同時進行
『前回のあらすじ』
メディカル・メンタルチェックを終えた時、三つの魔力を感知。バイクに乗りアナメ、ニーアを連れて出発。
駆け付けると其処にはマジックに追われ、神無月水葉を抱えた白兎が逃亡中だった。
運良く居たフェイク一行と協力し、マジックの撃退と水葉・白兎の両名を助け、アナメとニーアの紋章が輝く。
助けたお礼に、紙と写真の束で情報をくれる。その中に超古代の遺跡や、人類洗脳に関する計画を知る。
とても懐かしい夢を見た。小学二年生の頃に初めて水葉師匠と出会い、条件付きのタイマンに負け。
しつこく付き纏われる内、いつの間にか意気投合し、普通に接してくれる師匠に心引かれて惚れた。
それは師匠も同じで、自分が十八歳になったら結婚しよう。そんな遠い約束を交わした日……
歩道側が青信号で渡る師匠を──居眠り運転のトラックに跳ねられ……約束と共に幸せは砕け散った。
「クッソ……酷い夢を見た」
ゼロライナーの第三車両、倉庫に置かれた空のコンテナ内。天狐モードの恋に凭れ寝ていたが……
嫌な結末の夢に起こされ、薄目が開く。何故コンテナの中で寝ているのか?
それは、待機用兼客室用の第五車両が満員だからだ。雑魚寝で申し訳ないがな。
「酷い夢って、どんな夢?」
「どんな夢って、水葉お姉ちゃんがトラックに……え!?」
「お~はよ、貴くん。久し振りに無防備で可愛らしい寝顔と体温を満喫出来て、お姉ちゃん幸せ~」
酷い夢を見た時は決まって、猫の様に体を丸めているのだが……師匠の温かく迎え入れてくれる声と。
当時を思い出す懐かしくも良い匂いがして目を見開けば──いつの間にか抱き締められており。
目の前にはあの頃と美貌や何もかもが全く変わらないお姉ちゃんが居た。違う違う違う、師匠だ師匠!
と言うか、相変わらず魔法属性柄の薄緑色パジャマで……ノーブラなのな。ボタン全開で色々と丸見え。
「スーッ……よし、腹は括った覚悟は決めた。バッチこ──」
一つだけ言わせて欲しい。寝る時は恋達だけで、師匠が潜り込んでも自分が連れ込んだ扱いですか。
サクヤの凄まじい殺気と言うか怒気を感じたので、弁解や言い訳の何も通じんと察し。
起き上がって覚悟を決め、腹も括って八つ当たりだか嫉妬だかのドギツい一撃を右頬に受けた。
「それ……単なる八つ当たりですよね?」
「仕方ないよ。信じ難い出来事が重なった結果とは言え、異性を口説き回ったんだし」
右頬に真っ赤な手形を残しつつ、近辺の偵察も含め心情ゆかりと朝のジョギング中。
今朝起きた内容を話すと、やはり八つ当たりで正しかったらしい。だが、自分には受ける義務がある。
最初の頃は力を取り戻す為、強固な絆が必要だった。それこそ、恋人関係や夫婦仲になる程の。
副王の力で別の時間軸に移され、異変解決と対象とされた異性とお付き合いをね。
「だから敢えて受ける様にしてるの。ウチが犯した罪に対する罰、ストレスの捌け口として」
「ウチ?」
「あ、ヤベ……」
昔を思い出して話していたからか。思わず当時から続く癖が出てしまった。
足を止めた上に疑問符で聞き返され、思わず右手で口を隠してしまう。
どう説明するか?どう伝えるべきかと頭の中でパニック状態の中、後ろから足音が近付いて来る。
「貴女こそいい加減、その何百枚目かすら分からない分厚い顔を取ったらどう?」
「そう言う貴女もブラコンを止めたら?自分の願いを叶える為の玩具だって、代わりに言おうかしら?」
「フフッ……その喧嘩、買ってあげるわ。厚化粧」
「ありがとう。若作りに懸命な貴女との決着、今日此処で着けてあげるわ!!」
声が聞こえ二秒。師匠とアインスの姿が見え、自分達を早歩きで追い越し二秒、追い越して一秒。
計五秒で口喧嘩をしつつ、物凄い速度で走り去って行った。文字通り嵐が通り過ぎた様で唖然となる。
そんな自分達に黒煙の空から雨がゆっくり。されど徐々に強く降り始め、遂にはゲリラ豪雨へ。
「ゆかり、あの建物へ急ぐぞ!」
「あ、う──うん」
自分のコートをゆかりに頭から被せ、彼女の細い右手を引っ張り。
車道の向かい側にある白く大きな建物へ向かう。他は屋根の無いビルばかりで、雨宿りも出来ない。
歩道橋を渡り、美術館と書かれた看板を通り抜け、建物にある屋根の下へ到着。
全身ずぶ濡れになり、息を整え建物の入り口を見ると……中は照明が点き、硝子の扉も開いている。
「雨宿りがてら、時間潰しに見て回るか……ゆかりもそれで構わないか?」
「うん。構わないよ」
正直、看板の文字が全て見えていなかった。何処の、何と言う美術館かも知らない。
元々美術に興味を持たなかったのも、その要因かも知れない。だから、警戒もせず入った。
室内は明るく、入り口の近くには男女別のトイレや土足禁止と書かれた立て札もあり。
ずぶ濡れ衣服を絞る意味も込め一度別れ、トイレで絞った衣服の水分を静久に吸って貰った。
「魔力と霊力の無駄遣い……ではないか。精神的不快感を拭う意味も含めれば」
「風邪にも繋がるから、無駄遣いじゃないと思う」
「にしても、雨が降るとは予想外だな」
ヴォール王国とストレンジ王国のいざこざ、フォー・シーズンズで戦いを通し。
巻き込みたくなかったゆかりにも自分の正体がバレ、少しずつ接し方が変わってきたのを実感する。
他愛のない話をしつつ、美術館を見て回る。絵心も何もない為、芸術品を見ても何とも思わない。
「これって、デートだよね?……うん、デートって事にしよう」
「……?」
ゆかりが何やらそっぽ向き、頬を赤らめながら呟いては自分と手を繋ぎ始めた。
美術館は広いし、はぐれるよりは良い。そう思い、手を振りほどく事はせず、見て回ると。
サングラスに白マスク、白い半袖にブルーのデニムパンツ姿の背に届くウェーブ茶髪の女性を発見。
ぶっちゃけ、クッソ怪しい。有名人が顔隠して外出~とか言うレベル。背に届く髪は良いけど。
「……自縄自縛。本当、いつ見ても──私自身に見えてしまうわ」
「失礼、レディ。此処へ初めて来るのですが、どんな方の作品を展示されているのですか?」
独り言の様にポツリと呟く女性の言葉を聞き、勇気を出してちょっとした賭けに出る。
第三者から見たらコイツ、何を言ってるんだ?と思われるかも知れんが、んな事知るか。
「……成る程。突然の大雨に襲われ、雨宿りで知りもしない建物に入った。そう言う訳」
「えぇ。幸いにも連れが濡れ鼠にならず、風邪を引く原因の一つにもならず済みました」
「馬鹿正直でお人好しなのね、貴方」
外のゲリラ豪雨を映す硝子壁、ゆかりに被せたコートや此方を見、話を聞いて頷く女性。
よし、賭けは成功と見て良さげ。敢えて衣服を乾燥させず、微量な魔力と霊力で皮膚を保護。
ずぶ濡れ感が説得力を裏付けしてくれたお陰で、変に警戒されず済んだっぽい。
「此処は異質美術館。敢えて一般人受けしない異質な絵や美術品を飾り、展示する人を選ぶ場所」
「この絵も、そうなの?」
「そう、タイトルは──自縄自縛。狼少年が自身の嘘で身動きが取れなくなる光景を描いたらしいわ」
異質美術館。そう言う館内の作品は確かに、一般人受けは全くしなさそうな展示物が多い。
ギロチンで公開処刑される絵のタイトルは、alternative answer。即ち、二者択一の答えと返答。
左の都会・上中央の田舎・右の遺跡から矢を受け、下中央で俯く絵はPut out walk……~に耐える。
女性が言う自縄自縛は──左右上で紙コップの糸電話に話し掛ける人間達と。
絵の中央で糸電話の糸に全身を縛られ、首を絞める糸に苦しむ獣の絵。何故か、哀れに思えた。
「この美術館と同じ様に、社会や支配する者から異質な思考や行動をする者達は、非難されて来た」
「……マイノリティー。だから、ですね」
人間は集団行動をする際、共通の目的や利害の一致が多い。それはストレスの発散であり──
金品や領土の強奪を目論む戦争行為、不幸や不安などを取り除く為に行う村八分。
けれど、いつの時代にも少数派は存在する。集団行動がメインの場合、邪魔だがな。
人間とは大きな変化を嫌い、拒絶する本能がある。だから少数派や理解出来ぬモノを嫌う。
「だが、マイノリティーも素晴らしい。一般人には理解出来ない作品や、考え方が出来るんだから」
「貴方も、大勢多数には理解されない方なんですか?」
されど一般から離れた認識・思考・表現。それはマイナスではなく、プラスにも成り得る。
鬱的な作品が全て駄作か?否、神作もある。バッドエンド作品は救われずとも、心に残る作品だ。
要するに、一般人は一方的な先入観と見方をし易く。マイノリティーや一部は多方面から見て考える。
自分はどちらも好む。違うからこそ、理解されないが故に──女性の言葉に対し、無言で頷く。
「奇遇ですね、私もそうでした。今はたった一人の妹に、理解されない状態ですけど……」
「めい、めいの……こころ、ざし?」
「あぁ。そちらは冥冥之志と言って、人々の裏で黙々と努力に励む事を表す四文字熟語です」
右人差し指で右頬を軽く掻き、困った様に首を右へ傾ける女性はゆかりの拙い発言に気付き。
代わりに読み、意味を伝える。だがその意味と絵に描かれた表現は……合っているのか?
嵐の中、壊れかけの塔の上で血まみれの拳を掲げ復讐を誓う一人の人間。いやまあ確かに……
復讐の為、黙々と努力に励む作品とかもあるが──何だろう?妙な引っ掛かりを感じる。
『緊急警報を近畿地方全域に発令。現在京都、和歌山に怪物が出現し兵庫県への進行を予想』
「二ヶ所に同時出現して同時進行!?」
『なお、和歌山に現れた怪物は大阪に向かっていると予想され、どちらも周囲に甚大な被害を──』
美術館に流れる緊急警報。全く新しい出現パターンに思わず驚くも、戦争や戦術としてはごく普通。
目的地もほぼ判明しているならば、待ち伏せや迎撃もやり易い。一つは此処に向かっている様だし。
警報は途中で途切れ、照明も激しい揺れと共に明滅を繰り返し、遂には切れてしまい館内は真っ暗。
「二人とも、怪我はないか?」
「私は、大丈夫です」
「私も。貴紀君、私はこの人を非難させるから……」
激しい揺れに立っていられず、美術品や絵も幾らか床に落ちては揺すられ移動する程な為。
安否を聞けば、二人とも大丈夫な様子。ゆかりは自分がオメガゼロであると知るからこそ。
一般人たる女性を此処から引き離し、自分が戦いに出向き易くしてくれた。これには感謝だな。
「外はゲリラ豪雨。なら、これを利用しない手はない。静久、頼めるか?」
「任せろ……どの道、此方も同時進行で対処するしかないのは……火を見るより明らか」
外の天気、自分の身近に居る戦力。それで考えれば、静久しか選択肢には浮かばない。
本人もそれを自覚している様で、天叢雲剣と三ツ又の矛を持ちやる気は十分。
出発しようとした時。右足で絵画の縁に爪先が軽く当たってしまい、その絵をよく見てみると……
「群軽折軸……だが、この絵は」
都会・山・海・森・大地・宇宙が六角形に配置され、中央に向けてゴミや黒紫色の煙が集う絵。
群軽折軸とは微細なものでも数多く集まれば、大きなものになる例え。
これはつまり……人類が出したゴミと欲望が、一点に集中して集まった──と言う意味なのだろうか?
だとすれば、此処にある絵や美術品の幾つか……もしくはその全てが、そう言う事になる。
「何をしている……さっさと行くぞ」
「あ……あぁ、行こうか」
一つを理解すれば、謎は更に深まる。何故これが理解した事実に繋がるのか?
これを作った、描いた者には何が見えていたのか?そんな疑問を抱えながら、静久と共に外へ出る。
ゲリラ豪雨はまだ続いており、外に出た自分達を迎え入れる様に、ゼロライナーが戸を開いて待つ。
同時進行を食い止め、撃破なり撃退させたら──また此処に来よう。謎を少しでも解き明かす為に。




