答えの無い答え
『前回のあらすじ』
招く様に、庭園に突如現れた館。脱出へのタイムリミットもあり、その中へと飛び込むエックス達。
しかし、白兎は館へ入らず、天空島から撤退。導かれる様に進む途中、三騎士のシナナメと遭遇し捕縛。
館の主たるマキナと再会するも、爆発の時間は刻一刻と迫り、仲間達は既に館の地下へ集めていると言う。
合流し、脱出するべく地下階段を降りて進む中、崩落によりエックスは分断され、爆発に飲まれてしまった。
眩い光に無理矢理起こされ、開こうにも閉じてしまう。そんな重たい目蓋を開けた時……
視界にぼんやりと映ったのは──ナイトメアゼノ・ホライズンだった。
立ち上がろうとするも、脚が動かない。起き上がろうにも、お腹に力が入らず、動かない。
「リヒト……」
呼ばれた様な気がして、左手を伸ばすも……炭の如く真っ黒焦げな腕は指先から崩れ落ち。
右腕を動かしてみると、指が全部あらぬ方向を向いていて、掴む事すら出来ない。
試しに腹部に右手を向けてみたら──無い。肋骨から下が失くなり、臓器が露出している。
「…………」
次第に右腕も、溶ける様に付け根から落ちて、文字通り手も出せない状態。
開いていた目蓋も徐々に重くなり、目を閉じた。それから、どれ程の時間が経っただろう?
何やら狭い感覚を覚え……再び、重い目蓋を開くと、其処は──
「何処……此処?」
「じっとしていろ。回復が無駄に遅れる」
ガラクタやジャンク品がうっすらと見え、自分を隠す様に積み上げられているんだと、何となく理解。
その他、ベーゼレブルの声が聞こえた為、動こうとしたら此方が見えてるのか、釘を刺され。
何がどうなっているのかすら聞けず、分からぬまま仕方なく黙りを決め込む。
「チッ!!こんな夢も祈りも少ない場所じゃ、回復量はこれっぽっちが限界か!」
「ツヴァ……イ?」
「いや。これこそが奴ら、レヴェリーの目的だとすれば、次に来るのは間違いなく……」
そんな中。デカイ舌打ちが聞こえたと思いきや、苛立った様子で独り言を呟くベーゼレブル。
少し気になり、話し掛けてみるも……出る声は弱々しく、ツヴァイには届いていない。
今先程まで苛立っていたと思えば。今度は急に冷静になり、予想を立て始めた。
「彼を、迎えに来ました……ですのよ?」
「やはり来たか。疑問系で言うのなら、帰ってくれ。アイツは──俺の獲物だ」
声から察するに、ナイトメアゼノ・アニマが傷付いた自分を連れて行く為に、来たらしい。
これを予想していたツヴァイは、アニマの目的と欲求を拒否。
その上で、自身の獲物に手を出すな!と言い放った。こう言うモテ方はちょっと……嫌だな。
「何故です……の?私達の王は、彼を求めている……筈、ではない、のですか?」
「求めているだろうな、間違いなく」
「なら──」
「だが!!お前達働き蜂程度が勝手に妄想する様な、幼稚な内容ではないと知れ!」
これまた疑問系で聞き返す、アニマの言葉に肯定で返せば、それならば……と食い付くも。
上の者と下の者、本人と他人が思い描く内容が、全く同じではないと知れ。
そんな風に受け取れる言葉を叩き付け。何故かその言葉に安心感を覚えた自分は──
再び重くなった目蓋を閉じ、眠りに着いた。同時に……夢を見た。
「白い……部屋?」
そう、真っ白な大部屋。床には沢山の絵とクレヨン、色鉛筆にスケッチブックの紙と絵本。
壁には色々な人物や、将来の夢を叶えたとも思える様な、心暖まる絵が所狭しと貼られている。
絵本を拾い、中を見てみたら……絵の完成度や似顔絵の上手い下手は別として、これは!
「自分達が進んできた、旅の内容とそっくりだ……」
全くの瓜二つ。絵本故に、グロテスクな描写は無いものの、内容は自分達の旅と同じ。
但し、今現在から先の物語は欠片程も描かれていない。つまり、これは……
「そう。これは僕達が体験し、描いて行く──人生と言う名の物語。その絵本だよ」
「君は、誰なんだい?」
絵本の内容から、それがどう言う事かを少し理解した時──木造扉を開け、彼が入って来た。
黒いロングコートを着て、フードを深々と被る年若そうな少年に話し掛けられ。
思わず聞き返した。君は誰なのか?と……今思い返すと、寧ろ何故、そう答えたのだろう?
此処は何処なのか?壁や床にある絵は何か?そんな疑問より、その言葉がどうしてか出た。
「僕達は君さ。君が見る夢は、僕達の追憶。そして僕達は、夢を見続けている」
「えっ?ちょっと待ってくれ……頭が、理解が追い付かん」
「無理に理解しない方が良いよ。夢や現実、理想すらも、理解すればする程に苦しくなる」
彼らは自分で、自分が見る夢は彼らの追憶。同時に、彼らは今も夢を見続けている……
理解に苦しむ自分に向けて彼は、無理な理解は自分自身を苦しめ、夢や理想すらも失くすと言う。
……確かにそうだ。変に理解してしまうからこそ出来ない、無理だと、思い止めてしまう事も多い。
「それに──他人は理解を求めるけど、理解すればする程、他人には嫌われるからね」
「矛盾、してないか?」
「してるね。けど、命とはそう言うモノさ。矛盾して、それを正す様に正論で人の心を無意識に抉る」
「…………」
男性は合理性を求め、女性は共感性を求める脳の働きを持つとは聞く。
仕事でアレやソレと言った曖昧な言葉や、他人の悪口を言い合い、話が弾むのも……
理解を求める、命の欲求なのだろう。それは分かる。でも、矛盾と正論。間違いと指摘。
それで起こる無意識な攻撃、言葉を使った殺人などには……何も言えなかった。
「いつの時代も、心による暴走は引き起こされる。矛盾に正論をぶつける様にね」
「そう……だな」
言葉足らず、欲求不満、承認欲求。色々な感情が、不足しているものが、矛盾の立場とするならば。
正論とは、それを正そうとする正義の立場なのだろう。他人の傷口に触れたり、傷を作る様な。
あくまでも、これは自分の認識であり意見。言う立場の者は、これを否定し正論を言うかも知れない。
それが、他人の心を傷付けるとは……一切考えもせず、自殺に追い込んでいるとも知らずに。
「故に、僕は君に、この言葉を投げ掛けるよ」
少年はそう言い、自分に振り向いてとある言葉を投げ掛けた。その内容とは……
「優しさって、どんな事をすれば……本当の優しさなんだろう?」その言葉に、何も言えなかった。
理解する事が、本当の優しさなのだろうか?助ける事が、本当に……優しさに繋がるのか?
「一方的な理解は、心を無意識に殺してしまう。相手や、自分自身の心すらも……ね」
「そう考えると、確かに──理解とは辛く、苦しいモノだな」
「痛みを知り、共感出来る人程。より辛く、苦しくなるって言うのは……僕達としても、辛いよ」
一方的は駄目。だからこそ、総合理解をする為にも対話が必要。
けれど。その対話で傷付いてしまった人や、言葉足らずで互いに誤解してしまうなど。
傷付け合い、理解を諦める可能性は高い。自分も……理解されるのを諦めた側だから、少し分かる。
「そろそろだね。外で行われている僕達の仕事は、終わったみたい」
「外?君達の仕事って?」
相変わらず、少年の言う言葉が上手く理解出来ず、理解に苦しむ自分。
意味と答えを知るべく聞き返すけれど、彼は何も答えない。
「はぁ……黙りかよ」
「無知は罪、知り過ぎれば死刑。何事も、程々が良い。今の君に、真実を受け入れる余裕は無いから」
「自分の心に余裕があったら、答えてくれるのか?」
「勿論。でも、君が僕達から答えを聞く事はないよ。真実はいつでも、君の隣にあるから」
思わず溜め息を吐き愚痴ると、少年は口を開き、意味深な事を言い始めた。
確かに無知だと、他人からいい様に扱われる可能性も高く。
逆に知り過ぎれば、真実を闇に隠す様殺される。心に余裕があれば、彼は答えてくれるらしい。
言われた通り、自分の心身は疲弊しており。彼は自身が答えずとも、真実は直ぐ傍にあると言う。
「どんな優しさや親切も、時と場合による。確かにその通りだけど、それが一番、難しいよね」
少年は話ながらその場で屈み、一枚の絵を拾って自分に手渡して来た。
その絵には、クレヨンで描かれた七色の虹が円形を描いており、その中央には沢山の人物が居て。
外部から虹に迫る人物もある。これは……この虹が内側の人物達を守ろうとしているのか?
「言葉とは、本人の意思・思惑に反して他者を傷付け、追い詰める諸刃の剣」
「…………」
「人間は、獣の頃が一番良かったのかな?余計な知恵を持たず、日々を生き抜くあの頃の方が」
何となくだけど、言いたい事は伝わってきた……気がする。言葉には、見えない力がある。
救い、傷付け、導き、破滅させる力が。それは表現の仕方一つで、顔を変える程。
獣の頃──即ち、原始時代。確かにあの頃なら、その日を生きるだけで精一杯かも知れない。
「ごめん……少なくとも、自分はそうは思えない」
それでも、食料の横取りなどと言った、直接的な嫌がらせはあっただろう。
そんな訳がない!と言う、強い言葉を言えぬまま。彼の考え方と幾らかズレた答えを導き出す。
「構わないよ。僕達からの問い掛けに、明確な答えはないんだ。ただ、自分の頭や心で、物事を考えて欲しいだけだから」
けど、彼は何も責めはしなかった。首を横に振り、胸の内を明かしてくれた。
他人や新聞などから情報を得たとしても、それが正確かつ、事実とは限らない。
曰く、鵜呑みにせず、自分の頭と心で考える力を養って欲しいそうだ。
何故、頭と心で考えるのか?それは、頭で理解していても、心が体を動かさない時もあるから。
「君の為……と言う言葉を鵜呑みにしないで。例え、その言葉が本心だとしても」
「分かった。気を付けるよ」
「うん。僕達はそろそろ、また深い眠りにつくよ。もっと沢山、色々な夢を見たいから」
最後に注意喚起を受け取ると、少年はロングコートの袖で顔を擦り始めた途端。
自分の姿を含め、部屋そのものが酷く歪み、徐々に薄く消え始めて行く。
「ちょっとだけ待ってくれ!君の名前は?」
「僕の名前は、君達の言葉を借りるなら──まお……」
完全に消える直前、何故か、彼とはまた会う気がして名前を聞こうとするも。
最後の言葉まで聞き取れぬまま、お互いに消えてしまったが……
自分達の言葉を借りるなら、真央?それが彼の苗字なのか、名前なのかは……判断出来ない。




