役割 -disguise-
『前回のあらすじ』
戦闘を終え、立ち去る白兎に感謝を告げるエックス。過去のトワイは偶然にもヴォール王国へ辿り着く。
国王・紅シンと出会うとオラシオンへ誘われ、試験を受ける事となり、合格し六番目の冠を得る。
立ち入り禁止の書庫へ赴き、アイ・アインスに解読・音読して貰い、オメガゼロに関する情報を知るトワイ。
彼女やアイ・アインス、エックスの共通点。それは、人類が滅びても気にしない──だった。
いつの間にか意識を失っており、目を覚ませば少し濁った白い天井が見える。あの舞台劇場ではない。
ならば此処は何処なのか?体を起こし、辺りを見渡す。左側には大きめの鏡が三枚、横に並んでおり。
右側を見れば、ハンガーに掛かった舞台劇で使うと思われる何処かの学生服や、軽装の登山装備。
誰が着るんだ?と思わずツッコミたくなる、ビキニアーマーならぬ競泳水着アーマー等々衣装が六着。
「……まるで楽屋の一室だな」
「あ……起きた?」
寝かされていた畳の上で現状把握の最中。楽屋の扉が開き、過去の旅で助けた元奴隷の少女──
結衣が入室と同時に、優しく微笑みながら訊ねてくる。トリスティス大陸を冒険し終わった後。
無意識の俯瞰視点で見た時と同じ、黒いローブに身を包み、金髪黒眼の彼女は此方を警戒したり。
不満不服の表情や態度を見せぬまま、嬉しそうな表情で右隣へちょこんと座る。
「どうして……君が此処に?」
「そうですね。詳しく話せば長く、ややこしいのですが──」
何故『此処』に居るのか?素朴な疑問をぶつけると、彼女は右手を唇に軽く当てて話す。
その言い方的に、言葉で理解するのには専門知識でもいるのだろうか?と思った矢先……
突然結衣は全身を黒いローブで覆い、何やらモゾモゾと動いている様子。そしてローブを自ら捲ると……
「じゃ~ん!どう、ビックリした?」
「えっ、えぇ~!?」
其処に居る人物の髪は金髪ではなく……水色。腕や足も先程より伸び、胸もキウイからメロン程に。
暗闇さえ照らす程に明るく、心身共に強くて憧れの人。見間違える筈もない……神無月水葉先輩だ。
昔っから手品は得意だったが、今や身長や体型まで騙せるレベルになってるとは。
本人は手品気分かも知れないが、此方としては理解が追い付かん。それと──
「水葉先輩……っ!!」
「……うん。君はよく頑張ってる。それから、ごめんね。お義姉ちゃん、あちこち行っちゃって」
現れては消えて──を繰り返し、挙げ句の果てには四天王に追われるお義姉ちゃんの無事を知り。
普段意識しているオメガゼロとしての自分。弱音を吐いては駄目だと、無意識に張っていた緊張が解け。
また……目の前から居なくならない様に強く水葉先輩に抱き付き、みっともなく泣いてしまった。
こんな情けない自分を受け入れ、自身の行動を謝る先輩。改めて──自分自身の弱さを痛感する。
「ねぇ……お義姉ちゃんを抱いてみない?」
「抱くって。もしかしなくても、そう言う意味……だよね?」
「お義姉ちゃん。貴くんになら、初めてをあげても──いいよ?」
弱味に付け込む様、耳元で囁かれる背徳的で甘美なお誘い。師匠と弟子、義姉と義弟、先輩と後輩。
言葉の意味は理解している。けど、確かめたかった。本当にシてもいいのか?一時の感情ではないか?
期待と不安が入り交じり、これが返答だと再度耳元で囁かれた直後。仰向けに押し倒され……
視界に映る先輩の頬は微かに朱色に染まり、微笑む顔が妖艶で、眼を直視すると……意識が霞む。
「頂きま~す」
最後に覚えているのは、その言葉だけ。何をされたのか?何をしたのかさえ思い出せない。
喰われたのか喰ったのか、それさえも。意識がハッキリとした後、先輩の姿は何処にも無かった。
夢にしては生々しく。最近はヤる暇は無かったが、先輩に欲情するのは駄目だろ……と自己嫌悪。
楽屋の外へ出ると、此方を見付けたスキンヘッドの人物が重量感のある音を鳴らし歩いてくる。
「どうした。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「……いや。ちょっと、現在地を把握し損ねてるだけだから」
「そうか?此処は舞台劇場の裏方、要は役者が休憩したり準備する為の楽屋だぞ」
此方の正面で足を止め、元ギルドマスターの小山太郎が的確な言葉で訊ねて来た。
先輩のアレは夢?何故大将が此処に居て、結局此処は何処か。それを把握し損ねてる旨を伝えたら。
やはり舞台劇場裏の楽屋。あの赤い映画館風の椅子がある場所で間違いない。そう理解したのだが……
自分や絆達を除けば三人しか、客は居なかった。今度は客が増えたのか?と疑問が浮かぶ。
「此処の客は滅多に増えん。資格が無ければ入れん上、目を背けたい内容が多いからな」
「…………」
「にしても、停止した時間の中を自由に動き回った時は歓喜したぞ?漸く神の領域へ入ったか、とな」
されど、此方の思考を読んだのか?とさえ思う速度で答え、気になるワードが幾つか。
資格とは何だ?目を背けたい内容は分かる。が、停止した時間の中を動ける奴は他にも居るだろうに。
そう解釈したのだが──神の領域に入ったと言われ、時間停止の中を動ける面子を振り返ってみる。
ドイツもコイツも邪神やら、デトラもそうだ。その領域に足を踏み入れた実力者ばかり。
「だが、慢心するのはまだまだ早い。此処はまだ入り口にしか過ぎないんだからな」
「……そうだな。そもそも、自分の旅は慢心なんぞしてられんよ。なあ──ベーゼレブル?」
続け様に、例えその領域へ足を踏み入れた今後も慢心せず、上には上がいるから邁進しろと言う大将。
それはそう。言われずとも自分が進む旅は格上揃いな為、増長やら慢心などすれば、死が迎えに来る。
それを踏まえた上である程度の確信を持っている為、確かなモノとすべく鎌をかけた。
「……下手な言い訳は無駄そうだな。いつから気付いていた?」
「疑惑はMALICE MIZERで戦った時から。確信は琴音の記憶世界でお前が巴を守った事だ」
「ハッ──相変わらず良い勘をしてやがる」
思い返してみれば敵味方問わず、至る所に誰かしらに関するヒントが散りばめられていた。
disguise──何故姿や声を他人レベルにまで変え、接触する必要があるのか?
観念したベーゼレブルは気付いた時期を聞いてくるも、割りと初期から疑問はあったとしか言えん。
良い勘をしてるとは言うが、逆に無用心と言い返したい気がしないでもない。口には出さないけど。
「次で記憶世界は最後。次もそうだが──七番目の幕が開けば、お前は走り切るまで立ち止まれねぇ」
「……どう言う意味だよ」
「そのままの意味だ。此処から先、我が最高のライバルがどんな結末を迎えるか……楽しみだ」
唐突に始まり、長かった記憶世界も残るは一つ。その言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろす。
続けて七番目の幕云々が、妙に引っ掛かる。走り切るまで立ち止まれないとは、どう言う事だろうか?
問い質しても、望む答えは返ってこない。満足げなライバルの傍で小さく溜め息を吐くと……
「貴紀!?何処に居るの?!」
「あれは……ナイア姉だ。どうしたんだろう?」
ベーゼレブルの後ろに続く廊下で、普段は大きな声を出さないナイア姉が大声で自分を探していた。
その呼び声は焦りと苛立ちを孕んだモノで、何かあったのかもしれない!そう思い、手を大きく振る。
それが目印になったらしく、此方へと小走りで近付いてくるナイア姉なのだが……ベーゼレブルを見た途端。
露骨に嫌そうな表情を見せるも、自分の方へ向き直り、両肩を掴む頃には真剣な表情へ戻っていた。
「よく聞いて。私達は貴方に短期間で修行をつける為、この記憶世界を利用したんだけど」
「もしや、奴が暴れているのか?」
「えぇ。恐らく、貴紀が修行中だとバレたんでしょうね。シオリの次に使う仕上げ用の世界が……」
「ふむ。それはかなりマズイな」
曰く、これまで巡った記憶世界は短期間の修行用に利用した世界であると、ナイア姉が告白。
だが、ベーゼレブルが察する限りでは問題が起きたらしく。奴と言うのは十中八九、倒し損ねたゾーク。
自分達が全滅する未来を固定させる為、時間を飛び回る悪夢。話を聞く限りでは……
シオリの記憶世界攻略後、仕上げを行う世界を作ったのだが……ゾークが原因で統合、変異したらしい。
「時間軸が滅茶苦茶で、その時代に影響を与えてしまう位不安定。それでも──貴方は行く気?」
「……うん。ワールドロードとして、破壊者としても。こんな暴挙は許せない」
「流石は俺達の計画を支え、達成させる要だ。ならば、次は俺も付き合おう」
過去・現在・未来にも影響を及ぼす程歪み、不安定にされてしまった時間軸。
もし敗北でもしようものなら、今までの旅が無かった事になるやも知れない。それ程の異常現象。
そんな身勝手な行動を許すなんて、自分には出来ない。ナイア姉の質問に対し、真っ向から返答。
堂々と答えたのが好印象を持たれたのか。二人は満足げな表情を見せ、ベーゼレブルは付いて行くと発言。
「なら、行ってきなさい。行って──貴方の強さと恐ろしさを、ナイトメアゼノ・ゾークに教えなさい」
「ウッス!!ナイア姉さん!」
「次章の幕が開けば、怒涛の展開が貴方に降り注ぐわ。今まで通り、のんびり出来ない程に」
「生きて勝ち抜けよ?お前さんがアレに勝たなきゃ、全ての時間軸や世界は融合されちまうんだからな」
肩から手を離し、シオリの記憶世界と総仕上げ用の修行場のクリアのみ成らず──
時間軸を荒らすナイトメアゼノ・ゾークの討伐を自分に託し、優しく微笑むナイア姉に力強く頷く。
この修行が終われば、怒涛の展開が待ち受けている。二人はその内容を知ってるっぽい口振り。
時折真夜やベーゼレブルが口にする『アレ』とは、何なのだろうか?無月闇納ではないのか?
神父姿へ変装したベーゼレブルと顔を見合わせては頷き、廊下に現れたゲートへ向かい走る。
「私達の役割は──貴方を心身共に鍛え、人間として成長させる事。その為なら……」
「例え恋敵相手とも手を組むわよね。アレは人間が倒すべき、歪んだ人類愛なのだから」
ゲートへ足を踏み入れた直後、ナイア姉と水葉先輩の会話が聞こえた。
確かに今までの旅や冒険も、人間として再確認出来る内容はチラホラあったのも、自覚している。
アレと呼ばれる存在が……人類愛?人類を愛している、と解釈しても良いんだよな?
歪んだシオリの記憶世界へ転移しながら、改めて素朴な疑問に頭を悩ませる。何故──自分なのか?と……




