希望の欠片
副王の力で、飛ばされる前に住んでいた時代より、未来へ飛ばされた。……体が動かない。
意識は飛ばせるみたいだ。ふむ。周りはかなり暗いが、明るい此処ら周辺は、森らしい。
其処にある遺跡は、気が遠くなる程長い年月、放置されたのだろう。
遺跡の各所に蔓が絡まり、外観を見るだけでも時代の流れを感じ取れる。
「漸く見付かった……悪いね、霊華。僕の遺跡調査を手伝ってくれて」
「構わないわよ。と言うか、心は無理にでも付いて行かなきゃ何日も帰って来ないでしょ!」
探検家を思わせる服装や帽子、大きなリュックを背負った男女一組が、遺跡の中へ侵入して行く。
長年探していたのか、心と呼ばれた男性は、漸く発見した遺跡を前に眼を輝かせ。
霊華と呼ばれた女性は、話している内に怒りがふつふつと沸き上がり、遂には怒鳴る始末。
この声、名前、髪の色……まさかな。
「この遺跡は遥か大昔から在る、貴重な物なんだよ!」
「はいはい。全く……新婚旅行だって言うのに。心の馬鹿っ」
「ごめん。でもそう言いつつ、付いて来てくれる霊華が大好きだよ」
「ばっ……ばばば、馬っ鹿じゃないの!? しっ、ししし心は私が付いてないと、駄目駄目なんだからっ」
子供のごとく眼を輝かせはしゃぐ様は、まさしく見た目は大人、中身は子供。某名探偵の逆だな。
そんな心を保護者さながら呆れつつ見守る霊華は彼の妻であり、新婚旅行で遺跡調査へ来た模様。
ポツリと呟いた愚痴も聞き逃さず、聞いており、歩きつつも謝罪と感謝。
そして真っ直ぐな好意を恥ずかしげも無く言い放ち、言われた側は耐え切れず赤面し、言葉がどもる。
「凄いなぁ、この壁」
「壁が何かあるの?」
「壁画もそうなんだけど、全く風化してないんだ」
「あぁ、もう!」
埃被った壁画に触れ、風化していない事に驚き、技術の高さにワクワクしていた。
夫の嬉しい顔に思わず頬がほころび、好奇心が赴くまま奥へと進んで行く心を見て。
急いで追い掛けながら、風が一切吹いていない無い道を行く。
「成る程。そんな事があったのか」
「そっ、そんな事って、どう言う事よ」
一人で次々と壁画を見て行く為に、帰り道用に虹色に光る石を蒔き。
追い掛ける霊華は既に息が切れ、肩で息をしつつ何があったのかを訊ねた。
「遥か大昔。宇宙を喰い荒らす闇と、それを阻止する光が居たんだ」
「対になる存在、って訳ね」
「光は闇をこの星で封じ、凄い密度の虹色大結晶。オルタナティブメモリーを大地に埋めたんだ」
遺跡内部に残された壁画より。遥か大昔の出来事や結末の他、何処かの地へ埋めた虹色の結晶。
オルタナティブメモリーの存在を、それがどう言ったモノかを、自分は初めて知った。
壁画を読み進めて行けば行く程、心は熱中し、奥へ奥へと進んで行ってしまう。
「光の巫女……昔で言う、神の声を聴く者が言うには虹色大結晶、AMには決して触れるな。とある」
「触れるなって、多分それ、以前私達の国が発掘した結晶……よね?」
その当時。飛び散った光の意思を聴き、その言葉を伝える巫女が存在しており。
オルタナティブメモリーの名を禁止し、略名でAMと名付けた事。
探索や発掘等の禁止、もし発見しても触れず使わず持ち出さず等。
いわゆる見ざる聞かざる言わざる、みたいなのを厳守させていたらしい。
最悪な事に以前、二人の住まう国が知らず知らずの内に発掘し、堀出してしまった模様。
「未来に告ぐ。未来永劫、AMに関する注意点を厳守せよ」
「何一つ、守れてない……わね」
「こう言うのって、最悪のパターン……だよな」
「そう言えば私のお婆ちゃん。先祖代々伝わる言い伝えが~、とか言ってたわ」
読み進めれば進む程、今の自身達が大昔の掟や注意点を破っており、知れば知る程に青ざめて行く。
不安が不安を呼び、最悪の事態を連想してしまっているみたいだ。うん、その気持ちはよ~っく解る。
多種多様な天変地異か、はたまた恐怖の大魔王の復活? それとも──
あれやこれやと悪い未来の事を考えると、不安と絶望感が心を闇に覆われて行く感覚も。
「此処に石板が……!」
微かな希望が消えそうな時、心は足に当たった一枚の石板を見付け、拾った。
すると其処に書いてあった文字を読み解いて行く中、絶望に落ちた表情はみるみる明るくなり。
再び奥へと走り出し、霊華も心を追い掛けて遺跡の奥へ走って行く。
遺跡の最深部。其処は広く、奥には大人一人が十分に入れる円筒形カプセルと、何かの精密機材が有った。
「どうしたのよ。突然走り出したりして」
「石板に書いてあったんだ。希望の欠片、その一つを未来へ託す。って!」
「これが、私達へ託された……希望の欠片?」
追い付き、突然走り出した理由を問う。石板に書かれた文字、その意味を伝える。
未来へ託された希望の欠片、その一つが目の前にある、寝かされたカプセル。
しかしカプセルの中には……謎の人? っぽい存在が入っていた。
「ひっ、人……にしては、体温が冷たく、硬いな」
「あ、体が開い……」
近付くとカプセルは自ら蓋を上に開き、心が謎の人を抱き抱えると、見た目からズッシリした重量が襲っただろう。
床へ寝転ばせたら、錆びた色の人は乾燥した砂へと変わり、崩れった。
埋もれた砂からは半透明な球体型カプセルが見付かり、蓋が開くと深く眠る幼い子供が現れた。いや……ちょっと待て、この子供は──
霊華は子供を抱き上げ、心は最深部の壁画や石板に書かれた文字を解読し終わった頃。
「分かったぞ。崩れた人型のは、パワードスーツ。人体を強化する機械の服だ」
「ソレにこの子が入っていたって事は、この子専用に造られた物って事?」
「あぁ。この子、貴紀が大人になった時の物。だったのだろう」
砂へとなったモノが、解読した壁画文字より自分専用の戦闘用強化外骨格服、パワードスーツであり。
子供の名前が貴紀……今この光景を見、心情を語る自分自身である事、未来へ残す為の揺り籠とも。
他にもあると思わせる言葉から、此処の他に幾つかの遺跡と、希望の欠片が存在すると予想する。
「でもこの子には、過酷な運命が待ってるのよね」
「それがどうかしたのかい?」
微かな希望を見付け、大層嬉しそうな顔を見せる心とは裏腹に、霊華の表情は暗い。
理由は明白。自分達が助かる為とは言え、自分達の子ではないが、希望と言う重荷を背負わせ。
失敗すれば過剰な程責め、例え達成しても達成者に対し、様々な闇を抱え持つ。
この世界を救う事が、本当に希望なのか。
自分達が住まう世界を詳しく知るであろう霊華は、本当の救いとはなんなのか。
何が正しく、何が悪いのか。正義と悪とは? 本当に正しいのは誰で、悪いのは誰か……を、迷っていたと思う。
「私は、この子に普通の人生を歩ませたいの」
「……そう、だな。よくよく考えれば、僕も」
過剰な期待は重荷でしか無く、精神を病む可能性を高めてしまう原因。
希望の欠片として……ではなく、普通の人生を歩ませたい。霊華の言葉を聞き。
興奮が冷めた心は自身の人生を思い返したらしく、または、二人共似た経験をしたのか。
普通の人生を歩ませ、最後には自分自身で決断して貰うと、強く決意していた。
「帰るのはちょっと待って貰えるかな、霊華。此処の壁画を全部、解読したいんだ」
「まだ、解読してなかったのね」
「流石にね。貴紀がもし戦う運命の選ぶ時、可能な限り力になりたくて」
「……そうね。そんな時は、来て欲しくないけれど」
戻る前に超古代遺跡の壁画、石板を全て解読したいらしい。
何年か十何年後かの未来。自分が希望の欠片としての運命を歩む時、何かしらの助けになりたい。それは……
この世界では生みの親ではない。が、されど育ての親として、この世界に住む者として、我が子が──
過酷な運命へ歩む時が来ない事を願い、心は懸命に解読へ取り組み、霊華は幼い自分をそっと抱え直す。
「ん~……はぁ。少し、外を見て来よう」
見守っていたいんだけど、なんかな。直視してるとこっちが恥ずかしくなって来た。
ってのもあり、超古代遺跡の外へ出てみれば……様々な大小の魔物達が武具を手に我こそは、と集い。
言い争う輩、手柄を貰うのは俺だ。等と言い、遺跡へ侵入しようとして、制止されるモノがいた。
「おいおい。誰だよ、スライムなんて雑魚をよこしたのは」
「さっさと帰りな。スライムごとき、此処へ来るんじゃねぇよ」
そんな中。武具すら持てない、場違い感漂う軟らかい球体のスライムへ対し。
罵倒や嫌みを述べる人型の中級悪魔、強靭な肉体と人智を越えた魔法を扱う人を食う鬼、オーガ。
何も言い返せないのか、青く小さなスライムは何も言わない。ただ……
人型で蝙蝠の翼や尻尾が有る、唯一此処へ来た上級悪魔らしき存在は、スライムが来れた事を疑問視していた。
「皆の者。闇の巫女より賜りし、有り難き御告げを聞きし者達よ。遺跡に眠る、忌まわしき遺産を全て破壊せよ!」
が……必要あれば、自身が排除すればいい。と考えを纏めたのだろう。
闇の巫女なる存在からの御告げを聞き、集いし魔物、魔族達へ対し。
遺跡奥に眠る、自身らに脅威となる忌まわしい遺産。
その完全な破壊を声高に宣言し、魔物達はそれぞれ遺跡内部へと入って行った。
まあ、自分だけ……なら本当に詰んでるな、コレは。
「むっ、道標の魔法石。それに風もある。つまり、何処か外と繋がってる場所がある筈だ」
「ほう。流石は中級悪魔。人間共より知恵が豊富だな」
「ふん。奴等は頭の使い方、経験が足らんのだ」
「ハ~ッハッハ!」
通路を進んで行けば、霊華が帰り用に残した虹色に光る石を見付け、あの時は吹いていなかった微かに吹く風に気付く。
早速手柄を得る中級悪魔を褒め、人族を馬鹿にする発言を言い、オーガと一緒に笑う。
自分達から言わせりゃあ、テメェらも人間と一緒だよ。そもそも人の寿命は他種族に比べて短く、体も弱い。
力や知恵も魔族に負けている。良くてもタイマンで小鬼……ゴブリンに勝てるレベル。
道具や魔法を上手く使い、仲間と協力して辛うじて中級魔族に勝てる為、魔族には下に見られがち。
「ハ……ハ…ッ」
笑う門には福来たる、されど噂をすれば影。馬鹿丸出しで笑っているからだ。
通路を歩いていた全ての魔族は白目を向き、死んだ。
倒れた中級悪魔とオーガ。二体が進んでいた通路の先から、黄色いローブで身を包む人物が現れ。
足音を鳴らさず歩き、二体の前で立ち止まると一度見下ろし、顔を上げ立ち去って行く。
すると遺跡内で死んだ魔族の死体が、次々と立ち上がっては、先程の人物を追う様に歩き出す。
「遅い……余りにも遅すぎる」
魔物達が遺跡へ乗り込んで約30分。普通なら戦闘音か成果を手土産に、出て来ている筈だろうよ。
場に合わない怪しいスライムを警戒し、突入組から外した事は褒めるよ。あぁ、素直にな。
「予定通り、か」
「何、を……」
沈黙を続けていたスライムが口を開き、「何を言うか貴様!」と振り向き怒鳴る上級悪魔。だがまあ、その口が二度と声を発する事は無い。
理由? スライムの鋭く尖り、伸びた一本の青い体が口内を貫いたからさ。直後、全身から青いトゲが飛び出した事が原因で、上級悪魔は完全に死んだ。相変わらずエグい殺し方だな。
「此方は終わった。魔族と言えど、上級以外は大抵馬鹿ばっかりだな」
「例えコイツみたいに不審に思っても、慎重過ぎて今回と同じ結果になるだけよ」
ローブの人物と魔族の死体が遺跡より出て来ると、スライムは膨れ上がり、女性の姿を形作る。
それは豊満な胸元を強調した、よく知る黒い修道服の女性。二人は死体を放置し、飛び去って行った。




