不安 -out of my control-
『前回のあらすじ』
目を覚ますと、その場面はイリスを初めて拾った夫婦が住むマンション……その一室だった。
融合神・アヤメの攻撃で崩壊するマンション。失われた義両親の命、封じられたイリスの記憶。
その記憶が訴え掛ける思い。祈り・願い・望みは、エックスにとって辛く、苦しいモノ。
それは過去の自身が持っていた気持ち、心の一部でもあったと思い出し、心を痛めるのであった。
本当にこの選択で良いのか?不安に包まれる中、再び視界に酷い砂嵐が映り場所が移り変わる。
其処は夜の東京都内……と思わしき裏路地で、融合神・アヤメの核を守る甲殻の鎧に亀裂が幾つもあり。
這いずる様に両腕両足の触手を動かし、何処かへ、何かを求めて移動していた。
「な……何故だ?まだ完全体にはなっていないとは言え、獣を超え、人を超え神となったワタシが、ここまで……」
「随分と酷いダメージを受けたみたいね」
「は……母上ざまぁぁ!!」
思い出した。天界から下界へ降りて、人を含む動植物のミイラ化を調査してた時に一度。
夜の東京都内でイリスを保護した直後アヤメと遭遇して、撃破する寸前に逃げられたんだ。
疑問を浮かべるアヤメに対し、夜の暗闇から現れては屈み話し掛ける無月闇納こと、ハーゼンベルギア。
そんな闇納の存在を知ってか、泣きじゃくる子供とも思える声で呼び掛けると。
「彼が新たに得た夢想の力。アレは私の計画にとっても、極めて邪魔な力」
「母上……様?」
「歪で出来損ないなあなたに、私から使命をあげる。あの力を奪うなり抹消するなりしなさい。これは命令よ」
闇納は全く耳を貸さず、独り言の様に呟く。その内容はどれもが、当時の自分が持った夢の力。
自分の言葉が通じていないのか、聞こえていないのか。サッパリ分からず、疑問を浮かべるアヤメ。
再度自身を見てくれたと思えば、出来損ない呼ばわり。右腕となっている触手に左手で優しく触れ。
黒紫色の魔力を注ぎ込み怪我を治した。使命と言いつつ、夢想の力を奪って来いと命令を出す。
「夢想の力……夢を見る力なんて、私の造る世界には不要。全ての意思は一つに統合され、世界を秩序あるものへ」
夢想の力。それは──自分が使う夢を具現化させ纏う力・挽回。その完全上位互換。
絆を紡いだ仲間達、百鬼夜行の面々を受け入れた姿。扱う力も仲間達の数だけ強く・多く・強化される。
言わば、オメガゼロと言う存在へ最も近付いた姿。下手をすると、人間には戻れない領域への手前。
そんな力が、無月闇納が目指す世界には要らない。統一された世界に個人の願いなど、邪魔でしかないから。
「命は愚かにも群れると思考を放棄し、発言者の言葉が正しいと誤認する。ならば思考・認識を統一すればいい」
「母上、様」
触手から手を離しながら立ち上がり、星も見えない夜空を見上げ、独り言の様に話す。
それを見て聞いて、アヤメは不安を感じた。全ての命に対する母の、完全なる世界平和への切実な思い。
弱き者は集うからこそ、自身らが強い存在・多数派で正しいと誤認し、指導者の言葉を愚直に信じる。
「ねぇ……君が思う正しさは、本当に正しいのかな?他の人の正しさを間違いだと、決め付けれる程に?」
「全ての意思が統一されれば、有象無象の正義を排除し一つに統合される。そうすれば、争いも自然と無くなる」
「……そうか。君にはもう、誰の言葉も届かないんだね」
真っ白なお面を被る子供が突然現れ、闇納に話し掛け、返事がある様にも思えるが……そうじゃない。
アイツは自分自身の掲げる正義。全世界に及ぶ完全なる世界平和を成し遂げる為、解決案を口にしているだけ。
その様子を見届けた子供は闇納に愛想を尽かせ、立ち去る……と思いきや、此方に近付き顔を上げ──
「ねぇ……君が思う正しさは、本当に正しいのかな?他人の正しさを間違いだと決め付けれる程に?」
「何が正しくて何が悪いかなんて、所詮は人間が作り出した身勝手な解釈であり、幻想だ」
「だが……私達は自身が正しいと、誰かが正しいと信じなければ……生きては行けない」
「理想と現実の差が大きい程。事実を突き付けられる程、人は理想と現実に苦しむ。自ら命を絶つ程に」
同じ事を問い掛けられた。善悪も人間が作り出した身勝手な概念であり、自然界には存在しない幻想。
だけど人の心は時に醜い汚物であり、時に眩しい程に輝く脆く儚いモノ。光が正義で闇が悪も同じ。
孤独なら己の判断を正しいと信じ、思考を巡らせ前へ進む。集団では思考が邪魔となり、放棄せざるを得ない。
大きな理想を描くのは良い。が……叶えられなければ呪いとなり、突き付けられた現実に苦しみ死を選ぶ人も多数。
「夢を見るのは自由だ。だが、努力無しで夢は叶わない。例え努力しても、必ず叶う訳でもないがな」
「正しさとは……己が信じるモノの積み重ね。自身が間違いだと気付いたなら、修正し続けるのみ……」
夢を叶える為に行動しなければ、何も変わらない。行動しても叶わない可能性だってある。
その行動が正しいと信じて動く。もし間違いだと気付いたなら、出来る限りの軌道修正をすればいい。
いつの間にか出ていた静久と子供……恐らく少年だろう。問い掛けて来た彼に自分なりの答えを言うと。
「成る程。君の正しさとは、陶芸の様に形作るものなんだね」
「とう……げい?」
「陶芸も知らんとは……学校を抜け出して、歴史の授業をサボったからだ……阿呆」
納得した様に、此方の正しいと言う概念を評価した。静久に教わった陶芸は、教科書で見知ったもの。
だけど……それを陶芸と読むとは知らぬ上、学生時代の黒歴史を暴露され、正論が胸に鋭く刺さる。
大人になってから思う。何故勉強をしなかったのか?その理由、実は先生や親の発言だと知ったのはかなり後。
勉強をしろ!と言うからこそ反発する。誰々の為~と誰かが言うが、それは発言者に都合の良い方向へ誘う言葉。
「君だけなんだ。彼女を止められる存在は」
「どうして……自分なんだ?真夜も自分が究極の闇に唯一対抗出来る存在だと言っていたが」
「彼女と言うブラックホールから放射されたのが君。彼女と同じ力を持ち、人間の心を失わなかった唯一の成功例」
またしても言われた。自分が、無月闇納を止められる唯一存在だと……何故自分なのか?
力も知恵も、闇納には程遠く届かない。少年に問い掛け返したら、宇宙関連の話が返って来た。
ブラックホール。惑星が寿命を迎えた時に発生し、光をもねじ曲げて飲み込む超重力。
その渦から吐き出す様に放射される光──に似た、太陽の十兆倍もの明るさを持つエネルギー。
「成功例?自分は量産型より遥か昔の試作型なんだが」
「逆なんだ。君は成功例として生まれ、仮の器を魂と精神が本物に作り直している。継続する努力の中で」
「……そう言う事か。夢を叶える為の努力、夢に近付く為の努力の最果てが……」
成功例と言われど、自分は性能をわざと落とし安全性を求めた試作型。そう……思っていた。
けど思い出した。本当は──人だった頃、伏見稲荷大社へ参拝に行ってた時。無月闇納に……
地球ごと飲み込まれて死んだ。奴の意思に反発した魂と精神は完成形として生まれ、敵対し続けた。
つまり今使い続けているゼロの肉体は……今一番叶えるべき夢、無月闇納を止める存在に近付いている。
「気にすんなって。宿主様が来なきゃ、俺は流産で死んでたんだ。それに俺達は全員、一蓮托生だしよ」
「ゼロ……みんな。ありがとう」
自分でも気付かない内に、落ち込んでいたんだと思う。それを察し、外に出ては励ましてくれるゼロ。
他の五人も円陣を組む様に飛び出し、感謝の言葉と共に左手を前に伸ばせば──
七人はそれぞれ左手を重ねる様に伸ばし、再び左腕へと吸い込まれて行った。
「例え夢想が行く手を阻んでも、所詮は下降の時の夢。夢に向かって日々進む君が、勝てない理由は無いよ」
「なんのこっちゃ。まあ、応援として受け取るよ、ありがと……ん?」
恒例の……と言えばそこまでな、訳の分からん助言。取り敢えず礼を伝えたら立ち去るんだろう。
そう思いきや、足下で何か小さく固い物が軽い音を立てて落下。金属音……何かと思い拾ってみると。
虹の七色が捻り合った。とでも言うべき、通常では全く見ない指輪。
しかも浮いたと思えば左手の薬指に自ら進んで嵌まり、一生懸命引っ張っても抜けない。
「やった……夢想の力。その砂粒の一つを、あの裏切り者に宿らせれた。後は……裏切り者を、取り込むだけ」
再度砂嵐が起きて場所が変わったのだ。そう思っていたが……再び同じ場所、同じ時間帯にアヤメが帰還。
違いと言えば、アヤメの体たる西洋鎧を連想させる甲殻は全身に亀裂が入り、紫色の血が噴き出している点。
四肢を形成する触手もボロボロで、無理矢理千切られたり切断された痕跡もある。
しかしその声は死の不安に包まれながらも、母への親孝行が叶うと信じ、何処か喜ばしい様子。
「これが……融合獣を遥かに超えた、融合神。砂一粒程度の夢想が、私達に更なる力と知恵を授けてくれるとは」
「力って、何だろう。それを手に入れると、不安は無くなるのかな?本当に大切なモノが……無くなるとしても?」
「先ずは食事だ。この星の生命を全て吸い尽くし!!もっともっと力を付け、母上に認めて貰うのだ!」
再度アヤメを退けた日の夜。自分達はイリスと意見の食い違いで──喧嘩をし、彼女は家出をした。
それを狙っていた。と言わんばかりに襲い掛かり一体化。頭と夢想の力を得た融合神は、その力に感激。
問い掛ける先程の子供。されど融合神・イリスはそれを聞き届ける耳を持たず、更なる力を求めて世界へ飛び立つ。
「不安かい?」
「そりゃあな。突然大きな力を得ると、心は醜く歪んでしまう。それが……家族の一員に起きたとなれば」
「なら、彼女達を止めるのは今だよ。大切な存在を救いたいなら……どうすればいいか。分かるね?」
親鳥が餌を求めて飛び立つ様な姿を見届けた後。自分にゆっくりと向き直り、訊ねる少年。
力とは心や未来すらも醜くしてしまう、恐ろしいもの。それを知るからこそ、イリスを止めてやりたい。
少年は言う。今行動しなければ、何も変わらない。そう言われた後。また視界を砂嵐が襲い、目を覚ますと……
「漸く此処まで来たか。世界の破壊者」
「……あぁ。融合神・イリス──お前の世界を、破壊しに来た」
「勇ましい事だ。さあ、我々の戦いに……終止符を打つとしようじゃないか」
目の前に、融合神・イリスの姿が。辺りを見渡すと──やはりと言うべきか、京都駅。
場所と言葉を察して、強い言葉で言い返す。勇ましいと言うが、内心は不安で一杯。
この一戦で、イリスを救わなきゃならない。なのに……その方法が全く思い付かない。
「変ッ……身!」
だけど……それでも!今やれる事を、やれるだけやるしかない。何度も自分にそう言い聞かせ──
戦う意志を示すと腰にアークバックルが浮かび出し、右腰側にフュージョン・フォンを差し込み。
黒い光に包まれ、パワードスーツを身に纏い変身を済ませる。やるしかないと腹を括り、飛び出す。




