ハーゼンベルギア
『前回のあらすじ』
冬島に在る仮拠点へ戻り、パワードスーツに入る事で自由に動ける体を一時的に得るも。
ヒステリックを起こした琴音や、何故か居るリバーサルから幾つかの情報と、ゼロ達の救出作戦を聞き出す。
青き龍神族の王族・大空遥は自ら冠を捨て、付いて行く事を宣言。
戻る最中、暗い様子のヴァイスを発見。されどその様子はおかしく、指先から触手が生えていた……
ヴァイスの右人差し指から現れた、見覚えのある触手……それは、融合神・イリスのモノ。
されど、此方に襲い掛かって来る様子は一向に見受けられない。寧ろ──
人懐っこい犬や猫の様に、伸ばした触手で此方の匂いを嗅ぐ仕草をし、額の眼に触れ……っ!?
『何故だ……?どうして、お前が……!!』
触れられた触手を通し、直接流れ込んでくる──誰かの記憶。
手を伸ばして泣き叫ぶ程に悲しく、胸を張り裂かん程の苦痛が幾度も走る。
惚れた人に置いて行かれた深い絶望と孤独。何の相談も無く行った事へ対する、破壊を促す憤怒。
愛した人に親しく寄り添う、黒い影。それが嫉妬を産み、深い愛情と激しい嫉妬で狂気に染まる心。
『何故だ……何故私を置いて行く?!────!!私も、私もお前と一緒に……!』
去り行く紅い影に付いて行く、黒い影。待って欲しい、一緒に連れて行って欲しい。
そう手を伸ばす彼女は取り残され、後ろに居る七つの黒い影により、強制的に連れて戻された。
『見付けたわよ。────!!』
『君は、誰だ?』
『ッ……!!そう、それなら……アタシの愛で、思い出させてあげるわ!』
気が遠くなる時を越え、再び出会えた愛しき人。されど見付けた相手は、その人を覚えていない。
噴火寸前にまで上昇する怒り。あの時に見た影が、何かしたのではないのか?
だからこそ──あの方を想う深い愛で、思い出させてあげたかった。そんな想いが、溢れてくる。
「自分達の記憶……ではないな。誰の記憶だろうか?」
「これは多分、ハーゼンベルギアの記憶ね」
「は、ハーゼン……ベルギア?」
誰の記憶か分からず、胸元で腕を組み考えてたら──突然後ろから声を掛けられ、振り向けば。
其処にはサクヤの姿が。身近に居ないのに、どうやって心層世界に入って来たのやら……
その上、ハーゼンベルギア──とか言う全く知らない名前を出されても、正直リアクションに困る。
「ハーゼンベルギア、無月闇納の本名よ。彼女は運命の人を探してるの」
「運命の人?それって……自身が結婚に求める条件を全て満たした人の事?」
「それは結婚出来ない愚か者が求める、身の丈に合わない相手の事よ」
話を聞く限りだと、闇納の本名はハーゼンベルギア。運命の人を探し求めているそうな。
と言う事は十中八九……先程見た記憶にある、紅い影を意味しているんだろう。
じゃあ、闇納を連れ戻していた七つの黒い影は……飛び散った闇の欠片?
でも──紅い影とそれに付いて行った黒い影を含めたら、欠片の数は九つになるんだが?
『其処か!!────!』
「ハウッ?!」
疑問を解決しようと悩み始めた途端。氷の如く冷たい何かが、首に素早く巻き付いた。
確かにそれは凍える程に低温だが……ソレを掴み触れた感触は、何処にでもある薄い布と同じ。
けれど……持ち主の意思に従うかの如く、一向に引き剥がせない!このままじゃ、精神が……壊される。
「っ!!ハァ、ハァ、ハァ……た、助かった」
「……成る程。貴女は、そう言う事なのね」
「いやいや──自分にも分かる様、説明してくれんか?」
眼前を黒い刀身が通り過ぎた途端。呼吸が楽になり、首の骨が折れそうな痛みも収まった。
前方には黒い刀を持つサクヤが、仇でも視るような……殺気に満ちた鋭い眼で、相手を睨む。
助けてくれたのは嬉しいし、有り難い。でも、説明の一つもないのは──ちょっと……
「簡単に言えば、私が倒すべき宿敵──って事よ。貴方とベーゼレブルが宿敵同士なのと、同じくね」
その言葉だけで、大体分かった。乗り越えるべき壁、悪夢の一つなのだと。
だからこそ。邪魔にならないよう、二歩三歩と大きく後ろへ下がり、二人の戦いを観戦する。
勿論、必ず手助けが必要と判断すれば、反則だろうがなんだろうと、割って入る気だ。
「来なさい。私の悪夢。何度蘇ろうと、思い出に送り返してあげるから」
『何故だ……何故お前はゴミ共が謳う偽りの奇跡を信じ、身命を賭してまで……!!』
「……やっぱり、私は眼中にすら無いと。そう認識している訳ね!!」
とても、不思議な光景だ。過去の闇納……ハーゼンベルギアにサクヤの言葉は届かず。
彼女は自分を一点に見つめては何故だ?と訴え掛け続け、サクヤのヘイトを買うばかり。
本当に……不思議だ。ハーゼンベルギアの言葉には、恋人を案じる慈しみが感じられる。
「それならっ!!」
『その結果!!闇であるお前は光を手に入れ、私達と敵対した!』
先手必勝。飛び込んで斬り込む──も、斬ったのは空。ならば、何処へ行ったのか?
辺りを見渡す自分達を嘲笑う……違うな。己が主張を訴え掛ける為。
灰色の雲が幾つも漂う空から此方に飛来し、股がる形で押し倒され、両手で首……をっ!?
『何故……お前は偽りの奇跡、偽りの愛で強くなれる?!愛を求めた末に裏切られ、絶望するのに!』
首を絞める力が突然緩み、頬に当たる感触を確かめるべく目を見開けば……
──ボロボロと泣いていた。人間の言い謳う愛や恋、絆。
それを後押しする静を力に、自分は何度も助けられ、強くなった。
確かに裏切られもした。その理由は、仲間達によって疎らだがな……
「恋や愛も冷めるし、絆だって何時かは切れる……」
『だから私も──』
「だから己の魂を光と闇、人間の三つに分けた。人類は本当に……守る価値があるかどうかを知る為に」
恋は三年、愛は四年。それが二つの賞味期限。絆だって……ちょっとした喧嘩で途切れてしまう。
この声が君に届いているかは知らない。だから、これはただの独り言に思ってくれても構わない。
光がアダム、闇にディストラクション。未知の人間を自分が担当し、各々世界を見て回った結果。
『人類は人外も含め、根絶すると決めたの!何度やり直させても、破滅へ向かう人類を!!』
「人類は人外を含め、破壊すると決めたんだ!破滅へ向かう人類を救う為に!!」
「このっ、退きなさい!」
奇しくも自分とハーゼンベルギアの言葉は、途中までは似ていた。
人類は自分が守る程の価値は無い。だからこそ、人類は自らの手で守り抜かなければならない。
星も命も、何時かは尽きる。だからこそ……あれ?だからこそ……何だ?自分は何を口走っている?
彼女の背後から振るうサクヤの刃が首を捉えた──筈が、ハーゼンベルギアは既にサクヤの背後に。
『そう……それじゃあ、愛し合うしかないわね!』
「違う………っ?!お前達は他者を恐れ、何よりッ!自分自身から逃げ出しているだけだ!!」
不思議と口が動き、言葉を発する。彼女が振り返ると、その右手には青白く光る布を持ち。
鞭の代わりにと執拗に振り回しては、言葉を遮るように打ち付けてくる。
「どうして、私の攻撃が当たらないの?!」
『裏切りの愛、我が儘な恋、途切れ易い絆。そんなモノ──信じるに値しない!』
「サクヤ!!」
自身の刀を見ながら、何故当たらないのか?酷く焦った様子で、その答えを思考する中。
ハーゼンベルギアが、今まで眼中にも無かったサクヤの方に振り向けば。
青白く光る布を刀身の様に真っ直ぐ伸ばし、振り向き様に心臓を突き刺す勢いで腕を伸ばす。
『──!?』
「どう……し、て?」
走っては間に合わない。援護や防御も追い付かない。ならば……と。
瞬間移動で二人の間……一メートルに割って入り、必殺の一撃を左胸で受け止めた。
互いの身長差もあり、心臓には刺さっていない。傷口から光が漏れているが、関係ない!
驚愕する二人を他所に、自分の左胸を刺している右腕を力強く掴む。
「光であり……っ、闇。良いも悪いも全部引っくるめた総称が──人間だ!」
そう。不完全であるからこそ、進化の道がある。個で完全なモノ程、進化は存在しない。
Nobody's Perfect。行動理由や根元なんぞ、純粋な欲望だ。
其処に心や思考が入り交じり、身勝手に作った善悪が生まれる。命とはそう言うもの。
「サクヤ!!やるなら今だ!」
「──!!……分かったわ。月影流剣術!」
残る腕も離れない様に掴み、動きを固定。呼び掛ければ此方の意図を理解。
一度目の跳躍で此方の右肩を踏み、二度目で自分達を飛び越す形で更に跳び。
ハーゼンベルギアを、頭部から股下まで一刀両断。直ぐに立ち上がり、白い鞘に刀をゆっくり戻す。
「右翼……半月」
『──ッ!?』
「最後に……言うんだ」
刀が鞘に収まり切った音が響いた直後、ハーゼンベルギアに縦一閃が走り。
自分から見て左側が半月の紋様に消え、右側は暗闇に消えた。……どう言う技なんだろう?
それはそうと、サクヤは技を決めた後に言う形らしい。これはこれでカッコいい。
『私も…………欲し、かった……』
「考え方一つ、たった一つの行動で──世界は光と闇にさえなるのに」
後悔して誰かを恨み、行動に移すのも。人助けを良しとして、行動に移すのも。
たった一つの認識・考え方・言動。それっぽっちで変わってしまう上、後々に後悔する事もある。
だから──『自分は』人類を守らない。自ら気付き、成長する事を願って突き放す。
「……何も、訊かないのね」
「訳有りなんだろ?別に自分は追求しないよ」
言う・言わないも自由だ。それが愛の告白にしろ、愛したが故の裏切りを告白するのだとしても。
自分自身に都合が良いよう解釈し、勝手に口煩く騒ぐ輩も無数にいるんだ。
秘密は明かさず、秘密のままにして置くのが幸せな事だって、世の中には山程ある。
そう話していると、天井のスポットライト一つに照らされた舞台から、意識が遠退いて行く……




