記憶 -メメント-
『前回のあらすじ』
過去の記憶を辿る様に。光闇戦争時代の現代で起きた、京都壊滅寸前事件。
だがそれは、イリスと言う名の義娘と融合神・アヤメが世界を滅ぼす為の、軽食に過ぎなかった。
エックスはもう一度。今度こそ、イリスを助けたいと思い、恋の忠告を聞きつつも少女の手を取る。
その選択が正しいのか?不安に思う中、真夜と紅瑠美の言葉に励まされ、再び記憶の世界へ飛ばされるのであった。
「起きて……ねぇ、起きてってば」
呼び掛ける女性の声と、体を揺すられて意識が戻り、ゆっくりと目を開く。
見知らぬ……違う。忘れようとしたあの明るい部屋、目の前にはやや暗めな色をした木製テーブルには。
千切り野菜とハンバーグが乗ったお皿。正面に何故かサクヤが座っており、身を乗り出して此方を揺すっていた様子。
「寝ちゃう程疲れてるのは分かってるけど、晩御飯だけはちゃんと食べてね?」
「ん……あぁ。すまん」
何か、大切な事を忘れている様な気がする。そう言えば、何故この部屋を忘れようとしてたんだっけ?
何故、どうして。そんな疑問が浮かべど、霧に包まれた景色さながら思い出せない。
自分が起きたのを確認したサクヤは席に戻り、微笑みながら心配してくれた。
全く、我ながら自分には勿体無い奥さんだ。……自分達はいつ結婚したんだ?あの旅は?冒険は?
「おとーさん。何か、悩みごと?」
「あぁ~……悩み事じゃなくて。夢と現実がガッチャンコして頭がぐるぐるしてるだけだよ」
「ガッチャンコしてぐるぐる?」
「そうよ。パパはすっごくお仕事を頑張って、お疲れ気味なの。だから、今日は家族三人で寝ましょうね」
左側から話し掛けられ、振り向く。長方形の長い方を横にしている為、幾らか食器を置くスペースはある。
視線の先には小学一年生らしき、背中まで真っ直ぐな黒髪の少女が座り、話し掛けて来た。
嘘は言わず、敢えて濁した言い方をするとサクヤが助け船を出してくれて、内心ホッと一息吐く。
「ッ……!?」
「ねぇ、あなた。あの子に本当の事、伝えなくて良いの?」
「伝えるにしても、今はまだ早い。伝えたい気持ちも分かるが、それは私達が安心したいが為でしかない」
突如視界が砂嵐に襲われ収まったと思えば、イリスだけが隣の和室で寝ており。
自分とサクヤはテーブル席に向かい合ったまま、本当の事をいつ話すのか云々と語り。
勝手に口が開き喋った言葉は、自分達がイリスに対し何か隠し事をしていて、それを話す時期。
サクヤの言う気持ちも分かる。けど、それは真実を言って本人が胸の内のモヤモヤをスッキリしたいだけ。
それは怒る人に対し先に謝り倒し、片や怒りの行き場を無くし。片や謝り倒してスッキリな場合もある。
「あの子が高校を卒業するまで我慢してくれ。無理だと言うなら、離婚してくれても構わない」
「…………分かった。私も我慢するわ。ここで離婚を選択したら、あの子に向ける愛情も嘘に思えるし」
「すまない。最近連続して起きている奇妙な怪異、異変で両親や記憶を失ったなど……今伝えても」
続けて話す言葉は、真実を伝えるのは一人立ち出来る年齢と常識を身に付けてから。
もし堪えられないのなら、離婚してくれて構わない。精神的苦痛を回避する道を示せど、サクヤは拒否。
両親や記憶を失った彼女を救い出したのに、それを嘘だと切り捨て、再びあの闇へ放り出したくないから。
「都市伝説なんて偶像の話だと思ってたら、現実に現れて暴れ出す始末。一体この世界はどうなってるんだ」
「愚痴っても仕方ないわ。こうなった人間は八つ当たり先を求めて暴れたり、責任を擦り付け合うから」
「……そう、だな。こんな時だからこそ、私達がしっかりしなくては」
作り話や空想の類いと思っていたモノが命を持ち、暴れ回ていた光闇戦争時代。
それは科学が発達した現代社会でも一切の例外無く、自分達が駆け付けれない間にも被害は増加の一途。
誰が悪いのか?外では矛先を求め、暴れ狂う疑心暗鬼な人々。そこで再び視界が砂嵐に襲われ……
「お仕事の方は大丈夫なの?」
「一応はね。よくも悪くも、此処東京都の警察や各地の軍隊の機能は麻痺したまんまだけど」
「一月前に終結した目の無い奇形な幼児事件。アレの被害者は数百万規模ってニュースでやってたけど」
視界は部屋の中。正確にはマンションの外で覗く空飛ぶ球体の群れの真上へ。
今後を心配する夫婦を──違う。寝ている彼女を俯瞰するノイエ・ヘァツ達から漏れ出す黒いモヤ。
何となくだが……奴らの憎悪・怨念・恨みと言った負の感情が感情が、此方にまで伝わってくる。
「何故アイツらだけが!どうして自分達は!!」そんな不公平に嘆く憎しみの憤怒や嫉妬が。
「許せない。許せない許せない許せない許せない許せない許せない羨ましい許せない許せない許せない!!」
「憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い寂しい憎い憎い憎い憎い憎い!」
膨れ上がる憎悪、漏れ出す言葉、紛れている本音。ノイエ・ヘァツの群れはお互いにぶつかり合い。
球体では収まり切らない感情を補い合う為に互いを取り込み合い、スライムの如く溶け合って融合。
形作りが終え、色が着いたその姿は……西洋の鎧を思わせる形。コイツが融合神・イリスの胴体、アヤメ。
アヤメは鎧姿のまま、眠る彼女と夫婦の居るマンションへ突撃し貫通。建物は崩壊し、住人達は瓦礫の中。
「痛……い」
「裏切り者……貴様らだけは楽にはさせぬ。拭い切れぬ悲しみと苦痛を味わい続け、消滅するのだ!」
「い、嫌……いやぁぁぁ!!」
鎧の両腕付け根から無数の細い触手を器用に伸ばし、瓦礫の中から痛みを訴える少女を見付け出せば。
触手を胴体に巻き付け引き上げると、先程まで生きていて、今は瓦礫に埋もれた義両親の腕と対面させ。
逆恨み・八つ当たり・嫉妬・憤怒を口にし、直面したくない事実を目の当たりにさせた後。
額に触手を当てると、少女は糸が切れた人形の如く意識が途絶え、そのまま路地裏へと連れて行く。
「貴様らの記憶は、心の奥底へ封じ込める。我々と貴様らが再び一つとなり、完全な融合神と成る時の為に」
そうか……こうしてイリスは自分達に拾われ、新たな幸せを少しずつ手に入れて行く中。
自分達の目がイリスに向いている内に、融合神・アヤメの計画は着々と進んでいたのか。
マリス・ライム。お前はここまでする程、天界で悪意と言った負の感情を吸い続けていたんだな。
受け止める器が決壊し、権限したお前は天界で自分達と天界に住む者達で倒されてなお、ノイエ・ヘァツとなって……
「融合神・イリスの知らない過去は分かった。が、自分達にこれを見せてどうしたいんだ?」
「彼女は知って欲しいだけ。自分自身の本性や罪深き過去。自身が人ならざる存在と言う事実を」
「生きとし生けるモノ皆等しく、罪は持っているもの。そもそも、生きる為に得る行為自体が罪だからな」
融合神・イリスの過去。それは自身が人間ではなく負の感情の塊、マリス・ライムであった点や。
自分自身の存在が、多くの命を奪って来たと言う事実。だが敢えて言おう……それがどうした?
此方の呼び掛けに応じ、目の前に姿を現すフードを深々と被った静久程の身長の人物。
可愛らしい声から察するに、女の子だと判断する中。相手はイリスの気持ちを代弁する様に話す。
されど、罪なんてモノは命が存在する・しないに限らず付いて回る厄介極まりない概念。
「記憶や一般的な常識を奪われた彼女達に、そんな言葉が通用すると思うの?」
「…………」
アッサリと言い返され、何も言い返せず黙り込む。改めてイリスから記憶の殆んどが封じられ。
一般的な常識すら無い事をスッポリ忘れていた。そんな自分に何とも言えないアホらしさを覚える。
「貴方は……彼女達の願いを、祈りを、望みを無視するの?」
「別に無視はしないよ。けど、これを自分にどうしろって言うのさ?」
「それは彼女次第。彼女が何を望むのか」
イリスの──ヴァイスの願いや祈り、望みを無視するのか?と聞かれたが、無視する気はない。
なんだが……これを自分達に見せて何を願い・祈り・望むのか?何となく、予想はつく。
目の前の人物は彼女が何を望むか次第と言うけれど、あの子が求めるものはきっと……自分の願いとは真逆。
だから多分、ヴァイスは思い出せと言っているんだ。自身が……融合神である事を。
「なら、尚更自分は自分が望み願う事をする。それが、あの子の為だと信じてるから」
「…………そう。なら、今回はもう何も言う事はない」
あの子は自分自身を、今度こそ転生すら出来ない程に消し去って欲しいんだ。
それが出来るのは、破壊の力をデトラから受け取った自分だけ。でも自分は、それを求めない。
それを知ってか知らずか、目の前の人物は呆れた様子で頭を下げて溜め息を吐き、姿を消した。
「……残酷な願いや祈りを求められたら、望まぬ者が居ても叶うべきなのか?」
(どうなのかしらね?)
(って言うかよ。それ、宿主様自身の事も刺してね?)
(ダナ。例エ拾ッタ側ノ義父トハ言エ、ソンナ所マデ似ルノモドウナンダカ……)
気持ちが落ち込むのを理解しながら、イリスが求めているであろう事を口にして霊華達に問い掛けたら。
的確な答えは返って来ず、疑問だけ。と思いきや──ゼロとルシファーから予想外な解答が返って来た。
力が微かに目覚め始め、旅が始まる前。そんな過去の自分が奇しくも、イリスと同じ気持ちを辿ってたんだよなぁ。
本当、類は友を呼ぶって言うけどさ。こんな部分まで似た人物を呼ばれてもなぁ……過去の自分を見てる様で辛い。




