本心
『前回のあらすじ』
魔神王の心と共鳴し、夜の砂浜へと出たエックスは、同じく共鳴したマキナと話す。
それは魔神王が感じている孤独感・願い・目標。そして──マキナとエックスはお互いに告白し合う。
翌朝、今後を危惧して警告するディーテ。再び砂浜を巴、トワイ、遥の三名を連れて歩く内。
ミミツに幼女化された混血仇を発見。紅一族滅亡の事実を視た上で、ゼロの意向で諭した結果、求める結晶を貰う。
天空島でトリックを倒し、脱出してから早一週間が経過。大半の仲間達は息抜きが出来た様子。
「危険度MAX。バイタル及び心拍数急上昇。エックス・アーマー・リペア、ver.ⅩⅦ、暴走を開始」
「アイ・アインスさん!」
「はいはい」
まあ、大半の仲間達は……な。自分達はまたパワードスーツを使える様にする為、実験中。
何度手を変え方法を変えても、実験は一向に成功せず、ディーテが現状を機械的に知らせ。
パワードスーツのバイザーは真っ赤に染まり、装着者の全てを消費して暴れ出そうとするも。
オラシオンのトップ。アイ・アインスこと、真夜がデコピンを額に一発打ち込む。
「強制停止コードを受理。排熱モードに切り替え、装着者の生命維持を最優先にします」
「貴紀君?!ディーテさん、貴紀君を早く医務室に!!」
暴走し動き出す前に、パワードスーツは強制的に停止。焼き石に水を撒いたサウナの様に。
高くなった内部の温度を下げる為、各部の装甲が少し浮き、排熱が行われる中。
名前を呼ばれても、返事を答える余裕は微塵もなく、医務室へ運ばれたまでは……覚えてる。
「全く──何度言ったら分かるの!!」
「ごめんなさい……」
「あたちが御主人ちゃまを癒しまちゅ!」
「だ~か~ら~……エリネ!患者の負担を考えてって、何度も言ってるでしょ?!」
そんな怒号と会話が耳に響き、ゆっくり瞼を開くも──視界は霞み、うっすら見える程度。
首を横に向けると、どうやらニーアが寧とマキナの技術組の他。
医療班仲間であり、犬猿の仲と思われるエリネに対し、酷く怒っている様だ。
「これ以上は患者の負担を増すだけだから、早く出てって!!」
「で、でちゅが、御主人ちゃまの看病……」
「私がやるから!」
患者の負担を第一に考えるニーアは、自身を怒らせ、怒鳴らせる対象の面々に退出を促し。
寧達は受け入れるも、医療班としてエリネは残りたがり──追加で怒鳴られ、渋々出て行った様子。
誰かを助けたい。そんな素晴らしい想いや夢も、行き過ぎれば暴走となり、害を及ぼす。
……悪い癖だな。変に悪い方へと思考を巡らせてしまうのは。
「ニーア……」
「熱が下がるまで寝てて。普通の人間なら、血液が沸騰してるんだから」
起き上がろうとしたら、両肩を掴まれベッドへ寝かされた上、自分の症状を伝えられた。
そうか──そこまで疲弊してるのか、この体は。馴染み過ぎて返却も出来ん。ゼロには申し訳ねぇ……
「行き過ぎた正義は悪であり、悪には悪の正義がある。昔、ユウキがそう教えてくれたよ」
「貴方に戦闘方法を教えた……カルテに残ってた人の名前」
「他にも──人は安心を求めるが、平和が続けば刺激を求め、争いを起こす。とも」
「お父さんが言ってた。平和は──人の数だけあり、戦争を平和と言う人間も居るって」
正義の反対は悪ではなく別の正義であり、勝った者が正義だと言う発言も最近は頷ける。
死人に口無し。故に、どっちが正しいかなんて、生き残った奴にしか言えないのだから。
人は安定を求め、不安を嫌う。若い内は刺激を求め、歳を重ねれば安定を求めるってのも、面白い話。
そんな中、ニーアが口を開き話したのは……そんな当たり前の言葉。
「そりゃあ……死の商人からすれば、日々武器が売れる事が平和であり、幸せだろうよ」
「不思議よね。同じ言葉でも、人によって意味が違うだなんて」
悔しげな表情で、目に涙を浮かべる彼女が言いたい事は──何となく分かった。
平和・自由・善悪。世間一般では特定の意味しか持たない言葉や文字も、受け取り手次第で。
意味が反転したり、ねじ曲がったりする。簡潔に言えば、解釈違い。と言うヤツだ。
「悪い。少し、眠たくなってきた」
「大丈夫。薬が効いてるだけだから」
話している途中。急激に強い眠気に襲われ、その旨を伝えると、ニーアは薬が効いてると言ったが。
不思議と危険を感じず、自分の左手を両手で包まれると同時に……瞼を閉じ、眠りに着く。
そう。眠りに着いた──筈が、直ぐに目を覚ました。勿論と言ったらおかしいが、全く別の場所で。
「オッス!宿主様」
「ゼロ……それに霊華、ルシファーまで。って事は、此処は」
「あぁ。以前から何度か来てる、例の不思議な劇場だ」
其処には自分と同じ容姿や衣服を着つつも、白と黒が反転しているゼロの他。
真っ直ぐな黒髪ロング巫女の霊華、長い黒髪を首元で括った、黒い洋服姿のルシファーが居て。
此処が何処なのか?それを教えてくれた。まあ、ゼロ達も何故此処に居るのか?までは知らない様子。
「おっ、誰かの舞台劇が始まるみたいだぜ。宿主様も席に座れよ」
「アンタねぇ。まあ、此処じゃ他には何も出来ないみたいだし、見る他に選択肢はない……か」
言われるがまま席に座ると、舞台の幕が上がり始まるのは、小さな男の子の舞台劇。
外見的な歳は──六歳だろうか?服装や舞台セットから察するに、幼稚園の卒業式っぽい。
「ぼくの将来の夢は、宇宙飛行士です」
「へぇ~。将来の夢は宇宙飛行士か。随分と大きな夢だけど、良いじゃない」
「どうした、王よ。顔色が悪いぞ?」
男の子の声、台詞、舞台セットに衣装。その全てに対し……何故?と言う問い掛けが浮かぶ。
元気に喋る男の子の言葉を聞き、腕を組み微笑む霊華とは対照的に、自分は酷く気分が悪い。
それをルシファーが察し、心配してくれるものの……今は何も答えられない、答えたくない。
「それは何故かと言うと。宇宙からぼくを呼ぶ人に、会いに行く為です」
「やめろ……止めてくれ!!」
「卒業生。ぞう組の、紅貴紀」
此方の気持ちを無視する様に続く男の子のスピーチは正直──酷い吐き気を覚えた。
観客たる自分の言葉は届かず、遂には言い切られた事実。そう……あの子は、過去の自分。
「宿……主、様?だけどよ。俺、あんなのは知らねぇぞ?!」
「王。言いたくないのであれば、無理に言う必要は無い」
困惑するゼロ、気を使うルシファー、理解が追い付かない霊華。
気遣いは嬉しいが、いつまでも隠す内容ではなく、いつかは話す必要のある話。
吐きそうな気持ちを飲み込み、心を落ち着ける様に深呼吸を繰り返し、頭の中で言葉を纏め……
「アレは終焉の闇に飲み込まれる前──本来の自分の幼い頃だ」
「成る程。あの子供がオメガゼロになる前の、オリジンと言う訳か」
「あぁ。自分は元々、別の次元の人間だ。終焉の闇に地球ごと、融合されるまではな」
自分が本来は別次元の人間である事、終焉の闇に飲み込まれた被害者だと伝え。
何故存在しているのか?終焉の闇との関係を可能な限り、覚えているだけ話した。
「自分が使う融合の力は元々、終焉の闇の物。対抗する為に、力の一部を奪ったんだ」
「じゃあ、俺様と宿主様がソックリな理由って」
「違う次元の、違う時間軸に存在するソックリさん……か。中々にややこしい話だな」
ポツリポツリと話す中で、衝撃を受けたり受けなかったり……と、反応は様々。
そんな間にも舞台の幕は降り、話を飲み込もうとする内に再度、舞台劇の幕が上がる。
その音に気付き、自分達は舞台の方へ視線を向ける。だけど、其処に居たのは──
「幼き頃のテメェを宇宙から呼んでいたのは誰かぁ?ンなもん、とっくに分かってンだろ?」
「ベーゼレブル・ツヴァイ!何故貴様が此処に居る?!」
旅の先々に現れる因縁深い奴であり、時に此方の予想を超えた方法で助力してくれる存在。
神父服を着た長身の細身な男、ベーゼレブル・ツヴァイ。怒るルシファーが噛み付くも。
「悪魔王ともあろう輩が、そう易々と声を荒げるな。下僕や民に器の小さい奴だとが思われるぞ?」
「ふぅ──改めて聞く。何故貴様が此処に居る?」
神父と悪魔、祈る側と誑かす側。でも中身的には、貪る者と光をもたらす者。
明らかにも見え見えな挑発を吐かれると、ルシファーは深く深呼吸をし、冷静に返す。
それを見た時の、ツヴァイが浮かべた不気味な笑み。何かを企んでいる……っぽい。
「何故?ンなもん、外で起きてる異変を教えてやる為に決まってンだろ。ほれ」
問い掛けに対し、素直に答えた上で指を擦り鳴らすアクションを取った途端。
舞台劇として、外で起きてる現状が再現され始めた。その内容は──
右端から現れ、魔人に変身したシュッツとアナメを簡単に一蹴するナイトメアゼノ・ホライズン。
続くオラシオンの面々すら、その豪腕とクロスボウ化した右腕で蜘蛛の子を散らすように撃退。
「アイツの目的はジョーカー・エックスたるテメェだ。お前が行かねぇと、死屍累々の……」
「どうすれば此処から出られる?!」
「実に良い眼だ……ふっ、目を覚ませば良い。こんな風に──な!!」
奴が、ホライズンが来ている。ベーゼレブル曰く、アイツの狙いは自分。
負傷者も可能な限り出したくない。そんな思いからベーゼレブルが話している途中に舞台へ上がり。
両手で襟を掴み、此処から出る方法を問い詰めた矢先……腹部に強い痛みを覚え。
吐き出した分の息を、酸素を求めて大きく吸い込む。
「はっ!!」
「だ、駄目!」
「に、ニーア?な、何を……」
寝ていた体を勢い良く起こした途端。自分に気が付いたニーアに何かを制止する様抱き付かれ。
何が何だか分からず、問い掛ける。けど黙視を続けたまま、抱き付く腕に力を込めてくる。
ベーゼレブルの話が本当なら今、ホライズンと仲間達が戦っているはず……行かなきゃ!
「駄目!!行っちゃ駄目!」
「ニーア、頼む。行かせてくれ!」
行かなきゃ駄目なのに、一向に離れてくれないニーア。
行かせて欲しいと頼んでも、ただ首を横に振るだけ。無理矢理行こうにも、今はそんな力もない。
それに、耳を澄ますと──抱き付いて顔を埋めたまま鼻を啜り、泣いている。
こんなニーアは今まで……見た事もない。本気で自分を戦場に行かせたくないと、伝わって来た。
「行かないで……お願い、だから……」
その短い言葉に込められた想いからは、自分を誰かと重ねている。
もしくは、トラウマに触れていると感じた。また、大切な人を失ってしまう。
そんな恐れや、心の奥底に閉じ込めた好意。多分そんな気持ちが、ニーアを動かしている。
「好きなの……貴方が……」
「……ズルいよ。こんなタイミングで、告白するだなんて」
「ズルくてもいい!!どうして?!どうして……貴方が、戦わなくちゃ……いけないの?」
戦場へ向かわせまいと、心の奥底から吐き出した本音。
そんな勇気に心打たれ、彼女の頭を優しく撫で、言葉を返す。
泣かないで欲しい──ただ、その一心で。それでも彼女は頭を上げず、胸に顔を埋めたまま叫ぶ。
何故……好きになった人が、死地へ出向かわなければならないのか?と。
「自分は……ニーア達を守りたい。だから、戦うんだ。愛する人達と言う、宝物を守る為にも」
彼女の本心と向き合う為にも、胸の内を吐き出し、真っ正面からぶつかり。
優しく、されど力強くニーアを抱き締める。本気でみんなを愛してる。その気持ちに嘘偽りは無い。
終焉の闇に飲み込まれたから分かる。愛する人を失う怖さ、それ程大切に愛していた事実を。
だからこそ、今度こそ守りたい。愛おしい人達の命や笑顔、みんなが住む場所を。
「貴方の方こそ……ズルい。そんな事を言われたら、止められない……」
「大丈夫。自分は死なないよ。こんな道半ばでくたばってられる程、諦め良くはないからな」
「……分かった。行って──良いよ」
本心をぶつけたからか。ニーアは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、制止にと抱き付く手を離す。
眼をしっかりと見て、安心させる為に想いを伝える。眼と言葉と、彼女の両肩を掴む手の力加減で。
そんな想いが通じたのだろう。ニーアはナース服の袖で顔を拭い。
満面の笑みで出撃の許可をくれた。此方も笑みで返し、ベッドから飛び出しコートを掴んで外へ。




