試練を受けている今だけ許された、残り少ない与える時間を。




