虚無 -Regenerate-
『前回のあらすじ』
冥刀・久泉が永久封印されている山城、現在の京都・宇治へ到着したシナナメは、運び屋から不穏な情報を聞く。
難なく冥刀を手入し帰還。しかしどちらが不老不死になるかと喧嘩し、姫は殿が彼女の村を焼いた事実を暴露。
殿を切り伏せるも、姫だけで城を支えるなど叶わず、家臣達の下剋上が発生。侍女・向日葵の協力と犠牲で城を脱出。
されど不幸は重なり、シナナメは欲に負けた我が子を賊と間違えて切り伏せ、冥刀の主として不老不死に成った。
彼女がシナナメとして覚悟を決めた。途中、一時停止を押した様に時間が止まる。
そして巻き戻しが発生し、薄暗い林の中で賊と誤認し姫を斬った場面へ戻り、再び時間が動く。
「やっぱ……り。あき、らめ……きれ……」
「……このまま、私も死ぬべきだろうか?」
右脇腹から左肩まで斬られ、死ぬ前に不老不死を諦め切れなかった事を告白する姫。
真実を知り、全てを失い絶望し自らの命をも断ち、死ぬべきかと思考を巡らす中。
右手に握る冥刀・久泉が映り、人はこの妖刀を求め奪い合い、悲劇が繰り返されるのを案ずる。
此処までは同じ。だが──自らの死や過去・記憶・疼く心を斬る前、違和感を感じた。
「この感じ……記憶が一部途切れてる?」
「よく気付いたな。確かに場面は同じだが、久泉に付着した血液が消えている。これは何かした後だ」
「もしかして──!!」
よく観察すると立ち位置が微妙に違ったり、刀身に付いた血を布で拭った痕跡がある。
もしかしたら、姫にも何か変化があるのかも知れない。そう思い、近付こうとした瞬間。
突然後ろから襟首を掴まれ、一気に後方へと引き戻され尻餅を着く。
襟首を掴み引っ張ったのはルシファーだが、肝心の本人は真っ直ぐ正面を睨み、視線を外さない。
「屋根の上を跳べた時点で気付くべきだった。今回は──殺り合う形式か」
「漸く再戦の時が来た……今度は、斬り伏せる」
「悪いが、そう易々と負けてやる気は毛頭無い」
此方も視線を正面に向ければ……シナナメが背負った大太刀を居合い斬りの要領で抜き、振り切った後。
もしルシファーが自分を掴み戻してなかったら、首を斬り落とされていた可能性が極めて高い。
この二人の対戦は初めて戦った時以来。此方も相手も、再戦の時を待ちわびていた様子。
両者右手に刀を持つが……片や切っ先を地面に向け、片や腰を下ろし大太刀を右肩に乗せ身構える。
「消え──!?」
「この速度に追い付くとは。予想以上に斬り合えそうだ」
「フッ。斬り合うだけで済む──訳がなかろうて!」
双方動きを見せないと思った刹那──二人の姿を見失い、何処へ消えたのかと焦って辺りを見回す。
すると風船でも破裂したのか?と疑う音が鳴り響き、二人は姿を消した位置に現れ。
表情こそ変わらないものの、何処か嬉しそうなシナナメと……ニヤリと微笑むルシファー。
「って、また消えた……」
「魔力感知で眼に意識を集中させれば、オメガゼロの力を使わなくても見える様になる」
「白……兎?なんでこんな場所に」
現れたと思えばまた消えて、金属を擦る高い音や爆竹が破裂する音が繰り返し鳴り響く。
オメガゼロの力を使わなきゃ、二人の戦いを見れないのか。そう思い込む時……
突然隣に白いパワードスーツ姿の白兎が現れ、戸惑いつつも助言通りにやってみると。
「それでも速くない?」
「過去の貴方が使ってた最高速ならこの程度、静止状態も同然」
見えたが……それでも速い。音の正体はシナナメの身長程はある大太刀から繰り出される斬擊や刺突。
その直撃や命中を防ぐべく刀の側面で受け流しつつ、上中下の蹴りを瞬時に選択し繰り出すも。
それに合わせ、魔力強化した右足による蹴りや左拳をぶつけて直撃を回避。
何故白兎が自分の最高速を知ってるかは謎だが、その通りで二種類ある。どちらも五秒が限界だがな。
「まだ足りない──私の虚無になった心を満たす刺激が、闘争が足りない」
「チッ……面倒な奴が厄介な代物を持つだけじゃ飽き足らんとはな」
「この感じ……なんでシナナメが!?」
お互い左右別の蹴りが激突した結果、押し合い距離が空く。一般人なら目視も出来ぬ素早い戦闘。
それすら刺激や闘争が足りぬと呟く彼女の左手の甲に、何かを感じる。無色だけど……
勇気の紋章が反応する辺り間違いない。シナナメは紋章を発現出来る条件を満たしている。
「虚無の紋章故に、色や形も見えぬ訳か」
「飛べ……飛冥・阿鼻叫喚!」
「魔王爪破壁!」
ルシファー曰く自分達が感じているのはシナナメが持つ、発光や形すらも見えぬ虚無の紋章。
理解した瞬間、正面の空間を魔力を帯びた冥刀で滅多切り。すると九つの青白い斬擊が時間差で飛来。
一つずつ迎撃は消耗面から愚策と判断し、素早く振り上げた左手を下ろし、紫色の五本線を展開。
縦向きの斬擊を一つ防いだ直後──五本線の障壁は消失。続けて残りの飛翔する刃が地を抉りながら迫る。
「…………見切った」
「飛冥・阿鼻叫喚!」
数秒後には直撃するにも関わらず、迫り来る飛冥を身動き取らず、直視するルシファー。
眼前に迫る中、一歩大きく後ろへ飛び──消えた。正確には一瞬だけ十二枚の翼を展開。
そのまま高速移動を行い、射線上外の左側へ飛び込む様に離れ、転げて着地。
その隙を見逃さぬと表す着地狩りで、再び先程の飛ぶ斬擊を繰り出すシナナメだが……
「喰らい付け、魔王獣牙弾!更に──射抜け、魔閃槍!!」
「──!!」
今度は右手を大きく振り上げ、力一杯地面に叩き付ける事で自ら魔力強化した刀を粉砕。
すると前方へ飛び散る無数の破片が纏う魔力は苦無の形になり、迫る飛冥全てに命中。
相殺され、白い煙が舞い視界を奪う。刹那、ルシファーが突きの構えを取るのが見えた。
直後、紫色をした六つの魔力槍が次々と煙を穿ち、シナナメに襲い掛かる。
「一二三四五六。そして──七」
「チッ……流石に読んでたか」
「こんな戦法、初歩中の初歩。それに、長物相手には通常の三倍は力が要る」
されど冷静かつ的確に、捌くのには向かない大太刀の一振りで、一発から二発を同時に払い退け。
煙の中から真っ直ぐ迫る、根元から折れた刀を左拳で右側面から左側へ殴り飛ばし。
別の刀を手に飛び込むルシファーへ大太刀を振るい、後方へ跳び距離を空けさせる。
改めて見ると折れた刀の代わりに選んだ武器は短剣二本であり、選択が悪手と指摘するが……
「そう。だからこそ敢えて馬鹿正直に、真っ正面から突っ込んだ」
「どう言う意──ッ!?」
指摘部分が悪手とは知っていた。敢えて突っ込んだ理由を語られる事もなく、聞き返す時。
微かに、されど次第に大きくなり耳へ聞こえるは、幾度も空を切る音。その正体は……
古代インドで用いられた輪の投擲武器・チャクラムが二つ、シナナメの背後左右から襲い掛かる。
「流石……と、言うべきか。自身を含む正面からの攻撃を全て囮にし、チャクラムに魔力糸を付け操るとは」
「煙と新技に紛れ、チャクラムを遠隔操作しての奇襲。仮に全て命中・防がれても、体力は削れる」
「遅い!」
いつの間にか神父姿のベーゼレブルが隣に立ち、白兎と戦闘を眺めながら感想・予想を述べていた。
音に気付き、振り返ったシナナメ。操作している為、チャクラムは縦横無尽に動き回って迫る。
掛け声と共にルシファーは追加で両手に持つ短剣を、彼女の背に投擲。
更に服の袖から投擲用ダガーを取り出し、脚目掛けて投擲する前後の時差攻撃とは……
「問題無い」
「何ッ……」
避けるも防ぐも至難の技。そう思っていた自分の常識を簡単に覆す、シナナメの行動に驚かされる。
なんと……首を左右から切断せんと迫るチャクラムへ自ら飛び込み、幾らか食い込むも切断は回避。
続けて背中に短剣、両脚にダガーが刺さるも痛む様子は無い。首の出血も酷く、肩周りを血で染める程。
明らかに致命傷。の……筈が、録画の巻き戻しを思わせる様に血は傷口へ戻り、自ら塞がって行く。
「ほう。あの女は超再生型の不老不死か」
「貴方の不死鳥型とは違った意味で、面倒臭いタイプ」
「その上、虚無の紋章が与える効果で心身の痛覚や恐怖も無くなってる。だけど、寧ろ攻略はし易い」
効果を見て、どんな不老不死かを見抜くベーゼレブル。超再生型とは、身体や出血にのみ効果がある。
白兎も不死者と戦闘経験があるのか、続けて言葉を並べる。普通なら痛覚や恐怖心もあるが……
紋章の力で弱点の一部は克服済み。まあそれでも、致命的な弱点・攻略法は色々と残ってるんだがな。
「確かに攻略法は幾つも浮かぶ。だがそれは、俺の求める決着ではない」
「何をごちゃごちゃと」
されど、戦っている当人が求める決着には程遠い。手に持つ小太刀を光に分解し、チャクラムを回収。
直後、独り言を断つ様に真っ直ぐ振り下ろされる大太刀を、回収したばかりの武器で左へ受け流す。
冥刀の効果は斬った対象・概念に及ぶ為、直撃はもとより、掠り傷すら致命傷に成りうる。
故に。受け流した勢いを利用して繰り出された右回し蹴りが、右脇腹に命中し転げるのも許容範囲内。
「今の回し蹴り、相手を吹っ飛ばす程の威力?」
「直撃ならば、吹っ飛ぶだろう。だが奴は当たる瞬間自ら左側へ転げ飛び、威力を殺した」
「冥刀の効果が一番キツイ。アレを所持してるだけで、知ってる者には一種の脅しや威嚇だ」
二人の行動・対応は正直、見ているだけでも武器に扱い方や戦い方の勉強・参考になる。
被弾時の対応、受け流された際の切り返し、致命的な一撃を当てる・瞬時に避ける動き。
命中を利用し上手く距離を空けるも、蹴った際の違和感に気付き、突きで飛び込むシナナメ。
「読み通り。違和感に遅れて反応したな?」
「だからどうし……ッ」
「虚無の紋章、その最たる長所が致命的な短所と知れ!」
転げ飛んで距離を空けたルシファーは屈んだまま背を向け、足音や魔力感知で動きを予想。
手に持っていたチャクラムはバックラーに変更。左腕に装備した盾の丸みを使い、左へ受け流せば。
続けて右腕の盾で首を掴もうと迫る左手を払い、左足で相手の右脇腹へ蹴り込む。
が……それはシナナメも同じ考えだった様で、双方の鋭い蹴りが互いの右脇腹に直撃し、よろけて怯む。
「この戦い、ルシファーが不利」
「ほう?では、白兎の意見を聞こうか」
「攻略法を突いていない上、相手は無表情で消耗すら判断出来ない。反面、ルシファーは息を切らしてる」
「ふぅー……ふぅー……ッ」
戦いを観戦する最中、白兎がルシファーの不利を公言。その意見を聞くベーゼレブル。
確かに、気付いている筈の不老不死攻略法をしない上、紋章の力で表情・息遣いから消耗が判断不能。
まるでルシファーが苦手とする、機械系を相手にしているかの様。指摘通り、息も切らしてる……?




