聖光石
負けた……意識が戻った矢先、一番最初に思った言葉がそれだった。
背中と後頭部に硬い感触がありつつも、何かが敷かれている。薄く、小さな何かが身体全体を包み込んでいる感覚だ。
そして柔らかく、暖かな光が真っ暗な視界を照らそうと白く光っていて、目を覚ますと其処は──
「大きな……木がある」
訂正。大樹と言っても過言ではない、とても大きな樹と緑豊かな沢山の葉が、視界に飛び込んで来た。
身体がある事に気付き見てみたら、何故か霊華が抱いていた幼い身体に宿り、森の中で寝ていた。
白いシャツに暗めな青のジーンズ、黒いフードコートを着用している。全裸じゃない事を確認後。
ゆっくりと身体を起こし、立ち上がる。どうやら包み込んでいた感覚の正体は、葉っぱの布団。
光は里へ着いた際に見た、青白く光る鉱石が近くにある。少し眩しいが、エネルギー補給が出来るのは助かる。
「っ?!」
(俺が通訳する。声も本人にしてやるから、変に突っ込むんじゃねぇぞ?)
突然、頭がズキッと痛む。頭痛に近い痛みだが、同時に知らない言葉? が聞こえて来た。
ゼロとは長い付き合いだけど、通訳も出来るとは、知らなかったな。
(あーあー、んっ。お久し振りです。と言っても、きっと忘れているでしょうね。オメガゼロ・エックスさん)
「その声……どっかで聞き覚えがあるんだが」
(いえ、覚えていなくても構いません。忘れても当然ですから)
通訳で声の主本人の声を聴き、何となく、何処かで聞いた少女の声だと頭を捻る。
話し掛けて来ているのは、直ぐ側にある大樹。以外にも忘れている事を責めず、許してくれた。
(アレから五千年が経ちました。我々は魔族の進撃を受け、世界中の大半は壊滅しましたから)
「五千年後。すまない、話を聞かせてくれないか?」
(分かりました。アレは酷いものでした。貴方様に救って貰った国々が、醜い欲望で滅んで行く光景は)
続く大樹の話を黙って聴き、何故この世界がほぼ滅亡しているのか理解し、やっぱりな。
と言う枯れた感想が出て来た。過去の冒険や異変解決でも、自分達が救ったのは『命』であり『心』ではない。
いや、心を救いもしたが、二十六人程度。聴いた限りだと、滅んだ理由も様々。
食糧難で子供に食わせる程も無い為、子供を殺して食った住民が魔物化。残った住民を食い散らかした……とか。
自分達が封印し仏像に閉じ込めた魔物を、悪ガキが悪戯で壊した結果、悪ガキを酷く憎みながら魔物に全滅させられた。とかな。
「で、この里でもあったんだな。怨念と闇を撒き散らす愚行が」
(……はい。理由は食糧不足と移民、種族間の問題や不可思議な人口増加でした)
質問に答えようとする彼女は、まるで自分の悪戯を先生に告白する時の様な自問自答と緊張感で、間を空けてから答えた。
食糧不足と移民、種族間の問題は判るし、理解も出来る。が、一番の疑問は不可思議な人口増加。
「変だな。昔仲良くなったエルフ族曰く、エルフは長寿な反面子供が出来難いはず」
出産率はハーフ、エルフ、ハイエルフの順でハーフは人間寄り、ハイエルフは精霊寄りで出産率が大きく変わる。
理由は精霊や魔法、奇跡に詳しければ簡単だ。
エルフは精霊に近く、精霊の多くは『マナ』と呼ばれる自然が生み出すエネルギーから誕生し、活動するのにも必要な力。
魔法も奇跡もこのマナと『ある力』を使い、発動出来る。魔物や魔族は魔素とも呼ぶけどな。
(太陽が分厚い暗雲に覆われ、闇が支配する世界では畑は全て不作。食糧不足は目に見えていました)
「其処に移民が来て、種族間問題が発生。更には里全体での大量出産」
(その不可思議現象を解決しようと、複数の勇者達がこの里を訪れ、問題は悪化したのです)
「ほう、複数の勇者達が……複数の勇者達?!」
太陽光が無くては、大半の植物は育たない。育ってもモヤシ位だろう。
光闇戦争時も、食糧事情で大変お世話になりました。それは兎も角、立て続けに起こる異変を話に聞いた勇者一行。
ではなく、勇者を名乗る『複数の勇者達』が仲間を連れて来ては、闇に潜む魔物が原因と突き止め。
挑み、敗北。勇者達は瀕死で里へ戻るも、魔物まで連れて来たそうだ。
(魔物は言いました。其処の勇者を名乗る愚か者達を我に捧げるなら、お前達は見逃そう。と)
「それで。里の連中は勇者達を売った訳だな」
確かに里の連中が勇者達を魔物に売ったが、その時も酷かったと言う。
勇者達による責任の擦り付け合い、自分達の中から誰を生け贄に差し出すか等々、醜い争いがあったそうな。
最終的に嫌がる十代半ばの巫女と女僧侶を、里の連中と残る勇者達で達磨にして魔物へと差し出し、事を納めたと言う。
(勇者達が満身創痍で去った後、住民達は増え過ぎた赤子達を処理したそうです)
「うん。一言言っても良いか?」
(なんでしょう?)
「此処の連中、自殺志願者か何かか!?」
話を聞けば聴く程、封印した都市伝説をまた実体化させやがって。
あぁ~もう、最悪だ。こりゃあ真っ暗闇な森の中で魔物を回避しつつ、今回の異変と事実を探る必要があるな。
(この闇の中を探索するのでありましたら、此方をお使い下さい)
そう言って頭上の葉っぱから手元へ落ちて来たのは、青白く光る小さな鉱石だった。
近くで浮遊する鉱石は三メートル位ある為、貰った鉱石はずっと小さく見える。
(それは聖光石。闇を払い魔の意識を抑制する効果を持つ石です)
「それは助かる。光源がなきゃ、自分はエネルギー補給が出来ないんでな。それじゃ、また」
聖光石をコートの右ポケットへ入れた後、大樹に軽く別れを告げ、闇が支配する森の中へ潜り込む。
姿勢は低く中腰で、耳を澄ませ小さな物音をも聞き逃さない様気を付ける。
(こう言うのも懐かしいな、宿主様)
「懐かしい?」
(ほれ。敵陣地や基地に潜入して、破壊工作や暗殺とかしてたじゃねぇか)
っ!? ゼロに言われて今、言葉だけは知っていたフラッシュバック……と言うものを体験した。
そうだ。光闇戦争時、敵陣地へ潜入したり証拠集めをしたじゃないか。何故言われるまで忘れていたんだろう?
過去の体験、経験を異常な程鮮明に思い出した時、何故か自然と口が動く。
「スキル・スレイヤー」
そう口走った瞬間、暗闇に慣れていない真っ暗な視界が少し明るく見え、周りの音もより聴こえやすくなった。
所持品は此方へ跳ぶ前に拾った単眼鏡だけ。帰り道は不明だが、浮遊出来るルシファーとゼロに偵察して貰えばなんとかなる。
(はっはっは。やベーぜ、この森)
「どう言う事さ」
(森ヲ徘徊スル魔物ハ全テ夜行性。暗闇デモ視界ガ良好デ好戦的ナ連中バカリ)
笑い声終わるや否や突然真剣な声で話し出した為、聞き返すと危険な事が判明。
試しに茂みの中から辺りを見てみた。駄目だ、こりゃ本当にやべぇ!
普通RPGならスライムとかだが、此処にはゴブリンや魔物化したフクロウ、蝙蝠、狼が存在している。
しかもこのフクロウ共。ゴブリンに襲い掛かりハラワタを食い散らかす程凶暴化してんじゃん。
(今ノ内ダ。小鬼ヲ食ッテイル間ニ通リ抜ケルゾ)
(こっちだこっち!)
食事に一心不乱な魔物達を何度も振り返って確認しつつ、大急ぎで案内されるがままに中腰で走る。
正直な話。スライムが此処に居なくて良かった。
ゲームではザコかも知れんが、実際に戦えば最悪レベル。物理無効と再生は当たり前、属性持ちや魔法を使う個体もいる。
戦争時に戦った時は『融合獣』の核で滅茶苦茶強く、都市一つ壊滅の危機もあった位だ。
「ヤバいヤバいヤバい!! さっきから追い掛けて来る気配が、舐め回す様な視線を感じる!」
(振り向カズ走レ、王!)
(コイツ人間か? にしては腕が多いし、百足みたいに追い掛けてくんぞ)
背後から茂みを掻き分け、木々の枝が次々と折れる音が徐々に近付いて来る!!
振り向くなと言われても、恐怖感が強くて振り向けないし、全速力で走り続けてるからもう心臓はバックバク。
息も切れ気味なんだが、まず音がおかしい。足音がしないのに、直感がずっと走れ、逃げないと死ぬぞ。と警告を続ける。
「何か魔法とか奇跡は使えんのか、自分は!」
(戦争時も魔法や奇跡の素質無かったし、基本的に真っ向勝負が多かったじゃねぇか)
(能力制限、特定ノ記憶封印。コンナ事ガ出来ルコノ世界ヲ覆ウ闇ハ、極メテ厄介ダナ)
あぁー、そう言やあ魔法、仲間の援護で受けてたんじゃねぇか!
一応魔法とかに似た事は出来るが、出力が足りない。最低でも絆達と合流して『アレ』が出来れば……
(今の出力じゃ牽制程度にしかならんが、ハンドショットでも撃ち込んでやれ)
「はぁ、はぁ……スキルでも何でも、ないんだがな!」
右腕をL字に曲げ、右側面に寄って来た存在へ向けて伸ばせば、緋色の光弾が発射され。
運良く黒髪ロングの女? の顔に命中。
被弾した証拠として少し煙が出、酷く痛がり六本腕で顔を押さえている。
今の内だ。残る体力を振り絞り、里にある光源へ向けて走る。だけど、背後から音が物凄い速度で近付いて来た!
「許さ、ない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!」
(コウナレバ奥ノ手ダ、王)
「奥の手も何も、そんな間合いも、タイミングも、ないっての!」
さっきの一撃で怒らせちゃった……
それは兎も角、呪言みたいに低い声で繰り返して言って来られると、流石に怖いんだが!!
奥の手と言うが集中力と溜めが必要だし、撃つなら六秒は掛かる。それに相手が真後ろを走ってる、無理だ!
「後ちょっと……なの、に!」
体力の限界だった。走る速度はガクッと落ち足は止まってしまった。
後少し、数十メートルも走れば里へ着いたのに。
直ぐに強烈な痛みが襲って来る。そう思い最悪死を覚悟した矢先、鈍い音が後ろから聞こえ、恐る恐る……ゆっくりと振り向けば。
「全く。巫女を舐めんじゃないわよ」
「はは、ははははは……」
(流石、神々すら殴り倒した巫女はやる事が違うな)
(母ハ強シ。ト聞クガ、此処マデ強イトハ驚愕ダ)
母であり師匠かつ、共に戦争を戦い抜いてくれた霊華が、追い掛けていた存在を殴り返したらしい。
再会してお互いに親族と知るまで、ある事情から時間は掛かったが、妖怪やら幽霊を素手で殴り倒す光景には絶句した覚えがある。
同時に助かったと言う安堵感から、その場に座り込んでしまった。
「さ、帰りましょ」
「うん」
差し伸べられた手を取り立ち上がると、とても冷たく傷だらけな事に気付き、心配してくれた事が凄く嬉しかった。
……まあ、突然いなくなった事へ対してのお仕置きとして、滅茶苦茶痛い拳骨を食らったがな。
そりゃあ悶え苦しんだよ。ゼロとルシファーも同じ様に拳骨食らってたしな。でも、それも一つの立派な愛情に感じれた。




