天使 -history-
『前回のあらすじ』
琴音の記憶を体験し終え、再び劇場へ戻って来たエックス。続けてスクリーンに投影されたのは──
彼が今現在、オメガゼロと呼ばれる前の映像。ありふれた日常、交わす約束、突如として破られた平穏。
終焉の闇が次元・時間軸を超越して襲来し、彼が居た世界・宇宙を全て飲み込む。
しかし彼は反対派を集め、紅き光として復活。過去の名前を棄て、オメガゼロ・エックスとして物語が始まった。
映像が終わっても幕は降りずにスクリーンは明るく、このまま続くと言わんばかりにタイトルが出る。
題名は「天使 -history-」……天使の歴史?タイトルとこれまでの流れから、オラシオンに属する天使。
即ち歌声で対象を癒す、エリネ・フィーアだと予想。投影された舞台は、青空と雲の広がる学園。
「建物に見覚えは無いが、この宇宙らしき黒っぽさの見える青空は……天界か?」
「天界だな。恐らく、俺達が調律者姉妹に敗れてから復活する──ざっと四、五千年の間に起きた話だろ」
「そんなにも経過してたんだな。そりゃあ歴史も変わる筈だわ」
言葉にした通り、建物は知らない。けれど、宇宙に近いあの空は見覚えがあった。
疑問系の独り言に、左隣の席に座っているルシファーが補足も込めて返事を返す。
軽く四、五千年と言うが……そんなにも経過していたのか。と改めて思う。
スクリーンから眩しい光が放たれ、思わず両腕で顔を隠す動作を取り、少ししてから腕を下ろすと──
「また、こうなるか」
流石に三度目ともなると、驚きは無い。あるのはまたか……今度は何を?そんな感想が大多数。
天界──と言っても足場が無い訳ではなく、大浮遊石と呼ばれる小島が在る。
浮遊石の内部は強い磁力を帯びており寧曰く、斥力やら小難しい力が働いているとの事。
今居る場所は、スクリーンで観た学園の校門前。天使やら色々な色かつ男女の龍神族も登校している。
「そろそろ門を閉めるぞ~。一応言うが、不法侵入防止用結界で飛んで入る事は出来ないからな」
「念の為、自分も入っておくか」
下界でも見る、ありふれた鉄棒の門。普通に過ごしていれば、正式名称は知らないあの門。
ルシファー曰く、門扉らしい。細かく言うと大型引戸門扉。ちょっとしたトリビアだな。
成人男性っぽい天使が立つ門扉を通り、学園の中へ。内部はとても広く、下駄箱エリアに入ると。
小中高大の校舎へとルートが分かれており、その規模が分かる中。ふと、高等部へ向かう少女が一人。
「あの後ろ姿は……エリネ?」
「みたいだね。どうするんだい?ボクと一緒に追い掛けてみる?」
「ルージュ……そう、だな。多分エリネの過去を知る事が、今の自分には必要なんだと思う」
背中に生えた白い翼、小学生と見間違える背丈、金髪で踵まで届くゆるふわウェーブな後ろ髪。
階段を懸命に上って行くその後ろ姿が、エリネだと理解するにはそう時間は要らなかった。
突然横へ並び立つ様に現れ、話し掛けてくるルージュ。彼女の問い掛けに頷いて答え、後を追い掛ける。
「おや?これはこれは──予想外な人物が居たもんだね」
「…………」
「……何も語らなくて良い。此処で学べる事、学べるだけ学んで行こう?」
エリネを追い掛け辿り着いた教室の扉に触れる瞬間──右手がすり抜け、体ごと教室内へ。
其処にはニーアが先に立っており、ルージュの悪戯に笑い話し掛ける言葉に目を細め、睨み返す。
天界の医学を知る為でも、エリネの事を知るでも構わない。隣に立ち、右肩に左手を置き話し掛ける。
「今回の授業は天界学園でこの二年三組を担当する私、マイゼルが医学と歴史を教えます」
「あの教師……出来るなぁ」
「うん。かなりの実力者だね」
席に座る生徒達の前に立ちマイゼルと名乗る細目の人物は、門扉の傍に居た天使だった。
白いシャツと青いスーツ、黒い靴に丸眼鏡を身に付けた白髪の優男だが……かなり強い。
それはルージュも感じ取っているらしく、教師やその外見で判断し挑めば、返り討ちは確定だろう。
始まる授業。古代エジプトの医学技術は一人の医者は一つの病気を専門とし、治療するらしい。
「当時は一人一つの病を担当していたが、現在は外科・内科など担当を分別し受け持つ」
「先生~。どちらにしても、我々天使の奇跡で治せば良い話じゃないんですか?」
古代と現在の医学・人口は違い、病も変化する。故に病院も受け持つ担当を分けたのだろう。
マイゼルの答弁が一区切りついた辺りで一人の天使が手を上げ、馬鹿にした顔で疑問を投げ付ける。
だが、その質問疑問を待っていた。と言わんばかりにマイゼルは口を開く。
「確かに、我々天使族の協力な奇跡は欠損した人体を結合させたり、生やす事も出来る」
「だったら、我々がカビ生えた古臭い医学を学ぶ意味なんて──」
「しかし。その負担は誰が受ける?奇跡を使えない場面ではどうします?」
「それ……は……」
肯定する様に、自身ら天使族の奇跡が如何に凄いかを述べる教師の姿・言動を見て。
質問疑問を投げ掛けた生徒は誇らしげに、人類の医学を貶すかの発言をするが……
その強い負担は誰が受けるのか?必要な時に使えない場合は?など逆に問われ、言い返せない。
「確かに人類の医学は治りが遅い。だが我々の奇跡とは違い、患者に寄り添ったモノが多い」
「ですが!それは必要な対価だと思います」
「寿命が極めて長い我々の認識ではそれが正しい。では、寿命が極めて短く脆い人類の認識ではどうだ?」
即効性ある奇跡による治療と、患者自身の免疫力やそれに働き掛ける人類の治療とじゃ全く違う。
治療する為には必要不可欠な対価だと、他の天使が手を上げ発言すれば、その回答に敢えて否定はせず。
自身ら長寿組と他種族の短命を比較すればどうか?そう問い掛け、理解した天使は沈黙したまま着席。
それを見届けてか。マイゼル教師は微笑み、短く二回頷いてから生徒達に向き合う。
「我々天使は極めて長寿かつ、人類種よりも特化している。龍神族は我々よりも遥かに強く、頑丈だ」
そう切り出し、自分達が下界の種族に比べて如何に長寿でどこが違うか?を手短に説明した上で。
「自然界は弱肉強食の世界。されど、強者だけが生き残っても意味はない。それは滅亡への道だ」と話し。
戦士が前に出て弱者や後衛を守る理由・意味。後衛が戦士達が体を張っている内にすべき事を話す。
「恐らく、君達の中には弱者を守る意味を理解出来ない・しない者もいるだろう」
「…………」
「それは構わないし、無理に理解しろとも言わない。しかし、これだけは覚えていて欲しい」
強い力を持つが故に自分達より脆弱で、短命な相手を助け守る意味を持たない者もいる。
敢えてその部分に触れ、発言すれば教室が静まり返り、中には互いの顔を見合う生徒も複数。
だが理解や意味を持つ・持たない事に強制はせず、背後にある黒板に白いチョークで何やら文字を書く。
「心無き力は暴力に過ぎず、力無き心は無力。我々が力を持つ意味を考えて作文にする。これが今回の宿題」
「えぇぇ~……」
「はっはっは!腐るな腐るな。生きていれば、答えの無い問題に出くわすなんてザラだぞ?」
大きく最初の発言を書き、これが宿題だと言えば不満感たっぷりな感想が出た。
確かに宿題と言う響きは大人になっても好ましくなく、面倒臭いと言う気持ちが大きい。
だけど、今まで考えて来なかった内容を考えたり、やってみるのはとても良い経験となる。
その後。治癒の奇跡を道具に付与して携帯したり、天界下界両方にある薬草の調合方法などを教えていた。
「ふむ。今日はこれ位にして、今回教えた内容をどこまで理解出来たか。来週の実技で見せて貰おうかな?」
「起立!礼!ありがとうございました!」
チャイムが鳴り、授業が終わりマイゼル先生に頭を下げる生徒達──とニーア。
その表情はどこか満足げで、尊敬の眼差しを向けていた。……なんか、ちょっと嫉妬。
ふと左手を掴まれ、条件反射で振り向けば優しく微笑むニーアと目が合い、思わず照れてしまう。
「私がまだ実家に居た頃、あの人が家庭教師をしてくれていたの」
「な……成る程ね。べ、別に、嫉妬ととかしてねーし」
「貴紀、いちゃつくのは後にしろ。部屋から生徒が移動したぞ」
自分が知らない過去を教えてくれて嬉しい反面、心を見抜かれた様な感じがして照れ臭く。
強がってみたものの、言い終わってから墓穴を掘ったと理解し、恥ずかしさの余り顔が見れない。
不機嫌なのが丸分かりな程頬を膨らますルージュ、冷静に状況を話すルシファー。
場所移動と言わんばかりに空間がノイズに襲われ、場面が切り替わり夕方の教室へ。
「勉強も良いですが……下校時間ですよ、エリネ」
「あ──マイゼルてんてー!」
「天帝は止めてください。……今日教えた事の復習とは、流石は天使族の天才児ですね」
教室の扉が開き、マイゼル先生が入室し後方窓際の席に座る生徒──エリネに話し掛ける。
この頃から、滑舌の一部が悪く。先生を天帝と呼ぶとは……言われた当の本人も注意してるし。
それは兎も角──エリネが天使族の天才児?そんな話、一度も聞いてなかったんだが。
すると天才児と言われた拗ねたルージュみたく本人は頬を膨らませ、怒ってる表情を示す。
「ははは……すみません。少し、下界で嬉しい事がありまして」
「嬉しい事?」
「えぇ。下界で貴女とは真逆の天才児を見付けましてね」
申し訳なく右手で頬を掻いて謝りつつ、天才児と呼んだ理由を話したら。
不思議そうに首を傾げ聞き返すと、エリネとは真逆の天才児を見付けたと言われ、また頬を膨らます。
それを見て苦笑いを浮かべ、別の内容を言えば良かった……と言いたげな様子のマイゼル先生。
「貴女と同じく、努力家の天才ですよ。奇跡の才能が無い反面、下界の治療法を学び研究する娘です」
「その娘の名前は、なんて言うんでしゅか?」
天才児と呼んだ理由・意味を述べ、奇跡の才能を持つエリネとは正反対の娘だと話す。
自身と同じ努力家の天才と言われ、気になったのか。相手の名前が何なのかと聞くエリネ。
待ってました。マイゼル先生はそんな表情を表す微笑ましい笑顔を向ける。
「ニーア・プレスティディジタシオン。私が知る限り、彼女を越える努力家はそういません」
「にーあ……ぷれしゅてぃでぃじたしゅおん」
「いつの日か──エリネ。貴女と彼女が手を取り合い、医学世界に新たな風を吹かせて欲しいものです」
「…………マイゼル、先生……」
自身の知らない所で、褒められていた。その事実と治療方法の面で譲れないエリネが手を取り合う。
それが先生と呼び、尊敬する相手の望みと知り表情が暗くなるニーア。まあ、気持ちは分かる。
幾ら先生やら師と仰ぐ相手の願いでも、譲れないモノはある。ましてや、相反する相手は尚更嫌だ。
そんな空気を察してくれたのか、再び場所移動のノイズが教室の空間に広がって行く。




