勇者 -evil king-
『前回のあらすじ』
ヴァイスの記憶世界をクリアしたエックス。彼女に抱き締められ、眠りに落ちたのも束の間。
目が覚めれば其所は、あの不思議な映画館。スクリーンに映し出される全ての始まりにして、全ての元凶。
それはとある世界線の人類が、最後の希望を賭けた挑戦にして世界に対する償い。だが……開いた運命は残酷そのもの。
魔神王・ハーゼンヘルギアこと無月闇納の誕生。全ての世界線や次元にも被害を及ぼす計画の始まりだった。
上映が終わり、スクリーンに投影される光が消えて部屋が明るくなる。と同時に──ある光景が見えた。
黒いモヤに赤い眼と二本の角がある存在と森の中で戦う……自分と少女と思わしき人物の後ろ姿。
何故少女と思ったのかは、ポニーテールと背の低さ。恐らく身長は百六十三センチ程と予想。
髪の色は黒く、服装は動き易さを重視して男性用。そんな未来を見た訳だが……アレは何処の世界線だ?
「死線を潜り抜け続けた結果、ワールドロードの力が表に出始めてるみたいね」
「ナイア姉!?……って、おわぁっ!!」
眼に映る光景が終わり、視界も通常に戻り落ち着いた頃。不意打ちも同然な位──
横から声を掛けられ思わずオーバーリアクション気味に驚き、立ち上がると同時に前方の席側に足が向き。
段差に右足が落ち、椅子から転げ落ちて床に尻餅を着いてしまった……何気に痛い。
「映画の方も、次を投影する準備が出来たみたいよ?」
「次の準備?」
「第二幕・勇者 -evil king-。さてはて……これは一体、誰の過去に関する物語かしらね?」
立ち上がり直す最中、隣の席に座ったまま話すナイア姉はずっと前を向いており……
自分もスクリーンに視線を向ける。其処にはナイア姉の言うタイトルが映し出されており。
一度目を閉じ、此方に向けて目を開き微笑みながら話す。これは──誰の過去に関する物語なのかと。
その言葉を聞いた次の瞬間……スクリーンから放たれた眩しい光に包まれ、視界が真っ白に。
「お客さん、お客さん!そろそろ起きないと、勇者救済に間に合いませんよ?」
「ん……勇者、救済?」
意識が戻ってくると同時に、左肩を揺すられる感覚と気になるワードが耳に流れ込み。
目を覚ませば小さな円卓に倒れ込んでいた。体を起こし、頭にバンダナを巻いた猫男に聞き返す。
勇者救済。言葉の響きだけを聞けば、旅の途中で苦しんでいる勇者を助けに向かう。そうイメージするが……
「魔王に精神をやられた勇者を介錯し、救済する儀式さ」
「…………情報、感謝する」
「毎度あり!場所は王宮広場だよ!」
それは間違いだった。苦しむ命を断つ救済・儀式だと言われ、少し考えてみる。
その勇者とは、誰を指しているのか?此処は誰の記憶の中で、勇者に関連する者。またはその仲間……
そう考えた時、一番に出て来たのは──勇者候補生のルージュ・スターチス、続いてフェイクの二名。
情報料として銀貨を五枚を円卓に出すと、店主は新聞を被せて銀貨を隠し、立ち去る自分に場所も教えてくれた。
「王宮広場……人の集まり具合からしても、此処だな」
「これより、我らが勇者の救済儀式を執り行う!!」
街中に出てみれど人気は無く、ガヤの如く聴こえる声を頼りに探してみれば……予想以上にあっさり発見。
なれど、数多い多種多様な魔物の列に阻まれ、前へ進めない。俯瞰視点を使い、勇者を見てみたら……
白髪の痩せ細った優男だ。あの店主は魔王に精神をやられた勇者と言っていたが、どう言う意味だ?
「俺達が……俺達が間違っていたんだ!!もっと早く真実に気付いていれば、こんな悪夢には……」
「「我らが勇者パイソンに、魂の救済を!!」」
「真に倒すべき魔王は、我らが──」
優男が悲痛な表情で、言うべきか否か眉を歪めて悩んだ末に叫ぶ。真実に早く気付くべきだったと。
左右に立つ黒いローブを纏う処刑人の二人は何かを悟り、両手に持つ槍を大きく掲げ。
真に倒すべき魔王の存在が誰か。それを告白する瞬間……背中に槍を突き刺され。
勇者と呼ばれた優男は口から紫色の血を吐き──絶命した。あの男は一体何を、伝えたかったんだろう?
「「これより、新たなる勇者の門出を祝う儀式を行う!」」
「うおぉぉぉっ!!」
「新たなる……勇者?それに、魔王って」
処刑人達は新たなる勇者の門出を祝う儀式を始めると言い、その言葉に魔物達は歓喜の声をあげる。
勇者、魔王……何故その二つが存在するのか?何故、善と悪を象徴する様な存在が生み出されたのか。
その時、ふと──琴音の後ろ姿が脳裏を過った。どうして……そんなにも、悲しい顔をしているの?
(助けて……私の──)
「呼んでる……悲しんでる声が、心が──助けを求めてる。行かなくちゃ」
頭に響く、文字だけの声無き声。世界が、助けを求めている。助かる道を──求めている。
表に出せない、誰にも言えない悲痛な叫び。それは……親に虐められているのを伝え難いのと同じ。
だからこそ、助けを求める声が示す道を辿って大広間へと走り出した。其処には──
「新たなる勇者!!近衛琴音に、今一度盛大な拍手を!」
「琴音が……勇者!?じゃあ、どうして今……じゃない。一緒に戦ってくれてる琴音が魔王に!?」
大広間の祭壇に立つポニーテールの少女剣士──近衛琴音に送られる大勢の拍手と歓声の声。けれど……
その声の裏に込められた感情は冷たく、期待すらない。寧ろどうせ失敗する、と決め付けている。
個人的には、今目の前に居る勇者としての琴音と、一緒に戦ってくれてる琴音の立場が逆な点に意識が向く。
「我らが王の一人娘、勇者・近衛琴音。魔王・クイーンを倒してくるのだ!」
「ハッ!必ずやその使命、果たして見せます」
「魔王は此処から西へ行った狼の森を超えた先に在る、ヴォール王国に魔物の拠点を作り居座っている」
「近衛琴音、勇者として世界を苦しめる魔王討伐に向かいます!」
この時点で、疑問点が幾つかあった。この街に住む住民は魔物の姿なのに、何故か琴音だけは人間の姿。
魔物達が言う魔王とは誰で、何故軍隊や自衛隊も作らず、勇者だけを魔王討伐に向かわせるのか?
前勇者の優男は何を知り、救済と言う名目の処刑をされたのか。コイツらは、魔王が誰かを知っている?
謎の布袋と地図を受け取り、出発する勇者・近衛琴音。自分も静かに離れつつ、俯瞰視点と自らの足で追う。
「勇者だ!!勇者が来たぞ!全員、戦闘配置に着け!」
「この森は人狼の巣か。丁度良い、綺麗に掃除して行くとしましょうか」
また昔のテレビであるノイズ──砂嵐に視界が邪魔され、視界が元に戻ると俯瞰視点には……
集落に居た狼男達や人狼の女子供が屍の山として積み上げられ、自然豊かな緑は赤く染まりまさに地獄絵図。
自分が今から立ち入る……狼の森。外からでも血の臭いが感じ取れる。絆達が出て来たら、ぶちギレ案件。
意を決し、恐怖で震える重たい足を一歩前へ。助けを求める声が示す道は、この森を超えた先に続いている。
「…………勇者ねぇ。これじゃあ、ただの狂戦士じゃねぇか」
「世に蔓延る嘘偽りに包まれて育ち……虚実を真実と視る阿呆が至る道……」
「静久。これは……本当に琴音が、自分の意思でやったのかな」
処刑人や街の魔物達に勇者と呼ばれた近衛琴音。俯瞰視点で視た光景は、人狼族を虐殺した後。
なのに今、自分の眼に映っているのは……老若男女の人間で積み上げた、屍の山。
勇者と言うよりは、女子供すら見境無く襲う野生の熊や狂戦士そのもの。
左腕から緑色の光が飛び出し、静久の姿となり語る言葉に思わず訊ねれば──頷いて返答。
「貴紀……お前はアパテーと戦ったのを……覚えているか?」
「うん?あぁ。あの時はアパテーが欲望の花を使い、幻想の地に幻覚の花粉を……まさか!」
「あぁ……その可能性が高い。手段や方法こそ違えど……黒幕は何かを企てている……」
今度は此方の番。と言わんばかりに聞き返され、取り戻した記憶の中に奴が起こした異変は覚えてる。
それを言い切る前に理解した内容は、静久が考えてるモノと同じらしく、黒幕の計画に警戒中。
もしそうなら──俯瞰視点と通常視点、過去視点を使い分ける事が必要になるやも知れん。
「ひっ!?」
「……貴紀。予想外の奴が紛れ込んでいたぞ」
「予想外の奴って──巴さん?!」
静久が積み上げられた屍の山の周りを調べていると、短くも聞き覚えのある女性の声が聞こえた。
何かを発見した静久は一度目を閉じたと思えばジト目で此方を見、震える人物の手を取り引っぱり出す。
其処には……ヴォール王国でギルドの受付嬢をしていた小山巴が居た。何で記憶の世界に?
「た……貴紀さん!!雰囲気の違う琴音さんが、此処の人達を……」
「分かってる。分かってるから……大丈夫。今は安心しても、大丈夫だから」
自分の姿を一目見て、座り込んでいた巴は此方の胸に飛び込む形で抱き付き。
泣きながら目の前で起きた虐殺を、押し潰さんとする恐怖心に耐えながら説明しようとするので。
屈みながら優しく抱き締め、ちゃんと理解している。だから言わなくても大丈夫、安心しても良いと諭す。
「…………どうする?勇者と呼ばれる魔王を追う……のか?」
「追うしか──ないだろ。何が起きているのかを知る為にも、真実を突き止める為にも」
巴を安心させる為に抱き締める自分を見ていた静久。すると突然視線を逸らし始め……
握り拳を作りながら訊ねて来た。この異変が起こしている嘘偽りを晴らし、真実を突き止めなくては。
ヴァイスの記憶であった様に、琴音の記憶も自分に何か伝えたい事があるんだろう。
それを突き止め、理解し、受け入れる。そうすれば……琴音を本当の意味で救える気がするんだ。
「行こう。この時代の──ヴォール王国へ!」
立ち止まり続けては、何も進まない。逃げる事は大切だけど、逃げ続けていたら……
運命に引きずられるだけ。逆に目標へ自ら突き進むのであれば、運命は導いてくれる。
少しして泣き止んだ巴を連れ、魔物達の拠点にして魔王が居ると言う、ヴォール王国へと歩き始めた。




