力を持つ意味と恐ろしさ
『前回のあらすじ』
レジスタンスの拠点で男勇者候補生ことフェイク一行と、フュージョン・フォンを盗んだ女性と再会。
活動理由と勝算を聞くも、現状勝ち目はない。調律者姉妹とは敵対関係と話、勝機が見え始めるレジスタンス。
其処に現れた調律者に仕えるアルファ。破壊者に要件があると言い、連れて行かれた場所で桜改め桜花と対話。
フュージョン・フォンを餌に話す桜花の言葉は、妹であり自身の別人格・心情闇納を倒す事だった。
果たして、どちらに手を貸すべきか?メリット・デメリットを照らし合わせてみよう。
桜花に手を貸して心情闇納を確実に倒せるのなら、無月闇納の強化を阻止し、倒し易くなる。
闇納に手を貸せば管理者勢力が壊滅し、倒すべき勢力は残り二つ。
でもなあ……結局は厄介者たる自分を排除する絶好のチャンスを与えてしまう訳であって。
「今直ぐ、とは言わないわ。そちらの事情も、幾らかは知ってるもの」
「まあ……そう言ってくれるのは助かる」
何処まで此方の事情を知っているのかは不明だが、こう言うのはチーム全体で決めるべき内容。
肩を落として溜め息を吐くと、目の前に魚の名前が彫られた湯飲みを出された。
こんな場面で出された物を飲むのは、話を飲む意味だと元職場の上司に教わった為、飲まない。
「警戒しなくてもいいわよ。これは『破壊者』にではなく──『スレイヤー』に対しての依頼だから」
「むっ」
椅子の背凭れにもたれ掛かり、呆れた様子で専用ワードを口にした為──眉をひそめ睨む。
依頼する時にスレイヤーと付く場合、それは表沙汰に出来ない危険な依頼。
それを知るのは大将と寧にマキナ、それと限られた客だけ。まあ十中八九、調べたのだろう。
「変に疑うだけ無駄よ。私にはもう、貴方と戦う力は無いから」
「……は?」
「だ・か・ら。私はもう、管理者と言う勢力じゃないって事」
警戒・疑い・不信感。そんな想いと思考が渦巻く中、桜花から発せられた言葉に……
馬鹿丸出しな疑問符が出た。いやいやいや、嘘を吐くにしても、もっとマシなのがあるだろう。
そう思い、アルファに視線を向けてみる。すると溜め息を吐く様に肩を落とし、ゆっくり頷いた。
「……マジかよ」
「マジもマジ」
「オーマ時王!」
なんか、本当っぽい。余りにも唐突すぎる話に、頭の処理が追い付かん。
桜花本人も自暴自棄気味なのか。右肘をテーブルに、右頬を手に乗せやけっぱちに言う中。
何処から湧いてきたのやら。真夜が元気一杯に自分と桜花の間から飛び出し、ボケを一つ。
気付けばいつもの癖で知らぬ間にしばき倒していた。いやはや……すまん。
「まさか伝説のゼロフレームツッコミを会得されていたとは……恐ロシアンルーレットォ?!」
「じゃあ、自分達に襲い掛かってきた機械兵やあの殺し屋は?」
相手の背後より両足を内側から引っ掛け、両手で綱を思いっ切り引く要領で絞り上げる。
プロレス技の一つ、リバース・パロ・スペシャル。こんな技、今の自分じゃ邪神級にしか使えん。
「依頼の内容は、闇納が作り出した人工ナイトメアゼノの完全な破壊。貴方達はバグ……と呼んでたわね」
「良いだろう、その依頼は受けてやる。どうせ、同じ依頼内容だしな」
「交渉成立──ッ!?」
受けるか否かどうする?そう怪しげな雰囲気と表情で訊ねつつ、右手を差し出してくる。
伸るか反るかの握手……だとしたら、罠だとしても乗るしかない。アニマからの頼み事でもあるしな。
此方も右手で桜花の手を握り、言葉と行動で返事を返した──んだが、どうしたんだ?
突然酷く青い顔になった上、目を見開いて汗も滝みたい。って、この感じは……マズイ!
「桜花様!!」
「やっぱり、考える事は同じ。でも、私は貴女が思考するその先を行く──っ!!」
真上から桜花の四肢と腹、周辺だけを狙い放たれた細くも黒い光は見事役目を果たし、貫く。
それが目の前で起き、アルファが叫び、駆け寄ろうとした途端……何かが心の底から沸き上がる。
上空から降り立ち、目を見開いたまま意識の無い桜花に対し、嘲笑った表情を見せる闇納を見たら。
黒くて粘り気が強く、砂が混じってる様にザラッとした感触であり、冷たくて焼けそうな感覚を覚え。
「仕留め損ねたか」
「フッ……やっぱり脅威となるのは貴方だけ、みたいね」
気付けば両手に匕首を持ち、闇納の前方に飛び込んで、首を切り落とそうとした後だった。
短い刃と奴の首に赤い血が滴り落ちている辺り、かなりギリギリの回避だったらしい。
破王か白刃が有れば……奴の首を跳ねれた。匕首の刀身は奴の力を浴びて、刃の半分以上が消失。
やはり無の力・アインを攻略しなくては、物理的なダメージは見込めないと見るべきか?
「……何だと?」
「貴方だけが、私や王を越えられる。貴方だけが!!あの王と対等に並べる、光にして闇の存在!」
話ながら両手に持った匕首を棄て、横に移動し、壊れた背凭れの破片を両手に掴む。
すると破片は右が闇、左は光に包まれ……何故か太鼓を叩く際に使う棒に。
しかもアイツ、話す間に傷が勝手に治っていく。魔法──じゃないな、魔力や霊力を感じない。
となると、特性や固有能力に近いスキル。恐らく、ベーゼレブルより上の再生か、不死。
「完全なるオメガゼロとは、不死の領域に届く再生能力を得ると、桜花様より聞いたが……これは」
「えぇ、そうよ。如何なる傷も、不死の前には無力!今の彼じゃ、まだ私や王の足下にも──え?」
不死や再生能力に頼り、かまけた末に目を閉じて悠長にベラベラと語り始めるとは。
強者を名乗る連中や、圧倒的優位に立った奴らはドイツもコイツもお喋りを始めやがる。
それが隙を生み、逆転されるとも知らずに。勿論例外はいるが、今はただ……奴の懐へ飛び込んだ。
「お前の殺し方はもう、覚えた。後は……『殺し尽くす』だけだ」
不老不死は倒せず、殺せない?馬鹿を言え。ゲームで攻略法があり、自然界に天敵が居る。
攻略法はある。それを証明する様にバチをがら空きの腹に横向きで力強く叩き込む。
効けば当然衝撃で体は猫背に。続けて後頭部に渾身の一撃を叩き込むと、バチは砕け散った。
「血や肉が無ければ再生も出来まい。これから死ぬまで、貴様の全てを喰い殺してやる」
「き、貴さ──」
流れる様に仰向けに押し倒し、腹に乗っかり行ったのは……ただの処刑としか覚えていない。
暴れない様に手足を折って捻り、顔面を左手で押さえ付け、闇を纏う右手で首を鷲掴む。
自分の意識が戻った時はもう、心情闇納が着ていた白衣や衣服以外は何も残っておらず。
勝った……と言う感情よりも恐怖心が勝る。けど、自分の意に反して残った衣服を見下ろす。
「これで一つ。残りは二つ」
人間が持つ、非情さと残酷さに。何がこんな人間を産み出す原因となるのか?
テレビ番組?確かにそれもある。けど本当にそうなら、もっと多くの人間がこうなっている筈。
ゲーム……疑似体験は出来るが、所詮はそこまで。では根本的な理由は何か?家庭環境と学校だ。
「アルファ。桜花の容態はどうだ?」
「か、辛うじて一命は取り留めている。運良く、急所には当たっていない」
心情闇納の行動が、虐めを行う子供や嘲笑う大人に見えた。汚物と罵詈雑言に溢れた心の持ち主に。
それを正すのが正義と言うならば、俺が人類を滅ぼすのもまた──間違いなく『俺の』正義であり。
人を蹴落し嘲笑う輩を、悲鳴と絶望に叩き落とすのも……人間が大好きで、正しいと吠える正義。
「そうか。ニーア、エリネ、緊急の患者だ。此方に転送するから、処置を頼む」
「助かる……エックス」
テーブルの方へと歩き、フュージョン・フォンを掴んで操作を行い、電話を掛ける。
坦々と行う自分が怖くもあり、何も感じない自分に吐き気を覚える。何故だろう?
力や記憶を取り戻すのが怖い。自分と言う自我が失くなる様な気がする中……二人を此方側に転送する。
「患者を此方へ!」
「あ、あぁ」
戦士の戦場は救護班の戦場へと切り替わり、桜花をベンチの上に運ぶアルファと始まる応急処置。
何度対面しても、この無力感は慣れない。力を得る代償は自身を中心として、広範囲に広まる。
きっと……自身の心にも。その環境や境遇に慣れてしまい、それは違うと判断出来なくなるのだろう。
「っ……機械の部分が全く分からない上に、蔓が何の役割か分からなくて下手に触れない」
「脈拍が低下中でちゅ!このままじゃ……」
「駄目、弱音なんか吐いていられない。患者に使われてる機械の予備やデータはある!?」
未知の患者に四苦八苦するも、諦める様子を見せないニーア。左手首を掴み、脈を測るエリネ。
本当に強いよ……君達は。桜花を治療する為、出来るだけをやろうと頑張っている。
経験と知恵を振り絞り、受け取った機材やデータを手に少しずつ理解し、治療が進んで行く。
「止血と蔓の処置、済みまちゅた!」
「こっちも傷口の縫合と欠損機械パーツの交換は終わった」
なんと、応急処置を完遂。ホッと一息吐く二人に近付こうとした途端。
見開いていた桜花の眼が動き、意識を取り戻した。よし、これでこの時代で起きている情報を聞ける。
「うあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ!!」
「──っ!!」
と思う気持ちとは裏腹に、突然声が枯れんばかりの雄叫びを上げ、駄々子の如く暴れ出す。
抑え込もうにも耳に響く大音量の声で離せず、叫び終えた時を狙えど酷く怯えた顔で逃げられる。
一度完全に落ち着かせないと、話も出来ん。何か手を考えないと……
「ここはあたちの出番でちゅ。スキル発動・還光」
「駄目!その力は──」
仮初めの青空から一筋の光が差し込み、桜花を優しく包み込む。と同時に、表情も穏やかに。
その光景を見ていたからか。日常的な為に気付けなかった事を思い返し、疑問が浮かんだ。
何故、ニーアはエリネを嫌っているのか?正確には、エリネが使う治療術に対して……だな。
素朴な疑問を聞こうとする中、アルファが桜花に駆け寄って行くのが目に映り、微笑ましく思えた。
「桜花様、もう大丈夫です」
「……あなた、誰?此処は──何処?」
「お……桜花、様?」
が、そんな温かい気持ちはその一言で冷め、何事かと思い勢い良く振り返る。
肩を掴んで話し掛けるアルファだが、逆に怯えられ、今にも泣き出しそうな怯えた顔で逃げ出す。
何が起きているのか理解出来ず、困惑した様子。正直、自分も何がなんだかサッパリだ。
「あたちのスキル・還光は嫌で辛いトラウマとかを光に還す対価に、良かった事で相殺するでちゅ」
「多分……桜花さん。アルファさんとの記憶を全部、失ったんだと思う」
満足げなエリネと、悲しげなニーア。力の対価・代償として救われたとしても……
本当に、これで良かったのだろうか。これが望んだ結果だと、成功だと言い切れるのか?
改めて力を持つ恐ろしさと、それを扱う心の大切さを痛感し──俯く。




