過去 -Desire-
『前回のあらすじ』
無月闇納の手に堕ちる生徒会長・ヒペリカム。マイゼルの機転により、その場から逃げ出すエリネ。
しかしそれは、闇納の計算通りでもあった。崩壊する学園、宇宙へ向けて伸びるヴェレーノの樹。
崖端に追い詰められ、逃げ場を失うエリネを囲う闇納達。最後の勧誘すら蹴り、見えない一撃を受けエリネは転落。
小さな翼は飛び立つ事無く、地上へと落ちて行くのであった。
「エリネ!!」
「クソ……ッ!!」
落ちて行くエリネを追い掛け、自分もプールの高跳びよろしく、大浮遊石から飛び降りた。
頭では理解していた。けど──目の前で落ちて行く様を見せられたら、既に体が動き出した後。
ルシファーも分かっていた、そう動くと。それでも反応が遅れ、自分を追い掛ける形で飛び降りる。
「ナイスタイミング。貴方の計算通りね、融合四天王・ブレイブ。それとも、国王・紅心と呼ぶべき?」
「……今は融合四天王としての立場だ。にしても、この娘が十の数字とはな」
「手札は揃いつつある。後は……彼女達が切り札として覚醒し、紋章を発現出来るかどうかよ」
されど……伸ばし掴もうとした右手は落下するエリネの左手をすり抜けた。代わり──
遥か遠方より高速で飛んできた融合四天王・ブレイブと、その背中に乗るナイア姉が受け止める。
それを見届け、頭に映画の字幕が如く見える台詞を確かめながら、地面──いや。
漆黒の穴から助けを求める様に伸びる右手に手を伸ばし、掴めば……暗い穴の中へと引きずり込まれた。
「…………此処、は?」
「過去の──恐らく、戦国時代の日本だな」
目を開けば、其処はアスファルトやコンクリートを使った建物もない、木造建築が主流の場所。
行き交う人々も洋服ではなく和服。靴も草履が多く、たまに下駄もチラホラ見受けられる。
それもあり、状況整理も兼ねて口にする独り言。返事を返されるとは微塵も思っておらず……
返ってきた言葉に驚くも、自分を追い掛けて来たルシファーだと知りホッと胸を撫で下ろす。
「戦国時代って言うと、戦争やら領土間のいざこざがあった時代?」
「あぁ。しかしこの感じだと、戦争や小競り合いは起きていない様だ。今のところは……な」
「今のところは……か」
戦国時代。そう言われて思い浮かぶのは、桶狭間の戦い。後、厠で倒れ命を落とした上杉謙信。
今だけは平和な様子。と感想を述べる姿を見て、大体を察した。いつ・何処で・誰が攻めて来るか。
全く分からない辺り、現代社会と何も変わらない。サイバー犯罪が無い分……いや、いつの世も変わらんか。
「おや?アレは……」
「どうかした?ルシファーって、アレは!」
何はともあれ。此処が誰の記憶世界なのか?確かめるべく辺りを見渡す中。
ルシファーが何かを見付け、向けられている視線の先へ顔を向けて注視すると……
黒い袴に白い和服を着た、男女五組の集団を発見。……アレ、和服でいいんだよな?
その内の一人、魔神王軍が誇る三騎士・シナナメ本人。知ってる彼女より、表情が生き生きしてる。
「師範代。本日も剣術の稽古、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
シナナメは他の道場仲間達より一歩前に出ると、師範代に感謝の言葉を述べて頭を下げ。
それに続いて門下生達も感謝を伝え、頭を下げる。こう言うのは、今も昔も変わらんねぇ。
変わらんと言えば……シナナメの表情。知ってる姿より幾らか生気を感じる。
こう、感情を表に出すのが苦手です!って言う様な。
「……現在十五歳、今年度十六歳辺りか?」
「分かるの?」
「人間観察から来る、大体の予想だ」
じぃ~っとシナナメを観察し、年齢を予想。さも当たり前に真顔で人間観察云々と言うが……
覚える能力で試しに覚えたら、見事的中。ここまで読みが鋭いと、隠し事も出来んな。
話している内に門下生達は各々帰り、残ったのはシナナメと師範代だけ。
「──、自慢の一人娘よ。最強の剣豪たるワシを越えると言う目標をまだ、持ち続けてくれておるのか?」
「……ん」
「そうかそうか。──は必ずワシを越えれる。いつか、その日が来るのを心待ちにしておるぞ」
名前……と思わしき部分に砂嵐の様なノイズが響き、全く聞き取れない。
ワシと言う年寄り臭い一人称なのに容姿や顔は若々しく、三十路半ば位に見える。
自ら最強の剣豪を名乗るだけはあり、一人娘の前で気が抜けてそうだが……寧ろ逆。
子供持ちの動物同様、警戒心が強い。攻撃範囲は腰の木刀込みで、二メートルと見た。
「……王よ。気付いているか?」
「あぁ。ドス黒い欲望を持った、危険極まりない存在にはな」
体と視線はシナナメと父親に向けど、本能的に拒絶・否定したくなる嫌な気配の接近を感じる。
それはルシファーも感じており、気付いているか否かを此方に確かめる程。
嫌でも分かる。自己中心的で、目的の為ならどんな卑怯・卑劣な事も平気でやる雰囲気を。
「アレが最強と謳われし娘か……欲しい。是非とも我が嫁に欲しいものだ」
「あの男、本当にただの人か?融合獣と言われても遜色無いレベルの欲望だぞ?」
「欲望の強さが人の域を越えている。アレは後世に残してはいけない奴だ」
視線を違和感の元へ向ければ……此処の住民とは正反対の綺麗な衣装、身なりも整った男が居た。
服装からして何処かの殿様。視線の先はシナナメを捉え、我が嫁に欲しいと呟く。
異能を持たない……筈なのに、その欲望は融合獣に匹敵し、国──違うな。世界を喰らうレベル。
あんな奴を後世に残したら、一族による独裁支配しか生まない。ルシファーの言葉に、自分も肯定し頷く。
「──、隣町の山へ薬草を取りに行ってはくれぬか?そろそろ在庫が尽きそうでな」
「はい、父上」
自分達が感じる気配を、師範代も感じ取ったのだろう。シナナメを山へ向かわせ、殿へ向き直る。
獲物を見付けたと言わんばかりに笑みを浮かべる殿と、我が子を守らんと鋭く睨み付ける師範代。
少しの間向かい合っていたと思えば、殿から師範代へと徐々に近付き、向き合う。
「貴殿があの娘の父親かのぅ」
「……如何にも。して、娘に何用か?」
「知れた事。貴殿の娘を我が嫁に欲しいと言ったら?」
開口一番。シナナメと師範代の関係を確認を取り、警戒を緩めぬ父親から何用か訊ねられると……
理解していると認識しつつ、シナナメを嫁に欲しいと父親に直接言い出す。
分かっていた。この男が纏う底知れぬ欲望・野心・行動力の恐ろしさが。故に──
「断る。娘はワシが選んだ相手と結ばせる、と決めておる」
「幾らじゃ?」
「何だと?」
「幾らで娘を我に売り出すのか?と、我は聞いておる」
理由を述べ、拒否した。すると幾らか?と言い、突然の言葉に思わず意図を聞き返せば……
金で娘を買い取ろうとしていた。恐らく、同じ手口で欲しいものを手に入れ続けてきたのだろう。
しかし、師範代に対してその方法は逆効果らしく、首から上に血管が浮き出て真っ赤に。
その表情から怒っているのが丸分かりな程。対照的に、殿の表情は笑みを浮かべ右手を差し出す。
「ワシは貴様の様な輩に娘はやらん!!例え、幾ら金を積まれてもな!」
「……そうかそうか、あい分かった。ならば、今日のところは手を引こうかのぅ」
「二度とくんじゃねぇ!ったく……」
殿が見せる笑み・金で全てを解決しようとする考えも相まって、師範代は怒りを爆発させ。
差し出された右手を払い、言葉と行動で強く拒絶。殿は払われた手を暫し見て、納得した様に頷き。
踵を翻し、来た道を戻って行く。その顔は歯を噛み締め、怒りを露にしていた。
されど怒りたいのは師範代も同じで、暴言を吐きつつ道場の扉を強く閉める。それから時間が過ぎ……
「きゃあぁぁぁっ!!」
「や、やめ……うあぁぁ!!」
殿が来た日の夜。道場がある小さな村に悲鳴が昇り、次々に刀で命を奪われて行く住民達。
道場仲間の門下生達が迎撃に出るも、所詮は木刀と日本刀。更には実戦不足もあり……
仮に追い詰めても命まで奪えず、逆に殺されてしまう。師範代が出ようとしたが……
出入り口は木材の板によって打ち付けられ、出られない。その上、道場に火を放たれ焼き討ち状態。
「くふふっ……いい気味だ。さっさと我に娘を差し出せば、ちんけな村共々焼き討ちされずに済んだものを」
「殿。件の娘、そろそろ戻ってくる頃合いかと」
「そうかそうか。では、我自ら出向いてやるとするかのぅ」
燃え盛る道場や村を見ては鼻で笑い、家兵や他の者達への見せしめとばかりに言い出す。
師範代の悲鳴を耳にして満足げな殿の傍に、濃い青色の忍び衣装を纏った忍者が報告に現れ。
シナナメが隣町の山から戻ってくる頃合いだと伝え、殿自らが出向くと言い……燃え盛る村を背に進む。
「本当にヤバい奴だな、あの殿様は」
「生きた人間も死した者も、証拠が残らぬ様に焼き払うとは……悪魔王ながら、この所業は恐れ入る」
自らの欲望を果たす為に村を焼き払う殿を見て、改めて人の欲望……その恐ろしさが身に染みて分かる。
自己中心的な思考も、それが実現出来る環境下で育ってしまえばこうもなる。その裏付けとも言える行動力に。
ルシファーも恐れを覚えると言う。悪魔よりも悪魔になり得る、それが人と言う存在。
「えぇ~っと。君が──師範代の娘さん……であってるかな?」
「……えぇ」
「実はね。君の父はお前を私に売った。これからは私の為に生きろ」
「──?!」
村へ続く道中。シナナメが通るのを今か今かと岩に座って待ち続け、視認するや否や確認がてら話し掛け。
そうだと確認を取れば嘘八百を並べ、困惑する彼女に対し、都合の良い嘘を言って城に連れ帰り。
嫁として迎え入れ、一夜にして日常と目標を彼女から奪い去り──子を産ませた。
それだけで済めば……良かったのかも知れない。地獄はまだ、始まったばかり。
「母上!姫はあの国にある着物が欲しい!」
「うむうむ。我もあの国が所有する鉱山を狙っておった。──よ、分かっておるな?」
「……はい」
戦国時代であろうとなかろうと、隣国との戦争・小競り合いは姿形を変えて必ずある。
生まれた娘こと姫は殿の悪い部分を強く受け継ぎ、大層我儘で──二人は思い付きで隣国に攻め込み。
シナナメ一人を向かわせ、欲しい物全てを手に入れていた。自分達は高みの見物を決め込んで。
されど……とある寺を襲った際に出た封印されし一本の刀が、酷く醜い欲望によって世に放たれる。




